文化庁の研修員さん
社会人からの学びは
ターニングポイント。
俳優になって
ひしひし感じてました。
このままじゃ、変わらないと。
理想は仕事で成長…
だがマネージャーに熱く語っても、自主映画を何本も作っても、簡単に仕事はこない。それが現実。
待つのも仕事とはいえ…
俳優は役をどう生きるかだが、
己の人生もどうしたものかと…
動かねば!学ばねば!
と、
ようやく気づきだす。
ある日。
松本きょうじ先輩が文化庁研修員を修め、嬉々と活動しているのを見て…文化庁の研修?に興味を持った。
調べると、何をするか自ら考え、引き受け先を探し、許可をもらい申請。書類と面接に合格すれば規定費用は国が支援とある。
ほぉ⁈
何をしたいか?…自問自答
芝居が上手くなりたい。
その場に生き、魅力的に演じたい。
その為に…
知識を広げ、挑戦したい。
実践する場は?とかとか…
この制度、芸術家育成として面白い企画か、その人材となりえるかがポイント。ひとりよがりでない計画が必要。
海外で世界基準を学ぶも
日本の課題を考察もありだ。
知識も実技も学べ、体系的に学べる場所?大学に行かず俳優活動を選び、何かすっ飛ばした気持ちも起因し、清水邦夫さんも教鞭を取っていた多摩美術大学映像演劇学科を選択。
まずは大学へプレゼンを。福島教授への面会を許され、稟議をかけて頂き、文化庁審査に合格したら引き受けると言っていただいた。推薦人には尊敬する舞台人・加藤健一さんに力をお借りした。
ひとつひとつ丁寧に…
半年かけ2000年文化庁芸術研修員制度申請。書類審査を経て面接へ。目の前には著名なスタッフや審査官がズラり。鴻上尚史さんの姿も。鋭い質問と温かい眼差しが飛び交った。この頃、ダメなら俳優に区切りをつける覚悟と熱意で過ごしていた。
合格の報せには高鳴った😄
それからは学術見聞、実験的思考、創作と1年間向き合い、学生たちの情熱に刺激をもらいながら毎月レポートを文化庁へ提出。芸術の意義や表現を探求したことは幸せでした。
仕事を追い、生活に追われ、不安に苛まれる俳優稼業。だからこそ
活力を持って生きるとは?
表現の奥にあるものは?
衝動と共感、演技で生きるとは?
を考えた時間は宝です。
「文化庁の研修員さ〜ん!」と声を掛けられた大学の初日は忘れられない。
【追記】
学びの豊かさにハマって
『大阪芸術大学短期大学部 卒業』
『大阪芸術大学芸術学部 卒業』
その後も継続中♪
専攻は
広報学科、編入し芸術学部放送学科へ。
広告・マーケティング、制作やリテラシー。制作意図や視聴者意識を考察し、表現者の自由と責任を学んだ。
通信制でレポートやテストが中心。
夏期冬期のスクーリングで単位取得。
かなりのボリューミーで孤独な闘い。
同級生と鼓舞しあいながら…地道に。
今回は仕事優先。
何度かくじけそうになりつつも(笑) 趣味でも良いじゃないかー♪と楽しみ続けた。
少し自信を重ね、
誇りを与えてくれた卒業式。
感謝しながら卒業証書を受けとりました。
オマケに学長賞まで♪
指導くださった先生、励まし合った学友、支えてくれた家族に深謝。
