『顧客からクレームがありました』
『自分の不手際で信用を毀損してしまいました』
『契約が間に合いそうにありません』
悪い報告をすると、上司は不機嫌になります。
「何をやっている。しっかりやれ」と、叱責されることもあるでしょう。
失敗に終わったことや予定どおり進まないことには、報告をためらいます。なかには隠そうとする人もいます。
これは絶対にやってはいけないことです。
失敗を隠してはいけません。だれにも失敗はあることです。
叱られてもくじけないでください。先輩も上司も新人の頃は叱られて育ってきたのです。
部下からの報告は、現場の状況を判断する貴重な情報です。
だれでも、よい報告を聞きたいのはあたりまえです。しかし、仕事が順調であることや、成功して終わったことは、もうすんだことです。
ところが、何か問題が発生し、対応策を考え対処していくことは緊急を要することです。
これに遅れると小さな問題がこじれて大きな問題になります。
悪い事態を早くつかんで問題が小さいうちに解決しておくことが、上司の責任となります。
そこで、成功の報告より価値ある報告とは、悪い報告なのです。
悪い報告は時間が勝負です。問題が起き、自分だけの力で解決しようとするのは上司に迷惑をかけたくない気持ちもあるでしょう。
しかし、自分を過信すると、対応が遅れます。悪い報告は即座にしてください。
上司の対応から学ぶ機会でもあります。
問題を解決するために、上司がどう判断し対処していくかは貴重な学習材料です。
怒られるから黙っていようという小さな心では、人間的に大きくなれません。
誉められたい、叱られたくないという狭い考えは乗り越えてください。
ごまかしのない報告が人間を大きく育てます。
「一生懸命」を「一所懸命」と言いました。
「一所懸命」は、「昔、武士が賜った『一か所』の領地を命がけで守り、それを生活の頼りにして生きたこと」に由来したことばです。これが「物事を命がけでやる」という意味に転じて、文字のほうも「一生懸命」とも書かれるようになりました。
さて、「一生懸命」とはどんな懸命なのでしょう。
数多くの人達を見てきて僕は「一生懸命さ」は人それぞれと感じます。
誰でも一生懸命やっているのです。
しかし足りないとか十分すぎるとか基準がないことの方が問題ではないかと僕は思います。
では、言葉の意味として懸命とは何なのでしょうか?
「懸命」とは、力の限り全力を尽くす様を言います。
では「一生」とはなんでしょう。
人は生を持ったと同時に死も持ちます。
お
一つの命、一つの生しかないのです。
生まれてから死ぬまでを一つの生と位置づけ「一生」と書きます。
本来の意味で「一生懸命」とはたった一つの自分の命をかけて力の限り全力を尽くす様を「一生懸命」と言うのでしょう。
僕はそう考えています。
例えば、
自分を産んでくれた親、裸一つで生まれてきて、服を着させてくれて、ミルクを飲ませてくれて、食事を食べさせてくれて、大きく育ててくれた親。
感謝しても、感謝しきれない親。
そんな親が、ある時病気になったとします。
医者からは助けるには手術代2000万円かかると言われました。
家族のお金や親戚中の協力金を集めても1200万円にしかなりませんでした。
あと800万円足りない。
今月中になんとか工面しなければならない。
会社の社長に相談したら、会社の売上800万円作ったらそれを全て君に上げよう。と言われました。
売上には原価もあれば経費や人件費もあるけど、売上次第で手術代を工面してもらえる。
こんな有り難い話は無い。
しかし、この時、売上800万円とは毎月200万円平均だった私にとってとても大きなハードルでした。
通常の4倍の人達と会い4倍の売上を上げなければならない。
さて、ここであなたはどう考えるでしょうか。
おそらく、「わりー、かぁちゃん、そんなノルマ俺には無理だから・・・」と言い訳を言えない人がほとんどでは無いでしょうか。
「できるか出来ないかは分からないけど、できる方法を考えてガムシャラにやるだけ!」と思うのではないでしょうか。
これが「一生懸命」の基準だと思うのです。
自分に一つの生を与えてくれて、自分がたった一つの生をかけてでも守らなければならない「家族」の命
この時に発揮される力こそ「一生懸命」ではないかと思うのです。
中途半端だったら一生悔いが残ります。
人はいつか幕を閉じる時が来ます。その時において「悔い」の無い人生を送れた。
と思うには、「一生懸命」やるだけ!
これしかありません。
僕は一生懸命の本来の意味をこのように感じます。
でも、昔の人は計り知れない位もっともっと重く受け止めていたのではないかとも思います。
一生懸命って本当に真剣なことです。