一人のインド人の運命は?パート③
暗闇の中、インド人・アルンを探しながらホテルの庭を歩き回った・・・・。
でも、いくら歩き回っても、覗き込めるような窓などは、どこにも見あたらない・・・。
いや、逆に、覗き込んだ窓が、お客さんの・・・そしてそれが女性の部屋であったりしたら、
私は間違いなく警察に通報され、犯罪者となるのであろう・・・。
アルンは、いったいにして、この建て物の、どこで働かされているのだろうか・・・?
私は奥にある、暗く細い通路を勇気を出して進んで行った・・・
普通に考えても、よそ者が勝手に入り込むことは許されないような通路だった・・・。
すると、突然、誰かに顔を照らされてしまった・・・!
眩しい ・・・・・ まずい ・・・ 見つかってしまった!?
私の心臓は、ドカドカと鳴って、いまにも破裂しそうだった・・・・・
すぐにでも理由を話さなければ、警察に通報される ・・・・
頭の中で言葉を捜していると、正面の光がまったく動かないことに気がついた・・・。
それは、人ではなく、自動感知式の照明器具であることがわかった。
私は、ホッと、胸をなでおろした・・・。
そして更にそのまま進んでいくと、ホテルの中庭に出た・・・。
中庭には、青銅色に錆びたブロンズのベンチが無造作に置いてあった・・・。
それらは、月の明かりに照らされて、まるで映画の1シーンのように見えた・・・。
周りには、水辺があり、ベンチがあるウッドデッキのサークルを囲っていた・・・。
私は、音を立てないように注意しながら、冷えたベンチにそっと腰を下ろした・・・
・・・ 息が白い ・・・ ・・・ 聞き耳をたてた ・・・ ・・・ 虫の声一つ 聞こえない ・・・
・・・ 木の焦げるような香りがしてきた ・・・ 懐かしいような、いい香りだ ・・・
香りの元は、暖炉の煙突から出ている煙のようだった ・・・
煙突の向こうには、丸い月が見えていた ・・・
月を見ながらアルンのことを考えていると、インド・ガヤでのある夜を思い出した ・・・
アルンの家は、ガヤの郊外にあった ・・・
でも、ガヤの郊外と言っても、そこはブッダガヤなので、彼の家は、お釈迦様の聖地のそばだった ・・・
夜遅くにお邪魔した私に、嫌な顔一つ見せずに、奥さんは温かいチャイを作ってくれた ・・・
そのチャイの味は、これまで飲んできたものとはまったく違っていた ・・・
なんというか、屋台のチャイとは、作り手の気持ちが違うのであった ・・・
奥さんは、キャシャで、彫りの深い、とても綺麗な人だった ・・・
合掌して挨拶をしてくれる笑顔には、エキゾチックというか、とても神秘的な雰囲気があった ・・・
でも、なんとなく、顔色がよろしくないように見えたが、その時は何もたずねなかった ・・・
5人家族で一部屋に住んでいるらしい ・・・ 11才になる長女アンスーと、8才の弟は、遅いので
もうBEDで寝ていた ・・・ 末っ子の5才の男の子だけが、起きていた ・・・
どうやら、母親からの、「今から日本人が来るよ!」 ・・・ の一声に興奮したのか、
眠れずに居たらしい ・・・ とても素直で可愛い子だった
ぼくらは彼の家の屋上に登り、ライトアップされた、マハーボーディテンプル(大菩提塔)を見あげながら、
奥さんの作ったチャイをすすった ・・・ 幸せを絵に描いたような家族だった ・・・ その時までは ・・・・・・。
私の身体がブルブルっと震えた ・・・ 那須高原の冷気が、強まってきたようだ ・・・
時計の針は、既に1時半を回っていた ・・・ どうやら30分ちかくも考え事をしていたらしい ・・・
身体の熱で、すっかり温まったベンチからそっと立ちあがり、再びトレーラーのほうに歩いてみることにした ・・・
聞えてくるのは、相変わらず遠くで啼いている犬の声だった ・・・
トレーラーの中を覗き込むと、赤茶けた髪の毛が見えた ・・・ アルンだ!
いつの間にか、どこからか、トレーラーに戻って来ていたのだ ・・・ 携帯を鳴らしてみた ・・・
・・・ 出ない ・・・ どうやら、爆睡したらしい ・・・ ドアをノックした ・・・ 起きない ・・・
強く何度も叩いてみたが、まったく起きなかった ・・・ 仕方が無いので、ドアノブを回してみた ・・・
鍵は掛かっていなかった ・・・ 室内は、食べ物が腐ったような匂いがした ・・・
床には、安ウイスキーの代表格である、トリスのペットボトルが転がっていた ・・・
簡易ソファーの上には、制服らしいワイシャツと黒ネクタイが脱ぎっ放しになっていた ・・・
トレーラーとは言っても名ばかりで、中古も中古のオンボロトレーラーだ ・・・
突然、ザーっと雨が降り出した ・・・ 物凄い雨音が天井から響いてくる ・・・
またたくまにガラスが曇った ・・・ そんななかでもアルンはまったく起きなかった ・・・
「アルン! アルン!」 ・・・ 「アルン!! アルン!!」 ・・・ 『あるん !!!!!』
彼は、私の大声を聞いて、やっと気がついたようだった ・・・
けれども、何かに怯えているように、ブルブルと震えだした ・・・ 「アルン、俺だってば・・・」
アルンは、信じられないと言うような顔をして、急に大声で泣き出した ・・・
「かみさまー かみさまー かみさまー」 「ありがとうごじゃいます ありがとうごじゃいます・・・」
たしか、彼は、あのとき、そのように叫んだと思う ・・・
これまでのいきさつを私に色々と話したが、そのときの彼の日本語は、ほとんど聞き取れなかった。
なんとか荷物をまとめさせ、私の車に詰め込んだ ・・・
一刻も早く、この場から彼を遠ざけてあげたかった ・・・
今まで働いた一月半の給料は、色々と掛かった諸経費の精算で、まったく残らなかったらしい ・・・
気持ちが急いたせいからか、最後にトレーラーから出るときに、アルンは、ビールケースを踏み外して、
転んでしまった ・・・ 彼は、打ったすねを摩りながら、「OKです・・・お願いします」と言った ・・・
高速に乗り、再び運転を始めると、彼は家族のことを泣きながら話し始めた ・・・
今朝方、インドの娘から電話が来たらしい ・・・
「パパ、ママがお腹が痛くて、ご飯を作れなくなったの・・・仕方なく私が外に食べ物を買いに行ってるの・・・
学校にも行けないくて困ってるの・・・だからパパ早く帰ってきて!」 という内容だったらしい ・・・
アルンは日本に行くことを夢見ていた ・・・
だから彼の奥さんは、胆石でお腹が痛いことを彼に黙っていたらしい ・・・
彼が日本に出発してから、はじめて病院に行き、胆石が大きくなっていることや、
このままでは命が危ないことを聞かされたらしいのだ ・・・
インドでは、いまでもカースト制度がはびこっていて、手術代なども上位カーストに合わせているらしい ・・・
彼の奥さんが、医者から言われた手術代は、日本円で80万円だった。
今の彼には、そんなお金はどこにも無い ・・・ 日本へ来るために、大借金をしてきたのだ ・・・
ならば尚更に頑張って、クマール社長の下で働くべきだと、説得を試みた ・・・
彼は何度かうなずいたが、ずっと泣いているだけだった ・・・
途中、シートを倒して眠るように言ったが、「インド人として、決してそんなことは出来ない」・・・と断られた。
時おり、彼は、ビールケースにぶつけた足をさすっていた ・・・
「大丈夫か?」 と訊いたが、 「こんなのは妻に比べれば我慢できる痛さだ」 と彼は答えた ・・・
この傷が原因で、とんでもない事になることを 未だ知らない二人であった ・・・。
一人のインド人の運命は?パート②
一年間オープンチケットの帰りクーポンに、ブッキングしちゃったインド人のアルン君・・・・・・!
レストラン『ナマスカ』の社長さんから、働き口を貰ったのに、ホームシックも重なって、
明日にでもインドに帰国したいとのこと・・・!?
はっきり言って、私は、旧友クマールさんに彼の再就職をお願いした立場上、
帰国せず、頑張ってレストランで働いてほしいのであった・・・・・・。
彼は、日本に来てから、約束が違った仕事内容のホテルで、地獄の日々を送っていた。
彼から電話があり、「僕は、もうたえらません・・・車の中での寝泊りも、我慢の限界にたっしています・・・
どうか、たすけに来て欲しいです」・・・・・・とのこと。
ホテルの社長からは、「辞めたいのなら、いつでも辞めていい・・・ただし、君に掛かった携帯電話や保険代や外国人労働登録代金などは、今までの給料から差っ引きだよ」・・・と言われたらしい・・・。
まぁーそれは当然と言えば当然だろう・・・。
そこで、私は、彼の帰国する意思を説得するということもあったので、我が家に数日間、彼を受け入れることにした・・・。
翌日、仙台を夜の10時に出発し、高速道路を一人南下・・・。
2時間後のAM0:30、無事に那須町のホテル駐車場に着いた・・・。
アルンの寝泊りしている車は、ドアのところに目印として、ビールケースが伏せて置いてあるということだった。
ボディーの色は、くすんだホワイトらしい。
辺りは、シーーン・・・と静まりかえって、遠くで犬が啼いているのが聞こえた・・・。
息が白い・・・寒い・・・やはりここは高地だということがわかる・・・。
星が綺麗だ・・・仙台ではこのような星空はのぞめない・・・。
誰も居ないことをいいことに、私は一人、立ち小便をした・・・
湯気が一気に立ち昇った・・・寒い・・・さみしい・・・。
さて、アルンが寝泊りしている車はどれだろう・・・?
あちこち歩いていたら、駐車場の端っこに、黄色のビールケースがドア近辺に置かれた車を発見!!!
でも、あれれ??? ・・・あれは、ただの乗用車ではなく、トレーラーではないか!(牽引するキャンピングカー)
もしかして、かれが言っていた車とは、トレーラーのことだろうか?
近づいてみると灯りが点いている・・・
普通、キャンピングカーやトレーラーを住居として使う場合には、この様に電源が繋がれているのである。
聞き耳を立てたが、中からは何も聞えない・・・ドアをノックしてみたが、反応が無い・・・。
カーテンの隙間から、毛布と、その上には充電中の携帯電話が置いてあるのが見えた・・・。
電話をしてみた・・・車内でその携帯が点滅して鳴り出した・・・
誰も出ない・・・充電をするために置きっぱなしなのだろう・・・。
まだ働かされているのだろうか?・・・もしもそうだったら、これは間違いなく労働基準法違反だ・・・。
彼をたすけねばならない・・・
私は、暗闇の中、ホテルの外側を彼を探すべく歩き回った・・・。
一人のインド人の運命は?パート①
↑マハー ボーディ テンプル(大菩提塔)・・・ブッダガヤ(インディア)先日、インド人・アルンから電話があった。
彼は今、栃木県・那須高原のホテルで働いている。
まだ彼がインドに居るとき、千葉県在住の、ある先生から働き口の話を紹介され、先月から働き始めたのだ。
最初の約束では、月給15万円位で、3食&寮泊りつき・・・と言うことだったのであるが、
話は、じょじょに変わり、食事は全て自分の給料で近くのコンビニから買って食べる様に言われ、
寝泊りはホテル駐車場に置いてある、おんぼろ車の中なのだ・・・しかも風呂は客が居ない日だけ。
毎晩を那須高原の寒い気候の中、暖房も無い車の中で寝ているのでした。
私への電話で彼は、インドに残してきた奥さんが重い胆石を患っていたことを自分に黙っていたことや、
その奥さんが今日の朝、病院に運ばれ、小学生になる娘が学校を休んで、街頭で適当な食べ物を買ってきては
弟達に食べさせている現状を泣きながら語った。
そこで、私は、20年来の友人である、インド人・クマール社長に電話をしてみた。
彼は、東京を中心に、インドレストランを数件持っている人なのである。
返事は、OKだった ・・・ 特別に仙台店で働かせてあげると言うことだった。
アパート寮制&食事つき ・・・ あとは、アルンのスキル次第で給料を決めるということであった。
早速、そのことを電話で彼に伝えると、大喜びかと思いきや、「今のホテルの社長に悪いので、
違うところの仕事に移る事は、どうしていいものか、迷っています」・・・という返事であった。
もっと私を驚かせたことは、家族が心配になったので、帰りの航空券をブッキング(予約)して、
すぐにでもインドに、一度戻りたい」・・・という始末。
「え?・・・まじ?・・・ならば、俺の努力は何だったの?」・・・と言いたかったが、それも彼の人生だ・・・。
・・・彼に全てを決めさせよう ・・・。
はてさて、アルンの運命やいかに!!!
★ ↓ クマール社長の、レストランに近い方は、ぜひ応援してネ!
Indian Restaurant Namaskar Group
東京・赤坂店 Dinning Bar Sonia
03-5575-6667 東京都港区赤坂2-18-5
仙台店 Indian Restaurant Namaskar
022-222-7701 宮城県仙台市青葉区一番町2-2-11 TKビルB1F
仙台Bivi店 Indian Restaurant Namaskar
022-257-7702 宮城県仙台市宮城野区榴岡2-1-25 Bivi仙台4F
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