懐中温泉です、
「癒しと労働の列島」篇第九十話
「再開発」と「生活の反復」。
言葉にすると大きすぎて、結自身、少し現実感を
失いかけていました。
そこで結は、意識的に、具体的な場所を歩くこと
にしました。
まず向かったのは渋谷でした。
駅前は、何年も前から工事が続き、歩くたびに
動線が変わります。
高層ビルが立ち上がり、商業施設が更新され、
空間は「新しくなること」そのものを目的に
しているように見えました。
けれど結は、スクランブル交差点から少し外れた
裏道に入ります。
すると、昔からの定食屋や小さな美容室が、
まだ営業している。
昼どきになると、工事現場で働く人たちが、
そこへ吸い込まれていく。
再開発の最前線で働く身体が、再開発とは
無関係な店で、同じ昼飯を食べている。
結は、ここに「せめぎ合い」を見ました。
都市は更新され続けている。
けれど人は、昨日と同じ場所で、同じように
食べ、休む。
次に結が歩いたのは下北沢です。
再開発で線路が地下化され、駅前の景色は
大きく変わりました。
おしゃれな施設が並び、若い人向けの街
として再編集されています。
それでも、少し奥へ入ると、古着屋とカレー屋
と小劇場が、相変わらず点在している。
演劇のチラシが電柱に貼られ、同じ顔ぶれが、
同じ喫茶店に集まっている。
結は思いました。
下北沢は「更新された」のではなく、上から
新しい層がかぶさっただけなのだと。
古い反復は消えていない。
ただ、見えにくくなった。
そして、結は自宅近くの銭湯──小杉湯にも
足を運びました。
ここは若い世代にも人気があり、イベントや
コラボ企画も行われています。
一見すると「進化した銭湯」です。
けれど脱衣所に入ると、毎日来ている高齢者と、
仕事帰りの会社員と、サウナ目当ての若者が、
同じ空間で黙々と服を脱いでいる。
誰も特別扱いされない。
結は、ここで決定的なことに気づきました。
再開発は、空間を変える。
建物を変える。
流通を変える。
けれど、反復は身体に残る。
同じ時間に湯に入る。
同じ道を通る。
同じ店で買う。
それは計画されない。
指示もされない。
ただ、続いてしまう。
結はノートに書きました。
――再開発は上から来る。反復は下から湧く。
再開発は「未来」を語る。
反復は「今日」を繰り返す。
どちらが強いかではない。
性質がまったく違う。
渋谷では、巨大な未来の構想の足元で、
弁当屋が今日も開いている。
下北沢では、再編集された街並みの裏で、
同じ劇団が同じ小屋を使い続けている。
高円寺の銭湯では、リノベーションの話題
の横で、毎日通う人の身体のリズムが、
変わらず回っている。
結は、ここでようやく腑に落ちました。
東京の分散点が残ったのは、「守られた」
からではない。
「勝った」からでもない。
負けても続いたからです。
再開発に飲み込まれながらも、場所を変え、
形を変え、それでも同じ反復を続けた。
都市は更新される。
けれど、人の生活は、更新されにくい。
別府で見た分散は、自然と生活がつくった
ものでした。
東京の分散は、開発と生活がぶつかり合った末に、
こぼれ落ちたものです。
結は夜道を歩きながら思います。
再開発は止まらない。
でも反復も、簡単には止まらない。
そのあいだで、銭湯も、商店街も、路地の店も、
今日も静かに営業している。
結は、その「途中の状態」こそが、いまの東京
なのだと感じていました。
完成でも崩壊でもなく、壊される前と、
繰り返される途中。
その緊張の中に、結は、自分が書くべき現代
の風景を、はっきり見た気がしていました。
