「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

蒸気機関物語―それぞれの幸福―44

 

 

結は机の上に、長い定規を置きました。

 

中央の下に消しゴムを置く。

 

定規の左端を指で下げると、右端が上がる。

 

右端を下げると、左端が上がる。

 

子供のころ、教室でこうして遊んだことが

あります。

 

先生に見つかると叱られたので、すぐにやめた

けれど、結はその動きが好きでした。

 

片方が下がると、もう片方が上がる。

 

一人で動くものではない。

 

反対側があるから、こちらが動く。

 

ニューコメンの梁も、まさにそういうものでした。

 

機関の側では、シリンダーのなかにピストンが

ある。

 

坑道の側では、深い地下まで長いポンプ棒が

下りている。

 

蒸気を入れ、冷やす。

 

大気がピストンを押す。

 

ピストンが下がる。

 

梁の片側が下がる。

 

すると反対側が上がり、坑道のポンプ棒が水を

引き上げる。

 

次に、重いポンプ棒の側が梁を引き戻す。

 

ピストンが上がる。

 

シリンダーには、また蒸気が入る。

 

その一往復ごとに、機械は水を上へ近づける。

 

結は、定規を動かす手を止めました。

 

「片方が下がらないと、もう片方は上がれない」

 

急に、そのことが少し寂しく思えました。

 

けれど、寂しいだけではない。

 

梁は、片方を犠牲にしてもう片方を持ち上げて

いるのではありません。

 

上がることと下がることは、一つの動きです。

 

どちらか片方だけでは、機関は働かない。

 

結はノートに書きました。

 

梁は、二つの場所を結ぶ。

 

地上の火と、地下の水を結ぶ。

 

蒸気の消える場所と、ポンプが動く場所を

結ぶ。

 

そして、そのあとに小さく付け加えました。

 

ただし、梁は人の幸福を結ぶわけではない。

 

この一文を書いたのは、昨日の「誰のため

に動いたのか」という問いが残っていた

からです。

 

機関は、火夫の働きを必要とする。

 

坑夫の仕事を可能にする。

 

鉱山主の利益にもなる。

 

石炭を待つ町の暮らしにもつながる。

 

けれど、それらの人々の望みは同じ

ではない。

 

火夫は、今日一日、火が安定して

ほしいと思うかもしれない。

 

坑夫は、水が減って、安全に仕事が

できることを願うかもしれない。

 

鉱山主は、採掘量が増えることを

望むかもしれない。

 

町の人は、安い石炭を買えることを

ありがたく思うかもしれない。

 

一つの梁が動く。

 

しかし、その動きが運ぶものは、一つ

ではない。

機関小屋の壁には、煤がついている。

 

窓の近くに立つ少年が、梁を見上げている。

 

父が火夫なのかもしれない。

 

あるいは、今日から手伝いに来たばかり

なのかもしれない。

 

少年には、梁が生き物のように見える。

 

太い木の腕。

鉄の鎖。

 

上がるときには、何かを吸い込むように

静かになる。

 

下がるときには、建物の床まで揺れる。

 

どん。

 

梁が下がる。

 

少年の靴の裏に、振動が伝わる。

 

父らしい男が言う。

 

「近づきすぎるな」

 

少年は一歩下がる。

 

「毎日、これが動くの」

 

「ああ」

 

「ずっと?」

 

男は火を見たまま答える。

 

「火があるあいだはな」

 

「夜も?」

 

「必要ならな」

 

少年は、また梁を見上げる。

 

「疲れないの」

 

男は少し笑う。

 

「梁は疲れない。壊れるだけだ」

 

少年は、その言葉を理解できない。

 

疲れることと壊れることが、どう違うのか。

 

けれど男には分かっている。

 

木は割れる。

鎖は切れる。

弁は詰まる。

 

管は漏れる。

火は弱くなる。

水は増える。

 

機関は、人のように疲れて休むのではない。

 

誰かが手を入れなければ、いつか止まる。

 
ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉