「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」 -2ページ目

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

有馬湯治第十七日後半

 

 

昼前、結は銀泉へ向かいました。

 

腰までの半身浴を一度だけにとどめ、湯から

上がると、そのまま宿には戻らず、少しだけ

坂を下りました。

 

炭酸煎餅の店や土産物屋の並ぶ通りを抜けて、

階段の途中にある小さなベンチに腰を

おろします。

 

観光客たちが行き交うのを眺めながら、結は、

自分がその流れから少しだけ外れた位置に

いることを、はっきりと感じました。

 

多くの人は一泊か二泊でこの町を通り過ぎて

いく。

 

その流れを眺めつつ、自分は三回り目の二日目、

十七日目の湯治を続けている。

 

「なぜ、ここまで続けたいのか。」

 

自問に対する答えは、少しずつ形を持ちはじめ

ていました。

 

一つは、自分の研究への興味です。

 

これまで他人の残した日記や帳面から、「誰かの

湯治」を何十例も再構成してきた。

 

その延長線上で、「自分の身体と心で湯治を

フルコース体験し、一次資料の側へ“戻していく”」

ことをしてみたい。

 

そう思ったのは、たしかに出発前の自覚的な動機

でした。

 

自分のノートが、いつか誰かにとっての「一次資料」

になりうるかもしれない、という感覚も、どこかで

支えになっているのかもしれません。

 

もう一つは、仕事や生活のリズムの「先」が

見えなくなりかけていたことへの不安でした。

 

大学での仕事は一区切りが近づきつつあり、

その先にどんな暮らしの形をとるのか、自分でも

まだはっきり描き切れていない。

 

だからこそ、一度、三週間というまとまった時間を

使って、自分の身体と気持ちが「何を心地よいと

感じ、どれくらいの負荷を望んでいるのか」を、

丁寧に確かめておきたかったのだろう

 

と、今朝になってようやく腑に落ちてきたのでした。

 

昼は、宿で簡素な膳をとりました。米半分強、

魚小さめに一切れ、豆腐と野菜多めの味噌汁

 

十日目以降の定番です。

 

昨日の少し贅沢な昼膳の余韻はもう身体には

残っておらず、胃のあたりも静かです。

 

結は箸を置き、「“悪くない身体”をさらに整える

ために、わざわざ時間とお金をかけている」

という事実に、少し苦笑しました。

 

「でも、それでいいのかもしれない。」

 

これまで関わってきた村の家譜や地域の記録

のなかでも、「大病ではないが、年に一度は

湯治に出る」という人びとの姿がありました。

 

明確な病名がつく前に、自分の身体と心を整え

直す時間として湯治が位置づけられていた

 

そのことを思うと、結の今回の滞在も、「何も

悪くないように見える状態を維持・再設計する

ための実験」として、十分に意味を持つのだと

思えてきます。

 

午後は、部屋で少し横になったあと、ノートに

向かいました。

 

今朝感じたこと、朝から何度も自問してきたことを、

言葉にして残しておきたいと思ったからです。

 

「十七日目。身体にめだった悪いところは、

ほとんど見あたらない。それでもなお、湯治を

続けている理由


 一、自分の研究してきた“湯治”という営みを、

自分の身体で一度フルに経験し、その記録を

将来の“一次資料”として残すため。


 二、仕事と生活の節目にあたり、これからの

暮らしのリズムと身体の“標準状態”を、いちど

落ちついて測り直すため。


 三、病気の有無とは別に、“なんでもない日々”

を維持するための稽古として、湯と食と少しの

酒のバランスを身につけるため。」

 

箇条書きを書き終えたあと、結はペンを置き、

しばらく頁を見つめました。

 

これまではぼんやりと体感していただけの動機が、

こうして文字にすると、思った以上に「まっとうな

理由」として立ち現れてきます。

 

夕方、金泉へ向かう足取りは、いつもより

少しだけ軽く感じられました。

 

湯船に身を沈めるとき、結は、「ここから先の

数日は、“目的を忘れないための期間”でも

あるのだろう」と思いました。

 

悪いところを探すのではなく、「悪くない状態が

どう続き、どこまで変わるのか」を見届ける。

 

そのために、もう少しだけここに留まって

湯に入り続ける。

 

湯から上がり、夜の簡素な膳をとったあと、

結は十七日目の頁の最後に、一文を加え

ました。

 

「十七日目=三回り目第三日。

 

目立った不調はなし。それでもなお湯治を続ける

理由を、自分の言葉で確認する日。

 

湯治とは、病を“なおす”場であると同時に、

“なんでもない日々”をこれからも続けるため

の稽古の場でもある、と、ようやく腹の底から

納得しはじめている。」

 

その一文を書き終えたとき、結は、ここまでの

十七日分の頁が、単なる身体の記録ではなく、

「次の生活に向けた、静かな準備の記録」に

変わりつつあることを感じました。

 

悪いところが目立たない今だからこそできる

湯治

 

その意味を確かめるために、まだこの町にいる。

 

それが、十七日目の夜、結がたどり着いた、

ささやかで、しかし揺るぎのない答えでした。

 

 
ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉