懐中温泉です、
「癒しと労働の列島」篇第九十一話
東京を歩いていると、結はふと気づきました。
銭湯の近くには、なぜか寺や小さな社が多い。
偶然だろうか。
そう思いながらも、頭の片隅に残ります。
厄除け。
この言葉を、結はこれまで意識的に避けて
きました。
民俗学的には扱えるけれど、学術的に語ろう
とすると、どうしても曖昧になる。
けれど今は、その曖昧さこそが気になって
いました。
結はまず、浅草寺へ向かいました。
雷門をくぐり、本堂の前に立つと、平日にも
かかわらず人が絶えません。
線香の煙を浴び、賽銭を入れ、短く手を
合わせる。
誰も長居はしない。
祈りは簡潔で、動線は明確です。
ここは信仰の場であると同時に、 都市の厄の
通過点のように見えました。
浅草から少し歩くと、古い銭湯があります。
観光地のすぐ裏で、地元の人が静かに
暖簾をくぐっていく。
結は、ここで初めてはっきりと感じました。
厄除けと入浴は、分断されていない。
祈って終わりではなく、湯に入って身体を
温めるところまでが、一続きなのだと。
次に結が向かったのは、川崎大師平間寺
でした。
関東屈指の厄除け寺として知られる
場所です。
正月の混雑とは違い、平日の境内は
落ち着いています。
ここでも、人々は長く語らず、護摩木を
書き、炎を見つめ、静かに帰っていく。
そして駅へ戻る途中、また銭湯。
結は思いました。
厄除け寺社は「意味」を引き受け、 銭湯は
「身体」を引き受けている。
どちらか一方では完結しない。
歴史をたどれば、それはもっとはっきり
しています。
たとえば道後温泉。
古代から湯治と信仰が結びつき、
伊佐爾波神社と温泉は一体でした。
有馬温泉でも、湯と寺社は隣接し、 病や災厄は
「祈り」と「湯浴み」の両方で
扱われてきました。
結はここで気づきます。
温泉とは、本来、健康のためだけの場所
ではない。
人生の不調期を通過する場所だった。
病気。 出産。 死別。 旅立ち。
そうした節目で、人は湯に向かい、同時に
社寺にも向かった。
それは医療以前の習俗ではありません。
もっと根源的な、身体の扱い方です。
厄とは、災害ではなく、「身体と生活のズレ」
のことだったのではないか。
結は、草津で見た強い湯を思い出し、 別府で感じた
生活の中の湯を思い出し、 東京の銭湯で見た
仕事帰りの人々を思い出します。
どこでも、人は疲れ、 どこでも、人は何かを落としに
来ている。
寺で落とし、湯で流す。
その二段構えが、日本の都市と温泉地の
底に、ずっと流れている。
結はノートに書きました。
――厄除けと温泉は、同じ問題を別の層で
扱っている。
意味の層と、身体の層。
別府で見た「語られない回復」。
東京で見た「繰り返される入浴」。
それらはすべて、 人が壊れきらないための配置
だったのだ。
結は、次にどこへ行くべきか、
もう分かっていました。
今度は、温泉のそばにある社寺を、 本格的に辿る
必要がある。
湯と祈りが、同じ地層にある場所へ。
旅は、まだ深くなりそうでした。
