オウムと聞くといつも思い出すエピソードがある。
善悪の彼岸へ(宮内勝典:著)に紹介されていたものだ。
「君は、なぜオウムに入信したんだ?」
(中略)
「見てくださいよ、この日本を」
と、低く吐き捨てるように言った。
それから顎を上げて、地上をざっとへいげんするように、問い返してきた。
「この日本に、何がありますか?」
「・・・・・・・・・・」
とっさに答えようがなくて黙っていると、
「金と、セックスと食い物だけじゃないですか」
青年は軽蔑を隠さなかった。
「・・・・・・・・・・」私はうなずいた。
出典「善悪の彼岸へ」 宮内勝典:著
このエピソードは若いオウム信者の潔癖さ、純粋さをよく表している。
しかし皮肉なことに、彼らが現実世界を捨て、救いを求めた麻原自身が、
まさにこの3つのキーワードで言い尽くせてしまうのである。
麻原の死刑が確定した時、多くの識者が麻原が何も語らぬまま幕引きされることを問題視していたが、
麻原が高山氏が描き出したような人間だとしたら、いくら待っても何も出てこないだろう。
彼には崇高な理想などありはしなかった。あったのは借り物の思想ばかりなのだから。
高山氏が指摘するとおり、彼は終始一貫他人を信じるということがなかった。
そこには子どもの頃、まるで捨てられるようにして盲学校に預けられたことが起因しているのかもしれない。
かれは自分の思い通りになる自分のためだけの国が欲しかったのかもしれない。
そう考えると通常では考えられないような国家への敵意も理解できなくはない。
麻原の狂気の分析をしてもたいして意味がないと思う。
本書の指摘どおり麻原の思考は思いのほか単純なのである。
第二第三のオウム事件を起こさないためには、なぜナイーブな若者が麻原に吸い寄せられ、
そのいんちきさ加減に気づかなかったのか?この問いへの答えを明らかにしなければならない。
そういう意味では、本書の指摘どおり我々が当事者なのである。
![BRUTUS (ブルータス) 2007年 6/15号 [雑誌]](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fg-ec2.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F11Ot9TN4%2BdL._AA90_.jpg)



