
本書は、著者のプラハ・ソビエト学校での3人の友人との思い出を中心とした回想と、
30年後にそれぞれの友人を訪ねる部分によって構成されている。
面白い。それは多分、民族や国家や主義といった複雑な背景が、
あくまで個人の問題として表れているからなのかもしれない。
しかも、それを単に深刻に書くのではなく、
ユーモアたっぷりに書いているところがよい。
これはやはり米原氏がソビエト学校で異文化の中で
多感な子ども時代をすごしたことに起因しているのだろう。
異文化理解とか異文化コミュニケーションとかいう言葉を聞くと胸がざわつく。
それは学生時代に自分があまりにも軽々しく
この言葉を口にしていたからかもしれない。
しかし、異なるものを理解することしか平和を実現する方法はないというのは
今でも間違っていないと思っている。
最近やたらと愛国心という言葉を耳にする。偉い人が国を愛せとうるさいのだ。
確かに、この本の中でもそれぞれの国の子供たちは自分の国に誇りを持っている。
しかし、それは他国をないがしろにすることとは違う。
他国のことも知っているからこそ、自分の国の良さもわかるのである。
そして他国のことも知っているからこそ時に自国への想いが失望に変ることもある。
それでも気になって仕方がないのが国というものなのかもしれない。
狭い視野で叫ぶ国への愛は、国にとっても迷惑なんじゃないだろうか。
居間の大きなガラス戸を押して、外に出た。
すでに暗く、空には星一つ瞬いていない。
そのかわり、眼下に広がる町の街灯、家々の明かりが、陽気に輝いていた。
バルコニーはかなり広い。
その左半分を、直径が私の背丈の一倍半はある巨大なアンテナが占領していた。
アンテナの凹部は、ギリシャの空の方に向かっていた。
リッツァがあこがれ続けたギリシャの空の方角に。