夏
B「台風きたりしてたからね」
A「夏ももうすぐだな」
B「そうだねぇ」
A「この夏になにするかとか決めてる?」
B「いや、全然だよ」
A「マジで。ダサっ」
B「別にダサくはないでしょ」
A「だってそれって、あれ、これ言っちゃっていいのかな。かわいそうかな」
B「なんだよそれ。いいよ言っても」
A「何ていうか、ちょっと遠回しでいうところの学校に行って家に帰ってくるまで事務的な会話しかしないタイプというか、なぜかトイレで弁当を食べる習慣がある人というか、クラスで2人組を作る時に偶数なのになぜか余る摩訶不思議体験をしがちというか」
B「それ以上は心が耐えられないんだけど」
A「まぁ要するに友達がいないんだろ」
B「それくらいいるよ」
A「そうなの?見たことないけど」
B「普通にいるから」
A「名前言ってみろよ」
B「名前はいいだろ言わないでも。っていうかそういうお前はどうなんだよ」
A「そうやってすぐに話を反らすってことは、あれだな。図星だな」
B「そっちが一方的に聞いてきたんだから聞く権利くらいはあるよ」
A「じゃあ仮にだよ。仮に俺に友達がいなかったとしよう。それとお前に友達がいるかどうかっていうのはどう関係してくるんだ? 関係ないだろ? 俺に友達がいようがいまいがお前の友達が増えたり減ったりしないだろ? どうなんだ? なんか言い返せるか? あと俺に友達がいないのは仮の話だからな? そこ間違えるなよ」
B「どんだけ必死なんだよ。もしかして本当に友達がいないんじゃないの?」
A「いや、俺はいるよ」
B「誰よ」
A「まずはジャンボリー富永さん」
B「えー。あれ友達って言っていいの?」
A「いや、言っていいだろ。あの肩甲骨が突出する特技を持ってる人とか他にいないだろ」
B「いや、あれは確かにすごいよ。あんなに突出する人はなかなかいないよ。でもそれと友達かどうかって全然関係ないでしょ」
A「じゃああいつは? チャイニーズ吉岡」
B「いや、確かにブーメランの腕は確かだよ」
A「だろ? あんなに素直に戻って来るブーメランを投げられるのはあいつか上位のアボリジニしかいないだろ」
B「何だよ上位って。まぁいいけどそれもなしだろ」
A「じゃああいついたわ。忘れてたわ」
B「誰だよ」
A「いや、お前とか」
B「いや、それは何ていうかつまり、あれか? なんていうかこっちもじゃあ実は友達がいてさ。なんていうかお前だけど」
A「何それ気持ち悪っ」
B「うわぁ。う、うわぁ」
その後の歩み
需要はないですが、いろいろ変化があったので。
ブログを始めた時僕はスーパーニート状態でした。
そんな中、なぜか初めての彼女ができてしまいます。
このままではいけないと感じ、フリーターに昇格します。
そのままぐだぐだしているうちにブログの更新が途絶えました。
それからですが、今後の人生に不安を感じ就活を始めました。
一社だけ受けたら一撃で受かりました。
晴れてまっとうな社会人になった僕は、そのままその当時の彼女と結婚しました。
会社でも昇進したり後輩が入ってきたりしている中、先日息子が出現。
その息子は甲状腺機能低下症であると判明しましたが、まぁ元気に生きています。
とまぁこんな感じ。
書き連ねてみるとやけに短く感じますね。
ちなみに仕事は、あまり具体的には言いませんが名刺によると「映像制作のディレクター」です。
仕事で文章を書くことはありますが、あまり面白いものではないので、その鬱憤をブログで解消しようという魂胆です。
お、お前は
B「ちょ、お前どこ行ってたんだよ。何年もいなくなって、俺、俺」
A「ちょっとサンクスに」
B「サンクス南アメリカ店のか!」
A「えっ」
B「え、あれ」
A「いや、いきなり南アメリカとか言うから」
B「いや、あまりにも時間がたってるからどんだけ遠いサンクスに行ってたんだっていう意味のやつで」
A「お前、しばらく見ないうちに衰えたな」
B「そう言われると実際返す言葉もないけど」
A「あの頃のお前はそりゃもう輝いていたさ」
B「そうだっけ」
A「そうだよ。何せ全身に金粉を塗り固めーーー」
B「そうだったなぁ。わざわざ金の本場まで行って自ら採掘してって、おい! 俺は奈良とかにありそうな千手観音か!」
A「・・・わかるよな」
B「いや、今のは本当に申し訳ないと思ってる」
A「お前どうしちゃったんだよ。あの頃のお前はどこに行ったんだよ! タイか? タイにいるのか?」
B「いや、急にタイとか言われても。ニューハーフ可愛いとかしかネタないし」
A「お前には絶望したよ」
B「すまない」
A「というわけでゲストをお呼びしました」
うさぎさん「どうも、僕です」
B「出た!」
A「で、どうですか、最近の東証平均株価は?」
う「株は辞めまして」
A「ほう、では今は何を?」
う「今はもっぱらAKBですかね」
B「急なアイドルネタ!」
A「AKBとは、これは斬新な方向転換ですね」
う「まぁ時間も経ちましたし、僕ももう30歳を目前としてますからね」
A「なるほど。正論ですね」
B「あの、ちょっといいですか?」
A「何だよ急に。こっちは知的な話をしてるの」
う「そうですね。全く入り込む余地のない会話の流れから無理やり入り込んでくる、それは新卒で入社してきたヤバイタイプの方のゆとり世代ですらすることを躊躇するというのに」
B「本当にAKB好きなんですか? いつもそう言っていろいろ詳しくないじゃないですか」
A「お前、失礼だぞ」
B「いや、今日は言わせてよ。なんたって僕の存在価値が危ぶまれているんだから」
う「じゃあ君はAKBに詳しい、そう言いたいのかね」
B「少なくとも、あなたよりは」
う「ほう、それでは勝負するかね?」
B「望むところです」
A「それじゃあどっちが面白い野球のフォームかで勝負だ!」
う「ふっ、面白い」
B「この感じ、作者が飽きたかスマホでの入力の煩わしさに業を煮やしたパターンだな」
かなり久しぶり
久しぶりに読み返してみるとなんだか懐かしくて笑えました。
若いなって思いました。
それはつまり今老い始めているという証です。
昔に戻って若返ったっていいじゃない、もう30手前だし。
頑張ります。
そして光だけになった
「一緒に死んでくれない?」
冗談のつもりで言った
自分は死ぬつもりだったけど、彼も一緒になんて考えてなかった。
「うん、いいよ」
何の躊躇もなく、一瞬の迷いもなく、彼は言った。
うれしかった。そんなにも私のことを思ってくれてるなんて。
その日から、会うたびに死ぬことについて話した。
素敵な時間だった。愛する人と一緒に死ねるなんて夢にも思ってなかったから。
自分の意志とは無関係に、私は死に向かっていた。
それはすごく怖いこと。
死に場所くらい、自分で決めなきゃ。
どうやって死ぬかは、すぐに決まった。私の中で、最初から決まっていたから。
彼は、私のアイデアに快く了解してくれた。
これで決まり。
私と彼は、初めて出会った場所で死ぬの。
僕と加奈子が初めて出会ったのは、とある屋敷だ。五年に一回開かれる小さなパーティーに、僕と彼女は初めて招待された。
北海道にある屋敷。そこでパーティーが開かれる。具体的な内容を聞いても、誰も教えてくれない。初めてなら知らないほうがいい、などと言って、不安と期待を煽った。
午前八時に、最寄の空港に集まった。
参加者は皆、日本を代表する富豪で、彼らが一度に集まっているのを見ることなどないだろう。この中に僕が混ざっていいものなのか。そんな不安を抱いていた。
とは言うものの、僕も彼女も、富豪と言っていいだろう。日本人の平均的な資産など、ほとんどゴミのような金額にさえ思える。あいまいな言い方だとこんな感じだ。
空港からハイヤーが出され、三時間以上かけて目的地に着いた。
広い草原の中央に古めかしい屋敷が建てられている。海外のホラー映画にでも出てきそうな外観だ。円形なのも変わっていて面白い。遠目から見ても、鉛のような重苦しさが感じられる、妙に印象的な建物だ。
正面玄関が北に面しているため、周辺はうっそうとしている。常に影になっている部分には苔が生えていて、不気味な雰囲気をいっそう強くしている。
重い扉が開かれ、中に入った。
ダンスホールのような広い空間。天井も高い。見た限り照明もないため、非常に暗い。たった一つある光源は、天井付近に大きく開けられた天窓だけだ。
驚くことに、この屋敷、ホール以外の部屋がない。このホールのために作られたに違いない。いったい何が起きるのだろうか。
注意深く観察してみると、鏡のようなものが壁際に多数設置されているのがわかった。あまりにも暗いため気づきにくい。
参加者はとりあえず、適当な間合いを置いてしゃがみこんでいる。しかたなく、僕も真似してその場にしゃがんだ。
「もうそろそろだ」
誰かが言った。たった一つあるドアも閉ざされたため、かなり暗い。そのため、誰が言ったのかよくわからなかった。
どんな効果なのだろうか。徐々にホール内が明るくなってきた。真っ暗な世界に慣れていたため、とっさに判断できない。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
するとそのとき、真っ白になった。
何も見えない。これまでの薄暗い状態よりも、何も見えない。
目が痛い。強烈な光。
僕は、しゃがみながらもよろけた。
「わっ」
誰かの手に触った。その瞬間、その手が声をあげる。僕は無意識にその手を握った。
時間にして五秒ほどだろう。真っ白な空間は間もなく消え去った。
徐々に暗くなっていく空間。ようやく目が見えるようになった。それでも、何を見るでもなく、口を半開きにさせて中空を眺めた。
「バカみたいな顔ですよ」
僕の顔を覗き込んで、女性が微笑んで言った。
美しい女性だった。
僕はこの人の手を握っていたのか。
それが加奈子だった。
「ここからタクシーに乗るよ」
彼が私を押しながら言った。
正確には、私を押しているのではなく、私が乗っている車椅子を押している。
一緒に死のうと提案してから、三年以上経った今日、ようやくその日が来た。
私と彼が初めて出会った日。
五年前のその日のスケジュールをトレースして、私と彼はまず空港に着いた。
余命を宣告されたのは三年前。
あと一年生きられればいいでしょう。
そう言われた。
怖かった。
勝手に死んでいくのが、たまらなく怖かった。
でも、今はもう平気。
それに、あれからもう三年も生きている。 きっと、夢があったからだろう。
屋敷につくまでの三時間、僕らは何も言葉を交わさなかった。もう、交わす言葉も尽きてしまったからだ。
僕と加奈子を置いて、タクシーは帰した。あの日の場所に着いたのだ。
安らかに死ねるようにと、薬を調達した。。眠るように死ねるらしい。これを手に入れるのは、そこそこ大変だった
もっと大変だったのは、この屋敷を買い取ることだった。
加奈子は、すべての資産をつぎ込んだし、僕もかなり使った。はっきり言って、もう今までのような豪華な暮らしはできないだろう。
とにかく、間に合ってよかった。
話によると、五年に一度しか、その現象は起きないのだそうだ。太陽の高さや角度が関係しているらしい。天窓から差し込む光線が、計算された配置に置かれた鏡に反射し、ホール内を光で染めるのだ。少しでも入射角度が違うと、うまく反射しない。それにうまくいっても、真っ白な世界が続くのはほんの数秒間だけだ。
今日がその日だ。間に合って、本当によかった。
ポケットからカギを出して、ドアを開ける。僕は、加奈子を押して中に入った。
「ここでいいよ」」
ホールの中央近くで車椅子から降りて、ホールの中心に寝そべった。床が冷たくて、気持ちがいい。
「覚えてる?」
かすれた声で彼に言う。
「何を?」
「手、握ってくれたよね」
私がそう言うと、あの日のように、彼は私の手を握ってくれた。
「もうそろそろだよ」
彼はそう言うと、ポケットから一つの瓶を取り出した。錠剤が二つ入っている。
私が手を伸ばすと、彼はその上に一つ落としてくれた。残りの一つは、彼が握り締めた。
彼が腕時計を見た。
「もうすぐだ」
私は、手にしている錠剤を眺めた。
「もう、いいよね」
「うん」
私は、錠剤を一息で飲んだ。
彼も、同じようなしぐさをして飲んだ。
「目は開けていよう」
彼の温かい言葉。
それと共に、暖かい光が。
真っ白。
握っている手の感覚がなくなった。
冷たかった床の感覚も、頬を伝わる涙も。
何もかもがなくなっていく。
ただ、真っ白。
命が消えていく。
薄くなっていく。
鼓動が消えて。
そして、光だけになった。
加奈子を愛していた。出会ってからずっと、その気持ちは変わらない。
五年前に出会って、その二年後に死の宣告を受けた。
加奈子は死ぬけれど、僕は死ねない。
加奈子が死んだら、僕は生きてなきゃいけない。
真っ白な世界で、そんなことを考えた。
飲まずに隠し持っていた薬を握り締めて。
徐々に暗くなってくる。視界が明瞭になっていく。目の前には、目を開ききったまま動かない加奈子がいた。
僕は握っていた手を解いて、その手を加奈子の目の上にかぶせた。目を閉じてやろうかと思ったのだ。でも、やめた。
僕はそのまま立ち上がって、外に出て、カギを閉めた。
空には小さな雲がいくつか浮いているだけ。見事な快晴だ。
僕は太陽を眺めた。
さっきほどの光の強さではないが、目が少し痛くなる。目が痛くて、そのせいで涙が少し出た。
左手に握られた薬を見る。右手でそれをつまんで、空に投げた。高く、高く上がっていったそれは、太陽と重なって、どこかへ消えてしまった。
僕はそのまま太陽を見て、祈った。
どうか、光に包まれた加奈子がきれいな世界に行けますように。
幸せでありますように。
そして、死んでもなお、美しくあれ。
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夢で刺す
きれいな待合室に通された。冷房が効いていて涼しい。受付のきれいな女性に案内されてから、十分ほどが経過している。おそらく、そろそろだろう。
このビルに辿り着くまでに、数十万円を消費した。情報を得るための資金だ。さらに、このビルでも百万円使った。それは目的を遂げるための値段だ。
このビルには、政界や財界の大物しか知らない、ある装置が存在する。
自分の望む過去を夢で見ることができる装置。それがここにある。なぜ大物がそんなものを求めるのか知らないが、僕にはそれが必要だった。彼らにも、きっとつまらない理由があるのだろう。
僕は昔からだめだった。そして、今もだめだ。苦労して勉強して、たいした大学にも入れなくて、弱小企業に何とか就職できて、一切出世せず、後輩にも追い抜かれている。小さなころから付き合いのある嫁がいるけど、不細工だ。でもそれには満足している。
中学で、僕はいじめられていた。
小学では平穏な生活を送れていた。友達も、少なかったけど一応いた。
中学に入ると、他の小学から来た人と一緒になる。彼らにいじめられた。きっかけはわからない。なにか気に入らなかったのだろう。いじめの理由なんて、ちんけなものなのだ。
教科書に落書きをされたり、捨てられたり、悪口を言われたり、ちょっとどつかれたりした。彼らのストレスがたまっているときは、殴られたりもした。
僕はつらかった。いじめられることより、それで友達がいなくなったのがつらかった。いじめられっ子には友達がいないものだ。どんどん離れていく。僕を嫌いになるのではなく、好きだったことをみんなは忘れるのだ。
でも、その気持ちは理解できた。懸命だと思うし、僕だってそうしたと思う。いじめられっこの友達になんてなりたくない。一緒にいじめられる可能性もあるし、なによりいじめられっ子の友達というだけで惨めな気持ちになる。そうだとわかっていたから、僕は彼らに助けを求めたりしなかった。それは、僕が彼らの友達だったから。少しの間だけど、一緒にいてくれたから。だから、彼らに感謝することがあっても、決して憎んだりすることはない。これからも、ずっと。
そんな中、唯一話しかけてくれたのは、僕がいじめられていると知らなかった、今の嫁だけだ。彼女だけは僕の置かれている現状を知らず、毎日笑顔で話しかけてきた。そのときは鬱陶しかったけど、他人に対してそう思えること事態、じつは奇跡みたいにスペシャルな感情だったのだと、今だから思える。
でも、僕を救う人なんて誰もいなかった。いじめを知っている人も、見て見ぬ振りだった。誰にだって期待なんてしてなかったけど、誰か助けてくれたらと夢見ていた。
僕が救われないのは、全部僕自身のせいだった。僕が助けを求めなかったから、僕は救われなかった。責任転嫁をしてはいけないことは、今の僕にだったらわかる。
いつからか、僕は小さな折りたたみナイフを隠し持つようになった。父親がキャンプ好きで、そういうものをいくつか持っていた。それをこっそり持っていったのだ。
でも、そのナイフが使われることはなかった。僕のポケットに、ずっと入ったまま。
何度も使おうとした。
いつも、部屋で一人、とっさにナイフを使うときの練習をしていた。いつか使う日が来ると思って、そうした。
いじめっ子に暴行を加えられた。そのとき、何度もポケットに手を突っ込んで、ナイフに触れた。
でも、使わなかった。
暴力でやり返してはいけない。そう思い込んで耐えた。傷だらけで家に帰っても、本当のことなんて誰にも言わなかった。
それが相手の思う壺だと、ただやり返されるのが嫌だからだとわかっていたけど、そんな気持ちは心の隅のほうに隠してしまった。そのほうが無難だと思ったからだ。
僕は後悔している。刺してやればよかったと思っている。そしたら、僕はこんな性格で成長しなかっただろう。やるときはやれる、そんな人になれたかもしれない。
そう。今のこの僕の存在は、僕自身が作ったものだ。誰に作られたものでもない。僕が変わるには、僕が変えようとしなければならない。変わろうと行動しなければならない。
だから僕はここに来た。ここで当時の夢が見たい。そして、あいつらを刺してやりたかった。
「お待たせいたしました」
受付の女性がドアから出てきた。なにやら書類を持っている。
「これに署名をお願いします」
手渡された書類には、細かい文字が詰め込まれている。僕はこういうものをちゃんと読まないと気がすまないタイプだ。一応目を通すことにした。どうやら注意事項などが書かれているようだ。
「あの、すみませんが、時間がないのでなるべく早急に署名をしてもらいたいのですが」
僕は、こういうものをちゃんと読まないと気がすまないタイプだが、それ以上に言われたとおりにするタイプだった。
不本意だったが、書類の下の記名欄に渡されたボールペンで署名し、朱肉を借りて拇印を押した。受付の女性は、すばやくそれを確認する。
「では、こちらへどうぞ」
彼女が先ほど出てきたドアに案内された。
中に入ると、大きなベッドが目に付いた。その脇に箱状のコンピューターが設置されていて、その上部から数本のプラグがベッドまで延びている。
白衣を着た男が笑顔で僕を迎えていた。
「早速始めましょう」
ベッドに寝るよう指示される。僕は言うとおりにして寝た。
「何年前の夢が見たいんですか?」
白衣の男がコンピューターの前に立って言った。
「十五年前の夏です」
「正確な日付はわかりますか?」
「そこまではちょっとわかりません」
「なるほど」
白衣の男は、コンピューターに接続されているノートパソコンに、なにやら打ち込んでいる。
「まぁ、そのくらいまで限定されていれば、たぶん大丈夫でしょう。強く、見たい夢のシーンを思い浮かべてもらえれば」
「はぁ」
署名をしたときも思ったが、はっきり言って説明が不足していると思った。きっと、ここに来る人は常連かその知り合いで、詳しい話を知っているのだろう。僕はお金を出して場所だけ伝えられたので、大まかにしか理解していなかった。
「一つだけ注意してもらいたいことがあります」
白衣の男はパソコンの操作をやめ、僕のシャツを肘まで捲くりながら言った。
「夢の中ではあまり無茶なことをしないようにお願いします」
「なぜですか?」
「えー、検証不可能なことなのであまりはっきりとは言えませんが、場合によってはもう一度ここに来てもらわなければならなくなります」
「よくわかりませんが、もう一度来るくらいなら別にかまいませんけど」
「まぁ、実際こちらとしてもかまわないので、一応あなたのためを思って注意しておきます」
「何が起こるのでしょうか? その説明はしてもらえないんですか」
「説明は、事前に書いてもらった書類に書いてあるとおりです」
書類なんて読ませてくれなかったじゃないか。そう思ったが、この男はそんなことを言われる筋合いもないだろう。書類を書かせたのは受付の女性だからだ。文句を言うなら彼女にすべきだし、それにこの状態になってしまってからではもうそれも不可能だろう。食い下がって了承するしかなかった。僕は小さく頷く。
「では、注射を打たせてもらいますね」
そう言って、白衣の男は僕の腕に注射器を刺し、中の液体を注入した。。
「ただの眠剤です」
途端に眠くなった。こんなに即効性のあるものが存在するのか。
「すぐに眠くなります。今のうちに、その日の情景を思い浮かべてください」
僕は、すぐに眠ってしまった。
肩を揺すられて、僕は目を覚ました。机に伏せていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「起きなよ」
肩を揺らしていたのは、隣の席の木下だった。木下は近所に住む同級生の女子で、いつも僕におせっかいを焼く。
「起きてるよ」
「もう帰りの会も終わってるよ。早く帰りな」
僕が起きたとわかると、木下は帰ってしまった。そうしてくれて助かった。一人のほうが気楽でいい。
教室には誰もいない。ただ強いていうなら、僕だけはいた。南西から赤っぽい光が教室に侵入し、細長い机の影を作る。たくさんの机から伸びるその影におびえるようにして、なにも入っていない軽いバッグを持ち、重い足取りで教室を出た。
廊下にはまだ生徒が数人いて、なにやら騒がしい。僕には関係のないことだ。
下駄箱が見える位置に差し掛かる。下駄箱の周囲には、関谷君たちがたむろしていた。ムカつくんだよ、などと大声で叫びながらゴミ箱を蹴っている。
僕はすぐに踵を返して戻ろうとした。でも、僕は彼らに見つかってしまった。
「おい!」
その声に反応して、僕は立ち止まってしまった。背後から彼らがやってくるのがわかる。
震え。脂汗。眩暈。そして視線が泳ぐ。
「ちょっと来い」
肩をつかまれて引っ張られる。上履きのまま、僕は外に連れて行かれた。
体育館の裏。僕の心臓は、不安でドキドキ鳴っている。何度かここに連れて来られたことがある。そのときは決まって殴られた。
「森田に説教くらってさぁ、イライラしてんだよね」
そう言って、関谷君は僕のお腹を殴った。つらくて、僕はお腹を抱え込んで倒れた。すると、関谷君は倒れた僕の背中を何度も蹴った。
つらいけど、我慢するしかない。ここで歯向かったら、彼らは怒る。きっと、もっとひどい目にあうんだ。それは絶対に嫌だった。
「あぁ、スカッとすんなぁ。お前らもやれよ」
関谷君は、周りにいる仲間にそう言った。僕を蹴る足が増えた。
痛いけど、ちょっと我慢すればいいんだ。こうやって縮こまってれば、すぐに終わるんだ。
そう、思っていた。
いつもそう思っていた。
僕は、自分を励ますように、ポケットに隠したナイフを握った。力強く握ると、なんだか安心できた。
「刺してやれよ」
僕の中の誰かが言った。
いつも誰かがそう言う。でも、僕は一度もその助言に従ったことがない。
刺してどうなる。
なんになる。
誰のためになる。
使わないのにナイフを持っている。
でも、僕はそれを握るだけで、少しは強くなれるんだ。
「やらないと、一生そのままだぞ」
お父さんみたいな声が聞こえた。
この声は、初めて聞いた。
ナイフを握る手が、暖かくなる。
ナイフが、本領を発揮したくてうずうずしている。
体の痛みがなくなった。
途端に勇気が湧いてきた。
そうだ。僕はナイフを持ってるんだ。あいつらより、ずっと強いんだ。お前らなんかに、負けないんだ。
僕の中の誰かが意気込んだ。
気がつくと、僕はナイフを取り出していた。そして、慣れた手つきで刃を出すと、不慣れな手つきで目の前の足に刺した。
僕を蹴る足が止まった。
僕は夢中でその足に何度も刺した。
刃を抜いては、また刺した。
ときどき刺したままひねったりもした。
誰かが僕の頭を殴ったり、蹴ったりしてきた。
そんなの気にしない。もう、慣れてるんだ。
あぁ、なんて爽快なんだ。なんて気持ちがいいんだ。
彼の黒いズボンがだんだんと水分を含み、刃に、そして僕の手に、赤いものが付着した。
きれいだと思った。
暑苦しさで目を覚ました。空調が何もない部屋なのに、窓も開けずに眠っていたからだ。
僕は仕事で疲れきっていた。帰るとすぐに部屋の真ん中で横になり、いつの間にか眠っていた。
また、あのときの夢を見た。僕が関谷を刺したときの夢。
いいところで夢は終わった。いいところというのは、これで最高潮という意味だ。ここがいいところのピークだった。その後、先生が急いで駆けつけ、僕は取り押さえられた。そして、僕は少年院へ入れられた。いろんな人に怒鳴られたし、泣かれたりした。
少年院を出て、僕はもう社会に見放される人間になってしまったのだと感じた。誰もが僕を軽蔑する目で見た。高校には行かず、働き口を探しても見つからない。みんな、なぜか僕のことを知っているのだ。
ようやく見つけた小さな工場で、僕は今日までずっと働いている。
安い賃金は当初から変化しない。それでも、僕は文句なんか言えなかった。ありがたいと思う権利しかなかった。二十八歳になって、僕はずっと重労働を強いられて、今まで生きている。
なんであのときナイフを使ったのか。今でもわからない。
ただ、誰かに背中を押されて、気がついたらナイフは血まみれになっていた。
先生が駆けつけなければ、殺してしまったかもしれない。
それくらい、気が狂っていた。
あの日以来、幼馴染だった木下とも会っていない。彼女には悪いことをしたと、今でもずっと思っている。
僕はどうすればよかったのだろうか。少なくとも、ナイフを使うべきではなかった。そのことだけは確信している。
それまでのように、黙って耐えていればよかったのだろうか。彼らが飽きるまで、僕は我慢し続ければよかったのかもしれない。
そうだろう。そうするべきだった。そうしていれば、少なくとも人の道から外れることはなかった。
ずっと落ちぶれ続けることなんてない。いつかきっと誰かに認められる。ただそれまで耐えていればよかった。
もし過去に戻れるなら、あの日に戻りたい。そして、無理やりにでも木下と帰ればよかった。女性と一緒なら、彼らにちょっかいを出されても言い返せたかもしれない。
でも、そんなこと不可能だから、僕はただ生きていくだけだ。
あの日以降、僕の人生の選択は間違っていないと思う。少しでも間違っていたら、ちゃんとした仕事にも就けず、ぷらぷらとなんとなく生きていただろう。
僕は間違えていない。少なくともあの日以外は。
立ち上がり、押入れから布団を出した。床で寝ないで、ちゃんと布団を敷いたほうがいい。
しっかりと布団をかぶり、電気を消した。
目の前の道路を走る車の騒音。カーテンの隙間から進入してくるネオンの光。
それでいい。快適な睡眠を邪魔してくれて結構。
浅い眠りにつきたい。そしてできるだけ長い夢が見たい。
もう僕には、そこでしか夢も希望もないのだから。
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。
笑え小学生
僕は、意識して給食を早く食べた。すべての器が空になったことを確認し、顔を上げた。会話をしながら楽しそうに給食を食べるものがほとんどだが、教室の後ろでは、すでに完食し終えた男子達が数人集まっていた。彼らは二人の男子を取り囲む形で輪になり、静かに何かを見守っている。
僕は立ち上がって、彼らのもとまで歩いた。平均身長一四〇センチメートルの彼らの後ろに立つ僕は、すごく目立つ。彼らとは身長が違いすぎるのだ。目立つせいで、輪の中心にいた一人が僕に気づいた。僕の顔を見て微笑んでそれを伝えてきた。
「どう?」
少し体を屈めて、近くにいた坊主頭の青木に聞いた。
「全然ダメ。あいつ、もうこれやりすぎて慣れてきちゃってんだ」
「そっか」
とりあえずまだおもしろいことは起きていないようだ。とりあえず見学することにした。
輪の中に入っていたうちの一人が、顔を下に向けて輪に加わった。なんだか少し疲れているようだ。
中央にいる高柳は、少し太ったごくごく普通の小学五年生だが、他の人にはできない、特別な才能があった。この才能を見るために、いつも数人の男子が給食を急いで食べる。給食の、この時間にやるのが最適だからだ。
口に牛乳を含んだ状態で笑うと、鼻からそれを噴出させる、という特殊な能力を、彼だけが持っていた。誰にだって、時々そんなことが起きるが、彼は確実にそれができた。笑えば、いつでもどこでもできた。みんなまねをしてみたが、誰にもできなかった。
今、高柳の口には少量の牛乳が入れられている。あまり多すぎると口から出てしまい、鼻から出た量がわかりにくくなってしまう。彼がおもしろいと感じる具合が高いと、鼻から出る牛乳の量も多くなる。この二つの比例関係がおもしろい。おもしろさが具体的な量として計測されるからだ。
「俺が行く」
メガネをかけた三上が名乗り出る。誰も止めることはなく、彼は高柳の前に立った。
三上は一度高柳を睨みつけると、回れ右をして背を向けた。僕から見ると、正面を向かれる形になる。
何を思ったか、三上は自分のズボンを半分ほど下ろした。高柳にはおしりが半分ほど見えるだろう。何をするつもりなのか。
「垂直尾翼っ!」
三上はおしりを高柳に突き出して、そう言った。誰も笑わなかったが、僕だけはおかしくて口を押さえてしまった。
数秒そのまま固まっていた三上もさすがにあきらめて、ズボンをはき直し、また輪に戻った。
ここしかない、と僕は思った。この冷めた場なら、きっといける。そう思った。
「じゃあ次は僕がやろう」
そこにいた全員が、僕のほうを見た。そして拍手喝采を注ぐ。僕がやる、というだけで、彼らは楽しいのだ。
坊主頭の青木を押しのけて、僕は高柳に対峙した。彼は口角を上げて余裕を見せる。
僕はがに股に足を開いて、両手をひざに乗せた。その体勢で一度高柳を睨みつける。そして、そのまま右足を持ち上げた。お相撲さんが四股を取る体勢だ。
高く上がった足を数秒そこに待機させる。あとはこの足を下ろして決め台詞を言うだけだ。これはもう二日も前から考えていたネタだ。練りに練られたこれは、美しいくらいに洗練されている。絶対な自信があった。
僕は足を勢いよく下ろした。その足を高柳は見ている。僕は彼の目を見ている。
足を下ろした瞬間、バチン、という聴いたこともない音が聞こえた。僕の口から声が溢れる。
「ああああああ」
僕は右足から体が崩れた。立っていられないのだ。右足首に激痛が走る。まさか、アキレス腱が逝ったか?
転げまわる僕をみんなが見下ろしている。高柳は口をふさいで僕を見ている。誰もが沈黙している中、僕の断末魔だけが響く。
最初に沈黙を破ったのは、やはり高柳だった。鼻から、今までに見たこともない量の牛乳が溢れる。それにつられて、周りの男子もげらげらと笑い出した。
肝心の僕は、それどころではない。手を差し伸べて真剣に痛みを伝えようと試みるも、誰にも伝わらなかった。
ここで奇跡の女神が現れる。クラス委員の女子、佐藤がやってきたのだ。尋常でない叫び声につられたのか、それともどんなにおもしろいことが起きているのか気になったのか、どちらかはわからない。彼女は僕の悲痛の表情を見て、本当に痛いのだと察したらしい。口を押さえて声を殺していた。
「誰でもいいから先生を……」
口を押さえたまま、彼女は頷くと、振り返って走り出した。
みんなは僕を見るのをやめて、走り去る佐藤を眺めた。ようやく事態の大変さに気づいたのだろう。誰もが黙ってしまった。
僕は痛みをこらえて仰向けになった。鼻の下に牛乳の跡を残した高柳が、心配そうに僕を見下ろしていた。僕は左手をこぶしにして彼の前に突き出すと、親指だけ立てた。
「心配すんなって」
このあと誰か先生が来て、救急車を呼ばれた。生まれて初めて救急車に乗った僕だったが、あまりの痛みにほとんど記憶はない。
アキレス腱が断裂したらしい。おそらく、というか確実に、足を下ろしたときに切れた。思っていたよりも入院期間は短く、一ヶ月でいいと言われた。
個室のベッドはいつも静かだ。テレビはあるが、見ることはあまりない。いつも一つだけある窓を眺めている。
窓際にはクラスのみんなから送られた千羽鶴が飾ってある。千羽鶴とは言っても、確実に千羽ない。百羽くらいだろう。形にも統一感はない。きれいなものもあれば汚いものもある。一つ一つに製作者の名前を付けさせればよかった。そしたらおもしろかったかもしれない。
日曜日に、クラスの代表数人がお見舞いにきてくれた。こんなことを言っていた。
「新しい先生が怖い。それに高柳君が鼻から牛乳を出すのをやめさせたの。つまんないよぉ」
こう言ったのは佐藤だった。佐藤は陰ながらあのイベントを見ていたのだろうか。
「つまらないのはしょうがない。それが先生ってものだからね。ちゃんと言うことは聞くように」
僕がそう言うと、眉間にしわを寄せて帰っていった。
大人はいつもつまらないものだ。つまらないことを教えるし、つまらないことが重要だとも言う。そうだろうか。
大体、僕ら教師は小学生の彼らより優れているのだろうか。ただ単に、知識と経験があるだけだ。それだけの差だ。
僕はいつも彼らの前ではたのしそうに振舞う。大人はつまらないかもしれないけど、大人になったらたのしいんだと、そう思って成長してほしいからだ。
早く知ってほしい。早く経験してほしい。早く巣立ってほしい。
それが僕の願いだ。それはきっとたのしいことだから。
僕は窓から外を眺めた。枯れた木の枝に、スズメが二羽、寄り添って止まっている。それらは、窓から侵入してくる太陽光をさえぎり、真っ白なベッドにシルエットを映した。
早く退院したいなぁ、と僕は思った。
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僕だけのために歌って
本人に意味がなくても、他人には意味がある。そういった創作活動にこそ価値がある。
本来なら大人数に意味のあるものの方がよりその価値は上がるが、少人数の人間のために創るマイナーな創作物は、それはそれで創っていて楽しい。価値があまりなくても、少なくとも多少の価値がある。
この小説を書くのもそうだ。
これはある人物に向けて書いている。とは言っても、これはその人物から依頼されて書いているに過ぎないのだが。
でもまぁ望んで待っているたった一人の読者のためにも、より上質な作品を創ろうと思う。
その前に、これだけは言いたい。
誰のためでもなく、自分自身のためだけにする行為がある。それは自分だけが観察できればいいし、むしろ見られたくないものだ。
誰にだってそういうものがあることを、理解しておいてほしい。
×
母親が朝早くに出かけると言うので、必然的に自分も早く起きることになった。毎朝母親に叩き起こしてもらっているので、このくらいはまぁしかたない。たまにはゆっくり朝を過ごすのも悪くないか。
布団の外は少し寒い。九月も終わろうとしているこの季節は、布団から出ることが困難だ。完璧に冬になっていてくれればあきらめもつくが、この中途半端な気温ではちょっとまだやる気が起きない。
しかし、いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。掛け布団を豪快に持ち上げて、一気に立ち上がる。数秒固まりはしたものの、無事に朝を迎えることができた。
いつもより早めの朝食を、いつもよりゆっくり食べる。ニュース番組も、いつもやっているコーナーとは違うものがやっていて新鮮だ。朝の占いは三位と、まぁまぁの成績だった。
トーストを二枚食べ終え、時計を見る。いつもより三十分ほど早く食べ終えていた。
しかし、ゆっくりしていてもしょうがない。さっさと着替えて、家を出た。
いつもと違う色彩がまたおもしろい。太陽の高度が低いからだろう。全体が少しだけ赤っぽい。
それにしても、いいかげん手袋をしたほうがいいかもしれない。ポケットに差し込まれている手はもう死体のように冷たい。死体の体温はよく知らないが。
自分はわりと寒がりだ。これは最近気づいた発見だ。でも、だからといって暑いのが好きなわけでもない。寒すぎるのも暑すぎるのも、どちらも嫌いだ。きっとこれは正常な人間だからだろう。
校門の前で少し立ち止まって、そんなことを思った。
それにしても、うちの学生は真面目だ。こんな朝早くから行われる部活動に参加している。不満も漏らさずに。まったく自分の不真面目さが惨めに思えてくる。入学して二年半ほどになるが、一度も朝連に参加したことがない。放課後の部活にも、数えるほどしか参加したことないが。
グランドをむやみにランニングする生徒。半そでにハーフパンツでがんばっている。いいことだ。隅のほうでは坊主の少年達が大声を出してボールを投げ合っている。これはこれは、さぞかし楽しいことだろう。
そんな寒さにも負けない小学生のような精神力を持った同じ高校生を横目で見ながら、昇降口までゆっくり歩く。なんとなく優越感を感じながら。
普段はこんな光景を見ることもない。朝礼の始まる五分ほど前に到着するからだ。その頃には彼らも惜しみながら運動を止め、しぶしぶ教室に戻っていくのだろう。その姿も見たことはない。
ふと、聴覚に意識を向けた。
これはなぜだかわからない。
きっと、運命なのだろう。
合唱部の歌声が聞こえてきた。三階建ての校舎の、三階の隅に音楽室がある。そこから聞こえてきているようだ。男子生徒のあまり美しくないハーモニーが、少しもやがかかったように聞こえる。きっと室内で歌っているからだろう。詳しいことは知らないが。
この実力で朝から練習する気になる彼らの実直さに感心することなどせず、ただ一つだけ聞こえる高音の声に注目した。
この声だけがはっきりと、なんの障害もなくまっすぐ聞こえる。気のせいかもしれないが。
立ち止まって、音楽室と思われる部屋を見上げる。外から校舎を観察した時、どの教室がなんなのかいまいち断言できない。それはしかたないか。
外からではなにも見えない。もう少し窓際で歌うよう伝えておこう。知り合いなどいないと思うが。
しかたない。気になってしまったのは自分の責任だ。止めていた足をまた始動させ、少し早足で昇降口に向かった。
なぜ男子ばかりの声の中にあのような高音が混ざっているのだろうか。男子は数人いるように思われたが、あの高音はたった一つだ。不自然ではなかろうか。
常識的に考えて、高音の方がよく聞こえるだろう。だからきれいに聞こえたのはわかる。でも、あれは複数ではない。一人だ。たった一人で、数人の男子を上回る声量と魅力を持っていた。
上履きに履き替え、廊下に出る。かかとを踏んでいたが気にしない。これはいつものことなのだ。
少しだけ早足で階段を上がる。廊下に人はあまりいない。
三階に着く頃には、多少息が上がっていた。運動不足なのかもしれない。
さすがに校舎内だったら音楽室の場所は完全に把握できている。何の寄り道もせず、そちらの方へ向かう。
徐々に歌声が大きく聞こえてきた。男達のなんとも無気味な低音が響く。きっと悪魔の呪文を歌っているのだろう。
音楽室のプレートが刺さった部屋のドアの前に立ち止まる。確実にここから男達の声が聞こえる。不快だ。あの高音は、なぜか聞こえない。歌うのをやめたのだろうか。
思い切ってドアを開けることした。思い切った行動ではあるが、ドアを開ける手はいたって慎重に動いている。気づかれないよう、細心の注意を払って、ゆっくりと取っ手を持つ手をスライドさせた。
中にいるのは十人ほどの男子生徒ばかりだった。女性などいない。あの高音の正体はなにものなのだろうか。ちなみに、ドアを開けたら全員がこっちを見ていた。歌も止まっている。
「なんですか?」
横一列に整列した男子達だったが、一人だけその輪から外れている男がいた。これはきっと指揮者だ。その指揮者が口を聞いてきた。
「いや、木下先生はいる? 用事があるんだけど」
適当なことを言ってごまかす。音楽の先生のせいにしよう。とっさに出た言葉にしてはなかなか悪くない。悪くないというのは自分自身の評価だが。
「いないけど。っていうかまず最初に職員室に行くべきじゃないかな。多分いると思うけど」
なんだこの言葉遣いは。腹が立つ。それによく観察してみれば、この指揮者、メガネもむかつく。太く真っ赤なフレームで、肝心のレンズ部分は細い。そのくせ、瞳は大きい。レンズからはみ出ているのではなかろうか。きっとこれが個性的でかっこいいと思っているのだろう。まぁ、美形なのは認めるが。
「わかったよ。ありがと」
そう言って、返事も聞かずドアを閉めた。しばらくその場にいたが、歌が再開される様子がないので、教室に向かうことにした。
自分の教室は二階にある。無駄なことをしたと多少後悔しながら、階段まで歩く。
もうあの声は聞こえない。毎朝歌っているのだろうか。それならまた明日がある。
明日も早く起きるのは面倒だ。母親は起きていないから、自力で起きるしかない。まぁそれくらいやって当然なのだろうが。
扉が開く音が聞こえた。
音が聞こえた方を見上げる。上から聞こえたからだ。ここが最上階のはずだが……。
逆光のせいでシルエットしか見えなかった人物は、開かれたドアを閉めることによって鮮明になった。見覚えがある。あれは同じクラスの……。なるほど。屋上か。
そこで、ある一つの仮説を思いつく。きっと正解だろう。誰の目にも明らかだ。
あの声の正体は、こいつだ。
声がクリアに聞こえたのは、外で歌っているからだ。しかし、外では音が拡散してしまう。それはまぁ教室で歌っているのを聞くのと同じだろうが。
なぜ屋上で歌う必要があるのか、ちょっと理解できない。わざわざ彼らの歌に合わせているようだった。合唱部に入ればいいような気もするが。
確か、名前は岡崎。下の名前は使わないので把握していない。
岡崎は、立ち止まってこちらをじっと見ている。目のやり場に困るだろうが。
「屋上なんて入っていいの?」
とりあえず話し掛ける。間が持たないのだ。
「さぁ」
岡崎はそう言って首を少し傾ける。
「もしかして、歌ってた?」
もう、単刀直入に聞いた方が早いと判断した。
「うん」
一言で返す。
「合唱部に入ればいいじゃん」
「あんまり人に聞かれたくないから」
質問を予測していたかのように即答する。もう返す言葉もない。
立ち尽くしている岡崎を置いて、階段を降りることにした。
体が、少しだけ、ほてっているような気がした。
さきほどよりもずっと気温が上がっているのだろう。涼しいくらいでちょうどいい。
陽が昇ってきているからかな。
そうに違いない。
×
この後、いろいろあって二人は交際をはじめる。この場合の交際は、付き合うということだ。さらになんと結婚までしてしまった。まぁその辺は省略しよう。
そして今、この物語の主人公が執筆を観察している。作品をオーダーしたのだから執筆を見るのは当たり前、と屁理屈を言う。うしろでごたごたと、こんなにグレてない、とか言っているが、そんなことはお前が判断することではない。
少なくとも、僕にはこう見えた。
「あの頃の声はかわいかった」
うしろからこんなことを言ってくる。しかたないだろう、声変わりをしてしまったのだから。声変わりをしたのは僕の責任だが、それに対して文句を言われる筋合いはない。
別に、僕の声が高いから好きになったわけでもないだろう。
僕のどこが好きなのかは、よく知らないが。
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