ここんとは、2週間近く鬱傾向があって、危なかった




原因はわかってたけど、自分の中で結構無理をして頑張っていた


それでも何とか成り立ってたから、それでも無理は無理でなかった




だけど、どうもそれが壊れてからは、鬱になり始めた


あの時の世界は、まさに鬱の世界そのものようで、今思えば怖い


それ以降くらい自分が出てきて、


どっぷり沈んでいく自分を、自分ではコントロールできなくなるように体が動かなくなってイライラすることが多くなっていく


自分にも自信がなくなってきて、人ともあまり会いたくない


そんなことがあっても、そんな自分もどこか好きだったりする


何にも心配することがなければ、あのまままどろみにはまっていってもある意味いいとは思う


ただ、おれがこれから成すことを考えると、そこの世界に居続けることはできない


それはわかっているけど、そちらの世界へ行きたくなる


抜け出すに抜け出せなかった





結構ね、微妙なラインでの葛藤だったから、なかなか揺れ動いたけど


でも今は思考もはっきりしてきたし、あのボヤけた視界はなくなった





もちろんそれは原因は大きく一つだったけど、もう一つあったことに気づいた


先に2つ目が解決したけど、最後に1つ目


そうすると不思議なことに、自分に余裕が生まれてきた






テストが終わってから、半年の中でどれだけ学ぼうか


そればかりに追われていて、暗闇の中をひたすら意味もなく走っていた気がする


ただ闇雲に









つまり、生き急いでいたんだね


だけども、今はやることはただ一つにまとまった


おれがやりたいのはただ一つ


来談者中心療法


そこに今までは余計な知識が舞い込んできて混乱してた


そうすることで開いた時間は勉強につぎ込んでいた


それ以外のことをするとどこか抵抗を感じてた


『こんなことをやっていていいのか?』


心のどこかでそう感じていた




まぁでも今は、いくつかの理由により曇り一点なく、真っ直ぐそれに向かっていけるようになった


ただ一つ、自分を磨くこと


そうすると、勉強することはもうあまりない


教育分析を受けるか


SVを受けるか


会話をするか


それに関する本を読むか




家に居るときは、大したことはする必要もない


気が向いたら本を読めばいいだけ


それ以外は好きなように無駄に過ごせばいい





それが今はっきり見えてきた


ほんとに心に余裕が出てきた


今日は洗濯物をたたみながら、なんかリラックスしている自分を感じた





今まで、もっともっといろんなことが出来る自分になりたい


おれは人とは違う


あの人に出来ておれに出来ないわけが無い


あの人が出来なかったことは、何か方法を探せば必ずおれには出来る


なんでも自分でやる





そうして突っ走ってきた


もちろんこの考えは悪いことではない


力を発揮するときは素晴らしく動ける


ただ、自分の限界というものを微妙に超えていたことに気づいてか気づいてないのか


それはわからないけど、無理をしすぎていたのかもしれない


あんな考えを常に持っていたから、つまりおれらしく生きていけなかったのかもしれない







『おれは、人とは違う』






そう思って、人とは違う自分になろうとしてきた


そう思うことで、無意識に行動もそうなってきた


そして今のおれがいる




それはおれだけど、どっか微妙にずれている感じ


他人より一歩無理して上を行こうとしていた


でも、おれは無理をしていた


無理をしようとしている自分も、また本当の自分


だけど、基本レベルの能力的にはきっとたかが知れてるのかもしれない


結局おれはみんなと変わらない人間なんだと


そして、みんなの思うような良い人ではないということ


つまりは、建前というおれの願いと良心で、本音を知りつつも犠牲か、両立しようとしていたんだろうね






おれは



ごく一般の人間なんだよね


違う人間であり続けることに存在意義を出してきたのかな?


だけど、それが崩れたけど、崩れてはいない


ごく一般なおれだけど、その中できっとおれにしかない魅力というものがあるはずだって



無理をして違うものを探さす必要はないって





我慢する必要はないよ





もっともっと自分を、





ありのままの自分の感情を表現していきなって






















フリッツパールズの言葉


まさにあの通りだって




おれはあんたの気に入るために生きるんじゃない


おれは、   おれのために生きるんだ





そして、やっぱり相手に対して優しさというものを持ちすぎた


そこの判断がこれから非常に難しい判断











結局は自己一致だよね


もうおれは無理はしないさ


だけど、無理をすることが必要な時も出てくる


だから、必要を感じた時に、そうすればいい





なんだかんだ言って


今の自分を作り上げたのは、まぎれもない


自分自身であるということだね


他人や環境がどうとかじゃないことが多いのかもね





それなら、やっぱり自分で作り上げたものは、自分で気づいて、


自分でいくらでも変えていけるということだね


それが、何事にもとらわれない自分らしさなのかも





なんかね、、、、自分を欺いたって、結局苦しむのは自分なんだね


弱い自分、見ないようにしてきた自分


きっと苦しいだろうけど、向き合う必要がある


少なくともおれは


でも、気づいて、


そして受け入れれた時


妙に腑に落ちるこの柔らかい感じ






やっぱり、自分が変わることで世界が変わるという言葉は、


主観的なもので見ると、まさに本質的にそうだと思う


人生を楽しく人間味にあふれたものにするためには、


自分に正直でいること


そして、人を受け入れること


そして、相手の話を本当の意味で聞けること




自己一致


受容


共感的理解



おれの出した結論に、偶然なのかわからないけど、3条件と同じだね


カウンセリングというものと、おれの生き方は同じ方向を向いているのかなぁ





あまり友達も多くないし、


社交的ではない


あまり自分のことを話すことは苦手


どちらかといえば一人の方を好むけど、


少人数の仲の良い環境が落ち着く




別に男らしくもない


どこかでおれは他とは違う存在だと思い続けてたのかもしれないけど、


実際なんら普通と変わらない一般的な人間だったということ


良い人でもなければ、そこまで強くもなかったりするのかもしれない





だけど、おれはここから、今までの自分を残しつつ、本当の自分を取り戻しながら成長していくんだろう


そこには何があるんだろう


実際には何もわからない





きっとこれからは自分と向き合うことが多くなっていくと思う


苦しいかもしれないけど、





それは本当のおれだって

なんかな


ひさびさ落ちてるな




落ちてるって言うか


なんかどっぷり沈んで暗いおれが出てきてる


この感覚は久しぶりだね


なんかおれのマイナスの何かに付け込んで、暗い曲を聴きたがって深みにはまっていく


でもそうすると、日常の自分も気分が違う


どこか控えめ





この曲聴いてると、いっそこのまま一生眠ってたい


暗い渦の眠りの中に溶け込んでいくような





頑張り続けることって時には疲れるね


それに見返りやら結果が出ないとなかなかね


それが自分が好きでやっていることは承知だけど、相手に受け取ってもらえなきゃ、


ただの独りよがり


結構虚しいよね






最近めんどくさがり


っていうか、頑張るのを少しだけ休みたいな


こんな世界にただただ浸っていたい


暗いおれの面が満たされるまで


別に精神的におかしくはないけど、昔っから持ってるおれの一部さ





そうは言っても、朝はやってくる


あのうざいくらいの眩しいクソ光


すがすがしすぎんだよ


でも冬の朝は空気が綺麗でいいんだ


矛盾してるね


だから朝は嫌いだ






つまらない毎日とは早くおさらばしたいな


何かこう


張りのあるもの


やっぱりカウンセリングかね


常に本気のやりとり


言葉一つ一つが


成功率は未知


やりがいあんね




いる意味がない


お金稼ぐだけになってる


そこに意味がなければただの苦痛


そんな毎日が嫌でしょうがない


一分でも早く立ち去りたい


くそったれ





何だか、胸の辺りが微妙に変化してる


書いたからかな?


でも何かまだ曇ってる






まぁ






たまにはいいでしょ



ディルの新しいアルバムが出たよーん


寝起きの雨の日に聞いたからなのかわからないけど、やばいね




やばいよ



何がやばいって





何か、今までにない世界観


正直すこし怖くなった


もし絶望感に襲われた時に聞いたら、自殺しちゃいそうな


聞くのに気力使いそう


自信失くすような






ちょぴっと危ないですな


ちょぴちょぴぴょちぴょちょよ



でも曲自体はめっちゃくっちゃかっこよい!


そこが好きだしディルらしい


まぁ疲れるけど、聞きたくなるような


矛盾してる


ちょっぴし精神異常者な気分になれますよ?


そこのあなた!


是非ともおすすめいたしません!





ていうかもうほとんど洋楽だよね笑


彼らの行き着く先はどこなんだろう


まだ通過点なのかね




聞いてると、、、、自分の中の、闇の部分が引きずり出されてくるというか


何も考えないで聞いてると放心状態になる


そして何か周りのものが怖くなる


自信がなくなる


うん、そんな感じだね




鬱になるような


まさに症状に当てはまるね


とは言っても、偶然似ただけだし


でも、そんな感覚になってしまう




危険だね


いや、ほんとに俺自身の気持ちの問題だけどさ笑


微妙に最近焦ってるし、


昨日お酒を飲みまくって頭が働かないせいもあって


あぁ


それが一番大きいか笑




うんそれで決まりだ!




時が過ぎた


時間の中でしまったもの


意味を作り、大切なもの


かけがえのないわたしの一部として


過ぎてしまったものだと思っても


未だ残っている


未来へ進もうと生き急ぐ






新しいこれからを築くために生きる


わたしが求めるのは何だろう


幸せの形って何だろう


行き着く先に何があるんだろう






誰にでも犯した罪はあるもの


けれど、わたし


そうして人は大きくなる


まだ見ぬ未来へ





時につまづくこともあるだろう


それが人というもの


つまづいて、転んで、そして立ち上がる


そこでわたしは変わるんだ






過去から今へ


今この時から未来へ


生まれた時から変わり続けるわたし


そんなわたしは自分らしさへと





わたしこそわたし


わたしこそは相手へと


痛みはわたしそのもの


そのことが確かなるわたしへと








もう崩れはしない


そんなことはない


けれど、それでいいんだね


わたしだから


誰のものでもないわたし








それは、真実のわたし

フリッツ パールズの詩





わたしはわたしのことをする。


あなたはあなたのことをする。


わたしは何も、あなたの気にいるために


この世に生まれてきたわけじゃない。


あなたも私の気にいるために


生きているわけじゃない。




あなたはあなた、わたしはわたし。





もしも、わたしたちがお互いに出くわすなら、


それはすばらしいことだ。


しかし、もしも、出くわさなかったら、


それは、しかたのないことさ。

自己一致


感じていること、体験していること



表現していること


が一致すること


ありのままの自分でいること





昨日、先生のとこに行って、就職の相談をした


まぁ大まかなことはなんとなーくわかった


でもまだわからないから今度また聞きに行く





あとは、自己一致のことについても聞いてみた


知れば知るほどわからなくなる自己一致


カウンセリングにおいて必要なことは、テクニックではなく、


自己一致  受容   共感的理解


を持つカウンセラーがクライエントと接する『関係の質』そのものが癒しにつながるとロジャーズは言う


ペーシングやら、三角形のポジショニングやら、ミラーリングやら、あいづちやら、目線やら、


結構意識してやると疲れるし、これがなってないから試験も落ちたのかなって思った


だけど、必要なのは3つの条件


つまりこれができないとカウンセリングは成り立たない


だからこそ、土台の部分を徹底したい


受容はできる


共感的理解は、真剣に耳を傾ければ、「あたかも」という性質は見失わず、その人の世界に入っていける


そして自己一致


これだけは本当にわからない


わかるけど、どんな時に表現してはいけないのか


どんな時に表現していいのか


それがわからない


そして、アンビバレンツの中、相反する気持ちを持ちつつも、相手を批判している自分もいることを認める


ここがミソな気がする、、、、


自分の心の動きを的確につかみとる


どんな感情でも


それが自分にあることを受け入れる


受け入れたあと


ミソの中のミソやねん


どうそれを取り扱うかがほんとにわからない


持ちつつも、相手を受容し共感しながら話を聞く


本気でしんどいと思った


特に昨日それで居た


昨日は特有だけど、限界を感じた時、吐き気がした


酒ではなく、居心地の悪さ、不快感によって


正直精神的におかしくなりそうだった


3条件のもと、相手を理解しようとしたけど、カウンセリングではないから自分を持ちつつも表現していった


まさにアサーティブな関り方


だけど、自分は理解されていないこと


それでも話は発展していく


壊れそうだった


あんな居心地の悪さと不快感に、精神的におかしくなりそうなことは人生で初めてだった


いろんな感情を持ちつつだったから、頭が混乱していった悪循環のせいもあってか


ある種、あの場面は宗教的に見えた


あの中で、冷静で相手の意見も聞けて、自分を表現できていた自分を褒めたい


本気で頑張った気がする


状況的には、学校の授業


自分は先生


相手は生徒


授業をしてるにもかかわらず、騒ぐ生徒


そこで先生は何か言ったりするけど、生徒は文句ばかりいって次第にざわざわしていって訴えは消えていく


何度も何度も繰り返しては消えていく


ノレンに腕押しみたいな感覚


とは言っても、生徒と先生でもなく、もちろん対等な立場だから強いることもしなければ、


教えるわけでもない


ただ、対等な立場としてだからこと自分の意見も受け入れて欲しい


まぁそれ以前の問題だったけどさ


正直あの場から逃げたいとか、行きたくない


そんな気持ちもある


だけど、それはそれで嫌だ


それを真正面から向き合ってこそ、カウンセラーだと思う


正直よほどのメンタリティがないとありゃ無理だね


ゲームから抜け出したり、巻き込まれから抜け出すことにも繋がるし


おれはおれ


何がどうあろうとおれ


他人に流されることもなく、どこの世界観に出くわしても、おれはおれ


おれは道徳的、倫理的な生き方が筋だ


だけど、人間のマイナスと思われる部分も受け入れての生き方


決してきれいなだけではない


人間の本質なんて定義できないと思う


欲求こそが本質だと思う


そこにはきれい、汚い 大きく分けてその両方含まれる


汚い面だけが本質的だとは到底思えない


お金に目がくらんでそれに走るのも、なんら普通だし


人間関係うまくやっていきたいと思って、あれこれ学ぼうとするのも普通だし


どっちも欲求じゃん


本質もくそもないと思う


特に表現しづらい汚い部分


果たして汚いの?


自分の中から湧き出てくる自然な欲求じゃん


あっていいと思う


そして、自分にもそういう部分があることを受け入れる


だって人間だもの


そして、相手のそういう部分も受け入れる


それが3条件


相手のすべてを受け入れる


そして自分の全てを、感じて、受け入れる


それは決して綺麗なものではないし、簡単なことではない


きわめて現実主義だね


それが心理学だし


また新しく変わって自分らしくなってきた





物事には意味がない


そして、認識は現実ではない


だけど、認識で世界が作られる


結局物の見方



偏った認識で自分の人生を偏って生きていくかのか、


偏りのない全てを受け入れて人生を生きていくのか


中途半端でどっちつかずで生きていくのか



この認識の仕方3つで、同じ土地を生きるにしてもどれほどに違うんだろう


でもどれがいいのか一概には言えない


それは昨日感じた






まぁ大分話しそれたけどさ、


自己一致をどう取り扱うかって難しいところだよね


先生でさえも、自己一致できていたのかわからないときがあるらしい


特にアンビバレンツの時の葛藤保持能力は難しいって言ってる


だけど、それに答えはなくて、一生付きまとうものなんじゃないのかなって言われた


確かにそうだと思った


そして、カウンセラーもやっぱり人間だなって思える部分でもある


決して綺麗ではない


そして、生半可な理解ではできるものではないと思った


昨日はそれが何かを形を捉えることができた気がする


自己一致こそが、本当の自分だと思う


それが、自分が自分になる ということだと思う


だけど、そのままだと勝手な一方的にもなる


だからその上で、現実と向き合って、人間として生きていく上で必要な、


受容、共感、アサーティブな関り方、I am OK YOU are OK


これを持ってすれば、人間として偏りなく生きれば、人間としての温かみのある人生を送れると思う


偏ってもその人は幸せだと思う


だけど、それは裏目に出て、他人のせいにしながらも実は自分自身を苦しめている結果にもなる


そういう人は周りにたくさんいる


それをしてるから悩むんだろ


そして逃げるんだろ



とは言っても、それはそれでいいと思う


問題ではないし、その人が相談しにでもこない限り、変わりたいと思わない限りは、おれは入り込まない



もし、人間としての世界で生きるなら、健全な自分と、相手との関係を築くためには、


偏りのない全てのことを受け入れる生き方だと思う


周りに悩む必要もない






もし壁で悩むんであれば、壊すことを考えればいい


壁に立ちふさがれて、被害者と感じる


だけど、そうなると何もできなくなるように感じる


違う


自分から切り開いて行けばいいんだ


壁のせいにしていては何も始まらない


それも昨日のことであっても前向きに捉えることができた


そうすることで、自分の力や手段が増えていく


その方法を知ったとき、壁は壁でなくなる


単なる通過点






でも、書くの飽きたし、満足しちゃったからいいや♪


はい おしまい!

もう冬になり始めてる感じがするねぇ



去年と違って、いい空だ


自分の気持ちが見える世界に投影される


今年はほんとに良い空だ


あの時のような






なんか


今こうして、たくさんのことを抱えて、自分のことも考える


もう自分一人のことではない


お金、時間、人との関わり


そして、アサーティブ、I am OK,YOU are OKを目指して


課題はたくさんある


その過程でつまづくことやわからないことがたくさんある


その時、自分はまだまだだと気づく


結構アサーティブだなと思っていたけど、案外そうでない


人の話を聞いてるときも、巻き込まれていてどうすることもできなかったりする


お金が必要なゆえ、限られた時間でいろいろなことをこなしていく


時間が欲しい


ほんとは自分の時間がもっと欲しい


それでも、付き合いもある、家事もある、よっぴーとの時間、友達との時間、家族との時間


必要でありながらも、時々邪魔とも感じてしまう


これがアンビバレンツなのかね


あい矛盾した両極の感情を人間はもってる


それは人間だから仕方がない


だからこそ、もっとうまく時間を使わなきゃ





こんな自分だけどさ


周りにこうやって人が居てくれる


その人たちがいなきゃ今の自分はなし得ない


それがどんなに数が少なくったって、生きる力になる


それがあってのおれの道だから


その道筋で、自分に正直に生きたい


カウンセリングでの自己一致だけでなく、人生においても自己一致していきたい


自己一致できないって、どんなに不幸なことなんだろう


ありのままの自分でいれない、自分を押し殺す


自分を押さえつけている


それが表現できたらどんなに人生が変わるだろうか


大げさのようで、大げさなくらいほんとに生き生きと生まれ変われると思う


まず一番の幸せって、自分が自分でいれることだと思う


どんな自分の弱いとこも自分の一部として受け入れて、虚栄にとらわれず、ありのままの自分でいれること


そしたらどんなに幸せなんだろう






そんな自分で居れるところこそ、本当の居場所だと思う


それもそうだし、それ以上に、自分から自分を出していくこと


それが何より大事だと思う


周囲を気にして作り上げた自分で振舞うのは、自分を苦しめてるだけ


いいじゃん ありのままで


周りにどうこう言われるよりも、ありのままの自分で居れた方が断然すばらしいと思う


簡単なようで、実は本当に難しいことだと思う


そう考えると、ついつい周りに流されちゃってる自分がいる


そんな自分が嫌だ


そういう意味では、ロジャーズの自己一致というものは本当に大事だと思う


どんな感情だって、その人の、そして自分自身のかけがえのない一面


もっともっともっと自分を大切にしたい


そんな自分を大切にできるからこそ、相手に寛容になれて大切にできるものだと思ってる


これこそ、人間関係で重要なことなはず


そうして相手の気持ちも受け入れて、共感的理解もなしえる












ていうか、人間の、人間的な部分が本当に大好き


笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、むかついたり、励ましたり、喜んだり、、、、


すごく人間味にあふれてると思う


なんか理由はよくわからないけど、人間性心理学がすごく好き


特に、ロジャーズの必要十分条件がいいね


自己一致、受容、共感的理解


クライエントの鏡になること


人間て不思議なものだなぁ


あと、アサーショントレーニングの基本的アサーション権


自分も大切にして、なお相手も大切にすること


めっちゃすばらしいじゃん!!


自分だけなんて考えはおれにはできない


自分だけだという考えの下、他人が犠牲になるなんて、自分が死んだ方がマシだよ


もし自分が犠牲になったら、どんなに苦しいだろうか


やっぱり、自分を大切にしつつも、相手のことを大切にしていきたい


嘘偽りのない相手に響くものを与えていきたい


たかが言葉だけど、それは人を生かすこともできるし、殺すこともできる


殺すことなんて簡単だよ


自分のことだけ考えれば済む


だけど、人に何かを与えることは簡単ではない


だからこそ、言葉一つ一つに気を使いたい


自分の使った言葉でも、相手は違う捉え方をする可能性はある


その場その場にあった言葉を捜すのは、表現することが苦手なおれにとってはきつい作業


だけど、うまく伝えられて伝わった時は、何より嬉しい






とは言っても、やっぱり人間


自分自身が侵されたり、うざいことと思うこともある


でも、それもまた自分の一面として受けれていいんだなって本を読んで思った


やっぱりそこも自分のかけがえのない一面


それをどうやって扱っていくかが問題だと思う


それをうまく表現していくことはほんとに大事だと思う


そこがアサーショントレーニングの魅力だと思ってる


自分を抑えて、精神衛生が悪いと自分を保つことさえできない


それではコミュニケーションもくそもない


自己中とはいえ、そこも大切にすべきとこだと思う


自己中が一概に悪いともいえない


だから不思議だよね


自分を大切にしつつも、相手を大切にすることがどれだけ難しいことか


そこに公式なんて存在しないと思う


でも、そこがおれ的には醍醐味だと感じる


公式に当てはまらない人間的な部分


十人十色


いいね





まずは、弱い自分から始めてみるのもいいかもね


どんな自分だって大事だよ





自分を大事にすることだ

今日は、みんなで花火できてよかった



人間て、やっぱり愛情を求めるものだと思う



愛情って言葉は一般的に臭いかもしれないけど、



交流分析では愛情はプラスのストローク



そのストロークで人間は存在を認められて、愛されていると感じる



そうすると、ゲームをする人、愛情を受けていない人





特にゲーム



明瞭で、予測可能な結果に向かって進行しつつある一連の、相補的、裏面的交流



大人の問題解決には不十分



愛情や注目を得るための、不適切な交流



表面上ではもっともな言い訳や説明がなされているけど、本人も全く気づいていない真の動機や目的が隠されている





そのことを考えると、愛情が欲しいがためにゲームをする人



もちろん育った家庭環境のせいもあるけど



何だか悲しいなって思った









それを目の当たりにすると、やっぱりその人へのストロークは大事だなって思った



ただ本当は好かれたいだけなのに、ストレートな交流を知らないがためにゲームをする



ゆがんだ形で行われて、ついには人間関係までをもこじらす



私はNOT OK、あなたはOKに限る話だけど



かわいそうで心が痛む



自分自身をわかってもらえたらどんなに救われるだろうか












今日は来談者中心療法のロジャーズの生涯の本を読んだ



抑圧家族は違うものの、ロジャーズと自分は似ている気がした



ロジャーズが目指したもの



抑圧家族のもと、遊ぶことも、感情を表現することも許されなかった



自己否定的な自分から、”自分が自分になる”という人生のテーマ









いつからかおれは自分を否定的に捉えてる



言ってみれば、私はNOT OK、あなたはOK



そんな弱い自分から、彼女との付き合い、友達との付き合い、心理学を通じてのこと



そこから自分自身を表現していこうと変わっていってる自分が見て取れる
















本を読んでて気づいた



ロジャーズと同じで、人から愛されることが苦手な自分



ロジャーズは、抑圧家族だったから自分を表現するのが許されない



でも、人から愛されるのが苦手な自分というところで一致する自分










おれって昔そんな環境や成長を遂げたのかな?



わからない



確かに親はおれのことを、ほったらかしにすることが多かったと言ってる



いつも悪いことをしていては怒られてた



おねしょをしていつまでも治らない



毎朝布団たたきで叩かれて怒られてた



自分だけトイレの前の廊下で寝させられていたこともよくあった



言ってみればそんなイメージばっかりが昔の記憶



正直それ以外の記憶は思いつかない











そんなことがあってかなのかね



あんま自分にも自信がなくて、自分はNOT OK、あなたはOKになったのは



うまく自分を表現するのが苦手、一人でいるのが好き、引きこもりがち





そんな自分でも、自分はOK、あなたはOKへと向かって



自分の抑制から自分を自由にすること



『自分が自分になる』ということ



自分を抑えている何か



わかっているけど、表現できない何か








こんなんだからこそ、他人を思いやれる人へ



そして、自分はNOT OKだった自分から、OKの存在と思える自分へ



いつからか自分のことを大切にできるようになれた



その時に気づいた自分の大切さ



そんな自分は周りに支えられてること



それは嬉しくも苦手意識がどこか残ってる



だけど、その支えは生きる力になる



他人への細かな配慮を大切にすることで、



自分にしてくれる周りの人の細かな配慮や、心遣いに気づける



どこか、自分はいいや みたいなとこがある



だけど、ほんとに細かな気遣いや配慮でも、すごく嬉しく思える



人間一人では生きていけない



誰かからのストロークがあってこそ、自分の存在が認められる



それなしには生きていけない



大げさかもしれないけど、仮になかったら、どれだけ孤独な人生を送っていくんだろう



そういう意味でも、人間一人では生きていけないという言葉の本質的な意味が隠されてると思う










人から愛されれば幸せを感じられる



たとえ知らない人からの笑顔のあいさつでも



だから、人へも愛せるようになりたい



一番大事なのは自分



それは、みんな同じ



自分が困っている時、助けてもらえたらどれほどに嬉しいことか



相手が困っている時、知らん顔したっていい



だけど、困っている自分を想像すると、相手もそれと同じ



一番大事な自分に困ってる相手



だから、役に立てる範囲でできる限り手を貸したい



貸して喜んでもらえたら、自分が困ってるときに助けてもらった時の嬉しさと同じ



だからこそ、相手の立場になって物事を考える



自分も大事、そんな相手もまた大事な自分



一人一人大事な人間だから、相手を尊重する



そこから生まれてくる言葉、態度、思いやり



根本的なところから変わってくる







そして、価値観、相手と自分の区別



ほんとに根本的なところから変わってくる



そんな気持ちがあっても、人の話を聞くということの本当の意味は誰も知らない



気持ちだけあったって、相手を尊重しての人の話を聴くということはできない



それが成り立てば、気持ちと形は両立される



それこそ本当の意味でI am OK,YOU are OKになれる



ほんとは何よりも難しい人の話を聞くということ



それを学べて、なお、人を愛せて、自分も愛せる



そこから、『自分が自分になる』ということを目指してこれから生きていきたい



人間味にあふれた豊かな人生が送れると信じてる











なんか、小さい頃にNHKで歌が流れてた




かーにさんかーにさん くりかにさん



毛がにになれないくりかにさん



子供のときは はだかんぼ



だれでも泣き虫さ



こまったときこそ 手をさしのべて



たすけあうのが 人の世さ








そんな歌が流れてた



かになのに、人じゃないじゃん




そんな風に当時思ってたけど、何だかいつまでもどこか頭に焼き付いて、



特に、最後の2文が焼きついてる



それが無意識に働いてたのかな



これがおれの人生のテーマだなと思う









そして、剣心にやっぱり惹かれる



自分の命をおろそかに考えながらも、人のために剣を振るう



そんな剣心には自然と人が集まる



剣心もまた自分はNOT OK、あなたはOKに見える



だけど、次第に自分の命の重さを感じる



そして自分はOK、あなたもOKになっていく












それがおれの人生の脚本になってる気がする



脚本分析の脚本の見つけ方の一つに、



昔好きだったアニメやマンガは?



ていう項目がある



やっぱり、くりかにさんと、剣心が浮かぶ










自分の弱さを知り、受け止めて、これからどんどん未来に向かって人間味のある人生を送れるようになりたい



人に幸せを与えられるような



そのために、やっぱりカウンセリングの知識と技術は必要



だから、やるしかない

もう11月になるね



ほんとに早いもんだ



せわしく生きてるほどにそう感じるのかね





本をたくさん買ってから呼んで、まだ途中だけど、わけわからなくなる



NLPの本を読んでからか


結局人間は脳によって行動を制限されているのかなって


科学的になっていって、人間の行動を脳と関係することを学んでいくと、


なんだか人間的でないと感じる


つまり、人間は脳によって制限されているっていうこと


今の段階でおれのイメージだけど、


まず、物事には何の意味もない


意味を作り出すのは人間


一時的体験はただの形


二次的体験によって意味を見出す


つまり、今持っている感情とか見方とかは全部自分が作り上げているっていうこと


物の見方とか持っている感情は自分で選択したもの


なのかなって感じる


今の時点でね




それは、いろんな見方や捉え方ができるっていうメリットがある


結果的にいうと、今の自分は感情から行動まで自分で選びとったもの


一時的体験から二次的体験で、これはこういうものだとラベリングする


それによって世界が作られる


もちろん今の時点での考え





逆を言えば、どんな物の見方でも、考え方でも、自分で操作できるということ


自分の思ったこと、感じたこと、行動、全ては自分で操作できる


一人一人もっている自然と生まれてくる感情


憎しみ、悲しみ、嬉しさ、喜び、怒り


それは自分で操作できるものであって、いくらでも変えることができるっていうことなのかなって、今の時点では思う


何だか人間味に欠ける


自然と生まれてくる感情を感じる時、おれはこの感情を選択しているのかなって思うと、


自分に疑問をもつ


実際、一時的体験に意味をつけたとしても、所詮ただの認識


ん、認識から生まれる感情か




うーん、認識によって感情がうまれるのかな?


まぁそういうことか







でも、この先人間のメカニズムと感情が一体化されていくのって人間的ではないかなと思う


すでにNLPがその傾向を確立している気がする


状態が能力を決定するっていうように、その状態を操作する面でおいては驚異的な力を発する理論とテクニックだと思う


だけど、どこか嫌だ


知りたいけど知りたくない


人間味にあふれた第三の潮流まででいいと思う


おれはね


それ以降は科学的根拠のもと実現されていく人間の目標だと思う




人間的


喜びや悲しみ


そういったもの


いつまでも大事にしたいと思う


自己一致、受容、共感的理解


それを大事にしていきたいと思う






自分が一番大事


それは一人一人同じ


だからこそ、自分と同じように大事にしなければならない相手


そこには、相手への尊重が出てくる


世の中、一人では決して生きてはいけない


他人との交流は、直接的、間接的に必ず出てくる


その世界で生きるからには、自分も大切にして、相手も同様に大切にする


自分を大切にするからこそ、そんな自分を知って、相手も思いやることができると思う


そんな思いで作られた人間関係、気持ち、思い出はお金では手に入れることはできないと思う


お金によって生み出された人間関係は、良い物も生み出す


だけど、場合によっては表面的なものになる


そんなものにすがったって、リレーションは生まれない


商売ではお金は必要なものかもしれない


だけど、お金で買った人間の感情や行動は、果たして本来の人間の持つ倫理的なものに適うのかな?


これだけのお金を払ってカウンセリングを受けて、目的を達成できました


結果人間関係がより豊かになりました





もしくは、風俗へ行きました


お金で性欲は満たされました


実際の生活で、家族や友達との絆は深まるんでしょうか?





正直、お金で解決できるものは、自分の欲望だと思う





そして、自分の欲望、自己中心的な考えから行動にいたるまで、


それにしたがって生きた結果は、


『そうなってからわかる』


はたして、あなたは何を経験して何を得たんだろうか?


残っているものは何ですか?


ストロークなしには生きられない人間を前提に考えると、


たぶん


『虚しさ』


それだと思う


それが残って、お金で解決しようとする


どうやっても愛情を得ることができない


ついには否定的な一般化を作ることになる






それから考えると、やっぱり受容、自己一致、共感的理解は必要だと思う


そうした上で、アサーティブな人間関係を作るための、


自己分析、アサーショントレーニングは必要だと思う


そのために、状態はいつもリラックスしてる状態


リラクセーションやNLPが必要だと思う


どんなにどの分野で優秀な成績を収めたとしても、人生は人との関わり


勉強ができたからなんだよ


頭がいいからなんだよ


くだらねぇんだよ


それは自分の専攻した分野で発揮すればそれでいい


だからそれはそれでいいと思う


でも、おれ的には小学校中学校高校の成績が優秀だとかどうだっていい


どーだっていいよ


知識を多くもっていたってどうでもいいさ


でもどうでもいいわけではない


それはうまく活用すれば、人間関係にだってプラスになる




まぁつまりは、人間関係だと思う


生きていくために学ばなきゃいけないのは、自分と相手だと思う


それなしに、自分の心はおろか、人間関係はうまくはいかない気がする


あくまでおれの考えね





『自分は嫌われたくない』


そこから始まったおれの人生だけど、今はこうして未来を切り開ける生きる力になってる


そしてそれと同時に、『他人とは違うおれ』でありたいと始まったおれの人生


常識にとらわれない


自分の枠にとらわれない


自分に捉われないっていうことは、自分も知らない自分だと思う


自分て何だろうね


おれにもさっぱりわからない


だけど、今までと違う新しい自分には、自分色が出て自分独特なものになると思う


どんなことをやっても自分らしさだと思う


自分はただの人間


ただの人間という形をした物体


そこにはやっぱり普遍的な意味はないと考える


そこで感情なり自分のあるがままを取り入れる


自分という枠組みを持ちながらも、自分でない自分を取り入れる


そして新しい自分が作りあがる


やっぱりこの先の自分はわからない


過去の、現在の自分には捉われず、


そして、そんな自分を見る相手のイメージにも捉われず


自分を決めるのは、相手か?


相手じゃねぇ


おれ自身だ


周りからどう見える?


相手はどう思う?


それはもちろん大事な意見、見方


だけど、自信がない故に自分を制限するのはもう嫌だ








おれはおれらしく生きる


物事には意味はない


言葉にも


行動にも


見てる現実さえも





だからこそ、自分に自信を持って生きたい


所詮常識とかなんて、考え方見方の一つに過ぎない


もちろん基準にもなる


だけどやっぱりそれも物の見方


基準を基準にして考えるもよし


基準だけど、違う行動をとるもよし





もういいや


満足じゃい


おやすみ

もうすぐ11月ですなぁ


いつの間にか『気づけば』になってる


早いもので、もうすぐ11月


長いようで、ほんとにあっという間の時間だった


今でも覚えている今年の始まり





今、無音


今気づいた






なんかここんところ、NLPの本を読んでいろいろな視点から物事を見るということについて学んだ


学んだというよりも、おれが今まで生きてきて、数々の乗り越え方と前向きに生きるということがNLPで体系化されてた技法だと知った


単なるおれ個人の考え方だと思ってた






いや、おれ個人の考え方でいいと思う


思ったんだけど、世の中に教科書とか見本とかあるけど、


ただ単にそれが載った、公開されただけ


特別なものでもなんでもない気がする


世の中


何が正しくて何が悪い


存在するけど存在しない


メリット面もあれば、デメリット面も存在する


良いことも悪用すれば悪いこと


悪いことも、逆手にとれば良いことに使える





何が良くて何が悪い


そんなものは存在しない


それは、その人個人が決めるものだと思う


つまり、出来事に意味があるんじゃない


出来事に意味を見出すことで、その人にとっての出来事に対しての意味が出てくる


自分が見ている世界がどんな風に映るのか


それは自分の気持ち


そして、未来を決めるのも自分の見方次第


最悪だと思えば、その状況は最悪なものに


そして、最悪な方向へと向かっていく


向かっていくというより、自分が自ら進んで行ってるだけ




ほんとにそう




へこむんだったら凹んでもいいと思う


思う存分凹めばいい


だけど、その先どうするか


それを考えればいい


その凹む出来事をどう受け止めこれから先へ行くための意味を見出していくと、


その方向へと自ら進んでいける


『どんなことがあっても』




ほんとに考え方一つで変わる




どんなことでもリフレーミングすることで、人間いくらでも変われる


問題は、問題と思うから問題


問題と思わなければ問題ではない






何事にも、特別なことはない


ただ、世界に流されて、自分が適していないと思ってるだけ


違う


普通とは、一般的


一般的とは、多数決だと思う


そしたら少数派は異?


違げーよ


少数派の人が多数派の状況になったら、それが普通


普通は、その世界に依存する


だから、おれは特別もくそもないと思う


またそれも状況によって変わると思うけど





正直、世間一般世の中の常識になんて捉われて、


自分に制限を作るなんて、ちゃんちゃらおかしいっつーの


自分だけがダメなんだって思う必要はない


オリジナリティはそこから生まれてくると思う


そして、新しいものはそこから生まれてくると思う




普通と言われてるものに、定義なんてない


普通とは一体誰が決めるんだ?


ただ単にお前が基準で普通と思ってるだけだろ





そう思えた時、今まで縛られてたものから開放される


あの時、この曲の詩はどんな意味だろうと思ってた


『いつも不自由だと思っていた』


『だけど、そこには、ここには、本当の自由が隠されていた』


そういうことだと今感じられた




もちろんおれの解釈


普通と考えていたことに対して、自分の立場を考えると普通ではないと考える


だけど、そこで自分を制限する


でも、そうではない


普通なのは、あんた方の世界


おれはおれの世界がある


それはおれにとっての普通


普通は自分にとってのもの


だから、おれはおれ


それでいい


何に悩む必要もない




そして、病的だと思ってたチック


子供の時からチック、吃音を持ってる


言葉の意味としては、病的なもの


思った


チック、吃音は、自分の抑圧した気持ちが現象、行動となって身体に現れる


それは、自分の精神的反応として捉える事ができる


だったら、それをしている自分に気づく


そうすると、おれは何かを抑圧しているんだなと気づくことができる


今の自分の精神状態を図る物差しになる


つまり、使えるものは使う


良し悪しの意味に捉われてたら、自分を陥れるだけ




リフレーミング


物事の捉え方を変える


そこから学んだものは、どんなことでも変幻自在に対応できること


そして、自分の気持ち一つで未来が変わること


その気持ちが、行動となって現れる


それは未来を築くもの


未来とは、自分で切り開いていくもの


どんなことでも、全て自分が選択している


だからこそ、自律的でいたい






交流分析の考え方


自分のコミュニケーションパターンに気づくこと


自分の行動に責任をもつこと


それによって、親密で豊かな人間関係が築き上げられること





他人や環境のせいだと言ってたって、何にも変わらない


ある意味、自分のとってる行動が問題を引き起こしてるのに気づかず、他に非を言ってるだけに見える


そういうパターンがある


人のせいにして何が変わる?


何がどう変わる?


だったら自分が変わって変化をもたらせって








うぜーよ







どんなことにどんなに非を言ったって、


それに対して自分が対応できなきゃ変わらない










今のその状況を自分で変えて見せろ!


おれは変えてみせる






おれは、謙虚でいたい


そして、相手も尊重する


でも、自分も尊重する




そんな生き方を実現する


I am OK, YOUR OK










最後に、



『意図』の力ってすごいと思う


それによって何かが生み出される


意図したいと思ったときに、考える


天才には、誰にでもなれる


天才は、天才ではない


だけど、天才






でも、そんなのどうだっていい


おれはおれの人生をいく


いまだに掴みたいものは漠然としている


だけど、いつかそれを掴めたらいいなと思う


小さなものは、大きなものを作る


それは、大変損なものにもなる


だけど、かけがえのない宝物にも変化する






自分の人生は自由であって、自分で選択するもの


だからこそ、ひと時ひと時大切に行きたい





ヒントは、日常に隠されてるはず