中部ジヤワのクジャウェンの農村の夜、南十字星が輝く満天の星の下で影絵芝居がおこなわれる。横3㍍x縦1㍍くらいの赤で縁取られた白い布のスクリーンが張られ、そのスクリーンに人形の影絵が写しだされる。
ヤシ油のランプの灯のゆらめきに従い影が微妙ににじむように動く。よく見れば影には色もほのかに漂っている。観客は影絵の側と人形の側のどちらからも見てもよいが、一応は影絵側が正面である。
ワヤンは村の有力者の家の出産、割礼、結婚などジャワ人の一生の区切りのお祝いの儀式に催される。招かれた村の人はお祝いを持ってやってくる。
上演には古くからのしきたりがある。ワヤンの開演に先立って"地の霊"に挨拶の儀式を行い無事に上演されることを祈る。果物、菓子が供えられる。生きたままの鶏も供えられる。
木に片足を縛られているので上演中には鶏のなき声の伴奏が入る。人形は雫のしたたる切り立てのバナナの幹に並べられる。
夜8時頃から始まり夜明けの光で影が薄くなる翌朝まで延々と続けられるが、深夜までに三々五々に引き上げ、朝まで見ている人はさすがに少ないらしい。
影絵芝居はダランによって操られ、語られる。ガムランの鳴り物の音のけたたましい戦闘の場面もあり、静かな語りの場面では半分寝ながら聞いている。はじめは魔物や魔女の邪悪が践順している。
主人公は数々の試練にも隠忍と自重を貫く。やがて夜明けが近くなると正義が盛り返す。ジャワの``夜明けが近い"という意味はやがて正義が勝っという影絵芝居の裏付けがある。
『影絵芝居』のインドネシア語は『ワヤン・クリットUayangkulit(皮の人形)』と言う。人形(Wayang)は水牛の皮(kulit)を刻みこんだもので彩色がほどこされている。人形は腕だけが動く仕掛けなっており、一つのパフオーマンスで約80種の人形が用いられる。
劇場とか公共的場所でも上演され、最近ではホテルで外国人観光客用のダイジェスト版の触りのところだけのものもある。商業主義に毒されているとの批判もあるが``観光芸能"の試みであろう。
ジャワ島とバリ島の固有の楽器であるガムラン(gamelan)は青飼器製のオーケストラで世界でもほかに例がない。 管・弦・打楽器からなるが・楽器の数からも打楽器が主休である。
ガムランの音階は5音階であり7音階の西洋音楽とは基本的に異なるところである。同じ楽器でも調律がわざとずらしてあるため響きがこもる。 それにもかかわらずガムランの不思議な音色は西洋音楽のドピッシーやパルトークにも影響を与えているといわれる。人の頭脳にひらめきを与えるのに適した音楽であるので研究所などのBGMによいという説もある。
伝統の楽器であるので地域によって楽器、演奏方法に相違があり、由緒正しいのは中部ジャワのものであり、よく知られているのはバリ島のものである。 民族衣装の制服でしやがむ恰好の演奏には日本の雅楽の雰囲気をも感じる。
ガムランは宮廷音楽や寺院の儀式音楽として発達したもので正規のガムランは大編成であるが、影絵芝居の伴奏のガムランは10名程度の小編成である。 舞踊や演劇と結び付くことで総合芸術を作り上ゲているホテルのロピーの実演では演奏者は観光客を見回しながら面倒くさそうな顔をしているが、その道の達人になると霊が人の手を借りて勝手に演奏するという忘我の境地になるらしい。
ガムランの音色は声楽の伴奏の搦搦とした菩きからけたたましい金属製の打楽器による戦争場面まで演奏の幅が広い。 いつも同じ曲に聞こえるが、数種のカセットテープやCDがあるから曲目もかなりあるらしい。 青銅のガムラン楽器がいわぱフォーマルな楽器であるのに対して、庶民の楽器は竹製である。 ガムランの重々しい音に対して竹の音はさわやかで軽快である。
バリ島のジョゲ・ブンブン(jogetbumbung〕は数種の竹製楽器からなるオーケストラである。 村毎にジョゲ・ブンブンのチームがあって演奏の覇を争う。 最近では観光客のためのショーもあるようで、観客も踊りの輪に参加できる数少ない舞踏曲の一つであるだけに、宴のハイライトを飾ることも多い。
スンダ地方の竹製のアンクルン(angklung〕は竹を震わせるとある音階の音がする仕組みである。 全音階をセヅトにした小型のものから、何人もが各々自分の担当の音階だけを担当して演奏する大型のものもある。 アンクルンはスンダ地方にかぎらずインドネシア全域で音楽教育のために普及している。