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最近は音楽を聞く機会が増えています。
実は正月明けから頻繁に音楽を聴くようになりました。
大体が大昔に聞いていた”ふきのとう””オフコース”
”ベイシティーローラーズ”といったミュージシャンの物で
懐かしいなと思いながら聞いていました。
マンドリンクラブ時代に自分が演奏していた曲目を
YOU TUBE で見つけて聴いたりもしますが
本当に音楽はその時代の記憶とともに
私の意識に入ってくることを体感しています。
音楽の記憶は私達の昔の記憶を甦がえらせる
そんなきっかけにもなっているのではないかと
以前に触れてことがありますが
私などは若い時には生活の中で
絶対必要なものでもありました。
そしてそれは時には私達の心を
癒してくれるものでもあると思います。
それは聴覚からではない刺激であることも
私達にとっては脳機能の育成に
有効なのかもしれませんし
更には過去の記憶を呼び起こすことで
何かを感じるきっかけになるのかもしれません。
時には気分転換に音楽は如何でしょうか?
過去に好きだった曲を聞くのが良いでしょうし
ここ10年ではKIROROなど癒される曲を聞くと
心が洗われるとか心地よい時間を過ごせるかもしれません。
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私達の心とは一体どんなものでしたでしょうか。
私は其れを本能とそして自らを心地良くしたいと願う
エゴによって出来上がっているものだと表現しました。
私達はありとあらゆる事象を本能と心の価値観を持って
目と耳と花と口を使用しては体験します。
そして私達が煩悩と言われるものは
そのようにして出来上がるのだと私は認識しています。
私達は”心”が外部からの刺激に
どのように反応するのかを分析する事が出来ます。
以前に食欲や物欲を例にして
この事を取り上げました。
食事すら満足にできない状況に晒されると
私たちは例え塩むすびであっても其れを美味しく食べる事が出来ます。
しかし裕福な環境に置かれ日々ご馳走を食べていると
その後は何を食べても満たされないでしょうし
食べることに感動もないかもしれません。
例えば私達は正月にはおせち料理をつくり
普段には食べないもの、食べられないものを口にする機会が出来ます。
しかし日々ご馳走を食べている人間にしてみれば
見た目は兎も角、おせち料理などご馳走にはならないでしょうし
其れを食べて感動する事も無いはずです。
通常食べているものがご馳走であれば
それはもはや本人にはご馳走とは感じないでしょうし
今まで食べたことのないものや珍しいものを食べることで
その人は満足感を得ることになるのかもしれません。
日本は豊かになったことで食生活が変わりました。
以前は正月にしか食べれなかったようなものが
正月ではなくても口にする事が出来るようになりました。
鯛や伊勢海老だって数の子だってイクラだって
正月以外でも食べることが出来ますし、
季節の食材だっていつでも食べれるような環境になっています。
その結果、私達は同じ食材を食べるにしても感動が無いのです。
そらは私達の心が、同じ刺激を頻繁に受け続けそれに慣れ親しんでしまった事で
心が以前ほど心地良く感じなくなってしまった事に由来します。
そしてエゴはこのように
どこまでも際限なく心地良さを追求する事になります。
物欲も同様に説明しました。
自動車免許取り立ての自動車好きの人間であれば
自動車に乗りたくて仕方がないと思います。
当初は家族に借りた自動車を乗り回すかもしれませんが
休日は父親が使うからダメだと言われれば
中古でも良いからいつでも乗れる自動車が欲しいと思うことでしょう。
中古を買って乗り回していると新車を見かけ、
彼女とデートするのに自分も新車が欲しいと考えるかもしれません。
自分の自動車に乗って歩いていると
向こうからスーパーカーが走ってきて
自分もそれが欲しいと思うかもしれません。
私達のエゴと欲求は果てしないのです。
アダムスキーは、「私達の心は
とても自分に甘くその欲求は際限ない」と語っていました。
まさにその通りだと思います。
もしも私達がそのエゴを矯正しようとしなければ
私達はエゴを際限なく増幅していくことになるのです。
外部からの刺激にしてもそうです。
どんな刺激がどの人間にとってどんな影響を与えるのかは
人それぞれ異なる事になりますが
私達は通常外部からの様々な刺激をうけては
それに心を持って反応し続けています。
心が不快と感じる事を受止めると
私達は怒る事になったり不快感を感じる事になります。
そして心が心地良いと感じる事を受止めれば
それに反応して喜びますし嬉しいという意識を感じるでしょう。
嬉しいや喜びは勿論良い想念ですが、
それを表現するために必要な刺激がどんどんと贅沢なもの、
特別なもの異なってしまえば
私達は其れを感じる機会を失っていまい
普段は不快感や怒りばかりを頻繁に感じる事にもなりかねません。
そのためにも私達は心に贅沢を覚えさせないために
心の節制を意識する必要があるのです。
私達の心が如何に甘やかされているか
そして私達がそれに影響を受けているかという事を
先ずは自分の心の動きをみつめては
実感して頂きたいです。
そして心を矯正するように努める事が
私達が進化を果たすための課題であるということです。
【貴方に無限なる力の祝福がありますように】