ちより。
可愛らしい、彼女にぴったりの名前だ。
勿論、その素直な感想をそのまま述べる勇気は、僕にはなかった。
いい名前だねと、当たり障りのない感想を述べるにとどめた。
彼女は笑顔で「ありがとうございます」
そして「沢口さんは下の名前、なんていうんですか?」
「今日は部活なかったんだ?」
「はい。土曜日はないんです。で、下の名前は?」
「そうかぁ。土曜日くらいはゆっくり遊びたいよね。僕も学生の頃はそうだったよ。でもね、ほとんど毎日部活があって、土曜日は筋トレの日って決まってたんだ。
だからロクな思い出がない。ホントに土曜日って大嫌いだった」
「あれ?なんか誤魔化そうとしてます?下の名前、教えてくれないんですか?」
どうやら逃げられなさそうだ。
「何飲んでるの?それ」
「アサイー」
何だそれ。
おそらくアセロラとかガラナとか、ビタミンがレモンの何倍とか、そんな感じの物なのだろう。
そこから話題を広げるスキルは、その時の僕にはなかった。
仕方なく僕は「学校帰りだよね?部活はやってないの?」なんていう、当たり障りのない話題をふった。
多分、僕は必死だったんだろう。
できるだけ長く彼女と話していたくて、本題に入るのをどうにかして引き延ばそうとしていた。
「バスケ」
「え?」
「いや、部活…」
そうだった。
僕が聞いたことだった。
それにしても意外だった。
彼女は小柄で、体の線も細い。
まさか体育会系とは。
「部活とかやってたんですか?えっと…」
そう言って彼女は、微笑みながらも少し困ったような顔をした。
「あ、僕ね沢口です。まだ名前も言ってなかったね」
「沢口さん…。あたし、ちよりです。新倉ちより」
約束の時間に5分遅れて、僕は彼女の待つカフェに到着した。
彼女は制服姿でオープンテラスの席に座り、なんだか得体の知れない物を飲んでいた。
ほぼ黒に近い紫色のその液体を、彼女はストローで吸い上げる。
不透明な白いストローが、ブドウのシェイクみたいな色に変わる。
舌が紫になりそうだなと、どうでもいい事を考えながらも、とにかく僕は彼女の正面に座った。
目を合わせられないくらい可愛い。
僕は遅刻を詫び、コーヒーをオーダーした。
ウェイトレスにも「すみません」を繰り返しながら。