年始の休み、高校時代からの古い友人と日光東照宮へ行く。それも突発的に。

前から会う約束はしていたものの、初詣でもしようと選択肢がLINEで送られてきたのは会う日の朝で、そこには

「今日はどこへ行こうかね

①蛇窪神社(品川区)

②江島神社(藤沢)

③九頭龍神社(箱根)

④思いきって日光東照宮

さあ、どれ?」

とあった。

それなら日光しかなかろう。最寄の駅で待ち合わせると、友人は「たまたま、新宿から東武日光直通の特急スペーシアが出るのだ」と言うと駅のホーム上で特急券を購入。席も取れたので一路日光へ。

…と、一気に話が進んでいったのであった。気まぐれ旅、ここに極まる。乗り換え無しで2時間程で行けるのはありがたい。

 日光は寒かった。路面に雪が少し残っていたが、歩くのには支障ない。お昼に温かい蕎麦をすすり、歩いて向かうことに。

三猿、眠り猫、鳴き龍、陽明門、家康公墓所など、ひと通り見たのだが…

 それより何よりの私的興奮ポイント。

江戸時代のゼミに入っていた歴史学科卒が石燈籠を発見!

すると陽明門のすぐそばに、実力者が奉納したモノがあるではないか。

自らの卒論のテーマにした江戸時代中後期の老中、田沼意次(商業に目をつけた斬新な政策を取り入れたが失脚。一般には賄賂政治家として有名)が奉納した石燈籠。

よく見ると「主殿頭従五位下源朝臣田沼意次」と彫られてある。

 石燈籠を嬉々として撮影している人はそうはいない。周囲にも、大名から奉納された石燈籠が置かれていたけれど、まあ、誰も見ないよな。

 日光は湯葉が有名だが、羊羹のお店もいくつかあって、美味しいとのこと。それを土産に、帰りは普通列車で帰ってきた。

2025年、今年もゆるゆるといきたい。



 先日行った落語会の最中に、観客のスマホが鳴った。師走の恒例にしている落語会で、とても楽しみにしていたから、公演中に同一人物が四度も鳴らし、しかも、前半だけでなく後半にも繰り返したものだから怒りより、がっかりしてしまった。

 鳴らした人物は休憩中に電源を落とさなかったことになる。自分のスマホは鳴らないという無責任な自信でもあるのか?それとも、スマホを切るという意識がないのだろうか?

 最近では、公演中に皆が噺に集中して、張り詰めた空気のときに、ふと頭の片隅に誰かのスマホが鳴るのではないかという思いがよぎることがある。それくらい周りが信用できない。まあ、同時に自分自身も信じられないミスをするから、信用ならない部分もある。少し気にしすぎかもしれない。

 

 話は少し変わるのだが、職場のボスは部下の失敗やミスは必ず起きるものとして、人に過度の期待はしないという。だから、失敗やミスが起きても腹が立たないそうである。実際に着任して、もうすぐ2年になるが、今まで一度も人のミスで感情的になったところを見たことがない。

 まあ、これは公演中のスマホ鳴動とは次元の違う話だが、スマホくらい公演中に鳴るものだとして諦めていれば、たとえ鳴ったとしてもがっかりしなくなる、、、わけがないな。防ぐ方法はこまめな呼びかけ以外にあるのだろうか。


落語会とは別の日、師走の夜に街を歩く。


 給湯器、直った。本当に嬉しい。

ガス会社さんの作業が午後3時からだったため、仕事を早退して付き添った。作業は機器の中のファンの交換。

 給湯器、もうすぐ14年目になる。修理に来たガス会社さん、もう交換しても早すぎることはないとのこと。もともとガス関係は15年を目処に交換を検討しようと思っていたので、予定より早まるが、これは仕方ないと思う。ちなみに、コロナ禍で品薄になった給湯器は、既に品薄も解消し、すぐに交換可能とのこと。

 昨日は、修理後の確認で風呂にお湯をためるという工程があり、無事にお湯がはれたのでガス会社さんが帰った後に入浴した。明るいうちから風呂に入れて、小さな幸せ。なんだかんだで、早退の理由は早風呂ということになって愉快だった。

 今やお湯のない生活など考えられず、直って、本当にありがたい。作業のガス会社さんに感謝。