朝、わたしがお世話になった先輩からメールをもらった。

そのあとすぐに返事をしたら今度は電話が来た。


○○も異動になるかもな。

話の流れで会社の組織変更の話が出てきてそんなことを言われた。


異動・・・前ならば異動になっても働く気はあったけど

今はない。


ふと、その先輩に話をした。

びっくりしてたけど励ましてもらえた。

でもね、話をしたところで今までみたいに涙が止まらないことはないんです。

ウルッってくることはあっても・・・大粒ってほどの涙は出ない。


昼から病室に行って

そこで過ごした。今日も3人。

弟はまだ知らない、父のこれからを。


点滴を打つ父は針がうまくささってくれないのか?毎度痛がる。

今日は一つ原因判明。点滴のスピードが速いから。

これを調整してなんとか痛がるのはなくなったかな?


免許証を返してもらったかな?

母が預かっていた免許証を返してもらったのか?聞いていて

「あるよ、返さなきゃと思っていた」と母が返すと

「いいよ、持っていて、どうせ今度車に乗る時は霊柩車だし」冗談なのか?本気なのか?

でも病気っぽくない今の父を見れば冗談だと笑えるから


「それなら霊柩車を運転したら?」と切り返した。

噛み合わない回答だけどそれが今の精一杯。


「韓国に行かないとね、どんだけいいのか?」と、父。


わたしは年に何度も行くし、母とも1年に1度は一緒に行く韓国。

父は海外での仕事経験も多いけど韓国は行ったことがない。今までは行きたいとも言ってくれなかったのに

ここ最近はそうでもなく行きたいと思ってくれている。


「皮のジャケットを作るんでしょ?」そう答えると

「もういいや、どうできることないだろうし、5、6年って着れたらいいけどね、着ることができないならもったいない」

どういうつもりで言うんだろうか?


父の背中に湿布を貼る。

痛みが取れない。痛みが取れたらいいのに。

病気のことを忘れられるのに。


病室を出た後、あるテーマパークに行った。イルミネーションがきれいだというから行ってきた。

父に「あとで写メするから、電飾を撮って送るから」イルミネーションって言葉が出てこなかった父が

電飾って言ったのでそれから電飾ってからかうように言うわたし。


到着して写真を2枚送付した。でも10分もしないうちに

もう帰ることにしたとメールを送ると父から笑って電話が入る。

「もったいない、もう帰るの?」


こーんなやり取りが今まではなかったんだよね。


弟はいつ知るんだろう?私からは言えない。母が時期をみて言うつもりだ。


今日父に持参したのは


食べたいと言っていた

豚汁

たくさん、たくさん持ってきてあげて全部食べていた。


お昼に食べたカレーが甘くておいしくなかった、まずかったと。二度と食べない、失敗したと。


退院したら我が家のカレーを食べたいな。


今日は励ましのメールをもらった。

そういうのが温かくてうれしい。

明け方急に寒くなって目が覚めた。朝の5時。起床時間まであと2時間もある。

でもどうしても眠れない・・・

暖房を入れて残りの1時間だけでも寝ておこう。

そう思っていたら7時になった。


熱を測ると

38.1度


あっ!熱がある。


しばらくしてもう一度熱を測ると更に上がって38.3度


会社を休もうと思ったけど今月すでに3回も休んでいるし、約束の仕事もあるし休めなかった。


今日はお見舞いも行けないのか・・・そう思った。


薬を飲みながら仕事をして時々熱をはかるけど熱はどんどん下がっていったのね。


そして5時になり退社。

病院の駐車場で母を待とうと思ったけど熱も37.1度に下がっているし

どうだろう?

マスクしていくのはどうだろう?ってことでマスクして、病室へ。


「ただいま」

と病室にはいるんだけど、

「おつかれ」と言ってくれる、両親。


さぁ帰ろうって言われて、残念に思っていたら

お茶でも飲んでいく?と父に言われ・・・とりあえず休んで帰りなさいって。


マスクをしてソファーに座っていつものようにお話。


「徐々に食欲が落ちていっている。もう治らないかもしれない」


そうポツリと言われ、冗談を言って!!と笑うしかなかった。


背中がまだ痛い、そう言われるとずっとその姿勢で座っているからよ、って答えるしかない。


おしりのお肉がないからお尻が痛いと前から聞いていたから

円座クッションを買って行ってあげたんだけど、それに時々座ってくれている。

座らないと骨が折れるから・・・ちゃんと固定してね。そう思いながら・・・。


テレビのニュースを見ながらいつものように熱く語る父。

話を聞くふりをしながら父の顔を黙って見ていると

この顔でこの声で、そういった姿が私の視界から消えちゃう日が来るのかと

泣きそうになった。でもなかなかったけど。


旅行の本を見ながら、楽しそうに話す、わたしたち。

思い出をたくさん作ろうね。


今日父が夕食食べたもの。


ビーフンと卵焼き


母が持参したもの。

ほかは食べてない・・・。

それでもいい、食べてくれたら。


明日も元気に会いに行こう!

昨日は早めに寝ようと思ったけど泣きすぎて?頭が痛かった。

頭が痛くて眠れなくて。


8月の入院前日、父がアルバム持ってきて、と言ったから涙を拭いてわたしの趣味だったアルバムを持って行ったんだけど何を思ったのかな?


きっとその時覚悟を決めていたんだと思う。


でもがん患者どころか、病気入院中にさえ見えない父の姿はわたしたちにも自信を持たせてくれた。


大丈夫、また来年も再来年も10年後も一緒に過ごせる。そう思ったんだよ。


結局泣きすぎて、朝も目が覚めて同時に泣けてくる。

もう限界だったから

会社はお休みをもらった。


こんな休み方は初めてで、もし休みをもらえないならば

会社を辞めようとまで思ったくらい。10年間勤めていて初めて辞めようと思った。


父には悟られないように

目を冷やし、化粧を厚めにして

会社が終わる17時ダッシュをしたことにして

病院に向かった。


病院にはお昼向かっていたが、母だけが病室に行き

約束があるからと30分くらいで外出したことにして

わたしと過ごした。


外では泣けない、という母と

自然に涙が出るわたし。


もう無気力です。


16時ころ母と別れ、先に病室に戻った母。

わたしは

17時30分をめどに病室に行こうと

それまで本屋に立ち寄り、病気の本を見る。

そして食べたいと昨日言っていたKFCを買って病室に向かう。


父は肌つやもよく、よく話す。

買ってきた旅行の本を一緒に見ながらここに行こう!と話す。

これで少しは病気のことを忘れてくれるかな?


昔は食欲があった父は今はわたしからみたら小食。

でも、ちゃんと買ってきたものを食べるし、おいしそうに食べてくれる。

無理をしているのかもしれない。

でも、うれしい。


1階の夜間入口まで見送ってくれた父が

最近はエレベーターのところまでも来てくれない。

何かおかしい・・・。


きっと病気が原因だろうな。


わたしたちは父には悟られないように

バカを言いながら帰った。


でも、つらいよ。


母は父の兄弟に電話を入れる。

東京にいる父の弟。

きっと今頃、やけ酒だろうな。

父の母や近くの弟には言うな、顔に出てしまう。

そうかもしれない。

もしかしたら私も顔に出ているのかもしれない。きっと出ているはずだ。鋭い人だもん。


この事実を広島にいる弟は知らない。

月曜日弟と電話で話をしたら、医療ミスじゃないのか?と言わんばかりに

帰ってきそうな勢いだった。

心配掛けられない、というか父が大切に思っている弟には言えない。

弟も強いけどショックでどうなるかわからない。


まだ58歳なのに。

わたしも体調が悪くなった。でも週末にかけて体調を整えなくては・・・。

じゃないと一緒に週末過ごせないもんね。