昨日は早めに寝ようと思ったけど泣きすぎて?頭が痛かった。

頭が痛くて眠れなくて。


8月の入院前日、父がアルバム持ってきて、と言ったから涙を拭いてわたしの趣味だったアルバムを持って行ったんだけど何を思ったのかな?


きっとその時覚悟を決めていたんだと思う。


でもがん患者どころか、病気入院中にさえ見えない父の姿はわたしたちにも自信を持たせてくれた。


大丈夫、また来年も再来年も10年後も一緒に過ごせる。そう思ったんだよ。


結局泣きすぎて、朝も目が覚めて同時に泣けてくる。

もう限界だったから

会社はお休みをもらった。


こんな休み方は初めてで、もし休みをもらえないならば

会社を辞めようとまで思ったくらい。10年間勤めていて初めて辞めようと思った。


父には悟られないように

目を冷やし、化粧を厚めにして

会社が終わる17時ダッシュをしたことにして

病院に向かった。


病院にはお昼向かっていたが、母だけが病室に行き

約束があるからと30分くらいで外出したことにして

わたしと過ごした。


外では泣けない、という母と

自然に涙が出るわたし。


もう無気力です。


16時ころ母と別れ、先に病室に戻った母。

わたしは

17時30分をめどに病室に行こうと

それまで本屋に立ち寄り、病気の本を見る。

そして食べたいと昨日言っていたKFCを買って病室に向かう。


父は肌つやもよく、よく話す。

買ってきた旅行の本を一緒に見ながらここに行こう!と話す。

これで少しは病気のことを忘れてくれるかな?


昔は食欲があった父は今はわたしからみたら小食。

でも、ちゃんと買ってきたものを食べるし、おいしそうに食べてくれる。

無理をしているのかもしれない。

でも、うれしい。


1階の夜間入口まで見送ってくれた父が

最近はエレベーターのところまでも来てくれない。

何かおかしい・・・。


きっと病気が原因だろうな。


わたしたちは父には悟られないように

バカを言いながら帰った。


でも、つらいよ。


母は父の兄弟に電話を入れる。

東京にいる父の弟。

きっと今頃、やけ酒だろうな。

父の母や近くの弟には言うな、顔に出てしまう。

そうかもしれない。

もしかしたら私も顔に出ているのかもしれない。きっと出ているはずだ。鋭い人だもん。


この事実を広島にいる弟は知らない。

月曜日弟と電話で話をしたら、医療ミスじゃないのか?と言わんばかりに

帰ってきそうな勢いだった。

心配掛けられない、というか父が大切に思っている弟には言えない。

弟も強いけどショックでどうなるかわからない。


まだ58歳なのに。

わたしも体調が悪くなった。でも週末にかけて体調を整えなくては・・・。

じゃないと一緒に週末過ごせないもんね。