一疋の青猫 -65ページ目

桜桃忌~太宰のいた頃


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朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、

「あ」

と幽かな叫び声をお挙げになった。

「髪の毛?」

スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。

「いいえ」

お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。


* * *


太宰治の小説「斜陽」の書き出しである


遠い昔 私が大学生の頃

付き合っていた彼女は 自宅通学で家が遠く

門限もあって 二人にとっては 行き帰りの電車も 貴重な時間だった

あえて 人の少ない 京浜東北線の各駅停車に乗っては

三人掛けに向き合って 交代で 小説を朗読したりしていた


白と黒の背表紙の 文庫本を手にした彼女は

息を整え 一瞥をくれると 伏し目がちに

すました様な面持ちで 語り出す

スウプ・・・

その薄い唇を 少し突き出すようにして

「スウプ」 と 言ったのを

恰も スープを一さじ 啜るように そう 言ったのを

何故だか ハッキリと

その横顔と一緒に 今も 憶えている


彼女とは 青森の 当時の金木町にあった 太宰の生家を訪れたこともある

まだ 「斜陽館」の名で 旅館として営業していた頃で

「ここは修治さんがお使いになっていた部屋ですよ」

通された部屋には 愛用していた文机なども

美人できっぷのよさそうな女将さんには

「今日はお客さんも少ないからふたりで一緒にお風呂入りなさいよ」

なんて言われて お互い 慣れない浴衣姿に 照れちゃったりして(笑)

*

そんな彼女も 風の便りでは 幸せに結婚したそうで

たくさんの 子供をこしらえたのだとか・・・

*

国文系の学科だったので クラスには 心酔する者が ひとりかふたりは

三鷹の 玉川上水沿いの かつて 太宰が住んだという 部屋を借りていた男もいた

今にして思うと その真偽は 疑わしくもあるが

一度 訪ねてみてもよかったか なんて 多少残念に思ったりもする


ある日 玉川上水沿いを デカダンな気分に浸りつつ 自転車で走っていた彼は

警官の職務質問に 盗んだ自転車であることがバレて 交番に連れて行かれた

そんなことも むしろ 苦悩の人へ 一歩 近づいたような 気になっていたんじゃないかな

*

そんな彼は 一年遅れで 大学を卒業すると

郷里へ帰って 教師になったそうだ・・・

*

「大人とは、裏切られた青年の姿である」  太宰治



6月19日 桜桃忌に 太宰の死んだ齢も過ぎて

ぼんやりと 思い浮かぶ あれこれ・・・



太宰は 誰しもが通る道にして もう 抜けたかと問われれば

なんとも 言い難いなにかが・・・ありますねえ(笑)





「 まぶしい夏 」   森田童子




再稼動の夜


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名も知らぬ乙女らの 声も密やかに囁く頃

いささか酔い痴れて

昔の男と我が身こそ 用無き者に思い為し

虚しき眼で眺むるは

空疎にて叡智には非ず 欲と執着の象徴と

吐き捨ててみたき夜


*


積み上げて

崩れるまで

積み上げよ

我が墓標

未だ 悲しみは 生贄とするに足りぬ

未だ 墓穴は 愚かさを埋めるに浅い



再稼動決定の夜

虚しき夜


*


愚かな決定に 虚しさ一杯です

も~ 一回 滅びないと ダメなんでしょうか

いや

このまま 泥舟に付き合わされるのは ご免です



明日から

また 元気に

しっかりと



脱原発!







「 Ave Maria 」   Nana Mouskouri





往くなく、来たるなし


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不規則なる食事 不規則なる睡眠

なに 誇ることも無く 情け 請うことも無し

されど 暁の 白々とする頃に 床に就けども

朝に 目覚むる必定は 我に 勤め あればこそなり


*


そうなんです

どんなに 飲み過ぎても

仕事が 朝まで掛かろうとも

決まった時間には 必ず 目覚めるのです

それは 誰かに 強いられた訳では無く

自らに課した 厳しい 「朝の勤め」 があるからなのです


その勤めは

まずは シャワーで身を清めることから 始め

次に 折り目正しく 揃えられた 清浄なる衣を纏います

食事は摂らず 無加糖の珈琲を 一杯だけ

厳粛なる 主への祈りを 捧げたあと

朝陽が 射し始めた ベランダへ向かいます

そして

この朝 また 新しく生まれた 一日へ

ベランダの草木へ 階下を往き過ぎる人々へ

祝福を 授ける

これこそが 私に与えられた 使命なのです



ベランダに立つ私は

ローマ法王のような 微笑を湛え

厳かな手つきで 水道の元栓をひねります

右手に持ったホースからは 勢いよく 水が溢れ出し

我が家のサンピエトロ広場 ベランダを濡らしてゆきます



ベランダの草木が 一通り 潤いを取り戻した頃

目の前の歩道に 幼稚園バスがやってきます

私は慌てて 頭を引っ込めます まるで 逃亡者のように

こんな時間 パジャマ姿で 水など撒いていようものなら

「○○○号室の青猫さんって いったい 何を・・・」

なんて風に 子供の手を引いてバスを待つ お母様方の

朝の 取り止めの無い会話の 格好の潤滑油と されてしまいますからね

屈んだ私は なんだか 悪い事をしているような 少し悲しい気持ちになります



それでも

私には 勤めがあります

だから

手にしたホースで 空に 水を撒くのです



「 あ ママ 雨だよ~ 雨が降ってきた 」

「 ヒロくん 雨なんて降ってないでしょ どうしてそういうこと言うの? 」

「 だって あめが・・・ 」


こうして ヒロくんは 得てして 女というものが

眼に見えるものしかみない 現実主義的な 想像力に欠けたイキモノであることを

不条理な経験から 学ぶのでした



幼稚園バスも去り お母様方もアクビしながら 部屋に戻ると

私は立ち上がり 再度 水を撒き続けます

すると

朝だと言うのに もうすっかり 汗を掻きながら

駅への道を急ぐ 革靴にネクタイ姿が 見えてきます



ここに 神に仕える者として 正直に告白します

ハンカチで汗を拭う その姿を見た 私は

いまだ パジャマ姿の我が身の

その しあわせに つい 頬が緩んでしまいました

お許し下さい

またまた 屈んだ私は 申し訳ないような気持ちになります



それでも

私には 勤めがあります

だから

手にしたホースで 空に 水を撒くのです



サラリーマンは 一瞬立ち止まり 空を仰ぎます

打ち水に レインボウ

彼は 虹を 見たでしょうか?

少なくとも そこに 青い空と太陽が 変わらずあることを

彼は 気付いて呉れたでしょうか?



何事も無かったように 歩きだす彼

駅で スイカでタッチして 人混みに揉まれゆく

ルーティーンワークは 平常心 平常心こそが 大事

心に 波風を立てず・・・

ガンバレ



花に水 人には愛

見るもの すべてを吸収してしまうような おさなごの成長を促し

疲れたサラリーマンには 一服の清涼剤を与える

これが 私の勤め



莫往莫来 悠悠我思

往く莫く来たる莫し 悠々たる我が思い



ここでの 悠々たるとは とりとめのない といった程度の意味でしょう



ベランダから 眺めながら

朝の景色






「 私について 」  EPO