一疋の青猫 -47ページ目

安息日


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ゆうべの強い雨に洗われて澄んだ空も


一日 部屋に居て


眺めることも無く


秋は 手の内の器のぬくもりに


*


偶々点けたテレビには


昔 訪れた 西域の砂漠の町が映し出されていた


イスラムの哀調を帯びた音楽と


埃っぽい乾いた風を思い出した


*


「安息日」とは


「なにもしなくてもよい」 の意では無く


「なにもしてはならない」 ということ


溢れるモノと約束事に縛られているような


自転車の如く 動き続けて初めて安定するような


そんな日常を送る者にとって 安息日は安息日たり得ない


少なくとも怠惰の延長に その日は訪れるものではない


おのれの足元を照らせば


苦痛と恐怖と不可能性を指し示すばかり


だから


肩も 背中も 疲れ切っているのに


その荷をおろすことも出来ず


また


狭く 暗く 息苦しい


日常へと逃げ帰ってゆくのだ






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覗き見た月


きっと 砂漠の上の広い空にも懸っている



*










「 Solitude 」   re:plus








ゆふぐれて


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今宵は 月も無いのだから

このまま

沈んでゆくのでしょう



眼をひらいたまま 眼を閉じて

密やかに 身を寄せた 床の艶さえ

いつしか 後退りして 去っていった



灯りは点けないで

テーブルの瑕や 吊り下げられたペンダントや

その放たれた光や 柔らかき かの横顔や






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見えていたはずのものや

在りもしないものたちを

想い起こしては 無邪気に並べて 闇に描けば



立ち昇って

消えてゆく



僅かに残る 温もりだけ抱えて



*



「もうすぐ、雪にかわるね」

だなんて

そんな言葉も 呟いてみたいけれど



窓外

葉を落とした梢が

ただ

風に揺れている






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「 ぺピン 」 AJICO

※ 手探りで見つけたよ 白い砂 風に消えた・・・





立原道造の言葉


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僕が夕ぐれにばかり生きるやうにおもはれるくらゐに、
このやうな瞬間にだけ僕の生は一切をこえて強く生き生きとして来ます。

*

けふは夏の日のをはり。 もう秋の日のはじめ。
僕はボオドレエルの「秋の唄」の最後の行を愛する。



*



立原道造の 作品としてでは無く

ノートに書き留められた 誰かに宛てられた

言葉を いくつか

彼が 「蜂蜜のような」と形容した

「澄んだ おだやかな 陽ざし」とは

ちょうど

今頃の空なのでしょうか



取り留めない 秋の風景を添えて・・・






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贋貨だったといひきる強さもなく、ここでも通用すると信じられる力もなく、
ただ、あそこでなら通用するがここではだめだとつぶやく自分のなかの変転の姿に、すこしいやになってゐます。


*


歴史はこんなに弱く惨落したときの僕さえ、今は一歩の前進を要求します。






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僕のなかには優しい小鳥が住んでゐます。
ピンク色の微笑や草よりもつよいにほひのする髪の毛を持ってゐて、
かの女は僕によいものを与へ、またよいものを奪ひ去って行きます


*


そしてほんのしばらく 僕に美しい哀しみを与えた淡い黄いろな花の影響の下にたちどまって
僕はひろい空のあちらを また過ぎた日のやうにながめたいとおもひます






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もつとべつのことをしに ここへ来た筈だつたお互いに もつとよくなる筈だつた
だけれども この二三日 急に心よわくなつて 君がなつかしい 君のところへかへつてゆきたい


*


たのしいといふ言葉のみにひびきをあたへるくるしいといふ言葉にはかげをつけることも出来ない生活をしてゐるにすぎぬのだと。
これは単純のなかにゐてひたすらなもの追ひ求めうたひあげるに疲れた心が、迷ひ苦しみを誇りとしたかなしい姿であらうか。
僕は単純平明でありたいとねがふきりだ!






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はじめて見た岬が眞近に、そのかげにとほくまた海が、そして長い松原が、その向うに大山が見える。後の方に光が一すぢ海の上にある。大きな景色になった。僕はだまつて見てゐよう。船がゆれてもう書けない。


*


のりこえのりこえして生はいつも壁のやうな崖にでてしまふ。ふりかへると白や紫の花が美しく溢れてゐるのだが、僕はすべてを投げ出して辛うじてすこしづつ前に進んでいる。






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しずかな平和な光にみちた生活! 規律ある、限界を知って、自らを棄て去った諦めた生活、それゆゑゆたかに、限りなく富みゆく生活―それを得ることの方が、美しい。そしてそのとき僕が文学者として通用しなくなるのだろう、むしろその方をねがふ。


*


はじめはうさぎのやうにいきほひがよかつたけれども いはますつかりだめになつてしまひました






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僕にあるのは、歌と憧憬と遍歴と願望だけで、その他の場所で僕は死に絶えてゐるのかも知れません。そして人生にさへ僕は憧憬によつてしか觸れてゐなかつたにちがひありません。人生はとほくにしかないものだと! 
事實、これが人生だと知つたのは、つい近頃でした。人生とはとほくにはない、いつも僕といつしよにしかゐないのだと!


*


子供が思ひついたことをしやべる。それはときどき美しい。
― 僕の今の詩のままでは、その危険がある。






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明るい昼間に僕は自分をつくり出してゆく生のことを長いあひだ明るい思考で辿ってゐた。それがふたたびたそがれのなかにいつか道が失われてしまふのではないか。生がつくり出し得るもののかはりに僕は自分の生を捨てたもの、失ったものを、またあへなくもとめるあのまなざしを、古いホリゾントのあちらに投げやるのではないか。つくり出さないこと、危機をのりこえないこと、生育しないこと、そこに僕の生は後退しはじめて、つひに惨落する、無気力なしかしこころよい諦めにまで。






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僕の眼は美しい繪を身のまはりにつくりながら そのなかを旅してゐる。
しかし 旅は切なく悲しい。      道造。




*


享年二十四歳

墓所は東京・谷中の多宝院にあります







「 Choices 」   Jarle Bernhoft