Contemporary dance
康本雅子 ブッタもんだすって
コンテンポラリー・ダンスは、狭義には80年代フランスのヌーベル・ダンスに
端を発するようだが、近年の音楽のカテゴリの細分化、分かり難さ程ではないにせよ
曖昧な定義で、とっつきにくいかも知れません
康本雅子さんは、かなり好きなダンサーで、コリオグラファーとしても活躍
何かのインタビューで
「仕事で振付けをするっていうことは、何かしら制限がある PVの振付けもそう
制限があって初めて考えられることが沢山あって、それが自分の作品創作にも活かされる」
といったような事を話していて、割とメジャーシーンでの仕事も多い
一青窈のちょっとヘンな振り付けも彼女
難解な印象もあるコンテンポラリー・ダンスの中では
知識無くとも楽しむことの出来る、一人と言えるであろう
現在、自身のダンサーとしての活動は休止中のようだが、また見たいダンサーだ
※Youtube のタイトルが間違いで、正しくは「ヤスモト マサコ」
↓Youtube のリンクが多くなりましたが、曲自体も面白いのでご覧下さい
康本雅子 「背中」 ASA-CHANG & 巡礼 feat. 小泉今日子
康本雅子 「ポルターガイスト」 椎名林檎
馬車道あたりで
正午の管楽よりもしげく 琥珀のかけらがそそぐとき 宮澤賢治
・・・・・・
新緑の 街路樹も 水の溜まった 路地裏も
すっかり 夜と 暮れてしまった
疲れた女の 化粧のような
ネヲンの 光を あとにして
初めて 出会った 二人なので
やや 少し 距離を置いて
裁判所や 庁舎や つまらないものたちに
目を遣ることもなく
地下深くに しつらえられた
別離までの 時を刻む ゲートへと 向かう
気持ちとは うらはらな 早足で
視界の先 ぼんやりと
地下への 入口を示す ゴシック文字が 浮かぶ
「 間に合って、よかった 」
幾分 明るめなトーンは 自分に 言い聞かせてる
息を整える
仄くらい 水底へ 潜るように
規則的に 響く 電子音
昼間の 靴音や 人の緩衝材を 失って
その音が
人気の無い 地下の 大空間に
その壁に 天井に
とても 細やかな 粒子となって 沁み込むように 淋しく 響いている
急かすでもなく
落ち着かせる訳でもない 音のリフレイン・・・
そんなことを 思っているうちに
何段も 踏んだ きざはしも 平らかとなり
ホームの先 暗いトンネルから
冷たい 空気が 運ばれてくる
入線の アナウンスが 音を 遮る
「 それじゃ、またね 」
明確な 約束は 口に出せず
それだけ 告げて
内心 祈りを捧げるような 思いで
その
背中を
見送った・・・
ようこそ。
週末の 一日
遠来の客を 出迎えた
リクエストを 尋ねるてみると
「間近で、富士山を見たい」
冬 春先ならまだしも
正直 この季節
くっきりとした その姿を 眺めることは 難しい
でも できることなら 見せてあげたい
夜も 明けきらぬ内の 出発も そのためだ
まだ 渋滞前の 東名は スムースで
厚木を過ぎて 見通しもよくなる
予報は 晴れ
ところが 陽射しは 弱く
富士が 見えるはずの 位置には
薄灰色の雲
車内で 交わす声も やや湿りがち
ところが・・・
「誰のおこないが、よかったんだろう!」
東名・御殿場ICを 降りても 見えなかったのに
スカイラインを 登るにつれて 晴れてきた
やや 西側からの あまり見ることのない いびつな富士も
「はじめてだ」
と 初老のご夫婦は 喜んでくれた
スカイラインを 降りると 再び その姿は 雲間に消えて
わずか 30分ほどの 逢瀬だった
朋の遠方より来る有り また楽しからずや
親密な友で無くとも
訪ね来てくれたなら
「ようこそ」 と 歓迎したい
はるばると 荷物を背負って 足にマメをつくる その人の
その荷を 勢い良く 持ち上げて
「よくきたね」 と 迎える義務がある
もし すれ違いに なってしまったのなら
また 訪ねて来て ほしい
次は きっと 晴れるから
そして きっと 会えるから
帰り道は
いつだって だれだって 淋しいから
いつもより 少し 多めに 話そう
そして それでも 時間となったら
見えなくなるまで 手を振ろう
「またね」




