今朝も9時台まるごと 倉敷市 高蔵寺 天野こうゆう住職スタジオ生出演
前半は西純矢選手の自主トレのお話しから・・・
こうゆうさん
一つのご真言を1遍唱えても功徳はある、1,000遍唱えても功徳はあると書かれています。でも、1遍唱えた人の功徳と10,000遍となえた人の1遍は重さが違う。当たるだけのパンチだけじゃなくて重いパンチが打てる。見えてないところの下準備は大切です。

大晦日は夜11時すぎから水を被ってお堂に入って拝み、元旦は車を飛ばして先輩和尚さまのお寺へお手伝いに上がっておられます。
こうゆうさん
そこのご住職とコワい先輩二人しかいない控え室で座ってたのね。やっぱスゲーなー、先輩方。愛媛から来られた先輩はお水が被れんから、フェリーのシャワーを15分浴びてたって・・あれ、ため水やからね、冷たいんよ、と。それで水行談義。尊敬する和尚さまが75歳までしたから「もうちょっと頑張らにゃイカん」 え?もうちょっとってスッゲーまだ先じゃんって。「君らまだまだやな~、ちょっと確認や!どうやって水被ってる?」って聞かれて私は右膝、左膝、右肩、左肩、頭、頭って。「アマいな。」って言うんですよ、私より年上の先輩が(苦笑 「いきなり頭からいかなイカんで、そら、そうやろ。」 「そうすか」って元旦から頭からに切り替えたんやけど・・・耳の先っちょがしも焼けたことないでしょ?すぐなるんですよ。 「君は何で体拭いてる?」 「バスタオルです」 「アマいな。」 と(苦笑。「我々は手ぬぐいや。その昔バスタオルあったか?」って。きぃぃぃ!ってなるけどやってる人の強さがあるじゃないですか。あと、「空手の選手みたいにウォォォっていうかぶり方せんのや。真言宗は絹のベールが包まれるようにトロリんと」それね、ものすごいんよ。水しぶきを膝より上にあげたらイカんって・・・もう行かなよかったって(苦笑。でも鏡野町に同期がいてものすごく頑張る人。彼に聞いたら「こうゆうの水行場は外にあるから負けてられへん」と、この2人の意地の張り合いで私たちの下々の後輩たちはスッゲー迷惑かかる(苦笑。水行の時は「昨日あれおいしかったなー楽しかったなー」という事を思い出すんですよ、もう鼻歌交じり、マイナスを考えない。体は逆境のときに、心が思うようにしたらものすごくポジティブに・・・あ、水を被れって言ってませんよ!

こうゆうさん
子、干支はじめなんですよね。いつも言いますけど十干十二支。今年は庚子。庚の方は明るい方向なので勢いがつくと思うんです。子はチューチューの鼠じゃなくて、種子の「子」と思ってもらったらええんです。植物の12の段階を示したのが十二支ですから。芽が出てふくらんで花が咲いて・・・前回は死骸の亥、枯れて落ちてきれいになくなる、白紙に戻る。だからいろんなものが噴出した。今年は種を植えんといかんのです。早い人はもう芽が出てる、まだの人は至急、どんな12年後が欲しいかってイメージして植えないと。午前中にきれいな雨が降るでしょ?天も分かってらっしゃる。今年は雨に愚痴たりせんほうがえぇね。
ただし、芽は自分の植えた種の芽だけは出ぇへん。雑草も伸びるんです、コンチクショウって言いながら抜くのか、一緒に伸ばすのか・・・えぇモノも伸びるし、悪いもとこも出て来る。嫌なことも言われるでしょう、でもその中に自分を鍛えてくれるものがあるんじゃないかな?この間、先輩和尚様からいただいた訓示の中に「難しいこととぶつかったらオモロイなって思った方がえぇぞ。厳しいと思ったらそれは違う。今までのアンタが甘かったんや。優しいと甘いは違うから、はき違えんほうがえんじゃない?」っておっしゃってもらって、あぁそうだな!って。

動物の鼠は子だくさん、こまめに動くとかあるから「拡散」っていうのも考えたほうがいいかな?よいつながりがあればよい方に伸びますし、ダメなところに足を突っ込むとどんどん悪くなってくる。「禍福は糾える縄の如し」 おもしろいですよね、無茶苦茶味方になる・・・夢の国のネズミさんとか、トムとジェリーもそうやし、せやけど悪者にもなる。これが表裏なんでしょうね。せやから愚痴少なく、嫌と思わずに「ちょっと苦手かも」と思って。いつも言いますけど自分の器を自分で決めつけない。相手が頼んでくれとんやから相手が見てくれてる器に対応すればエェわけです。
あとはあんまり神経質にならんことでしょうね。「ここは気が悪いけど、ここは気がよいですね」って聞く方は気が悪い(苦笑。ココに住んでる人もいるのに・・何さまじゃ?って思いません?あんた神様か?って思いますもん。「いい気が出てますね!こうゆうさん」って、この間まで私は何を出しよりましたかね?って(苦笑
この間、後輩から届いた年賀状で「体にはくれぐれも気を付けてご活躍ください」・・・けっこう入ってる文章。あんたに言われんでも活躍するし!体に気を付けて、って言われると「悪いようにうつってるんかな?」って加速をギアをローにさせるような言葉だと思うんよ。「いつも元気もらってます」って書かれてたら「よっしゃ!」って思う。悪気が無いことで人を傷つけることが多いぞ~!

年末に真備町の川辺の信者さんから家を建て直したので拝みに来てくださいとお電話いただきました。三代にわたって弘法大師のご本尊、素晴らしい仏像を拝んでらした。豪雨で2階の膝まで水が来たけど取るもの取らずに娘さんが仏像だけを持って頭上にのせて救助を待ったんですって。このお大師さまをもう一度お祀りしたいから、と新築したそうです。お位牌は流されて、ご先祖さますみませんって思ったそうです。それが去年の仕事納めだったんですけど、ほっこりしてね、法悦の寛喜です本当に。ちょっと言った事を家訓のように思ってくれていた。だから撒くことも必要よ。
今年ひとつ思ってることがあって、神様、仏様にものを頼む人はたくさんいます。だけどね、神様、仏様の立場からすると「我に願いをかける者多かれど、我の願い聞く者少なし」なんですよ。だから「お手伝いしますよ」くらいの余裕があった方が成功や成就に近い気がするんですよね。父ちゃん母ちゃんは頼るけど、いざ両親が子供たちを頼っても何もせんのと一緒やって言うようなことを経典に書いてるんですよ。困った時の神頼みじゃなくて、神様が困ってるから私がお手伝いするよ、くらいの気持ち。そんな気持ちの出し入れを心がけたら、よい一年になるんじゃないでしょうか。

天野こうゆう住職 次回のご出演は2月6日(木)です( ˘人˘ )
ご住職への質問は コチラ