こんばんは、
今日が、隅田川の花火だと知らずにいから、
思いもよらぬ大渋滞。
私が、以前勤務していた訪問ヘルパーの会社は、
24時間365日対応可能なところでした。
お正月にもおむつ交換にいきましたし、
本当はダメですが、
こっそり、大掃除をお手伝い・・・。
そんなある日、
Aさんの家を訪問しました。
夜7時からのケアでした。
ちょうど、その町内がお祭りの日。
家の中にいても、
太鼓の音が聞こえてきました。
「Aさん、今日はお祭りですねえ」とお話すると
「そうだなあ、俺も若い頃は神輿を担いでいたからなあ」
Aさんは、足の筋力が弱くなり、
歩くのが大変な方でした。
ほぼ一日ベッドでお過ごしになり、
トイレや用事がないと、
あまり歩こうとされませんでした。
一緒にお暮らしのご家族も
全員仕事を持たれていて
帰宅は夜10時頃。
夕食のお手伝いで訪問していました。
「へえ、お神輿を担いでいたんですか」
普段、あまりお話をされる方ではなかったですが、
お祭りの雰囲気に、気分も良くなったのかも知れません。
「ああ、それこそ昔はこの辺だって、ビルなんてなかったからな。
神輿を担ぐんだけどな、先導の大人は朝からほろ酔いだから
どっちに行くのか分からなくてな、
『おい、そっちは六区の十二階がだろ。神社は逆だろ』なんて
文句言われてたよ」
その昔、
浅草六区に十二階建ての塔があったそうです。
正式名称は「凌雲閣(りょううんかく)」と言いますが、
「十二階」の通称の方が、好んで使われていたそうです。
関東大震災で半壊してしまい、同じ年に解体されました。
Aさんの年齢では、ちょうど10歳くらいの頃の話。
しみじみと、
「こんな足になっちまったら、神輿を担ぐなんてできないな」
と、いつものように足をさすられました。
そんなことはない。
Aさんの場合、筋力の低下で歩きづらくなっているだけなので、
少しずつでも近所をお散歩されれば良かったのですが、
「こんな姿でみっともない」
と外出を拒否されていたそうです。
「少しずつでも、歩くようにされませんか」
とお話すると、
「ああ、ちょっと考えてみるかな」
とおっしゃいました。
「お祭りに行けるようになると楽しいですよね」
と笑顔で続けると
「そうだなあ、いいかもなあ」
と言われた後、
「あんたは、この後お祭りに行くのか?」
と聞いていただけました。
「私は、11時まで仕事なので、行けません」
「そうかあ、残念だなあ。祭の日に、こんな爺さんの相手させられて」
と苦笑。
「でもな、祭には行った方がいいぞ。年取ると、気力がなくなるからな」
「何かいいことありますか」
「元気になるんだよ。祭なんてもんは、その為だけにあるんだから」
いつもとは違うAさんの表情。
「祭なんてもんは、楽しむためにあるんだ。見てるだけなんてもったいないぞ。
それで、また頑張れるんだ」
「じゃあ、私も、なるべくお祭りの日は休みを取りますね」
「じいさんばあさんになると、出来ないぞ。考えもしなかったけどなあ、そんなこと」
Aさんは、外れていたパジャマのボタンをはめて、
「だから、若いもんは何も気にせず、祭でもなんでも楽しめ」
私は、しばらくして別の支店に異動になりました。
その後、Aさんは「老人ホーム」に入居したとお聞きしました。
それから、
私は意識して参加できるお祭りには大きな声を出して楽しむようにしています。
なので、
浴衣や太鼓、騒々しくなっていく雰囲気は
幼い頃に比べると好きになったかもしれません。
でもね、Aさん。
今更ですが、
私、そんなにお祭りが好きではないかもしれません。
「空元気」は得意ですけどね。
