自分が高校生だった頃。

保護者(わたしの父母)って、3年生の受験間際とかに三者面談で親が呼ばれて、進路はこれでいいですか、っていう確認をされた、というぐらいの記憶しかない。

 

参観日、当時もあったのかな?

 

中学校の参観日でさえ、今のように親御さんがもりもり廊下にあふれるほど来た記憶がほぼないんだけど。

 

ともあれ。

最近の高校生は。

1年生でも親が面談に呼ばれ。

2年生でも親が面談に呼ばれ。

3年生ではたぶん、年に2回(夏と冬)呼ばれ。

 

PTA研修会と称する進路ガイダンスみたいなのも、親に向かって講演会みたいなのが催され。

 

高校生って、そんなに親の世話になるっけか?

 

自分が高校生だった頃、親の意向はここまで大事じゃなかったぞ?

という思いが拭い去れないわたくし。

 

進路ガイダンスの案内に「欠席」を丸をつけて提出予定です。

 

子どもの進路に興味がないわけではなく。

子どもの進路は子どもが自分で調べればいいと思うわけで。

その調べた結果を、子が親に自分で相談してくれればそれでいい。

 

昔はインターネットもなかったけど、自分で調べたもんね。

進路指導室とか、今も昔もあるもんね。

で、今はインターネットでもっと調べられるわけでしょう。

 

それなにに「進路ガイダンス」に親がいく意味が、私にはちょっとわからない。

 

親ができることは、学費を払うこととか。

日々の衣食住のお世話をするとか。

 

ここ最近は、掃除・洗濯を自分でやるように仕向けるとか。

(実際、掃除はもう小学生の頃から自力で、洗濯は高校生になってから自力で、として、私は関知していません。)

 

最低限のことを自分でできるように(一人暮らしができるように)準備すること。

 

たぶん、進路ガイダンスに参加して、子の進路を「一緒に考える」のは親の仕事じゃないと思うんだ。

(相談されれば返事はするけど。親が持ってきた情報から話がスタートしないようにしたい。という好みの問題。)

 

最近の親御さんは、大学の入学式にも行くんですってね。

なんなら、卒業式にも行くのかな。

 

世の親御さん、偉いなとさえ思ってしまう。

わたし、そこまで付き合いきれないわ(という、これもまた好みの問題)。

 

自分が高校生だった頃を忘れていないから余計にそう思うのかもしれない。

 

自分が高校生だった頃、適度に放っておいてくれた両親に、いまさらながら感謝したい。

 

というわけで、庭で採れたトウモロコシ、茹でて差し入れしようかな。

ほどよい距離感が親子円満の秘訣だと思う。