担当ほし
1. ヴェネツィアの歴史
1-1 ヴェネツィアの始まり
1-1-1 古代末期ゲルマン民族の大移動に伴う混乱期
a 砂州状の島で外海から守られた浅瀬の海に浮かぶ無数の島に逃げ込んだ人々によって建設が始まった
→ヴェネツィアを中心とする干潟、ラグーンの島々
1-1-2 1100年間ヴェネツィア共和国は存続
←697年に最初のドージェ(総督)が選ばれてから1797年にナポレオン軍の侵入により崩壊するまで
1-1-3特定の個人や家系への権力の集中を極力回避し、徹底した合議制と厳罰主義で、治安や都市構造の維持をはかる独特の共和制度が発達
∵水に囲まれた限られた土地の上で営まれる都市生活を維持するため
1-1-4 その強力な政治制度の持続性は驚嘆に値するが、ヴェネツィアが歴史学や政治学の対象としてさかんに研究されるのもそのため
1-2 ヴェネツィアの中世
1-2-1 中世の間、航海貿易で繁栄し東地中海を席巻
a 1453年のコンスタンティノープル陥落を機にオスマン・トルコと対峙することに
b 15世紀末の地理上の大発見以来、物資の流通経路が変化したことで貿易一辺倒だった経済基盤が崩壊
1-2-2 15世紀初頭までにヴェネツィアは本土の諸都市とその領土を支配下に治め、領域国家へとなった
a その本土側に土地を購入し、農園経営を始める動きが16世紀には顕著にみられた
b 貿易商人であったヴェネツィア貴族が資本をシフトして土地所有者となった
c 中世末の経済的繁栄の絶頂から滑り落ちたヴェネツィアは、16世紀には教皇や神聖ローマ皇帝らが結集したカンブレー同盟との戦争(1509-16)で大打撃を被った
d オスマン帝国の驚異にもさらされ、軍事・外交政策に力を入れなければならなかった
e 16世紀のヴェネツィアは、経済は傾き、多くの問題をかかえていた
→結果的に文化的には最も輝きを放つ世紀となった
∵文化度をあげ、都市を立派に整備し、共和国の威信を高めることが得策であると考えられたため
f 今日まで残る魅力的な都市景観が完成されたのもこの時代
2. 世界遺産登録の背景
2-1 顕著な普遍的価値
2-1-1 ユネスコの世界遺産プロパティは、北東イタリアのヴェネト地方に位置するヴェネツィアとその潟の街を備える
a 118の小さな島々に広がり、ヴェネツィアは10世紀の主要な海洋国家となった
b 街全体が世界遺産
c 最古の建物は、ジョルジョーネ、ティツィアーノ、ティントレットなどのような世界で最も偉大な芸術家のいくつかの作品が含まれている建築の傑作
2-1-2 起源と避難所
a 5世紀、ヴェネツィアの集団は蛮族の襲撃から逃れるために、トルチェッロ、イェーゾロ、マラモッコといった砂の島々に避難
b 当初は農民や漁民のための質素な一時的居住地であったが、次第に永続的な定住地へと変化
2-1-2 自然と歴史の結合
a 5万平方kmに及ぶこのラグーンでは、5世紀以降自然環境と人類の歴史が密接に結びついてきた
2-1-3 海洋国家への変貌と勢力拡大
a かつての避難所はやがて強力な海洋国家へと発展
b アラブ、ジェノバ、オスマン帝国といった勢力との通商競争から貿易市場を守る必要性に迫られ、ヴェネツィアはラグーン内での地位を確固たるものに
2-2 ヴェネツィアの都市構造と地理的特徴
2-2-1 水際の都市群
a 常に水害の脅威にさらされるラグーンにおいて、波打ち際という極めて特異な環境に中世の都市域が築かれた
b 北のトルチェッロから南のキオッジャまで、ほぼ全ての小島に独自の集落、町、漁村、そしてムラーノのような職人の村(ムラーノガラス)が存在
2-2-2 中世の世界的首都
a ラグーンの中心に位置するヴェネツィア本体は、中世において世界最大級の首都となった
2-2-3 独自の都市システムと運河網
a 多くの小島が統合、組織化された一つの都市システムへと発展した結果、原始的な地形の面影は消失
b その過程でジュデッカ運河、サン・マルコ運河、大運河(カナル・グランデ)などが形成
c 「リオ(Rio)」と呼ばれる無数の小さな運河網が、水上都市の真の動脈として機能
2-3 自然と人間の相互作用による景観形成
2-3-1 ダイナミックな形成プロセス
a ヴェネツィアの景観は、長い年月をかけて人間と自然環境の生態系が相互に影響し合ってきた動的なプロセスの結果
2-3-2 高度な技術と創造性
a ラグーン一帯における水利工事(油圧工学)や建築物の構築には、当時の人類による高度な技術力と創造的なスキルが発揮
2-3-3 蓄積された文化遺産と交流の拠点
a ラグーンには数世紀にわたり独自の文化遺産が蓄積されている
b アルティーノ地区やヴェネツィア本土の遺跡からは、ここが重要な通信や貿易の拠点であったことを示す考古学的な発見
2-4 ヴェネツィア:不可分な一体性と芸術的影響力
2-4-1 都市とラグーンの一体性
ヴェネツィア市とそのラグーンは切り離すことのできない一端をなしている
2-4-2 独自の芸術的達成
a 活気に満ちた歴史的中心部を持つヴェネツィア市は、それ自体が唯一無二の芸術的成果
2-4-2 建築と記念碑的芸術への影響
建築や記念碑的芸術の発展において、ヴェネツィアが及ぼしてきた影響は極めて大きい
3. ヴェネツィア世界遺産登録の判断基準
3-1 登録基準(i):唯一無二の芸術的達成としてのヴェネツィア
3-1-1 「水に浮く」都市の造形美
a 118の小島の上に築かれており、その「重さを感じさせない美しさ」は、ラグーンの水面に浮いているかのような印象
b 景観はカナレット、グアルディ、ターナーといった数多くの画家にインスピレーションを与え、多くの名画を生んだ
3-1-2 比類なき建造物群
a たぐいまれな美しさを持つ記念碑的建造物が並ぶ
Ex)サン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮殿、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
3-1-3 世界屈指の傑作の集積地
a ヴェネツィア共和国の黄金時代を象徴する世界でも類を見ないほど高密度に芸術的傑作が集中
Ex)サン・ザニポーロ教会、スクオーラ・ディ・サン・マルコ、フラリ会堂、
3-2 登録基準(ii):建築・芸術の発展への影響
3-2-1 地理的・商業的な影響の広がり
ヴェネツィアは、各地の「商館」や交易を通じて、建築や記念碑のモデル
→ダルマチア沿岸、小アジア、エジプト、イオニア海、ペロポネソス半島、クレタ島、キプロス島
3-2-2 芸術による新たな影響力の行使
a 海上権力を失い始めた後、ヴェネツィアは「画家たちの力」によって異なる形の影響力を発揮
b 空間・光・色彩の捉え方を根本から変え、ヨーロッパ全土の絵画や装飾芸術の発展に決定的な足跡を残した
Ex)ベリーニ、ジョルジョーネ、ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ、ティエポロなど
3-3 登録基準(iii):東西文化の架け橋としての稀な証拠
3-3-1 東西交流の結節点
a ヴェネツィアは、東洋と西洋、そしてイスラム世界とキリスト教世界の架け橋としての役割を果たしてきた歴史を体現
3-4 登録基準(iv):ヴェネツィア共和国の栄華を示す建築群
3-4-1 比類なき建築アンサンブル
a サン・マルコ広場や小広場、周辺の建造物(大聖堂、ドゥカーレ宮殿など)は共和国の輝かしい最盛期を象徴
3-4-2 中世建築の完成形
a 特殊な水上環境に適応しながら構築された「中世建築の完全な形態」を提示
→13世紀の「信徒会」や病院、慈善施設、協同組合などの公共建築、各地区の記念碑
3-5 登録基準(v):脆弱な半汽水域の生息地と生態系
3-5-1 環境変化への脆弱性
a ヴェネツィアのラグーンは、地中海地域における「半汽水域(湖沼的環境)の生息地」の顕著な例
→不可逆的な自然・気候変動(水位の上下動)によりその存続が危ぶまれている
3-5-2 生態系の一体性
a ラグーンは島々と同じく重要
b 一貫した生態系において華やかな宮殿や教会、杭打ち建物、漁村、田畑なども同様に保護されるべき
3-6 登録基準(vi):自然への勝利と世界発見の象徴
3-6-1 過酷な自然との闘い
a ヴェネツィアは敵対的な自然を克服し、人類が勝利を収めた闘いの象徴
3-6-2 人類の探検史との結びつき
a 小島からラグーン、アドリア海、地中海へと視野を広げた歴史は、マルコ・ポーロ(1254-1324)に代表される「世界の発見」と直結
b ヴェネツィアの商人は、アラブ人に続き、ときにはポルトガル人に先んじて、中国、ベトナム、スマトラ、インド、ペルシャなどを探検し、世界の広がりを明らかにする役割を担った
4. 整合性
4-1 歴史的・構造的な一貫性
4-1-1 118の島々とラグーンが織りなす都市構造は、中世・ルネサンス期から現在に至るまで、その物理的・機能的な関係を維持
4-1-2 多様な歴史的層形成(積層)がありながら、個々の建造物は独自の建築言語に基づいた高い審美性と技術を保ち、有機的に統合
4-1-3 複雑な空間を維持し続けることが、ヴェネツィアの文化と文明が持つ高度な創造的スキルの証明
5. ヴェネツィアのオーバーツーリズム問題
5-1 人口減少
5-1-1 2019年ヴェネツィア本島の人口は約5.2万人
→1951年の17.4万人をピークに減少
5-1-2 ヴェネツィア本島の人口減少の要因
a 街の変化
Ex)建物の老朽化や不便性
→住民のための場所から観光客のための場所へと作り替えられた
b 衛生面の問題
c 高潮
d 交通手段が徒歩と水上の移動手段のみ
e 住宅・不動産価格の高騰
5-2 観光客の増加
5-2-1 年間訪問者数
a 2007年は2,160万人だったが、2016年は2,400万人
b 1日あたりの平均は約6.6万人
→毎日住民の数を超える観光客が流入
5-2-2 ヴェネツィア本島では、統計が確認できた2007年の実宿泊客数(宿泊施設を利用した実際の人数)は217万人、延べ宿泊客数(各日の宿泊者数を加算した人数)は588万人であったが、2017年には前者が316万人、後者が786万人と増加
5-3 「宿泊をしない短時間滞在者、日帰り観光客」
5-3-1 年間日帰り観光客数
a 2007年の統計に基づくと約1,521万人、年間訪問者の約7割が日帰り観光客
5-3-2 日帰り観光客が都市の持続可能性を脅かす批判の対象
→「混雑」に留まらず、都市のアイデンティティや生態系、住民生活の根幹を揺るがす
5-3-3 観光形態の変質:旅行ガイドブック確認型集団的観光
→特定の有名スポットだけに短時間で殺到する観光スタイルが物理的な限界を引き起こす
a サン・マルコ広場などの狭いエリアに許容人数を遥かに超える団体客が流入し、街全体が大混雑
→物理的要因
b 観光客の集中による弊害
→市内外に散在する美術館や博物館、伝統的な名所旧跡等には目もくれず、文化的な分散が起こらない
∵観光客の関心がSNSやガイドブックの推奨箇所に限定されているため
5-3-4 経済的・社会的な不均衡
a「負のサイクル」が発生
→観光客数は膨大だが、地域経済への還元が極めて低いのが現状
5-3-5 低消費・高コスト
a 日帰り観光客は限られた時間の観光のため島内での宿泊・飲食消費が少なく経済効果が低い
b ゴミ処理費用、名所旧跡や街のインフラの修復、セキュリティ費用などの行政支出(税金投入)のみを増大させている
5-3-6 産業の劣化
a 伝統的な工芸品や地元の食文化が、粗悪な輸入雑貨やファーストフード店に取って代わられ、都市の文化的な質が低下
5-3-7 日帰り観光客に対する対策として入島税導入
a 2024年からハイシーズン(4月〜7月)の対象日に14歳以上の日帰り観光客に対して入島税を徴収
b 時間帯は8:30〜16:00、4日前までの登録で1日5ユーロ、3日前から当日までが1日10ユーロ
5-4 クルーズ船問題と環境への脅威
5-4-1 巨大なクルーズ船は、日帰り観光の象徴として住民の激しい反発を起こしている
a 2013年年間寄港数548隻182万人、2015年521隻158万人、2017年466隻143万人と減少傾向ではあるが、日帰り観光客数増加の一因
b 宿泊は船内のため経済的効果がほとんどない
5-4-2 景観と安全の毀損
a 中世の街並みを遮る「高層マンション」のような船体は景観を損なう
b 2019年の衝突事故のように物理的な危険も孕んでいる
→大運河で操舵不能になったクルーズ船が岸壁に接触し、さらに観光船に衝突
5-4-3 生態系へのダメージ
a 巨大船が引き起こす海水流の変化が、干潟の繊細な生態系を破壊
5-5 住民生活の空洞化
5-5-1 インフレと不便さにより、住民が街を捨てざるを得ない状況に追い込まれている
5-5-2 生活コストの高騰
a 観光客向けの価格設定により食品や日常生活品が高騰し、不動産価格や地価も上昇
5-5-3 インフラの占有
a 水上バス(ヴァポレット (Vaporetto))などの公共交通機関が観光客で溢れ、住民の移動が困難
b 日常生活用品店が減少し、観光特化型の街へ変貌
5-6 背景
5-6-1 高コストな「ヴェネツィア価格」
a 日帰り客の増加背景は島特有の物価の高さ
5-6-2 維持費の特殊性
a 本土とは比較にならないコストがかかる
Ex)海上都市ゆえの上水道の引き込み、人力・水路による物資輸送、歴史的建造物の維持、「高潮(アクア・アルタ)」対策費など
5-6-3 本土への流出
a 物価が本土の1.5〜2倍に達するため、「観光は島内、宿泊・飲食は安価な本土で」という観光客の行動論理が、日帰り化をさらに促進させている
6. ヴェネツィアの高潮対策:モーゼ計画
6-1 計画の背景
6-1-1 地盤沈下
a 過去100年間で地盤が約25cm低下。
∵自然な圧密沈下(年0.4mm)に加え、地下水くみ上げや地球温暖化による海面上昇
b 高潮(「アックア・アルタ(イタリア語で「高い水」の意)」)で地盤高(80〜100cm)を超える潮位が頻発
∵アフリカからの季節風の吹き寄せが重なったため
→2011〜2016年だけで38回発生し、低地では排水不能による滞水が常態化
6-2 目的:「島内の親水性・景観確保」「海上交通の維持」「湾内環境の保全」
6-2-1 構造と建設経緯
a フラップ式ゲート(「MOSE(モーゼ)」)
→3箇所の開口部に計78個の可動式ゲート
b 平常時は海底の基礎ケーソン内に沈んでいて航路を妨げない
6-2-2 設計思想:耐用年数100年
a 地球温暖化を考慮し、ゲート天端高さに70〜80cmの余裕を持たす
b 2003年着工、2018年12月に完成
6-2-3 監視体制
a 高潮予測の5日前から監視を開始し、36時間前から体制を強化
b 潮位110cmを管理基準とするが、それでも全島12%の浸水は防げず一部地区での浸水を容認
c 24時間体制で風・雨量・潮位を計測し、フラップの角度を空気量で調整(常に45度を保持)して制御
d ハイテク制御:各扉体に7個の傾斜計や流量計など、多数のセンサーを配備
6-2-4 メンテナンスサイクル
a 5年ごとに簡易検査・補修
b 15年ごとに歴史的な造船所「アルセナール地区」で本格的なドック補修を実施
c 塗装だけではなく電気防食を採用
∵腐食防止のため
6-2-5 施設内部の構造
a 海底の基礎ケーソン内には空気供給やヒンジ点検のためのメンテナンス用トンネルが2本通っている
∵人間が内部で作業できるようにするため
6-3 コスト
6-3-1 総事業費約55億ユーロ日本円で約6,600億円
→世界最大規模の水利工学プロジェクト
6-3-2 維持費は年間約119億円
6-3-3 一回の稼働にかかるコスト
a 一回あたり20万ユーロ、日本円で約3,200万円
b 2020年10月3日の最初の稼働以降2023年11月までに計60回稼働
7. 実際に訪れてみて感じたこと
7-1 オーバーツーリズム
7-1-1 有名な場所付近の道は人混み
→道の幅は狭い場所が多く、警察官が整備、右側通行に規制するなど雑踏事故対策されていた
a 有名な場所から外れると人は少なくなる
7-1-2 日帰り観光客が多い
a 私自身も日帰りで2日間通えるほど、本島付近(マルゲラ)からのアクセスも良く、宿泊施設がヴェネツィアに比べて低価格で多くあった
→マルゲラは電車またはバスを利用しそれぞれ一本でヴェネツィアに行くことが可能
b ヴェネツィアは交通手段が船のみで、道も石畳や階段が多く大きな荷物があると移動が不便
7-2 地盤沈下
7-2-1訪れた際前日の雨の影響で冠水していた
→雨が降るだけで冠水するほど昔に比べて地盤沈下が進んでいることがわかる
a 地盤の弱さが塔の傾きや沈下の進行を進めていた
8.考察
8-1 登録によるブランドの固定化と観光形態の変質
8-1-1 世界遺産登録(1987年)は、ヴェネツィアに「人類共通の至宝」という絶対的なブランドを付与
→皮肉にも観光の「質の低下」招いている
a 世界遺産という看板が「一度は見なければならない場所」としてリスト化され、文化背景を深く知ろうとしない短時間滞在の「日帰り客」を爆発的に増やした
b SNSやガイドブックが推奨する「映えるスポット(サン・マルコ広場等)」に観光客が一点集中し、街本来の多層的な歴史が消費されない対象になった
8-2 持続可能な管理に向けた「経済的・技術的挑戦」
8-2-1 ヴェネツィアの維持には、他の都市とは比較にならない巨額のコストがかかる
a 入場料の導入や大型クルーズ船の規制など、世界でも先駆的なオーバーツーリズム対策を打ち出さざるおえなくなった
b モーゼ計画のような巨大な技術的介入は、遺産を救う一方で、ラグーンの生態系への未知の影響という新たなリスクを生んでいる
c 観光収益をいかにしてこれら「目に見えないインフラ(維持管理費)」へ適正に還元するかが、持続可能性の焦点
8-3 観光客の「意識変革」と体験の再定義
8-3-1 有名な場所から外れると人が少ない
a 世界遺産登録は「一点豪華な観光」を推奨していたが、本来の価値は「118の島々とラグーン全体」
b 観光客の行動を「有名スポットのスタンプラリー」から、職人の村(ムラーノ等)や周辺ラグーンの自然を巡る「分散型・スローツーリズム」へといかにシフトさせることが重要
c 訪れる側も「消費する主体」から「遺産を共に守るパートナー」へと意識を改めることが求められる