普通についてよく考えてます。
観念的な事って、言葉にすると一つのものとしてある様な気がしてしまうのでとりあえず厄介です。
僕みたく、就職せずにバイトしながら役者やったりしてるのって普通ですかね?
同窓会や結婚式に出席すると、「斉藤君、芸能人なんだって?」とニヤニヤされながら聞かれます。
そう聞いてくる人は大概勤め人です…。
個性的である事が良い事だみたいな、
人は人、自分は自分みたいな、
夢を追いかける、好きな事をやるのは素晴らしいみたいな、
いわゆる自分探しみたいな(もう死語か)、
みんなシンガーソングライターになっちゃいかねない様な、
そんな風潮と言うか、メッセージに囲まれて来た世代なんですが、
最近やっぱり普通が一番なんじゃないかと思います。
「じゃあ、普通って何だよ?」「普通なんてないだろ」と言われそうなんですけど、
今僕が一番そうであろうと予想している普通って、
自分以外の他人と接する事で見えて来るものじゃないかと思うんです。
「○○さんってどんな人ですか?」
「結構普通の人だよ」
って会話の時の「普通」って、要はコミュニケーション取れるって意味だと思うんですよね。
だから普通がなくなって来ているとしたら、コミュニケーションの問題なのかなと。
接する事で見えてくる、他人事も当事者になる事で自分事になって、普通が見えてくる…、様な。
そんなこと考えながら、「キンジテ」を書いて、演出も出演もやってます。
だから「斉藤君、芸能人なんだって?」と聞いてきた人に僕なりの演劇論をまずぶちかませば良かった…、
訳ないですね。
ああ、でもあれだな。
現象で言ったら今のヒット曲みたいな、ipodで一人で聞いて、昔みたく広い世代の人が知らない、口ずさめない
って事と似てる気がするなあ。
時代と観念の問題なのかなあ。
ああ、難しいなあ。
斉藤祐一