今日は勤めているスラムの学校で「ローリー祭」のイベントが行われた。イベントの日はいつもの事務所を離れ、現場へ。夫のバイクが破損するんじゃ?という激しい凹凸の道を送ってもらう朝。
ローリーは北インドならではのお祭りで、1年の最後の日(インドの暦では1月13日)にコミュニティー毎に外で焚き火をして、火の神さまにお祈りする。パンジャブ州に伝わる物語や歌を歌い継ぎ、親族等で集まって、収穫時期でもあるトウモロコシや落花生で出来たお菓子を食べる。
今年は13日が日曜で休日なので、イベントは金曜に実施。スラムの学校のグランドの真ん中には大きな焚き火が焚かれ、張り切ってオシャレして来た幼稚園生と、スタッフや先生たちが輪になって恒例のパンジャビダンスを踊り、踊り、また踊り、かなり盛り上がりながら新しい1年の到来を祝っていた。
パンジャビダンスは踊れない私のお役目は写真係。いつものイベントのように、子供たちの自然な仕草や表情、集まった親御さんたちのローカルな風情を修めたいとグランドを走り回ってみる。でも今回は、同僚たちの新品のスマホの画像に完敗。日本から持って来た4年物のスマホは、もう今年が替え時のよう。
今週も頑張って出勤出来た。先週から職場の風紀?への疑念が頭をもたげ続け、私の、同僚たちへの信頼が揺らいでいた。
このお仕事を始めた当初、チーム一丸となって未踏の領域にチャレンジ出来るような、やり甲斐のあるお仕事の話を代表から頂いて、ワクワクした。ぽつんと1人きりでインドで暮らして来て、「一緒に」「新しい」「お仕事」が出来るなんて、思ってもみなかったから。
蓋を開けてみると、私にとって最も難しく「未知の領域」なのは、お仕事じゃなく、周囲の人たちとの関わり方だった。インドという国で、もちろん文化や考え方が違うのは想定内!と前向きでいたけれど、実際は想像以上に対応出来なかった。
言葉で表現すれば、色々な「違い」や驚く「出来事」の数々があったのだけど、あり過ぎて多分書き切れないので省略。笑
一言で言うならば、
「波長がズレてる」あの違和感。
今日も午後は事務所で作業の時間だったけど、見ていると若いスタッフはお喋りに夢中で何も進んでいない様子。代表から指示の電話があると忠実に答えているけど、終わると代表や仕事に対する愚痴や批判大会で盛り上がる。しばらくするとポツリポツリと作業をするものの、1つの作業に3人「全員」がダマになって文句や冗談を言いながらダラダラ。。。
悪夢でも見てるのかな。。。
そんな毎日。
帰りのタクシーではモヌケの殻のように、流れる行く景色を眺める。大気汚染で汚れた町が、より一層くすんで見えた。胸も息もお腹も苦しくて、頭痛が止まらない。苦しい。。。
どうして私はこうやって、
いつも自分を苦しめるのか。
相手のせいではないのだ。
環境のせいでもない。
そう考えないと、何も変えられない。
私は私のマニアックな趣味で、この環境を選んで、この人たちを選んで、自分を苦しめて言い訳してる。
「ほら、やっぱり上手く行かない」って。
そのことが悔しい笑。遠くから、私の幸せを願ってくれている母や姉妹、友だちに申し訳なかった。私はいつも、親しい彼らに理解されないと不満だったけど、それもそのはず。幸せとは真逆の場所に歩いて来てしまうのは、他でもない私だ。
やった事のない事をやってみたかったり
見た事のない場所に行ってみたかったり
出来なかったことに挑戦してみたいって
落ち着きのない刺激中毒の私は、
いつも欲張り過ぎてしまう。
怖いんだと思う。
自分の意思で進んで来たつもりだったのに、
いまだに目が覚める度に、
何も知らない異国の真ん中にいる。
共感できない人たちの中で
自分を曲げて合わせてアクセクしてる。
いつの間にか、
日本人の自分も、
自分らしさも、
主張することに疲れてしまった。
なぁなぁにして来た分だけ
なぁなぁに扱われてしまう。
でももう、これ以上主張したくない笑。
商店やタクシーや大家さんや職場でも、
周りの調和を乱してまで
主張なんてしたくないのに。
調和を好む日本人なのに。笑
夫に対しても、そう。
もう、何も言わないでも分かって欲しい。
いちいちネットで日本の紹介見せなくても
インドはこう、日本はこうと、
あーだこーだ話なんてしなくても、
私は、こう。
都合良くは変われない。
インドっぽくも出来ない。
親戚の世話もしたいと思わなきゃ出来ないし、
実家の管理もしたいと思わなきゃ出来ないよ。
誰が泣こうが死のうが、
無理なものは無理。
もうね、経験上知ってるからね笑。
お願いだから、
これ以上私に主張させないで。
私のままでいさせて。
ってね。
そんな気分です。笑