宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ) -66ページ目

宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

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前回に続き、梅雨だから映画の話。写真は、1965年公開の「フランケンシュタイン対バラゴン」。まだ怪獣映画が少し怖かった時代だ。地底怪獣と闘うのが、不死身の怪人(人間)という設定もなんだか怖いし、バラゴンが雑食で牛や馬、さらに人間さえ食ってしまうというどう猛さも恐ろしい。子供の頃は、狼に育てられた少年や山には雪男が本当にいると思っていたのだから、こういう映画にはドキドキした。特撮を手掛けた円谷英二の名は、翌66年から始まった「ウルトラQ」で知られ、その頃から怪獣はビルは壊しても人間を食ったりはしなくなった。私が最も不気味に感じたのは、この怪人がドイツの「フランケンシュタイン博士」の研究から生まれたというだけで、名前がなかった所だ。主人公に名前の無い映画。所詮は怪物でしかない主人公の、孤独が際立ち、それがこの映画の怖さを伝えているような気がした。その後の怪獣映画は子供向けの娯楽作品になってしまったけれど、まだまだテーマのあった怪獣映画。そう言えば、ゴジラもガメラも、初めて公開された時は相当に怖かった。
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梅雨空はうっとおしいばかり。ただ、こんなグレイの空を見ていると、かつて観たひとつの映画を思い出す。1975年、萩原健一主演の「雨のアムステルダム」だ。アムステルダムに単身駐在している弱小商社マンの恋とミステリー、カンタンに言うとそんな内容だった。それよりも釘付けになったのは、そのグレイの街並に、風景に映える、ショーケンのファッション。ベージュと黒を着分けるバーバリーのトレンチコート、BIGIのスーツに、ザックリしたマフラー。この映画は、ただただショーケンを観るためのプロモーションフイルムと言ってもいい程、はっきり言って内容は無かった。映画として秀逸だった72年の「約束」や、驚くほど小説とは違っていた74年の「青春の蹉跌」の様に、脚本や演出の冴えは無く、だけど私はスクリーンに映し出されるショーケンの一挙手一投足を観て、学び、興奮していた。この年、75年は伝説のバンドキャロルが解散し、平和の象徴だった佐藤栄作元首相が死去した年。なんとなくしらけた時代に、ショーケンだけが眩しかった。どんよりした雨の街を歩くと、この映画を思い出す。だけど、アムステルダムという都市がオランダだったと知ったのは、この映画を観た後だった。

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1977年5月、伝説のあの番組は始まった。「うさぎ屋」という下町の足袋屋を舞台にしたホームドラマ「ムー」である。ここまで豪華で鮮烈な作風のドラマを私は知らない。まず店主が伊東四朗、職人に伴淳三郎と左とん平がいて、樹木希林までいた。ほぼ主役の次男が郷ひろみで、お手伝いさんが岸本加世子。そして、写真のレコジャケ「帰らない」が大ヒット中の清水健太郎が長男だった。構成や演出が久世光彦氏ということも凄いけれど、当時いちばん驚いたのは、横尾忠則氏のオープニングイラストだった。それまで、少年マガジンの表紙や健さんの任侠映画のポスターではお馴染みだったけれど、TVの、しかもホームドラマのオープニングに、ピラミッドやUFOや桜吹雪が登場することに震撼したのだ。そのセンスの良さに驚き、ドラマにしびれた。その中、トレンチコート姿で雨に濡れ、ただ立っているだけのシーンに登場する家出した長男が、清水健太郎だった。「失恋レストラン」後、超人気だった頃に、セリフのない立っているだけの役を与える久世光彦も素晴らしいが、それを渋い表情で演じきっていた健太郎もカッコ良かった。私の記憶では、そのシーンはだいたい9時45分頃だった。77年の伝説。あの頃も、清水健太郎も、もう「帰らない」けれど。

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