宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ) -64ページ目

宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

$BOSSのブログ-オバQ
ヒーローと呼ぶには愛嬌があり過ぎるかもしれないけれど、あの頃、オバQはまぎれもなく我が家のヒーローだった。1965年、TBS系の「不二家の時間」で始まったオバケのQ太郎は、あまりにも滑稽で、ドジで、それでいて愛くるしかった。日曜7時半は、TVの前の定位置を兄弟で争いながら、オバQに夢中。そしてもうひとつ、夢中になったのが不二家のお菓子だ。その当時としては、不二家はかなり高級で、CMを観てはポカンと口を開けていた。人気の「バラソルチョコレート」なんて、あっと言う間に食べ終わるのに、高い。子供心に「これ買って」とは、なかなか言い出せなかったのを憶えている。それなのに、「オバQ音頭」のソノシートだけはどうにも欲しくて。不二家のハイカップの王冠を集めて送るともらえたのだけど、やっぱり買ってもらえない。そこで私は、親戚たちに、お中元くれるなら「不二家のハイカップにしておくれ」と、厚かましいお願いをしたようだ。その甲斐あって、オバQ音頭は我が手の中に。子供の一念て、凄い。その後も、シャンプーに消しゴム・・。オバQの姿をしたものなら何でも揃えて、我が家はオバQだらけになってしまった。どこの家庭にも「オバケ」がいた時代、それはそれでほほえましい。

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$BOSSのブログ
写真のヒーローは、伊賀の影丸。1961年~66年少年サンデーに連載であるから、そうとう古い。TVでは、63年に人形劇があったらしい。その記憶は薄くても、実はこのマンガで私は日本の地理を憶えた。まずは伊賀で三重県の位置を知り、次に甲賀忍者で滋賀県を知った。秋月藩で福岡を、葉山藩で神奈川を、そして飛騨忍群登場で、漢字すら書けなかった岐阜県の存在を学んだりもした。当時は、まだまだ忍者や武芸のヒーローも多かった。藤沢薬品提供の「風のフジ丸」やタケダアワーの「隠密剣士」、サンヨー電機提供の「仮面の忍者赤影」、映画でも「ワタリ」が上映されたりして、地理だけではなく次第に歴史にも強くなっていったのだ。伊賀の影丸で江戸城や服部半蔵の謎を究明したかと思うと、同じ作者(横山光輝)による赤影では、「豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎の頃・・・・」というナレーションとともに、戦国時代の変遷を語り始めたのもこの頃だっただろう。SF時代が足早に近づいていた60年代に、忍者が流行っていたのも不思議だけれど、忍者という使命のままに敵を倒す影丸の後ろ姿に、どこか危うい正義を感じていた子供たちも多かったかもしれない。地理と一緒に、正義も学んだ時代だった。

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$BOSSのブログ-ガメラ
♪ガメラ~ ガメラ~ いかすぞガメラ、いかすぞガメラ、いかすぞガメラ♪と、大合唱したくなる人も多いだろう。写真は、子供のヒーローガメラの第6作「ガメラ対大魔獣ジャイガー」の名場面。昭和ガメラシリーズの中でも、このジャイガー戦がひと際輝かしいのは何故か ? ヒントは1970年3月21日公開という所にある。そう、あの大阪万博の開幕(3月15日)と同時期。万博会場を舞台にストーリーは展開される。ガメラと万博。これはもう、私もそうだけれど、当時の子供にとっては夢のまた夢。超ビッグ競演夢のイベントだったのだ。憧れの太陽の塔、エキスボタワー、日本館、アメリカ館、そしてソ連館とガメラが絡むというだけで十二分に興奮し、ストーリーはもはやどうでもいい・・。それでも、ガメラの体内に小型潜水艇で入る少年たちが羨ましく思えたのだから、ちゃんと憶えている。少年弘の父親には、大村崑を起用。大阪、という設定をたっぷり強調していた。大阪城も万博も、実はこの「ガメラ対ジャイガー」でしか観ていないという人もいるらしい。あの頃はなかなかに、万博会場は遠かった。でも、大阪城は今でも健在、金色に輝いているので是非ご覧下さい。

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