宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ) -29ページ目

宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

荒木一郎

2014年がスタートした。平成も、もう26年目。昭和もずいぶん遠くなったものだ・・。今年こそは愛に満ちた1年でありますようにと、願をかけていると、こんな曲を思い出した。写真のレコジャケは1967年にヒットした荒木一郎の「いとしのマックス」である。荒木一郎と言えば、「空に星があるように」という名曲が有名だけれど、私は子供の頃に聴いたこの「いとしのマックス」が忘れられない。もしかすると、人を愛するという意味を初めてこの曲で、いやこの歌詞で憶えたのかもしれない。♪ Hey,Hey,マックス、Won't you be my love そして 君と踊ろう♪ 決してハンサムとは言えないが細身のルックスとブッキラボーな歌い方。それはキザを絵に描いたような曲だったのに、どこか心の奥の方に「愛」のイメージとして残っていった。愛は言葉にしなければ意味がない。ただし、愛は少しブッキラボーな方が伝わりやすい。そんな教えを、なぜか「いとしのマックス」で学んでしまったようだ。1991年に舘ひろしがカバーしたけれど、私にはやはり荒木一郎の歌い方の方がしっくり馴染んでいた。2014年は愛にあふれた年であれ。ブッキラボーに願いつつ、今年も昭和の魅力を伝えていく所存なのである。

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怪物くん

今日が本来のクリスマスである。いつの頃かイヴの方が賑やかで、25日はなんだか後の祭り的な感じになってしまったけれど・・。写真のソノシートジャケットは、アニメ「怪物くん」のクリスマスバージョン。当時の子供たちは、こんなソノシートでクリスマスの夜を楽しんでいた。DVDも、もちろんスマホも無い時代、ソノシートから聞こえる声と音楽だけが、子供たちを夢の世界に運んでくれたのだ。怪物くんは、1965年から「少年画報」で連載が始まり、TBS系でアニメ化されたのが68年。日曜夜の「不二家の時間」に放送されたこともあって、人気は絶大だった。数年前には、嵐の大野君主演で実写版の「怪物くん」まで登場したのだから、そのファンは今や時代を超えている。ただひとつ、気になるのが主題歌の違いである。♪オレは怪物くんだ 怪物ランドの王子だぞ !♪と、これが原型。怪物くんはあくまで怪物ランドの王子であって、プリンスという横文字で言われると、かつてのファンはピンとこない。と、言いつつも昭和のマンガがリバイバルされると、いろんな世代の人と話ができるので、案外うれしいものだ。そんなこんなの思い出をたどりつつ、今宵、ジングルベルに耳を澄ますのもいいだろう。

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森田健作

森田健作と言えば、サンミュージックの所属タレント第1号。今年亡くなった相澤会長が1968年に森田健作を連れて設立した芸能プロダクションが、サンミュージックなのだ。その後、桜田淳子、松田聖子の誕生で一流プロダクションに成長したけれど、当時の森田健作人気無しには、その成功は語れないだろう。写真のレコジャケは73年に放送されたドラマ「おこれ!男だ」の主題歌。「青春に悔はないか」という、売れに売れていた頃のまさしくモリケン節である。70年代の初め、青春スターは誰疑うことなく森田健作だった。そして、このレコジャケもそうであるように、いつもジーパンをはいていた(当時はジーンズと呼ばず、ジーパンと呼ぶ方が多かった)。夏はジーパンにラガーシャツ、冬はジーパンにタートルというシンプルな着こなしが男っぽくて、髪型も含めて男子の多くが真似をした。私なんか、モリケンのはいているベルボトムのメーカーを捜して、いろんなお店を訪ねたりもしたほどで。キャントン、バイソン、ビッグジョン、ラングラー、どんなジーパンも爽やかにはきこなしていた。だからこそ、森田健作にはいつまでも実直でいて欲しい。どこかの知事の様に裏切られたら、あの日の青春の色まで、すっかり色あせてしまうから・・。

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