さとこのチカラ -49ページ目

さとこセレクトストーン(急遽予告)

始まりは、ハムスターのお菓子入れだった、、、

 

 

 

 

 

 

娘にはハムスターのペットがいるんです。

 

元気でよく脱走するんですよ。

 

夜行性が基本のはずで、通常はかごの中の壺の中に入って

 

自分でワラでフタして寝てるんですが、娘が呼ぶと出てくる。

 

そして出してやると一目散に部屋の中を駆けるんです。

 

そりゃポメもびっくりですよ。

 

ワンワン吠える吠える。

 

しかも追いかけても捕まらない速さ。

 

 

 

身体が小さく、すぐ隙間に入るので出すのがいつも苦労しているのですが、

 

娘がおやつおびきよせ方法を考えつきまして、

 

小さなピンク色のお菓子が大好きだと発覚した訳ですよ。

 

とても美味しそうに両手で持ってモグモグ食べます。

 

どこかに隠れた時に

 

「おやつだよ===!!」と言うと、

 

モソモソ出てくる。

 

どうも、この言葉を覚えたようなんです。

 

 

 

そのお菓子は小さいので、1回に3〜4粒で十分なんですが、

 

この量を置いておく小さな器? が欲しいとせがまれまして、

 

ネットであれこれ検索した訳ですよ。

 

でね、ちょうど良いガラスの蓋つきの器を見つけまして、

 

娘も気に入って使っていました。

 

 

 

 

で、ある日 さとこが、

 

 

「これはもしかして使えるかも、、、」

 

 

とか言い出して、なんだろうか? と思っていると、

 

おもむろに、さとこの選んだ石を入れたんですよ。

 

いつもの石のベッドも入れてみて。

 

 

私も  おおっ!?

 

と、これは新しいかもだぞと、急遽話がトントン拍子に進みましてね、

 

フサとかつけてみたらどう? などと言って完成したのがコレ

 

 

 

 

(これは さとこセレクトストーンが入っていない状態)

 

 

 

なので急遽になりますが、さとこセレクトストーンを入れた状態を

 

明日:10/10(月)皆様にご紹介する運びになりました。

 

久しぶりになりますが、この器に入った状態のもの

 

しかも、さとこは複数個にする! と言っていますので、

 

どんな最終形になるか私も分かりませんが、明日、その写真を撮って

 

皆様にご紹介&領布となります。

 

 

ただこの器は数十個単位は確保したのですが、そんなに数が有りません。

 

これがとにかく手に入らないのが大きいです。

 

なのでおそらくこの形態は今回限りになる可能性が高いです。

 

 

 

 

さとこは今は器に入ったセレクトストーンを吟味していて

 

どうも、今日はブログは書けないみたいです。

 

 

 

明日、さとこがどのような物を皆様に紹介するか?

 

ご興味のある方は、時間未定ですがチェック下さい。

 

 

 

 

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心霊現象の絶えない部屋

ポメを洗いました。

 

 

 

 

 

8月初旬にサマーカットにして毛は短くなり、

 

豆柴なのか何なのか分からない生物になってましたが、

 

あっという間にフワフワの元通りですよ。

 

まだ3歳と4歳なんで若いから回復が早いんですね。

 

反して私の頭髪は回復が遅いというか、抜け毛が多いというか、

 

ザビエルというか、、(ほっとけ!!)

 

 

 

で、カットしてから今まで全然洗ってなかった。私も(いやいや)

 

オスポメは、

 

ふ〜〜〜ん、シャワーか〜〜 まあいいけど?

 

みたいな態度なんですけど、

 

メスポメは名前を呼んでも来ない、

 

というか隠れる。

 

普段なら、名前を呼べば、何? みたいな感じでくるんですけど、

 

シャワーの時は何かを察しているんですね。

 

どうも濡れるのが嫌みたいです。

 

 

 

どこだどこだ!と探していたら、2階の寝室のベッドの下の奥の方に居た。

 

とにかく「気配を消す」んですよ。

 

それはもう見事というか野生の名残なんでしょうか。

 

 

 

まあ当然拉致して風呂場に連行です。

 

風呂場の扉を閉めてシャワーを全身に当てると、

 

わ===嫌だ=====!!!!

 

みたいな感じであちこち逃げ回る。

 

それを無理やり押さえてシャワー&リンスです。

 

で、洗い流すわけですが、犬ですから

 

全身をブルブルっ震わせて何回も水分を飛ばすんですね。

 

当然ながら私はびしょびしょになると。

 

一応、パンツとブラをつけてましたが(←?)

 

ぐちゃぐちゃになって気持ち悪いですよ。

 

 

 

その状態で、今度はドライヤーをかけてやるわけですが、

 

これが小型犬の割には毛が長いですから、乾かすのに結構な時間が

 

かかる訳です。

 

ドライヤーも嫌らしく、脱衣所の扉をずっとカリカリしてて

 

出して====

 

と悲しそうな声を出す。

 

そうすると先に終わったオスポメが、

 

何!! 一大事?? 大丈夫なの????

 

みたいに扉の外で吠えるんです。

 

扉のカリカリ

 

鳴き声、

 

吠え声、

 

私、びちゃびちゃの中で一生懸命乾かすと。

 

なかなかのカオスです。

 

 

 

 

終わって、さとこに大変だった===と言うと、

 

 

コリーに比べれば楽でしょ?

 

 

って言われちゃいました。

 

まあ長毛種といえ全然大きさが違いますから。

 

聞くところによると、

 

シャンプー1本全て使う世界みたいです。

 

乾かすのも大人2人かかりで、部屋中がびちゃびちゃになったと。

 

まあね〜〜〜そうかも、、です。

 

 

 

 

昔に名犬ラッシーというTVドラマがあって、その影響からか

 

コリーを飼う方も多かったと聞きます。

 

 

最近は散歩してても小型犬ばかりですね。

 

そして皆、大人しい、、

 

反してこちらは2匹で吠えると。

 

まるでしつけのなってないバカな飼い主みたいな

 

生暖かい目で見られるのがたまりませんね(自虐的)

 

 

ーー

 

 

さて、今回はさとこが私のリクエストを書いてくれました。

 

続きます。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

いつもご愛読ありがとうございます。



やっと暑さも落ち着いて天気も落ち着いてきて

過ごしやすい日々がやってきました。

3連休は毎回台風でお出かけの人は大変だったかもしれませんが

我が家は全く関係なく普通に学校があったりしたので

特にどうといった事もなく過ごしております。


先日「都民の日」と言うのがあって学校が珍しく休みで

東京都だけ学校は全部ではありませんが一部お休みだったりしました。

でも会社などはあまり関係なくほとんど普通だったのでは無いかと思います。


東京都民だと上野動物園とか多摩動物園とか割引があるとかも

 

聞いたことはありますが、特にそのような恩恵もあまり経験せずに

 

日々過ごしております。



ですが、生まれも育ちも東京の私にとって東京は故郷であり

他の方が地方が地元で、地元を愛するのと同じように

私も東京都を愛しております。


私は祖父母の代から親戚のほとんどが東京に住んでいますが

私の知っている東京というのは他の地域の人が想像するような派手さはなく

サザエさんのような地味〜な生活です。

服装も人付き合いもそれほど活発というわけでもなく

街を歩けば芸能人に会うことも無く

あまり繁華街にも特別な事がなければ、出かけることも買い物に行くこともありません。



ただ、強いていうなら、子供の頃から人混みや渋滞や密集住宅には慣れているので

新宿の乗り換えなども塾や予備校で都心に通うことも多く

 

意外と慣れているかもしれません。

しかし新宿や渋谷や品川、東京駅など大きな駅は工事も良くありましたので

天井にぶら下がっている乗り換え案内を見ながら歩くというコツだけ

子供の頃から身についているという感じです。

なので駅の乗り換えが前に乗った時と変わってたとしても

「あ〜工事で変わったのか〜」くらいにしか思わず

特に動揺するわけでもなく「めんどくさいな〜」と思うくらいの慣れ具合は

東京育ちならではかもしれません。

キャッチセールスも営業電話も家への飛び込み営業も

「またか〜」という感じで子供の頃からかわす練習はしている感じもあります。


そんな中でも最近は海外の詐欺サイトなど気をつけていても巧妙に引っかかりそうに

 

なることもあり、ギリギリセーフでなんとか回避している感じで

犯罪が増えているというのは景気の悪さを身にしみて感じております。

どうぞ皆さんもお気をつけください。



今回のお話ですが以前も書いたことがある話なのですが

私は約1年半だけ一人暮らしした時の怪奇現象について書こうかと思います。

たまたま今日その時の思い出話をしていて

主人から「何度聞いても怖いからもう一度書いてみたら?」というので

現在の視点から書いてみようかと思います。

題して「心霊現象の絶えない部屋」というお話です。

一人暮らしの人は怖くなるのであまり読まない方がいいかもしれませんが

とりあえず主人のリクエストなので書いてみようかと思います。



私は大学を出て就職した時、関西に本社のある会社に就職しました。

東京にも支社がありそちらを希望したのですが

全く希望は通らずに東京支社でも関西の本社でもない

関西の田舎の事業部に配属になりました。

今はそこは会社もなくなり更地になっているようです。


とても大きな大企業だったのですが事業部はとてもこじんまりとしていて

当時会社といえば定番だったのですが

青い作業服を着て設計やラインの人と同じ服を着て仕事をしていました。

一応少しクリエイティブな職種でしたがそんなことは事業部では関係なく

皆同じ制服を着ていました。


住むところは今ではあまり考えられないのですが

会社の敷地内にあるものすごく古い昭和チックなコンクリートの4階建てのアパートの一室で

その一室を「女子寮」ということで住まわせてもらっていました。

家賃は月4000円でしたが会社からの住宅手当が6000円だったので

実質2000円貰いながら生活をしていました。


 

ですが、配属は入社式翌日に突然言われたので何も用意しておらず

「布団だけ本社に送るように」とだけ言われていたので

どこに配属かは全くわからず家電等も何もありませんでした。

会社がたまたま色々なものを作っている会社だったので

家電はある程度貸してくれてなんとか生活は始まりましたが

電話も(当時は電話の権利が最低でも8万円必要でした)テレビも

6月のボーナスが出るまでは買う事ができないような困窮ぶりで

その家に行って最初にしたのは本屋に行って地図を買い

自分が今いる所を調べて公衆電話で両親に電話する事でした。

両親は驚き心配してその週末には高速を使って夜通し車を走らせ

様子を見にきてくれました。



食事も会社の食堂で食べ残業の時に支給される紙パックの牛乳とサンドイッチを

同じ部署の方々が恵んでくれて

給料日前日などは数百円しかなくそれを朝晩食べて凌ぎました。

実家に電話するだけでもとても高く帰るにも新幹線は高く

夜行バスなども使ったりしました。



そんなかなり貧困な日々を送りながらも

きっちり貯金や実家への仕送りだけはしており

1年で実家には20万円以上送り貯金は40万位していたと思います。

大学が国立は落ちて少し高い私立だったのでそれくらいはしないとと思っておりました。


そんな生活が始まりましたが

社宅の部屋はファミリータイプで

とても古いコンクリートのエレベーターもないアパートでしたが

部屋だけは一人暮らしには広く2DKの間取りで

家具も何もない布団と制服と少しの着替えしかない部屋は

ガランとした感じでした。

ただ、国道沿いで信号の近くだったため夜通し大型トラックがブレーキを踏むので

騒音がひどく窓が開けれず

反対側も会社の体育館で壁にその音が反響するので

窓はいっさい開けることはできませんでした。


お金がなくエアコンもつけれなかったので

会社の人が貸してくれた小さな扇風機とアイスノンで

真夏の暑い夜は凌ぎました。


父から子供の頃「扇風機に直接当たると死んでしまうから絶対だめだよ」と

何度も言われていたのですが(今の扇風機と違い性能が悪く実際に当時は

そのような事故が多発していました)「もう死んでもいいや」と思いながら

枕元に小さな扇風機を置いて寝ていました。


あまりにも広い部屋で一人では怖く寝る部屋の隣の部屋の電気はつけて寝ていました。



ある時家にいると夜に「ドンドン」と鉄の扉をノックする音が聞こえました。

階段ごとに2軒ずつ鉄の扉がある建物で4階建ての4階だったので、私と隣の家の2軒しかなく

隣の人は同時期に入った単身赴任の営業の男性だと聞いていました。

「こんな時間になんだろう?」と覗き窓を除いても誰もいません。

そんな事が何度も続きました。


そのうちに変なことが少しずつ増えていきました。

私が会社に行って帰ってくると何故か風呂の水が蛇口が閉まっているのに

 

一杯になっていた事もありました。

とても気持ちが悪かったです。


そのうちに部屋と部屋を仕切るすりガラスの扉が「ガタガタガタガタ」と

 

たまに夜中振動するようになりました。

最初は「地震??」と思ったのですが扉以外何も揺れていません。

もちろん人もいません。

閉じ込められた空間で目の前でガタガタ揺れる扉から逃げようにも田舎町で逃げ場もありません。

外は真っ暗で何もないのです。

とにかく怯え収まるのを待つのですが

10分くらい揺れていることもありました。

何が起こっているのか分からず耐えました。


会社でそんな事を先輩に話すと

「やっぱりあったか、、」と言われました。


その先輩は同じ建物の私の住んでいる部屋の一階に部屋を倉庫がわりに借りていました。

仲間と何人かで借りていたのですがたまに荷物を撮りに行くと

誰もいないのに「ノシ、、ノシ、、」と誰かが歩いて近づいてくる音がたまにするというのです。

なのでその真上の4階なので何かあってもおかしくないというのです。


「あそこは出るんだよね〜、、」と言いながらも

「また何かあったら会社にいいな、人事の人が部屋を変えてくれるかもしれないよ」と

教えてくれました。


「そんな出るので有名な建物なんだ、、」と思いながらも

一人暮らしするほどのお金もなく耐えるしか無く

私は転職活動をして東京に帰る決意をしました。

すぐに新しい会社は決まりませんでしたが

何とか1年位の転職活動で新しい職場も決まってくれました。

「もうこんな幽霊屋敷にはいられない、、」そう思ったのです。

毎日のように「バキっ」とラップ音が鳴り

ドアを「ドンドン」とノックされ

「ガタガタ」と戸は揺れて鳴るし

何か光が通るような感じもあるし

とにかく毎日が臆病な私にとっては地獄でした。


そんなある日、寝ていると何かいつもと違うただならぬ気配で目が覚めました。


そして「バキっ!!!」という物凄い大きな木の割れる音が寝ている布団の左横で突然したのです。


まるで大男が木の板を踏んで割ったような音でした。




何というか、、、何かわからないのですが

何かが入ってきた、という感じがしたのです。


部屋の電気を全てつけて見回しましたが何もいません。

でも確実に誰かがいて私を見ている感じがするのです。

しかもかなりそばにいる感じがするのです。


当時霊能力など無かった私はテレビか何かで見た「幽霊の撃退法」みたいのを

思い出しました。


それは「幽霊に出ていけと言う」とか「何もしてあげれないから出て行ってと言う」と言うような内容でした。


とにかく何かに出て行って欲しかったので

「私は何もしてあげれないから出て行って!」と一人で部屋の中で少し大きめな声で

言ってみました。。。


すると、、、


左耳の耳元で若い女の人の声で「はい、、」と返事があり

スーッと目の前を人形の影が通って行き窓の方から影が出て行ったのです。。


きゃーっと叫んだかどうかも覚えていませんが

とにかく怖くて怖くて座ったまま布団に包まり朝まで寝れなかったのを覚えています。


朝になり泣きながら両親に電話をし、会社の上司にも話しました。

すると普通なら「そんな事まさか」と言うかもしれませんが

幽霊話を疑う人はおらずすぐに部屋を見にきてくれました。

人事と総務の二人で見にきてくれて私は泣きながら説明をすると

音が鳴ったという所の畳をあげて見てくれました。


すると、、

畳の下はコンクリートと畳の間にスノコの様なものが引いてあったのですが

行った場所のスノコの木の板が真っ二つに折れていて

それも切り口がとても新しいと言うことがわかり

「ここが破れたんだね、、でも、、、畳の上から

ここだけ割るなんて、、変だな〜、、、」と二人ともどうしてこうなったか分からないと

首を傾げるばかりでした、、、


とりあえず音の原因はこの木が破れたと言うことがわかったのですが

部屋を変える、、と言っても今は部屋が空いていないから待って、、と言われました。



その後もラップ現象は続いていたのですが

ある時今度は隣の単身赴任の男性の奥さんが挨拶に来ました。


何だろうと思って出ると

「実は主人が数日前に亡くなりまして、、、

部屋で亡くなっていたんです、、、

一人だったのですぐには発見できなくて、、、

会社の方から連絡がないと言われ

電話もないのでおかしいなと思い見に来たら亡くなっていて、、、

なので引っ越しますからご挨拶に来ました。お世話になりました」と

洗剤か何か忘れましたが持って挨拶に来たのです、、、


まだ40代前半くらいの若い方で体格の良い方でしたが

何故かいつも暗い感じというか元気がなかったのを覚えています。

営業の方だと聞いていました。

仕事で疲れていたのかな、、単身赴任だからかな、、と思っていました。

毎週末奥様が来ていらして

引っ越した時にお互いに挨拶したのと

たまにすれ違う時に挨拶しただけで話したことはありませんでした。


でも、、、

まだ若いのに突然死なんて、、、


私はもしかしたらあの女性の霊のせいなのではないか?と思ってしまいました。


私の部屋から出て行った後隣に行ったのではないかと、、、

そして知らない間に私は隣で亡くなっている人がいるのに

普通に何日も生活していたと思うとゾッとしてしまいました。


部屋は一つ空きました。その隣の部屋が、、、

でも、、、

そこに引っ越す、、、という気持ちにはなれませんでした、、


流石に人事の人もそれは言いませんでした、、



結局入社した次の年には私は主人と婚約し転職先も東京で決まり

その会社を辞めて実家に帰ることにしました。


引っ越しは夏の間に主人が手伝いに来て荷物をまとめました。

1年ちょっとしかいなかったのでそれほどの荷物はありませんでした。


昔の作りのアパートなので収納は沢山あったのですが

一人だったので使っていない押し入れや天袋もあり

とりあえず使ってなかったところも拭こうと思い

背の高い主人に天袋などを見てもらいました。



すると、、、主人がギョッとして「何これ?!!」というのです。。


見ると、、

天袋から何かわからない古いお札が出てきたのです。


それが一つではなく、、

あちこちの天袋から二つも三つも出てくるのです。。


いつのものかはわかりませんでしたが何世代か前に住んでいた人が

入れたものだと思います。

でも、どれもバラバラなお札で、もしかしたら同じ人が3つ入れたのではなく

世代が別々の人がそれぞれ入れていたのかもしれません、、、


特に「魔除け:とも書かれていなかった感じはするので何のお札かわかりませんが

はっきりしているのは私以外にもこの部屋で何か怖い経験をした人がいて

それもお札を入れないとならないくらい頻発していたということなのだと思います。


なので会社の人も私が「お化けが出ました」と言っても

疑うことも無く真剣に見にきてくれてたのだと思います。


今はその建物もその事業部も無くなってしまったのですが

その土地に何かあったのか、わかりませんが

国道の脇で信号があった事、

その土地は大きな湖や川が近くにあった事、

歴史的に有名な戦場が近くにあった事、などの条件が

そうさせていたのかもしれません。



そして今の私には過去視でその霊の姿が見えるのです。


それは、、


白装束の長い髪の真っ白な顔の女性の霊です。

髪は風邪にひいているのかバサバサで

顔はあまり髪で見えませんが

口元に髪がなびいている感じが見えます。

その口元からうっすら血が滲んでいる様にも見えます。

顔の向かって右側は髪の毛で隠れています。


目は恨めしそうな寂しそうな

無表情な顔ですが、端正な顔立ちでとても綺麗な人だったはずです。

伝わってくるのは「無念」の気持ちです。


この人はおそらくある程度位が高かった人のように思えます。

何故なら言葉遣いや声がとても綺麗だからです。

心も追い詰められているのに静かです。


恐らく戦国時代などにこの地域の近くで

家柄などが原因で敵方に一家全員処刑されたのではないかと思います。

暴れて抵抗などはせず「これも定め」と思って処刑されたのですが

とにかく「無念」だったのだと思います。


自分の夫か父親か、、誰か大事な男性との最後の別れば出来ていません。

先に殺されて首だけ持って来られ残っていた女子供はそれを見せられています。

そして小学生くらいの弟がいた様ですが泣きながら怖がっているのが聞こえてきます。

子供だけでも助けてもらいたいのに、、と思っています。。

母親らしき人も一緒に処刑されています。

皆泣きながら歯を食いしばり「少しでも取り乱さない様に」と気を張って

最後のプライドを貫いています。


ですが、、

そんな気高さとは裏腹に殺す方は野次を飛ばしたり笑ったり

馬鹿にした感じでいるのです。


本来、武将の妻や女子供はある程度自分で切腹する様な儀式的な死に方を

どうも習っている様です。


ですが、この人たちは長い丸太に両手首を縛られ首だけ並んで出している感じで

きちんと正座もしていないのです。

お尻を突き出すような姿勢なのでこれは当時の女性にとって

とても屈辱的な姿勢だった様です。

しかも笑いながらそのお尻を最後に触ったり叩いたりする者もいた様でした。

その屈辱的な行為が物凄く悔しかった様です。

その後、刀ではなく、斧で首を切られた様でした。

この事も屈辱的だった様です。

この殺し方は武家の者の死に方ではなく、「一般男性や身分の低い罪人の処刑の仕方」の様でした。

亡骸も土に埋めてはもらえず、川か湖に捨てられたのだと思います。

なので後から水死体として魚に食われたり水膨れになって浮いたりして綺麗な死体には

なれなかった様です。


この霊はその無念を誰かに伝えたいと同時に

この近隣にその殺した人たちの末えいを探しているのかもしれません。

それと似た様な人を探しては「この人かどうか?」を

確認して回っている様です。

私は女性なのですぐに出ていき命までは奪いませんでしたが

その怒りの波動が戸をガタガタとさせたりしていたのかもしれません。

もしかしたら隣の男性も霊現象には悩まされていたかもしれません。

取り殺されなくてももし毎日霊現象のせいで睡眠不足になったりしていたら

急死する様な状態になってしまうかもしれません。

男性ですから「幽霊が出る」なんて誰にも言えなかったかもしれません。


これらの霊がその後この地で成仏はできたかは分かりませんが

そこに立っていた大きな会社は建物ごと無くなりました。

もしかしたらその敷地のあたりに関係があったのかもしれません。


今までも霊視で河原などでの処刑場後は多く見ました。

なので可能性が高いです。


色々な物件がありますが

皆さんの住んでいる所が曰く付きの場所でないことをお祈りします。

もしその様な場合はできるだけその場を離れた方が良いかもしれません。

そしてお幸せになっていただきたいと思います。


応援しています

頑張ってください

それではまた


さとこ

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

私はとにかく電話口で、さとこが怖い! というので何回か

 

尋ねた事はあります。

 

霊感のない私でも、何か重いというかそんな感じを覚えました。

 

 

 

部屋の状況は、さとこが説明した通りですが、

 

確かに最後の引っ越しの時に、天袋に多くのお札が有った時は

 

本当にゾッとしました。

 

 

 

あれから30年近くですか、、

 

今は、さとこは当時に飛んで、何が原因だったのか?を確実に霊視してますね。

 

私もこの話を聞くのは初めてです。

 

やはり無念は残るという事。

 

そして普通のお札には何の効果も無いというか、それ以上の念は

 

跳ね返されてしまうという事でしょうか。

 

 

残酷な亡くなられ方をすると、こうして何百年でも残ると思うと

 

本当にゾッとします。

 

そういう意味で、怨念というのは本当に恐ろしいですね。

 

先にも書きましたが、東京にも何箇所か処刑場があります。

 

川原や海辺というのは、処刑後の処理に向いていたかと思いますが、

 

おそらく全国各地に、知られていない場所があると思うんです。

 

 

もしかしたら同じ場所で水に絡む事故が多い場所は

 

何かしら過去にあったかもしれないです。

 

皆様もお気をつけください。

 

 

 

 

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東洲斎写楽(再掲)

さとこが腰を痛めましてね。

 

 

 

 

 

先週の金曜日に起きた時に何か痛い、、

 

とか言ってるのを聞きながら、静かにしてれば治るだろう、、

 

と思っていたのですが、昨日、今日と段々と痛みがひどくなり

 

今は以前に病院で体型に合わせて作ってもらったコルセット&

 

湿布&痛み止め薬とかで横になっています。

 

なので、初めに告知しておきますが、さとこ後半は今回は無いです。

 

 

 

あ!!!

 

 

 

読むのやめたの人!!!!!!!

 

しんのネタがありますってば、手羽って、あ〜〜名古屋風手羽先食べたい。

 

ってあれ?

 

 

 

いやね今から数十年前に新婚旅行から帰ってきた次の日。

 

さとこが急にぎっくり腰になりましてね。

 

何か旅行のトランクを移動させていた時にやっちゃったみたいで。

 

次の日にさとこも会社に出勤予定だったのですが有休にし、

 

なんとかその次の日に出勤したところ

 

同僚から

 

 

「まあね、新婚さんだからね」とか

 

「張り切りるのも少し控えた方が、、」とか

 

「若いからね〜〜〜」など

 

 

散々イジられたようです(笑)

 

私もその場を想像して笑っちゃいましたけど。

 

 

 

 

そもそもですが、新婚旅行の前が酷かった。

 

私が。

 

式や披露宴、二次会などで様々に緊張していた私は

 

披露宴会場を行ったホテルの部屋に到着するや否や、

 

不穏な腹痛が出てきまして。

 

20秒間隔くらいで「ズキン、、ズキン、、」みたいな。

 

 

それが一晩中続きまして、初夜の甘い雰囲気は一切なし。

 

せっかくホテルが用意してくれたバラの風呂とかも入れず、

 

次の朝の豪華なルームサービスの朝食も食べれず、

 

チェックアウトして近くの病院に直行、、

 

 

盲腸の疑い有り

 

 

と診断されて、溶解させるため? 長時間の点滴を打つと。

 

昨晩から新妻のさとこはずっと心配してくれていたのですが、

 

私は本当に申し訳なくて。

 

 

 

何か予感がしたのか、新婚旅行の出発は式の日の翌々日にしていたんですよ。

 

病院から今度は成田空港の近くのホテルに夜間に移動しまして

 

翌日のチェックアウトの際にもまだ腹痛は続き、

 

これはもう新婚旅行はダメか、、、とか二人で半泣きになりながら

 

ホテルのフロントの方に近くの病院を紹介してもらい直行。

 

その病院の医師の方から

 

 

「この薬で大丈夫だと思う」

 

 

で、半信半疑で薬を飲んだところ徐々に腹痛は収まり軽快して

 

なんとか飛行機に乗れたんです。

 

飛行機の中でも心配でしたが(旅先での病院は分からない&言葉が通じない)

 

なんとか道中は再発しなく、無事に旅を終え帰宅し

 

(最初の文の)翌日のさとこのぎっくり腰に続くと。

 

 

 

なんかね、若い二人の出発はこんな感じでしたよ。

 

それと成田で最後に励ましてくれたベテランの医師の方には

 

改めてお礼を言いたいです。

 

 

ありがとうございました。

 

今度、病院に10億ほど寄付させて頂きます!(いやいや)

 

 

 

でね、今記憶を頼りに病院を地図で探してみたら

 

その病院名が私が通っていた幼稚園の名前と同じとか。

 

今までもそうですが、私が今まで経験している事は

 

常々何かと繋がっているんだな、、と思うんですよ。

 

きっと皆様が日々過ごされている光景も何かしら未来と

 

繋がっていると思うんですよね。

 

 

 

松任谷由実さんでしたかね、

 

 

目に見えるものはメッセージ

 

 

と歌っていましたが、きっとこの方も相当に分かっていて

 

作詞しているのだろうなと想像します。

 

 

 

 

というわけで、私は明日はさとこを介護するため会社を

 

休むと。病院に連れて行くぞと。

 

子供達もみな学校、さとこは寝てるだろうから

 

H動画も見放題だぞと!(ニヤリ)

 

 

 

 

 

てな訳で、ん〜〜〜〜〜〜

 

再掲としときます。

 

さとこのチカラでネット検索すると

 

謎ジャンルが別枠になってるんですよ。

 

運営の方の計らい???

 

 

 

まあ初期のさとこはそんな霊視もしてましたけど、

 

それはチカラのごく一部で、今は多くの方のために

 

日々ご相談をお受けしてます。

 

 

 

でも私は謎霊視好きなんですが、さとこは視てくれない、、、、

 

なので私自身のリクエスト忘備録的な感じ。

 

 

 

では今回はコレで

 

10年以上前の内容です。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

2011-9-19 さとこチカラ 掲載

 

 

 

子供の絵って面白いですね~

 

 

 

 

 

家には3人いるんですけどまだ小学生です。

 

みんな絵を描くのはとても好きなようで、特に真ん中の子は寝ても覚めてもヒマさえあれば

 

しょっちゅう絵を描いています。

 

風景じゃなくて人物なんですけど、ゲームのキャラであったりTVで見たキャラであったり

 

するんですが、そこに出て来る人物?の戦いだったり、掛け合いの感情がとても良く分かる

 

絵を描くんです。

 

いわゆる漫画の世界に近いんですが、コイツはもしかしたら将来そちらの道に行くかも

 

しれないな~~と、親バカながらそんな風に感じたりしています。

 

 

 

 

絵で思い出したんですが、つい最近まで勤務している会社の所々に「浮世絵」があったんですよ。

 

それは給湯室の目隠しの のれん だったり、会社のカレンダーだったり、壁にかけてある絵だったり、、

 

何となく普通に目につく場所には浮世絵、、 まあ、社長の趣味のようなんですが。。

 

やっぱ給湯室に有ったりすると、飲み物を汲みにそれをくぐらなきゃならない訳で、嫌でも

 

目につきますよね? 趣味でも無いのに年寄りくさくて嫌だな~~とずっと思ってました。

 

 

 

 

それが何があったのか分からないんですが、最近急に一つ残らず取り払われてしまったんです。

 

職場の連中にも不評だったので、もしかしたら私を含む多くの者の念がそうしたのかも

 

しれませんね。

 

 

 

 

帰宅してから、会社の浮世絵シリーズが無くなってヤレヤレと、さとこ に話をしたところから

 

今回の話が始まっています。

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「やっと会社の浮世絵が無くなったさ。スッキリ♡ですね」

 

 

 

 

会社から帰宅して一休みしながら、さとこ にこう声をかけました。

 

TVを見ながらアハハ ( ゚∀゚) とか笑っています。

 

え~~と、今日は疲れたという事でスーパーの総菜の夕飯?  ¥298の20%引きのお弁当?

 

まあ、ガンジーな私は文句一つ言わずニコニコしなきゃです。

 

え?  だって文句なんて言おうものなら、、、((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

 

 

 

「ふ~~ん、、ずっと言ってたもんね。違和感があり過ぎるって。まあ良いんじゃない。

 

 広重とか北斎とかいろいろ有ったんでしょ?」

 

 

 

 

そう、色々あったんです。

 

だいたいどれもこれも同じ様な色彩で遠目には目立たないようなものですが、さすがに

 

給湯室の写楽の絵だけは、顔が大きいのもあってかなり存在感がありましたが。。

 

ずっと今まで意識していなかったですけど、会社にある写楽の絵をPC調べているうちに

 

写楽本人が誰だかわからない? 活動期間が10ヶ月しかなくて忽然と姿を消した??

 

多くの人から憶測の憶測状態で論議されている??

 

そんな文章が飛び込んできました。

 

 

、、ふ==ん。

 

という事は、さとこ さんに聞いてみますかね?

 

 

ところで写楽って誰?(←ストレート)

 

 

 

 

「写楽? ん~  今日は疲れてるけど、まあご飯は総菜だし子供達の宿題も終わってるし、

 

 ちょこっと視てみるかな、、、」

 

 

 

 

おおッ(゚Д゚)!?

 

何このいつもと違うノリ。あした地球滅亡とかしないよね?

 

そう思いながら恐る恐る話を聞いてみます。

 

 

 

 

「で、何?  写楽って誰だか分からないんだって? そうなんだ~~ 全然知らなかった。

 

 興味が無いから絵も知らないけど、とりあえずPCで調べてみるか、、」

 

 

 

 

さとこ はPCのキーボードをカチャカチャ打ちながら、写楽の絵を検索し出しました。

 

そこには教科書にも載っていたような有名な絵の数々が、、

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~~この絵を描いた人なの? ふ~~ん。。江戸時代だっけ? この時代の他の人の

 

 浮世絵って、、広重とか北斎とかこんな感じなのか~~。比較すると強烈で大胆な構図だよね」

 

 

 

 

確かに言われてみれば、他の巨匠のそれは風景画だったり、人物を描いていても全体が分かる

 

引き気味の構図だったりしていますが、写楽の絵は切り取った役者を中心に添え、細々としていない

 

大胆なもので目立つ色使いをしています。

 

 

 

 

「写楽が北斎っていう説もあるって? いや全く違う構図じゃない。これは違うよ。ん~~

 

 私が視た限りは、写楽は日本人の感じがしない。。白人と関係があるような、、、」

 

 

 

 

え? え~~~~ 写楽が外人???

 

それは新説ではないの??

 

 

 

 

「いや、他の説は全然知らないけど私にはそう視える。この人はヨーロッパの方から来た

 

 宮廷画家の人だよ。江戸幕府との交渉に来た大勢の中の一人なんだけど、本人は城中で

 

 交渉する役目の人じゃないからヒマで、その間の半年くらいかな~、、江戸の街を色々見物で

 

 案内してもらったんだよね。なんかザビエルみたいな人いるじゃない? あんな黒い服を

 

 着て歩いているんだよ。その人がとても面白がったのが歌舞伎なんだよね」

 

 

 

 

宮廷画家の人?

 

そんな人も使節として江戸に来ていたんだ。

 

まあ、確かに外人にとっては歌舞伎は異文化すぎるかもしれない。。

 

 

 

 

「やっぱ宮廷画家だから、面白いと思ったらスグ絵に描いちゃうんだよね。特にこの人は

 

 役者の表情が面白かったらしく顔を中心に描いた。でも役者が動いている最中にササって

 

 描いているから素描みたいな感じ、しかもハガキサイズの紙に描いているから小さいんだよ。

 

 でもその画家が描いた絵は、その場に居た日本人にとってもの凄く衝撃だったみたい。

 

 構図は西洋の肖像画のように人物を切り取ったものだから、それまでの浮世絵には無い手法。

 

 そしてコレは面白いっていう事で将軍に見せたみたいだよ」

 

 

 

 

絵の描き方は全然違うだろうね。もっと立体的だったろうし、そもそも画材だって全然違うし。

 

その驚きは簡単に想像できそうだよ。

 

確かに写楽の絵は西洋の肖像画の構図と似てるな~~。

 

 

 

 

「徳川の誰か分からないけど、その絵をせっかく描いてもらった物だからと今度は大きいものに

 

 してくれと命令したみたい。でもその宮廷画家はすでに日本から離れてしまっているし、

 

 困った家来達は浮世絵師達にその素描を元に大きい絵にするように依頼した」

 

 

 

 

描いた画家が居ないんじゃ、相談する相手も居ないから

 

そんな流れになるのも仕方かもしれない、、

 

 

 

 

「浮世絵って彫師あってのものだよね? 絵師が描いた絵を元に彫師が版木に起こして刷師が

 

 色を付けるみたいな流れで絵が出来ていったと思うけど、それぞれが相当な技術を持っていないと

 

 絵師の感情は表現できなかったと思うよ。だからその浮世絵師達もかなりの職人だったろうね」

 

 

 

 

確かに浮世絵は連携作業だよね。

 

古い印刷技術の初期大量生産方式というか、、でもそれぞれの人が才能が無いとダメだろうね。

 

 

 

 

「もともとそんな才能がある人達の集団だけど、日頃は色々な絵師にアレコレと文句言われながら

 

 作っていた。彫師にはこの線は弱すぎるだの、刷師にはこの色が違うだのと、こまごま注文されて

 

 いたからストレスも溜まっていたみたいなんだよ。でも、この宮廷画家の絵を依頼された時に

 

 今までと全然違う絵で、しかも外人の作者が帰国して居ない。だから今までに見た事の無い絵だし

 

 絵師が居ないんじゃ文句を言われる事も無かろうと、ここは思い切って職人の力を存分に発揮して

 

 日頃の想いを存分に発散させてやろうじゃないか!と、そんな流れみたいなんだよ」

 

 

 

 

あ~~浮世絵師達って日頃はそんな想いだったのか~~。

 

確かに絵師とかに色々言われそうだよね。でもこの時はその足かせが無くなって自分達のやりたい

 

事をやったと、そんな感じ?

 

 

 

 

「そう。初めて自由に好きに浮世絵を仕上げる事ができるチャンスだったんだよ。

 

 日頃は夕方には作業を終える人達が、寝る間も惜しんでもの凄く楽しそうに作業しているのが

 

 視える。他の仕事もほったらかして本当に嬉々としているんだよね~~。

 

 もうね毎日がお祭り騒ぎ。どうせ絵師が居ないんだから全部好きにやっちゃえ!と。

 

 今までに無い色、今までに無い大胆な線。その集大成が写楽の絵になったみたい」

 

 

 

 

へ~~ もの凄く楽しそうだね。

 

物って作る人の魂が込められているから、それは凄く良い状態の気をもった絵だね。

 

という事は結局、写楽の大胆な絵っていうのは宮廷画家と浮世絵師達の合作みたいな絵なのか、、

 

確かにそれだと居なくなった宮廷画家が残した絵が元になって、10ヶ月という短期間で姿を消した

 

という説明が合致するかもしれない。個人ではなかったんだ、、、

 

ついでに聞いていい? 

 

疑問におもったけど「写楽」っていう名前の由来って何?

 

 

 

 

「楽しく外人の絵を写した。楽写じゃ格好悪いから反対にしてしまえ! で 写楽。

 

 それと東洲斎という名はね~~、、どうも3チームで作業したみたいで、そのリーダーの

 

 名の頭文字の一部かな? 東屋とかの名の一部を入れて3つを1つにした、初めて職人達の

 

 名が入った合成の名前のようだよ」

 

 

 

 

そう言うと、食事の時間が遅くなるから、、と

 

キッチンの方へ さとこ は行ってしまいました。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

東洲斎写楽

 

 

 

それは個人の浮世絵師ではなく、江戸見物に来た外人の宮廷画家と

 

日本の浮世絵師達の合作が生んだ架空の人物でした。

 

 

新鮮な驚きと純粋に楽しんで作成された見事な浮世絵は、書物で述べられているように

 

短期間のように彗星のように現れ消えていきました。

 

その理由は、上述の理由があったからのようです。

 

 

そこに残った幾多の浮世絵達は、当時の職人達の魂の入ったものだからこそ、

 

今でも語り続かれているのではないでしょうか?

 

 

 

物には、それを作った人の魂が籠ります。

 

 

 

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