||Φ|(T|T|)|Φ||    監獄☆日記    ||Φ|(T|T|)|Φ|| -15ページ目

ストップをかけるチャンス

 母親である女が近隣の2児を殺す、という事件が起きたらしい。

 不謹慎を承知で、誤解を恐れずに言えば、私は本当にいいタイミングで意味のある事件が起きたと思っている。

 

 最近、子供が被害者となる事件が、連続して起こった。

 本来は何の関連性もない のに、必要以上に恐怖する世の母親たちは、「大人である」「男である」というだけで、子供に他者に対する不信感と恐怖感を植え付け、回避させるような行動をさせていたように思う。

 

 その結果、近所の子供にあいさつをしても無視されて逃げられる大人や、本に目を落としながら道路を横断している子供に注意を促しただけなのに逃げられる大人、自分の家の植え込みの手入れをしていただけなのに変質者扱いを受ける大人など、本当に大人たちは、馬鹿な母親の被害妄想の被害者としか言えないような状況になっている。

 

 今回、当の母親自身が加害者となる事件が起こった。

 世の無関係な大人たちが、自分の子供を連れている母親を白眼視するようになったら、当人たちはどう思うだろう。

 

 「子供を守れ」という。

 一体何から、どう守れというのか。

 

 本当は子供を守るために、明確に忌避すべき対象などない。

 これ以上、他者の善意や心配や思いやりといったものから、子供を遠ざけるべきではない。

 そのことに気づくチャンスという意味で、本当に有意義な事件であると思う。

TB 増税論議(2)

 そして間接税である消費税を語るときに、必ず出てくるのが「逆進性」の問題だ。


 本来ならば所得税の累進課税のように、余裕のある人は税負担を多く、そうでない人は税負担を少なくというのが、理想的であることは言うまでもない。

 しかし消費税という万人が平等に課せられる間接税においては、あるサービスに対する同じ5%の負担が、金持ちであればあるほど軽く、貧乏であればあるほど重くなってしまう。

 これを称して、消費税の逆進性と言い、間接税の重大な問題のひとつだ。

 

 世界の主要先進国のほとんどで間接税は導入されているが、その税率は高級娯楽品や嗜好品ほど高く、食料などの生活必需品については、非常に安く設定されているか、非課税である。

 

 なぜこれを、日本ではやらないのだろうか。

 プラダのバッグやRMKのネイルカラーにかかる5%と、生活保護受給者がスーパーで半額の惣菜に支払う5%は、絶対に金の重みが違うはずだ。

 

 逆進性を回避もしくは軽減する手段が、税率の細分化なのである。

TB 増税論議

 財政難に伴う消費税増税論議の陰に隠れて、みんな忘れてしまっているのだろうか?
 

 日本の税制の基本的なプランが策定されたのは、昭和24年のシャウプ勧告 である。

 戦後日本の長期的な税収の安定という視野に立ち、「直接税中心主義」のもと、直接税と間接税の割合(直間比率)は、7:3とされた。


 給料から直接、税金が天引きされる制度(源泉徴収)は、確実な税収というメリットはあるが、反面「可処分所得の減少」という不都合もあり、さらに日本の場合は「サラリーマンはガラス張り」という言葉が生まれるほど、サラリーマンとそれ以外の自営業者の間での所得捕捉率に、大きな差があった。


 こうした流れの中で出てきた消費税導入の大義名分が「直間比率の是正」だったはずで、この点において「間接税を上げるなら直接税を下げる」というような調節は、絶対に必要である。
 そうでないと重税感で、国民は投げやりになり活力が失われてしまうことだろう。


 俗に北欧諸国は「ゆりかごから墓場まで」と言われる。

 税は重いが、社会保障も徹底的に充実していることのたとえである。

 その反対はよく言われる「小さな政府」ということであって、国民に自立を促し、政府は社会保障は縮小傾向に置くというような意味だ。


 考えてもみてほしい。

 政府は「小さな政府」を実現しようとしていて、その反面では増税しようとしているのだ。

 それでは「税は重いが社会保障はたいしたことない」という、世界に類を見ない最悪の税制になってしまうだろう。

 

 消費税やサラリーマン増税を、単なる国の借金の返済に充ててしまってはならない。

 「取った税金は予定通りその必要な分野にのみ使う」という、「目的税化」は、絶対に必要であると考える。

ホリエモンが保釈申請

 ホリエモンの弁護団が保釈申請をしたという。

 だが本人が否認しているので、100%認められないだろう。

 

 否認していると裁判所は、罪証隠滅の恐れだとか、逃亡の恐れだとか、共犯者との通謀(口裏合わせ)の可能性だとか、なんのかのと理由を付けて、保釈を許可しないのだ。

 

 ではなぜ、そんなことは百も承知のホリエモンの弁護団は、保釈申請をしたのだろうか。

 おそらく、「堀江さんは無罪である。無罪である堀江さんを一刻も早く獄から救出するために、我々は堀江さんの保釈を求める」という、世間へのアピールであろう。

  

 それでもって、ホリエモンの「あいつはなにかやっている」という世間のムードが、薄まったり払拭されるかどうかははなはだ疑問だが、そんな理由で弁護団は結審までに、しつこく複数回の保釈申請を行うと思われる。 

LOVE定額

 私はボーダフォンが大嫌いだ。

 携帯電話が世に出始めたころから、私は東京デジタルホン(通称デジホン)と契約していた。

 「電話が優秀なのだから携帯もだろう」と、黙っていても売れる殿様商売のドコモと、対等にやりあう通信事業者としてのスタイルが好きだったのだ。IDO , TU-KA も同様であった。


 合併再編の波があり、順調だったJフォン(元デジホン)は、ドコモ・au 勢に押され、利用者を激減させていった。

 それでもなお、私は年間契約を続け、Jフォンユーザーであり続けた。

 それは10年以上にも及ぶ。


 しかし、利用者をナメているとしか思えない態度に縁を切った。


 利用者の利便を無視した、度重なる商号変更(メールアドレスがそのたび変わった)。

 ボーダフォン同士では…「週末が半額」→「30分話したらその後が1分5円」?

 コロコロ変わる一方的な料金プラン。

 第3世代3G携帯通信の開始の遅れと、機種投入の遅れ。

 また他キャリアに比べ、長期利用時の割引率が非常に低く、顧客軽視の姿勢が垣間見える。

 今思い出しても本当に腹が立つ。

 

 ダリル・E・グリーンというCEOがいたが、経営不振の責任を問われて辞め、津田というドコモ元副社長が社長になったが、結局経営は上向かず、津田もサジを投げ退任した。

 

 LOVE定額ねぇ…。いつまで続くことやら。

 「週末は1分5円」やめたのだって、結局はもうからねえからだろ?


 愛してるって! 愛してるよぉ。 愛してる! だと?

 私には、不誠実な男のエクスキューズ以外の何者にも見えない。

 

 利用者(=マーケット)が少ないキャリア(電話会社)には、ロクな端末が供給されない。

 機種変更するたびに期待はずれなのはもうマッピラだ。

 


http://www.vodafone.jp/japanese/pricelist/waribiki/love.html

事典

 塀の中のホリエモンは、弁護団に百科事典を差し入れさせたらしい。

 ホリエモンは、たぶん純粋に、百科事典が好きなのだろうと思う。 

 

 私と同房だった援交男も、留置場備え付け(いわゆる官本)の何の変哲もない国語辞典を読みふけっていた。ランダムに目に付いた項目を読むという感じだ。


 ラ・サールと双璧をなす全寮制高校を卒業して、一流大学に進み、大手広告代理店を退社後、そこそこ忙しい自営業をやっている人だった。

 なぜ辞典なんか読むのか尋ねたら、「小さいころ親父にね、『辞典には人生の全てが詰まっている』って教えられたんですよ」と言っていた。

 それから暇ができると辞典のたぐいを手にとって、ひとしきり読みふけるのだという。

 

 ホリエモンやこの人は、事典や辞書の中に、普通の人には見えない何かを見ているのだろうか?

 

 ホリエモンは今日起訴された。

 先週証券取引等監視委員会が告発したこともあって、近々再逮捕もあるだろう。

 再逮になれば接見禁止もついたままだろうし、大変そうだ。

 

 2通だけ調書に署名指印したらしいが、弁録書の署名も拒否していたというのに、どういう心境の変化だろうか。

 否認するならするで、どうせ心証はすでに悪いのだから、「法廷で明らかにします」と一言言って、完全黙秘すればいいのに。

 安倍譲二が語っていたように、明治中盤以降100年の歴史を持つ、警察・検察の取調べノウハウに屈したのだろうか。 


 まあ私はLD株で損をこいたわけでもないし、囚われびととしての共感はあるにはあるが、ホリエモンのことは所詮他人事に過ぎない。

 それよりも私には、自分の執行猶予期間を大過なく過ごすほうが、よほど大事である。

身内の話でアレだけど

 母親から聞いたのだが、長兄が引っ越すらしい。

 留置場に説教臭い手紙を書いてきて、私が怒って疎遠になっている兄である。

 1度買い物帰りに見かけたが、気持ちの整理がつかず、私は会話を交わす機会を逃した。 


 築30年ぐらいの2間のボロアパートに住んでいたのだが、劣化が激しいらしい。

 職場で営業所長に昇進したことと、娘が自分の部屋を欲しがっているという理由などで、今度は新築に近いマンションになるという。

 今は私の家から徒歩5分くらいのところに住んでいるが、家賃の安いところを探したところ、引越し先は他県との県境ぐらいの遠方になる。

 

 考えてみれば私が逮捕されたころ、兄は50に手が届くぐらいの年齢で、会社では十分な地位にあった。

 また姪は、嫁に行ってもおかしくないくらいの年齢だった。

 こういう中では、「実弟が逮捕された」ことは、「保身」という点において、単に弟が刑法犯になった以上の意味があったはずだ。

 

 しゃくに障る手紙ではあったが、そういったことに一切触れていなかったという点では、やはり感謝せねばなるまい。それとも、むしろ縁切りされなかったことに、私は感謝すべきなのだろうか。

 遠方に引っ越すので、和解の機会はまずます遠のくが、まだ私には気持ちの整理がついていないし、先行きはいぜん不透明だ。


プロ意識

 ちなみにまだ若そうな技師だったが、プロ意識は相当なものだ。

 CT1台、通常レントゲンと胸部レントゲン、マンモを1人で預かっている。

 他院から借りた返さなければならないフィルムを、医師の指示でデジカメで撮ったりなどの周辺業務もある。

 時間外の急患でオンコール(呼び出し)されることに備えて、晩酌はほとんどしないという。

 

 検診施設としての設備がある病院には、企業検診や市民検診などがバンバン入り、病院の収益も上がる。

 しかしそうではない、多くの民間病院の利益率は2%程度だという。

 私の通う病院は、後者に含まれるが、こうした貧乏病院のしわ寄せは、レントゲン技師という立場の弱い労働者に向かっているのである。

 

 ただこの病院の名誉のために言っておくが、ここはわりあいに「働きやすい病院」なのではないだろうか。


 普通は、経営者兼病院長というのが最高権力者で、それに事務長や技師長、製薬業者などの取り巻きが集まる。

 そういった独裁院長は、たとえば気の合うレントゲン技師長をかわいがって、重用したりする。

 院長の威を借る技師長は院内で威張り散らし、周囲は極度にいらだっているというのが、こうした病院のパターンだ。

 

 私が行っている病院は、実に風通しがいい。

 創立者は、後継者を残すことなく、亡くなった。

 代替わりして経営者となった院長も、ほどなくして亡くなったが、娘が2人いるものの2人とも医者ではなかった。

 外部から院長を招聘してきて、事務長は前院長の娘の1人がやっている。


 医者以外の人が経営者についているから、うまく組織が機能しているのだろうか。

 よくわからないが、いつも混み合っている。

マンモ(乳房)

 マンモグラフィー というのがある。

 乳がんの検診に威力を発揮するらしい。

 

 先日腰のレントゲンを撮ったときに、同じ部屋にマンモグラフィーらしき機械があったので、レントゲン技師に「これマンモグラフィーですか?」と尋ねると、「そうです。ここにおっぱいを乗せて、これで挟むわけです」と、仕草つきで教えてくれた。

 話好きの技師だったので、私はかねてからの疑問を尋ねてみた。

 それは、貧乳の人はどうするのだろうかということである。

 口の悪い人はマナ板などと言ったりするが、時々本当にまったく胸のない人がいる。

 そういう人でも検査できるのだろうか?

 

 引っ張ってむりやり挟むんですということだった。

 なんとも原始的な答えだ。


 そのような検査だから、女性の羞恥心に配慮して、マンモグラフィーは女性技師が行うという病院は多い。

 しかしこの病院は小さく、男性技師が1人しかいないので、マンモもこの男性が行うということであった。

 その場合には、臨床検査技師の女性に必ず立ち会わせるとのことで、そうしないとセクハラなどの問題が起こったり、仮に虚偽の提訴であっても裁判で負けてしまうからだということだった。

 

 病院はなにぶんミスの起こりやすいところだから、防衛意識(よく言えば危機管理意識か)が発達しているのだろうか。

 今まではミスが起きたあとに隠蔽という方向で解決してきたことを、未然に問題が起きることを防ぐという意識にシフトしてきたことは、いいことだと思った。

 

 病院では医療ミスの他にも、「治っているのに患者が退院したがらない」「病院への誹謗中傷」「職員へのつきまとい」などといった迷惑行為が多く発生するそうで、そういった問題への対処法をレクチャーしたり、実際に警備員を派遣したりするビジネスもあると聞く。

代用監獄は「当面」存続(3)

 問題点を並べてみっぺか。


反対の立場

・勾留が同じ施設で行われると、留置場が捜査の延長になる

・警察の管理下で心神耗弱状態に追い込むことは、冤罪の温床

・別件再逮捕の繰り返しで、事実上エンドレスの勾留が可能


賛成の立場

・取調べ可能な施設を備えた拘置所を全国にくまなく配置することは、実際上無理がある

・警察署でやってもらったほうが、弁護人も接見に便利

 

 

 ま、個人的な感想で言うと、便利さとか財源とかそういった視点で議論するべきではない。

 それも大事ではあるが、まずは原理原則論というか、法の精神というか、そういうところをないがしろにしてしまうと、本質的な論点を見失ってしまう。

 

 「お前なあ、そんなこと言って、裁判官がどう思うよ?」だの自白の誘導をされ、調書の訂正を申し出れば「そんなのどこが違うんだよ!」と逆ギレされる。

 捜査部門と留置部門は、分離されたから問題はないという。嘘をつけ。

 刑事だろうが看守だろうか、警察官であることに変わりはない。

 それが証拠に、両者とも何か気に食わないことがあると、馬鹿の一つ覚えみたいに「俺だって考えちゃうよ!」と言い出すのがいい例だ。

 その身分の不安定さにつけこまれた、本当に被疑者は孤独な存在だ。

 

 折衷案はある。

 とりあえず早急に実施できて、しかも効果的と考えられるのは、「弁護人の接見交通権を確立させること」と、「録画による取調べの可視化(弁護人同席の権利化)」の2点である。

 うすうす皆気づいている、というか、これはもう司法の近代化という点で、近い将来避けては通れなくなる道筋であろうし、だったらさっさと実現してほしい。

  

 前にも書いたが、被留置者や収監された者の人権問題は、あくまで限定されたならず者、要するに犯罪者だけの問題で、どうせあたいはカンケーないもんね・・・・・・とする態度は、間違いだ。

 社会の問題はそれがどのような問題であれ、結局のところは社会の構成員である個々人の問題であると同義だからである。

 

 私は仮定の話で危機感を煽ることは、アンフェアのようであまり好きではない。

 しかしそれでも、あなた自身や夫や妻や子が、非人間的な代用監獄に入ることになってしまった事態を、ぜひ想像してみてほしい。

 「当事者意識」を、ぜひ皆さんにも持っていただきたいのだ。