みどりゾーン☆アンクルファームの春夏秋冬

みどりゾーン☆アンクルファームの春夏秋冬

果樹、野菜、園芸、そしてお庭、ただいま、週末菜園ライフで勉強中……

リブログ、2回目……

自分で言うのもナンダが、私の文章はリズムがいいね。

なので、長文でも気が付いたら読み切っている、ってことになるようだ。

なんか、長い曲だけど……気持ちよく聴いていたら終わった、ってDeadの曲と

似ているなーと.私は思うのです。

うん、同じようなメロディでリズミカルに回転していくのですね.(笑)

読んでいて「Friend Of The Devil 」って感じがしますネ。

でもって、自分の主張はバッチリ入ってる。

 

冬です。
田舎での仕事は樹木の剪定。

主には梅とプラムの剪定ですが、
その他の木も、気分に応じてです。

梅は昨年の収穫、過去最高を記録しました。
今年もまだまだ若木が育っておりますので、
収穫量は過去最高を今年も達成するかもです。












剪定前はこんなに徒長枝が茂ってます



以下は庭隅に植えてある5本のスカイロケットの10年です。

5本のスカイロケット、
2020年1月です、すっかり安定型になってます。
どうしてこうした樹形にしたか、過去10年で、細く高くって
形にしたのですが、高くなるに従い不安定になってきた。
ちょっとした風で、倒され、と見ているほうも落ち着きがなくなる。

そこで木にも気ってあるかもって、気の重心を低く、安定型に
仕上げました、それを見ていても落ち着きます。

アハ~、私の瞑想をイメージしたわけ、気を下丹田にため
エネルギー波動を高くすることで、心は落ち着き、
歓び、調和、充実感……といった感覚に満たされる。



2019年


2018年


2017年


2016年


2015年


2014年


2013年


2012年


2011年


2010年


Ripple by AJ Lee


竜安寺で買った、龍の模様の入った香立て、
毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)の写真の前において、瞑想かな。

いい感じである、今年はこのスタイルだな、(^O^)/
宇宙の真理を全ての人に照らし、悟りに導く仏。
毘盧舎那仏。

イメージとしたら「色即是空」なのです。

これで毘盧舎那仏様に包まれている宇宙が私の頭の中で
浮かんでくれば、かなりいい感じです。

今年もここのブログで「般若心経を楽しむ_2020」というテーマを
作成いたしました。
2020年、オリンピックイヤー、って関係ないけど
今年も般若心経の理解を深めるべく、精進したいと
意気込んでおります。

4年目です、「人間やりなおし」で提唱されてる自明行との
境がなくなり、いい感じでブレンドしてきてるかなと、
私自身感じます。

もっともなところでしょう。
岩根先生も「人間やりなおし」と 「暗号は解読された般若心経」は
言葉は違っていても、内容はおなじ事です、といわれてます。

私も「毘盧舎那仏」やら「超越人格」「主体」「守護の神霊」やら、
「色」やら「潜在意識」 あるいは「魂」「霊」など
言葉の使い方に、迷いますが、なるたけ簡単な言葉で
理解してもらおうと、心がけております。

しかしながら、我々の住んでるこの世界とは次元の違う概念ですので、
正確な表記はありません、読んでいただくに、それだけの理解キャパを
お持ちいただいて、イメージしていただけたら、いいのかなと
思っております。
言ってしまえば全ては「空」の次元の方々でしょうかネ。

「暗号は解読された般若心経」の私の理解度といたしましてのリンク、
年代別テーマに書き貯めてあります。
般若心経を楽しむ_2017
般若心経を楽しむ_2018
般若心経を楽しむ_2019
「暗号は解読された般若心経」に興味を持たれた方でしたら、
理解の浅い頃より、私のたどった道もそれなりに手助けになるかと思います。
順番に読んでいただけたら、ほとんど理解していなかった私から
三年を経る時にまで、般若心経の世界に踏み込んでいく姿が見えます。

私自身でも振り返りたいと思い、書き貯め残したものです。

ところで仏教の宗派の中で「般若心経」を読まない宗派もあります。

浄土宗、浄土真宗では、よりどころとする経典は「浄土三部経」の
「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」です。
浄土宗系では、「南無阿弥陀仏」と唱えていれば極楽浄土に生まれることが
出来ると説かれます。
「阿弥陀如来の本願」というのがありまして、全ての人は阿弥陀如来が
救ってくださるというありがたい教えです。
この「念仏」さえ唱えていれば阿弥陀如来が救くってくれる、と教えます。
これって完璧な「他力」なわけです。

まあ、宗教ってのは他力の部分があってこそ、宗教なのですけど……ネ
しかし完璧な「他力」信仰を押しつけるってのも、私にはなじめません。

もう一つ「般若心経」を読まない宗派があります、
やはり「他力」信仰でしょうけど、こちらは「法華経」こそ最高の教えで
「南無妙法蓮華経」と唱えていれば救われるとする日蓮宗系です。
こちらは念仏とはいいません「題目」といいます。

こうした念仏を一生懸命となえれば救われる、とか
お題目を一生懸命唱となえていれば、幸せになれると教える宗教って
ホントに救われるのかいな? ホントに幸せになれるのかいな? と
私は感じてしまいます。

こうしたロジックでの宗教ですと、「念仏」なり「題目」を一日
十回唱える信者より百回唱える信者の方が、十倍御利益があると
百回より千回とエスカレートしていくわけです。

当然、布施と称しての献金やらも同じ論理でしょう。
信者は、幸せを得るために益々、そうした他力御利益の深みに
はまっていくわけです。

昔、五木寛之氏の著書「他力」を読んだことがありましたが、
浄土思想の強い支持者といった印象と、さすがに時代の文筆家らしく
文章が上手いなといった感じはもちました。
しかし、その時でも「他力」が生きる本質とは思いませんでした。

経済的な苦があれば、信心が足りない。
自身の病気、あるいは家族の病気だって、同じように信心が足りない。
仕事が上手くいかない、信心が足りない。
どのような苦であれ、その原因を「信心が足りない」というところに
持って行ってしまう、人間の「欲」があればあるほど、そんな方向に向かう。

私は「欲」が「苦」を生むといった、解釈を信じてますので、
考え方の相違といいますか、完璧な「他力」信仰は受け入れられません。

そこで「般若心経」ではどうなのか?
菩提薩埵 依「般若波羅蜜多」故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃


ここは「般若波羅蜜多」の「行」を行うことにより
心無罣礙になり無有恐怖になり究竟涅槃に至るとあります。
これが救われです。

「般若波羅蜜多」の「行」とは、「自力」なのです。
瞑想も自力です。
瞑想によって「ホントの苦しみを自覚」できて、それをかたづける。
あるいは、苦しみを発生する「自らの想念」に気づく。
そんな悪い想念を発する「心の姿勢」に自ら気づいて直していく。
そうした、自分を見つめる努力、そう「自力努力」は幸せになるに
必要なのだと、私は考えております。

この「般若波羅蜜多」の「行」はとても奥が深いのです。
ここでの数行で理解できる「行」ではありません。

自身で瞑想、日々の生活の中での気づき、もちろん知識も必要です。
私も、まだまだ、この道、歩き始めたばかしです。
よろしければ、皆さんと心を一緒にして、ゆっくりでもいい
歩いて行けたらと望むところです。

If you should stand then who’s to guide you?
If I knew the way I would take you home.


そんな気持ちから、今回は書いてみました。
ではでは、今年も「般若心経」の素晴らしさを感じていきましょう。


The Grateful Dead's 'Ripple' by The Barton Hills Choir
令和2年、開けましておめでとうございます。
本年も、皆様にとって良い年であることを祈ります。

我が家の正月は、家族で京都、奈良の旅行でした。

元旦の朝早くに家を出て、京都には午前10時頃着いた。
京都は学生時代に行っただけ、それも金閣寺と二条城くらいの
記憶しか無かった。

今回行ってみて、結構驚いた、めっちゃ、どのお寺もでかいし、
庭園も立派、歩くだけでも疲れるのに、手入れするのは
大変だろうな……

京都を二日間、観光、そして奈良へ。
奈良は初めて行きました、って家族の中で行ったことの
無いのは私だけでした。

奈良の大仏殿の大きさには驚いた。
宇宙の中心に毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)がドデンと居座り
それが宇宙の真理だそうで、般若心経の「空」と解釈しても
いいのかなと思った、その大仏様が毘盧舎那仏です。
その大きさにも驚きました。

密教では大日如来も宇宙の中心ですが、空海の伝えた密教が
日本に入ってきたのは顕経より遅いようです。
密教の宇宙感も「空」だな、と思ってます。

毘盧舎那仏は密教では大日如来とも呼ばれております。
宗派の違い(経典の違い)から呼び名の違いになっているようです。

大日如来(だいにちにょらい、梵: Mahāvairocana)
梵: Mahāvairocana(マハーヴァイローチャナ)を摩訶毘盧遮那(まかびるしゃな)と音写。
――Wikipediaより――


それと阿弥陀仏様、この仏様も人気がありますね。

今回の旅行で、お釈迦様以下ですが、私の思った三大仏様は
毘盧舎那仏、大日如来、そして阿弥陀如来でしょうかネ。

と、旅行中は思ったのですが、どうも毘盧舎那仏、大日如来は
同じ仏様で、呼び名が宗派によって変わったのだと知った今は、
三大仏様としての三仏には薬師如来を加えたい。

毘盧舎那仏(大日如来)、 阿弥陀如来、薬師如来とします。

この三仏を知って、日本の仏教は分かる、ってそんなかな。

ちなみに鎌倉の大仏は阿弥陀如来です。

日本の仏教、その歴史とも改めて興味を持った新年です。

時の政治と深く結びついて発展していった、奈良仏教。
奈良から京都に遷都してからの最澄、空海の開いた密教系の台頭。
その流れは、やがて鎌倉仏教と発展してゆく、面白いです。


嵐山、渡月橋


天龍寺の庭園


天龍寺


仁和寺


仁和寺の五重塔


竜安寺石庭




東本願寺


祇園


八坂神社


清水寺


清水寺の舞台、修復中


東福寺




平等院




奈良、興福寺の五重塔


東大寺


東大寺、大仏殿


虚空蔵菩薩坐像


大仏様(毘盧舎那仏)


如意輪観音坐像




Ripple in 4K - 7/3/15 - Soldier Field, Chicago
暗号は解読された「般若心経」と出会ったのが
2017年3月3日、2年と10ヶ月くらいの歳月が過ぎた。

年も押し詰まり、あと二日で今年も終わる、ここ数ヶ月
ブログに「般若心経」関連記事をアップしていなかった。
仕事も休みだし、今まで学び得たことをまとめてみよう。

人間が生きていくのに、守護の神霊に守られている、
この信念、これなくして人間は救われない、と岩根先生は説かれる。

守護の神霊とは、信じる宗教、育った文化により呼び名は変わります。
神ですし、主体ですし、ホントの自分とか真我とか、女神様とか色々な
呼び名で呼ばれます。
要は四六時中いつも自分と一緒の守り神様です。

暗号は解読された「般若心経」では「色」となります。

「色」とは人間の本質です。
そして「空」とは宇宙の本質で、唯一の実在、高次元の超実体です。
たったの一行で「空」を説明してしまうとあまりにも軽々に感じますが、
重々しく「空」を説明してもおなじ事かなと思うのです。

色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。
これ般若心経の心臓部、誰でも知ってるこのフレーズ、いいですネ。

しかし、多くの人は「色」は人体、あるいは物体、として目に見える存在、
「空」とは、何もないカラだとし、全てのこの世の中の存在は
「諸行無常」で移り変わるもので、こだわるものでは無いとする。

そんな虚無思想を「悟り」と勘違いさせられてるように思う。

そこで立場の違い、解釈の違いを明確にします。
我々人間は「空」からやってきて、諸行無常のこの世界に生きる存在、
そして幾度かの輪廻転生を終えた後に、この世界で魂の浄化を済ませて、
「空」に帰還するように仕組まれている。
それが、暗号は解読された「般若心経」の世界観、基本です。

いきなり、何を言い出すのだ? と思われそうですが、ここで今まで
書かせてもらったブログ記事を読んでいただいたら、私の言いたい
この意味は多少分かってもらえると思います。

信ずれば救われる

人間がこの世に生まれ、その目的は幸せになることだと言えます。
少し難しく、救われることでもあるわけです。
「救われ」とは……まあ、それを悟りと行ってもいいわけです。

幸せへの道、その地図、あるいはガイドブックが、
「暗号は解読された般若心経」であると言えます。
あるいは、岩根先生の最新版ガイドブックとして
「未完成だった般若心経」も出版されております。

ではでは、何故に人間は苦しむのか?
釈尊も生きることは「苦」であると悟り、苦諦「四苦八苦」を最初の
説法で説かれました。

「苦」とは人間が神の子であることに気づかせる「色」からの
メッセージです。
「苦」とは人間がこの世に生まれ、その本来の命(主体命)
を全うすべく、それを気づかせる為の主体様からのシグナルです。

生きていての「苦」をこのように理解できるなら、それは素晴らしい
と真我の「色 」は思われるでしょう。

何故にそんな分からないメッセージやらシグナルを出すのかって、
それがイヤだと気づいてもらいたい為の「苦」なのです。
そのメッセージが楽しくってルンルンになって、極楽だ天国だと
有頂天になってしまったら、まずいわけです。

人間はこの世に生まれてすぐから自我は芽生えてきます。
自我は成長するに従い、あれがしたい、これをしたい、褒められたい、
美味しいものを食べたい、素敵な彼氏と結婚したい、素敵な家に住みたい、
彼氏に出世してもらいたい、偉くなってもらいたい、そしてクリスマスには
光り物のプレゼントももらいたい、ってもう、たい、たい、たい、の
連続な日々の毎日なわけです。

それが欲望というイヤなヤツです。
この、たい、たい、たいの欲望をかなえてやりながら、
生まれての本来の仕事としての本来の命(主体命)をして貰うのは
とても難しいのです。

たい、たい、たいの欲望が過ぎると、本来の命(主体命)としての
導きが伝えにくくなります、そう心が汚れてくるとか曇ってくるとか、
そうなると、真我の「色 」からの導きが届きません。
イメージとしては女神様が汚れで隠れて、自由に動けない。

たい、たい、たいの欲望も本来はかなえてあげたいと
女神様、観音様は優しいのですが、人間は自我の自由の虜になります。

何故って? 人間の欲望には満足といった限度がありません。
それが人間、と理解できたら、少し賢くなったかなと思う。
私も毎日お酒を飲みますが、いくら飲んでも、もう酒はいい、とは
なりません、次ぐ日にはまた飲みたくなります。

お酒を飲みたくなってる私に、今日はお金が無いからダメ、
貴方の体のために飲んではいけません、といわれたら
とても、落ち込んでしまいます、もう不幸のどん底と感じるかもです。

しかし、主体様の立場からは、お前の健康のために、そして家族平和の
為に、お酒をお前が一人で飲むよりは、家族そろって美味しい料理を
食べた方がどれだけ幸せであるかを、気づかせ導いてくれようと
主体様はするわけです。

そこに私自身の欲望を満たそうとする想念と「色」からの導きに
ギャップが生じます、このギャップこそ「苦」です。

ですから、もう不幸のどん底と感じる「苦」であっても、そこに
観音様の加護が隠されているのです。
――でました! 観音様!(^O^)/ バンザーイ、チュ!――

これを、「正しいい苦しみの自覚」と、書籍「人間やりなおし」に
詳しく書かれております。

そう、旅行に出かけるに、出かける前のガイドブックが
般若心経であり、飛行機に乗ってヨーロッパに着いた、さて、
ガイドブックで読んだ、ルーブル博物館に行ってみよう、
シャンゼリーゼ通りを歩いてみよう、コンコルド広場って、
そんなにして実際に目にし、その空気を吸って、五感で感じる、
これが旅行です。

言葉は通じないわ、食べ物は変わるわ、周り人はみんな外国人、
当たり前だけど、当たり前の事実を確認して、驚くわけです。

それが実践、書籍「人間やりなおし」で詳しいのですが、
「行」の実践です、私は瞑想行も並行して行っておりまして、
これら「行」を私は「般若波羅蜜多」なのだと理解して行ってます。

我々、この諸行無常の世界で生きる立場から、
菩提薩埵 依「般若波羅蜜多」故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃

ここでは「般若波羅蜜多」の「行」を行うことにより
心無罣礙になり無有恐怖になり究竟涅槃に至るとあります。
これが救われです、悟りです。

人間がこの世に生まれての「幸せ」とは、ここにあります。
人間がこの世に生まれ、その目的は「幸せ」になることです。

全ては観音様の愛の導きなのです。
観音様、有り難うございます。

いつも観音様の愛に包まれ、心の奥深くに静かに住まわれる
自由の女神様(真我)が、自分の心の汚れで隠されてしまわないように
女神様の導きを感じ、生きていければ、それ「幸せ」です。
――観音様も女神様も「空」の次元の超越人格様です、唯一の実在、
高次元の超実体、神様と言っていいでしょう――



さて今日はこの辺で終わりにします。
きたる令和二年が、皆様にとってとても良い年であるように
祈ります。

Ripple | Playing For Change | Song Around The World


There is a road, no simple highway,
Between the dawn and the dark of night,
And if you go no one may follow,
That path is for your steps alone.

Ripple in still water,
When there is no pebble tossed,
Nor wind to blow.

But if you fall you fall alone,
If you should stand then who’s to guide you?
If I knew the way I would take you home.
12月7日の土曜日、朝早くから職員旅行。

今年は茨城方面、お菓子作り体験、面白かった。
そして、やっぱ海産物の豊富な場所の食事は美味しい。
昼間から大ジョッキ生までいただいて、気分は良好。

それから水族館、アクアワールド大洗に行った。
大きな水族館です、外は小雨交じりの天気でしたが、
中は全然関係ない、子供連れの家族も多く、
水族館は満員状態かな、外の大きな駐車場はほとんど
空きスペースがないみたい。

最後は、明太子工場見学、ここも観光コースらしく
混んでおりました。

移動のバスの中で、今回は運転手専用宴会スペースも
設けてもらってまして、まあまあ、トイレが安心できる
場所であれば、常にビール状態、飲んでしまった。

はい、今年も楽しかった職員旅行でした。






















Miles Davis - Berliner Jazztage 1971
紫色のサツマイモって知ってます?

パープル・スイートというサツマイモを買ってみた。
焼き芋にして食べてみたら、それがとても甘いし、
何と言っても、その色といったらモロ紫でした。

これが自然の色って、疑いたくなるが、本物の自然色。

朝、結構な寒さ。
うっすらと霜の降りた、外の風景は冬でした。


この色、紫、パープル、そして甘い、パープル・スイートです



















Arlo Guthrie/I Can't Help Falling In Love With You
すっかり寒くなりました。
明日から12月、忙しくなります。

我が家の二坪菜園、大根が大分大きくなりまして、
そろそろ収穫してもいいかなと言ったところです。

葉もみずみずしく、サラダにしても食べれそう。

ほうれん草は、後二週間後かなと……今年は何も
下準備もせずに、直播きです。

毎年同じ場所に、蒔いているサヤエンドウが芽を出している、
これは連作を嫌うので、今年はどんなものでしょうかネ。
かれこれ、同じ場所で3年目かも。(笑)
しかし、味噌汁やら、サラダにして食べるなら充分でしょう。
来年は、今、大根が育っている場所で、蒔こうと思ってます。

そんな、なんやかやの二坪菜園、寒い朝を迎えるのも
楽しいかなと。

ネギを一本採って、納豆の薬味に刻んで、
それを食べながらの、アップでした。


サヤエンドウ、今年は赤い花のエンドウにした




ほうれん草、後二週間かな


美味しそうな大根でしょう















Jim Hall "My Funny Valentine"
15日、16日は子供達の作品展でした。

今年のテーマは「日本昔ばなし」からです。
「花咲かじいさん」やら「サルカニ合戦」
「桃太郎」といったところ……
「浦島太郎」もあった、それと「金太郎」もあった。

毎年、子供達の作品群に感動するが、
あと何回、こうした催し物のお手伝いを出来るのかと、
ふと考えてしまう。

絵画教室に通う小学生の作品もある、
ついこの間、私が園バスで送り迎えしていた子供の
作品を目にする、「エッ?」もう小学6年生なの、と驚く。

光陰矢のごとし、ってことでしょうか。
しかしまあ、子供達が確実に大きく育ってる、
支えるお父さん、お母さん方も大変だなー……

交通整理をしながら、卒園児のお母さんから声がかかる、
「こんにちは~、お仕事お疲れさまでーす」
嬉しいです、声をかけてもらいまして、
私から見たら、みなさん私の息子、娘世代ですから、
若いですねー。

「いつも、お綺麗ですねー」と返そうとしたが、
少し、ブレーキがかかって、遠慮してしまった。

今より10年若かったら、簡単に出てしまうフレーズだな、
あはは~、くだらないことを考えていたりする。(笑)
































Paul Simon - The Boxer (with Bob Weir) – Outside Lands 2019, San Francisco