わたしの大まかな歴史⑥ | 兄からの暴力に耐えた20年~心の叫び~

兄からの暴力に耐えた20年~心の叫び~

アラフォー、2児の子を持つ既婚者です。
70代になった両親及び兄のこと、ずっと心に蓋をしてきたのですが、彼らの死を予感する年齢になり、幼少期からの心のオモリを誰に叫べばいいのかとウツウツとしている自分に気付き、ここでひっそりと書いてみようと思いました。

 のつづきです。

 

そうこうしているうちに、兄がニートになって13~5年近くが経過していました。

母は、相変わらずの奴隷生活と父に対する飼い犬生活です。

 

昼間は定年して家にいる父のご機嫌とり、

夜は兄の奴隷として過ごす。

 

そして兄は気付いたのです・・・

私が小6~中学くらいで感じた、この母の最大の矛盾に。

 

どうして嫌だ嫌だといっていた父と昼間楽しそうに暮らしているのか・・・

どうしてこんなに苦しんでいる自分を放置して、父親を選ぶのか・・・

どうして楽しそうに旅行や趣味の行事を入れているのか・・・

どうして自分だけがこんな状態になったのか・・・

 

暴力で発散していた様々な心のうずまきが、暴力だけでは発散できなくなり、そこから兄は本当に精神を病みました。

 

 

母を自宅の2Fに監禁したのです。

 

2Fにもキッチンやトイレなどがあるので、そこだけでも生活することが可能なのです。

1Fには父が暮らしています。

そして、最大におかしいことに、監禁するための道具(手錠や窓をふさぐカーテンやテープ、たてこもるための鍵など)は、母が買出しにいっているのです。

そして自ら設置するというおかしすぎる状態です。

 

兄は一切手を動かさず、母が必至に黒いカーテンなどで外の世界を遮断していました。

 

そして連日夜中から暴行が始まったのです。

まず悲鳴を出さないように、ガムテープで口をふさがれ、もう自分の手が痛いからということで、買ってきた鞭や釘などを使っていました。

そして火も使っていました(後から部屋に警察が踏み込んで分かりました)。

 

本来なら最愛の息子に、火であぶられ、鞭で打たれるのです。

すさまじい痣でした。

それでもしばらく様子を見ていた父も父ですが、逃げ出さない母も母です。

買い物などは昼間30分間限定とかで行くのですからね・・・

 

けれど、私は・・・

この事実を知ってもなお「かわいそう」と思えないのです。

そうまでさせたのは 「母であるあなた」 です。 と・・・・

どうして幼い頃に正さなかった、どうして幼い頃に寄り添わなかった・・・その想いが消えません。

 

そしてこんなにも精神を病んで・・・、必至に抗っている兄の行為も、両親を変えるという意味では、何の意味もなかったのです・・・・