帰ってきたお父さん | 光と波動と音楽と ふゆこのサンフランシスコ日記

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日常を綴るアラフィフ在米日記です。

 

 

 

 

父のことを書く、と決めたので

(タイトルを帰ってきたウルトラマンっぽくして気分を上げて)

最後までやり通します

 

 

 

 

さて帰ってきた父ですが

わたしが5歳のころ覚えていた父と同じく

怖いひとでした

 

 

 

 

とても偉そうに振る舞い、短気で

小学生高学年のわたしには、

苦手・・この男の人・・と映りました

 

 

 

 

5歳から会っていないので

父親と頭では分かっていても ほぼ見知らぬ男の人の感覚でした

父の入った後のお風呂に入るのもイヤでした

 

 

 

 

それまで平和で楽しかった家の中は

父が帰ってきてから

緊張して ぎごちない家庭になってしまいました

 

 

 

そしてまもなく

父は母に暴力をふるうようになりました

 

 

 

以前は父の言いなりになって おとなしかった母が

父の居ない間に職を持ち、自立し

強くなっていたので

父の思い通りにならなくなった事に腹を立てて

 

 

 

私たちが寝静まってから

夜中に母が助けを求めて わたしと姉の寝る部屋に

「りか!ふゆ!助けて!」と

逃げてきたことがありました

 

 

父は包丁を持って母を追いかけていました

 

 

父は激怒していて

わたしたちに寝ていろ、と怒鳴り

母を引きずって 両親の部屋に戻っていきました

 

 

 

大好きな母が叫んで助けを求めていたのに

わたしは父が怖くて ショックで怯えて震え

お布団の中で声を押しころして泣くしかできませんでした

隣のお布団から姉が泣いている声も聞こえました

 

 

 

その出来事は11歳のわたしにとって

母を助けてあげられなかった自責の念と

父への憎しみとなり

心の中に深い傷となって残りました

 

 

 

兄は数回 母をかばって父とつかみ合いになりました

皆んなで必死に止めに入りました

 

 

父がいなくなってからは母と姉と妹にはさまれて、うちの中でひとりだけ男子だった兄は

父が帰ってくるのを本当は一番待っていました

でもその父はわたしたちが待ち望んでいた父親ではなかった

 

 

 

兄の失望は大きく

その頃から兄は部屋に鍵をかけ

今でいう引きこもりになってしまいました

 

 

 

 

私が中学生になるころ

家族会議をし、父以外は全員一致で

離婚に賛成しました

 

 

 

父は既に浮気相手がいて 羽振り良く遊んで

家にもあまり帰ってこなかったので

知らない間に我が家から居なくなっていましたが。

 

 

 

思えば父と暮らしたのはほんの2年だったのですが

その2年はわたしたちにとって地獄のようにつらい時間で

本当に長い長い年月わたしたち兄妹に

暗い影を落としました

 

 

 

またまた暗くてごめんなさい 最後はハッピーエンディングです! 幼なじみが送ってくれた日本の鮮やかなあじさい♡