北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら
越中国一宮 高瀬神社は、大己貴命が北陸平定を終えて出雲へ戻る時に、
国魂神として自身の御魂をこの地に鎮め置いたのに始まると伝えられるが、
創建年代は不明です。景行天皇の治世であるとも伝えられます。


三の鳥居 国旗と神馬

神橋から横を見ると小さい神橋がありました。

拝殿



昭和22年に本殿(流造)、翌年に拝殿(入母屋造)、
更に昭和62年に唐破風の向拝殿が完成しました。

本殿


功霊殿
御殿に隣接する功霊殿は日清・日露戦争から大東亜戦争まで、砺波地区から出征された護国の英霊と、当地方開拓の功労者あわせて6,400余柱をお祀りしています。
功霊殿本殿は当神社の旧本殿で、天保7年に建立された井波彫刻の粋を尽したものです。
また、文化財の指定を受けています。 -高瀬神社公式Webより


社号額

功霊殿 由緒石碑

全ての兵者に敬意を表しますと共に、英霊の御霊に感謝の誠を捧げます。


高瀬稲荷社
高瀬稲荷社は、古来より人々の信仰厚い伏見稲荷大社の御分霊を奉戴したお社で、五穀豊穣・商売繁盛の神様として崇敬されるお稲荷さんです。 -高瀬神社公式Webより


なでうさぎ
御祭神の大国主命(大国様)は、神話「因幡の白うさぎ」において、過ちを犯し体に傷を負った「うさぎ」のケガを癒され、悪しき心をも改心されたと記述されております。
この神話に因み、大国主命(大国様)の御神徳を広くご参拝の方々にお受けいただきたいと願い、御神前に置かれました。ご自分の癒してもらいたい部位と同じ所を祈念しながら撫でて、広大無辺なる大神様の御加護をいただきましょう。
なでうさぎ像製作者 田畑 功 氏(日展作家)
題字揮毫 綿貫 民輔 氏(神社本庁長老) -高瀬神社公式Webより

さざれ石

越中国一宮 高瀬神社
御朱印
つづく
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