~北へ~(385)73日目② 越後国一宮 彌彦(弥彦)神社Ⅰ | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。

 
             北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら



国道402号、海沿いを走り、次なる地を目指します。



快適、快適。



開湯300年といわれる岩室温泉を通過。



新潟縣護國神社に続いて訪れたのは、越後国一宮 彌彦神社です。

       

越後平野西部の弥彦山(標高634m)山麓に鎮座し、
弥彦山を神体山として祀る神社であります。

 
 玉の橋
境内の御手洗川(みたらしがわ)にかかる半円形の橋で、別名「御神橋(ごしんきょう)」と呼ばれています。“神様の渡る神聖な橋”として建造され、人は決して渡ることはできません。
-弥彦浪漫Webより


越後一宮 名神大社 弥彦神社
 祭神 天香山命(亦の御名 高倉下命 手栗彦命)
御祭神は天照大御神の御曾孫で天孫御降臨に供奉して降り紀州熊野に住み神武天皇御東遷の時霊剣を奉りて大功をたて、後北辺鎮護国土開発の勅命を奉じて越路に降られ、住民を導き、農耕漁業を始め諸産業を教え、地方文化産業業の基を開かれた大祖神である。
されば疾く衆人その徳を仰いでこの地に社を創建し崇敬の誠を捧げた古社であり、遠く万葉集には弥彦の神をたたえ、平安期の初め神験の顕著により名神の列に加わり神階を授けられ、延喜式に名神大社と記す。鎌倉幕府三千貫の社領を寄せ、上杉謙信神助を祈り、徳川氏また五百石の朱印地を奉る。
明治4年国幣中社に列し、皇室を始め衆庶の崇敬極めて篤く明治11年明治天皇が、昭和47年には天皇・皇后両陛下、又昭和56年皇太子・同妃両殿下が御参拝になる。
昭和22年宗教法人となり神社本庁に属する。
-案内板より



 二の鳥居
ここにもベチャクチャ喋りながら参道の真ん中を広がって歩くアホが居ました。日本人として情けなくなります。

   
   神馬舎

     
  狛犬
随神門の前に建つ阿形(あがた)、吽形(うんがた)二体の狛犬。名工、酒井八右衛門の代表作で、平成10年9月、国の登録有形文化財に登録された名品です。
-弥彦浪漫Webより


 随神門
拝殿に続く最後の門には、二体の随神が収められています。「桜井古水鏡」によると、紀州熊野から天香山命(あめかごやまのみこと)に随行してきた印南鹿神(いなしかしん)を父とする兄弟の神様と言われています。
-弥彦浪漫Webより




                               つづく








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