~北へ~(380)72日目③ 御城稲荷神社・めし | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。

 
             北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら


鶴ヶ岡城本丸跡に鎮座してます荘内神社に続き、城内の御城稲荷神社に参拝です。
   

稲荷神社概要: 案内板によると「 当神社は宝暦5年(1708)庄内藩六代藩主酒井忠真公が当時の鶴ヶ岡城二の丸東北隅に城内鎮守として創建され以来歴代藩主藩士の厚い崇敬があり年1回の祭日は城下の人々の参拝も特別に許され城内は大変な人出であったと云う明治維新後お城取壊しの際も当神社だけはそのまま残される。これは藩のもならず一般民衆の崇敬が厚かったからであろう。 」とあります。城の北東に位置することから鬼門封じの意味合いが強い神社で、社殿はさほど大きくはありませんが、参道には多くの鳥居が奉納され、境内にはお稲荷様を祀った祠が多数見られ信仰の厚さが感じられます。
-dewatabi.comより


       
 社号標: 正一位稲荷大明神      御城稲荷神社

     

     
 

創建  宝永五年(1708)
御祭神 倉稲魂神(うかのみたまのかみ)
    大市姫神(おおいちひめのかみ)
    五十猛神(いそたけるのかみ)
    須佐之男神(すさのおのかみ)
    大己貴神(おおなむちのかみ)

鶴ヶ岡城内に鎮座する神社で、お城時代の唯一の建築物です。
六代藩主酒井忠真(ただざね)公が、城内鎮守として社殿を建立されました。
明治に入りお城は取り壊されましたが、一般民衆の崇敬が厚かったため、廃社を免れました。
商売繁盛・五穀豊穣のご利益があり、たくさんの朱色の鳥居が特徴的でとても綺麗です。
-荘内神社公式Webより



 拝殿と本殿(側面)


 裏手に置かれた祠





        
         御城稲荷神社 御朱印


腹が減ったので、取り敢えず駅の方へ。
ゴチャゴチャしている街中をグルグル。

   
    太麺屋(伊勢両宮神社近く)

広めの駐車場付きのラーメン屋を発見IN
注文時に麺の種類(太・細)を聞かれた。屋号が太麺屋なので、太麺を注文。
その麺だが、噛み応えがあり量も多くワシワシ食べる感覚で良い。
スープは、鶏中心+煮干+多めの化調かな。まぁ中々。
バラチャーシューは旨いが、スープ表面の油と一緒になって少々クドイ。
チャーシューメンにするなら油少な目で注文すれば、バランスは良くなると
思う。メンマはシャキッと良い歯応えでアクセントとなっており良い。
小さい海苔はここら辺の店のお約束なのかな。全体として「男」のラーメン。
良いラーメンに出会えました。


 普通盛り(太麺・スープふつう)チャーシューメン+味玉





                               つづく








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