~北へ~(362)67日目② 義経寺 | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。

 
             北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら


厩石(まやいし)の裏手に「義経寺」への階段がありましたので、お参りに。

 

~義経伝説のロマン秘め 津軽海峡を見おろす寺~
源義経は奥州平泉の衣川で自刃したといわれていますが、源頼朝に追われ、龍飛崎まで逃げて荒れ狂う海を前に観音像に祈ると、3頭の龍馬が現れ、海峡を渡ることができたという伝説が残る寺であります。
ここには義経が祈りを捧げたという観音像が安置されています。義経が海を渡った500年後、厩石を訪れた円空は、義経の守り神だった観音様が岩の上で光っているのを見つけます。
そこで流木で仏像を彫りその中に観音像を納め、小さなお堂を建てて祀りました。そのお堂が龍馬山 義経寺となり、円空仏は昭和38年に青森県重要文化財の指定を受けています。また、浄土宗津軽33観音霊場第19番札所となっており、県内では数少ない神仏混交で山門から本堂の間に観音堂、弁天堂、金比羅、堂阿弥陀堂が並んでいます。
-青森県観光情報サイト アプティネットより




つづら折りの参道を上がると正面に仁王門、左手に水屋がありました。

 
 水屋建物の由来
この建物は当山第三代住職でありました小鹿麟導和尚の時代、大正十三年に修築した当時としては誠に珍しい立派な山門であったそうです。その時七十六歳の高齢で、当村在住の名工成田七五郎棟梁が唯一人、黙々として工作に励みこれを狻工せしめたという言い伝えが残っております。寔に重厚簡素な作に七十余年も親しんできた山門を末永く保存すべきものとして、平成十二年、仁王門の新築にあたりこの水屋に移設したものである。
      平成十二年八月 龍馬山義経寺  -案内板より



 龍馬山仁王門


 観音堂

         
                 四角張った狛犬


 向拝彫刻は「龍」木鼻は「獅子」

 

     
 観音堂(本殿)                 義経寺 御朱印


思わぬところで、義経公の北行伝説にまつわる寺(お堂)に出会えました。






                               つづく








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