~北へ~(181)24日目⑥ 盛岡城Ⅲ | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。


             北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら


南部(盛岡)藩南部氏の居城である盛岡城に来ております。

   

淡路丸の外には帯曲輪(右側)が配され、更に1段下がります。



右側に淡路丸の石垣が見えます。

 
 城東側を流れる中津川と転がっている石垣用の石(残念石)


 淡路丸石垣(帯曲輪より)


帯曲輪を通り、城の南側にきました。

   

腰曲輪の石垣です。



             

城址南側には、盛岡城内に残る唯一の建造物「彦御蔵」



元は、現在地(城跡南側石垣下)より、西へ約100mの
菜園1丁目にあったが、道路拡幅に伴い曳家工法で移転。
瓦の葺き替えと壁の補修を行う。



建築年代は、江戸時代後期と推定され、参勤交代の道具蔵として使用され
ていたと考えられています。
木造2階建(土蔵造り)で、外壁は漆喰塗り、屋根は切妻造りの瓦葺です。



 腰廓南西櫓下の石垣

         
    腰曲輪南西角


ここは本当に東北か。と、思うほど見事な石垣群に感動。





                              つづく