わぁぁぁ、嬉しい💛
私のアホな所を晒したら、ブログに名前を出して下さって、ありがとうと言って頂けるなんて…!
本当に世界は優しい🙆
(只今お世話になっている、コバさんこと小林威之さんの起業支援8期に通うお仲間
kuribayashiさん、ありがとうございます!)
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私、Facebookをはじめて改めて感じているのですが、
今の時代、情報が波のように押し寄せる。
その中で、よほど自分の芯を持たないかぎり、苦しくなる事がありませんか?
例えば昨日私は、
恥ずかしい部分を晒してみると安心感がやってくると書いたけれど、
これは、その人の状態によっては、
自分の嫌な部分を隠している私はダメだ
と感じてしまうかもしれません。
多分、あなたが幸せになる為に、触れている、信じている何かがあるとしたら、その発信者の想いは、手段は違っても、目的は、幸せを感じて生きられるようになる為、自分を生きる為、と、愛情がベースにあるんだと思う。
だけど、その目的の愛情がみえなくなって、手段を目的にしてしまうと、
出来ない自分はやっぱりダメだ。と、自分を責めて、本末転倒になってしまう。
お母さんで例えると、
宿題をしなさい!
これ、言われると、ものすっっごくやる気が下がりませんか?
今やろうと思ってたわ…。
みたいな。笑
だけど、多分お母さんは、
あなたが、
勉強が出来る方が幸せ、きちんと宿題を提出できる方が幸せ、
自分が、
宿題が出来る子になるような子育てをしていると思われたい、
自分のようになったら大変、または、自分のように勉強が出来たら役に立つ
と、それがあなたにとって、自分にとって(善悪や好き嫌いは置いといて)幸せに繋がると思って言っていると思うんです。
ただ、大人になった今は、もうその『お母さんの幸せの価値観』の中にいると『本当の自分の価値観』とは違って苦しい。
あなたが凄いな、と尊敬しているあの人も、ベースは、あなたが幸せを感じられたらそれが幸せなのだと思う。
だから、あの人が言う事が出来なくても、違和感を感じたり、自分にはあわないなと感じたらその自分の感覚、自分のペースこそが大切。
自分が幸せになりたくて憧れたあの人を新しいお母さんにはしないでね。
あなたはあなたでいる事が幸せなんだと思うから