69_出会いの時(3)(4) | クルミアルク研究室

クルミアルク研究室

沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

「わたまわ」エピソードは基本的にすべて「沖縄糸満の軽石被害に寄付しようキャンペーン 第3弾」参加作品です。

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。場面は9月。サーコは無事ライカを出産、父親になったリャオにも新展開が。

目次クリックで移動します。なお、3.はサーコ、4.はリャオのモノローグです。

 

目次
3.初顔合わせ
4.再生

---

 

3.初顔合わせ

 

お腹から直接取り出されたライカは、ふにゃふにゃしていた。
助産師さんから受け取って胸に抱く。まだ乳を飲もうとはしない。
「夜、授乳してみますか?」
あたしはうなずいた。ライカは新生児室へ連れていかれた。多分、"あけみさん"がスタンバイしてるはずだ。

ストレッチャーに乗せられて病室へ戻る。弾性ストッキングはかされて空気圧のブーツをセットされた。ライカとどちらが宇宙遊泳してたんだかって装備だよ。
ママと社長さんが待ち構えていた。2人とも目を潤ませている。
「おめでとう! 本当にお疲れ様!」
「麻子、頑張ったね。ありがとうね!」

社長さんはともかく、ママから温かい言葉を掛けられるなんて。
湿らせたガーゼで口を拭きながら少しウルッとしてしまった。

「写真撮ったよー。後でライカもこっち来るよ。そしたらおじいちゃん、おばあちゃんと写真タイムだってさ」
"あけみさん"が新生児室で撮った写真を見せてくれた。用意した新生児服をまとい目をつぶっているけど、ボサボサの髪とか鼻とか顔つきとか、どう見ても"あきお君"だ。一般的に男の子って母親似が多いって言うのに、中華民族のDNAがなせるワザなのか、恐るべし。
写真に見入って新米じいちゃんばあちゃんもはしゃぎまくってる。
「父親似だねー」
“あけみさん”が照れ臭そうにしているのが印象的だった。

ライカと一緒に写真に収まった新米じいちゃんばあちゃんが帰ってから、あけみさんは個室のシャワーを使ってメイクを落とし、スウェットを着て“あきお君”へ戻った。出産当日のみ父親は母子と宿泊できる。
「今日は一晩、サーコとライカの側にいるよ」
「出産当日は赤ちゃんが一晩中泣いて寝不足になるってよ?」
前もってそう言っておいたのだけど、リャオは泊まりたいといった。

夜の10時を回って胸が張ってきたので、あたしはナースコールを押して初授乳した。10分以上かかってやっとライカはあたしの乳を含んだ。こんなに時間がかかるなんて、この先一体どうなるんだろう? 点滴とブーツと尿管装置とでぐるぐる巻きで何もできない中、仰向けでいるしかない自分が情けなくて泣けてきて仕方なかった。
看護師さんが退出すると、リャオが側に来て上からそっとあたしとライカを抱いた。小さく低い声で広州地方の子守歌を口ずさんだ。授乳後ライカが眠ったのでリャオはライカを抱き上げコットンに戻した。そしたらライカは3時間後に泣きながら起きた。彼はきっちり3時間ごとに泣き、そのたびごとにリャオが抱き上げてあたしの胸元へ託し、あたしはなんとか自分一人で授乳をし終えた。授乳中ずっとリャオはあたしの肩を抱きながらライカの小さな肩に手をやってまた子守歌を歌った。たったこれだけのことだけど、親子で生きているんだなと実感できたのは良かった。
翌朝、食事の許可が下りたあたしの側でリャオは何度も生あくびをした。かわいそうに、全然眠れなかったらしい。しかも「彼女でない彼」は、看護師さんたちの格好のネタにされていた。
「やっぱりパパさんなんですねー」
「メイク落とすと全然雰囲気変わりますね?」
「赤ちゃんそっくりですね!」
彼はその度ごとに充血した目でひたすら無言でうなずいた。そして再び“あけみさん”に戻って出勤していった。

ライカが産まれて3日目だったかに中学時代の仲間達が揃ってお見舞いに来てくれた。ナルミが呼びかけたらしい。
「えー、サーコいつ結婚したの?」
「先にママになってずるい!」
「成人式の時にはお腹に赤ちゃんいたんだって? 信じられない!」
わいわいガヤガヤと騒がしいったらありゃしない。
「ねえねえ、赤ちゃんの写真撮りに行こうよ!」
誰かがそう提案すると総出で銘々スマートフォン片手に赤ちゃんルームへ去ってしまった。

と思ったらナルミが一人で戻ってきた。あたしの側にパイプ椅子を引き寄せて座る。
「こないだ、ガジャさんのお兄さんに会ったの。副社長さんみたいに女装してらして」
ああ、思い出した。2年前だっけ、牧志の事務所でガジャさんが相談にみえてたね。
「最初はちょっとびっくりしたけど、話してみたらお兄さんってばアート好きでさ。モネの『睡蓮』の話で超盛り上がっちゃって。お兄さん、『睡蓮』所蔵してる日本中の美術館巡ってて、直島の地中美術館まで行っているの! もうあたし、感激していろいろ聞きまくっちゃった!」

 

 


そうなんです、高校時代あたしと同じ美術クラスだったナルミはずっとクロード・モネにぞっこんだった。彼女は高2の時高校の修学旅行に参加したんだけど、東京の自由時間でみんながショッピングに興じる中、モネの『睡蓮』見るために一人だけ国立西洋美術館へ出かけたんだって。美術館のショップで買ったモネの画集広げて喜んでいたわ。
「副社長さんとは違ってお兄さんはトランスジェンダーなんだって。だから、女性になっちゃうかもしれない」
「……そうなんだ?」
ナルミは椅子から立ち上がって窓際へ行った。窓を開けてこっちを向く。
「サーコ、あたしさ、もう一回専門学校行くことにしたよ。保育士になるの」
「ええ? ナルミ、事務職希望じゃなかったっけ?」
するとナルミは再びあたしの側へ来てパイプ椅子に腰掛けた。
「小学校の頃は保育士になるのが夢だったんよ。そしたら両親が、少子化で金にならないから保育士なんかやめろって。だけど、弟の世話してると面白くってさ。やっぱりあたし、子供が好きなのよ。子供にかかわる仕事がやってみたいって気持ちがどんどん膨らんで、教育庁で仕事してても保育関係の仕事ばっかり目が行っちゃって」
ナルミはノンストップでしゃべる。彼女の瞳はキラキラ輝いている。
「お兄さんと話して、LGBTってあたしたちと別の世界の人だって思ってたけど、そうじゃない、全然普通の人々なんだってわかったよ。あたし、LGBTの親御さんとも話せる保育士になりたい。子供達にもジェンダーについて話せる保育士になるんだ」
「ナルミ、すごいじゃん!」
あたしがつぶやくとナルミは大きな口元の口角を上げた。
「ガジャさんも応援してくれるって言うし、もう一回学生に戻るよ。結婚はまだ先かなー」
「じゃ、ライカをお願いするかもしれないね?」
「うん、インターンシップとかでお世話するかも」
「その時はよろしく!」
「かしこまりー!」
あたしたちは顔を見合わせ、笑顔でハイタッチした。

 

4.再生

 

ライカが生まれて5日たった。
良く乳を飲む子だ。その度に抱き上げてゲップさせなくちゃならない。そして、寝てしまう。赤子は気楽な商売ですねえ。
朝からさつきさんと父が見舞いに来た。
「ごめんね。朝じゃないと時間が取れなくて」
よせばいいのに父はガラガラを3種類も持ってきてライカに握らせている。予想はしてましたが完全にジジバカになってしまいましたね。

 


(image: Photo by bady abbas on Unsplash)

 

「金城さん、親子検診です。下へ降りてきてください」
看護師さんに呼び出され、サーコは私たちにぴょこんと頭を下げた。
「すみません、せっかくいらしていただいたのに」
「いいよ、気をつけていってらっしゃい」
さつきさんがサーコに声を掛ける。
「麻子、私も一緒に降りるわ。お医者さんにお聞きしたいことがあるの」

さつきさんとサーコとライカを見送ると、私はひとつのガラガラを手に取った。はらぺこあおむしのデザインだ。どこかでこいつに似たものを見たような。そうだ。思い出した。
「そういえば昔、動物園に連れて行ってもらいましたよね?」
えーっと、広州には2ヶ所動物園がありますが、私がオススメするのは街中にある小規模な方です。

 

 

広州動物園、安くて便利で動物いっぱいいます。たしかパンダもいるはず。読者の皆様も是非一度行ってみてください。
「そうだね、あきお君が5歳くらいだったかな」
父が懐かしそうに頷くのを確認して私は話を進めた。
「あそこ、蛇がいましたね。私、大声で泣いた。その時、お父さん、抱き上げて慰めてくれましたね」
「そうだね」
そして父はなんとあの時言った台詞をそっくり繰り返した。

“明生、不用擔心 好的。 這條蛇很安分。 它不會咬你”
ミンシェン、ブーヨンダンシンハオディ。ヂェ゛ァティァオシェ゛ァヘンアンフェン。ターブーフェイャォニー。
(ミンシェン、大丈夫、心配しないで。この蛇はおとなしいです。噛まないよ)

私は息をのんだ。ミンシェンと呼んでくれる人がもう一人いたんだ!

「私の中国語は上達しなかったから。あきお君、本当に上手に話せて良かった」
父はそう言って笑った。
「お父さんが(ホヮン)さんを毎週連れてきて下さったからですよ」
来日してから、日本語がしゃべれなくて私はよく家で塞ぎ込んでいた。そんな私に父は、知り合いの若い台湾人を毎週土曜日に連れてきて会話をさせたのだ。あの頃は週1度のその日が私の心の支えだった。
あの時、中国語をずっと話せたから今の私がいる。
そうだよ。父は私を根気強く育てて手を差し伸べてくれているではないか。昔も今もずっと。

「お父さん、話さなくちゃいけないことがあるんです」
「何?」
「私が沖縄へ来る前の話です。お母さんとお父さん、役所へ手続きに行きましたよね? 夕方帰ったら、沖縄へ行くお祝いしようねって言って、私は学校から帰って家で2人を待っていた」
「ああ、そうだったね。役所の係員がトンマで手続きに時間食っちゃって、あきお君、一人でずいぶん待たせちゃったね」
私は口を開いた。
「あの時、私、一人で裏の畑にいたんです。お腹が空いて、トマトでも食べようと思って。そしたら」

そこまで語って私は一瞬、躊躇した。でも、きちんと話さなくちゃ。

「そこに、誰かいたんです。誰なのか、未だにわからないんです。私、顔を見ていないから」
父がいぶかしげな顔つきをした。私は続けた。
「私はトマトに夢中でした。口に入れて食べていたら、後ろから抱きかかえられて、目隠しされて、声を出そうとしたら口を塞がれました。そして、物置小屋へ連れて行かれて、ズボンを脱がされて……」

そこまで語って、私は止まった。涙が溢れてきた。

「私は、私は……」
「あきお君? あきお? それ本当なの?」
父が立ち上がってこちらへ駆け寄る。私の顔を覗き込む。
私は何か言おうとした。でも言葉にならない。嗚咽だけがこみ上げる。

ごめんなさい。ごめんなさい。黙っていた方が良かったのかもしれない。

父が私を正面に回って肩を叩く。
「ごめんね。怖かったね。もっと早く帰ってあげたかったのに」
私は11歳の子供に戻って泣きながら首をぶんぶん振った。
「ごめんなさい。お父さん、お母さん、悲しませたくなかった。だから着替えて、汚れたズボンを自分で洗って、干して、一緒にお祝いのご馳走食べて」
「あきお! もういい、もういいから!」
父は私を強く抱きしめた。

“明生、沒關係。 不要害怕”
ミンシェン、メイ グァン シ 。 ブ ヤオ ハイ パ。
(ミンシェン、大丈夫。怖くないよ)

父は中国語でそう言って、日本語でも言った。
「大丈夫だよ。もう大丈夫。君は十分立派だよ。だから」

どのくらい私は泣いていただろう?
しばらくして父が私の顔をしげしげと眺めて言った。
「それで、あきお君は、そんな格好をするようになったの?」

私は首をかしげた。マスカラがにじまないよう、ハンカチで涙を押さえながら考える。
いや、それは全然違うと思います。あの事件に巻き込まれてなくても、私はクロスドレッサーで女物の服を着たでしょうし、やっぱりアセクシュアルだと思います。とはいえ、人生を巻き戻して生き直すのは不可能なので、わかりません。
……と言いたかったのですが、父にはアセクシュアルという話は一言もしていないので、やめました。とりあえず結婚してライカは生まれたので。別にいいかな、と。

コツコツコツ。誰かが部屋をノックした。
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったのだけど」
さつきさんだ。彼女は父に目礼すると、私の側へ駆け寄った。
「あきおさん、お願いがあります。麻子とライカのために、PTSDの治療を受けてくれませんか? ここはレインボー都市、那覇です。いいスタッフが揃っています。知り合いの臨床心理士も紹介できます」
私は頷いた。モルモットになるのは嫌だったが、サーコやライカに悪影響を与えるのは良くない。
「今の話、麻子は知ってるんですよね?」
「もちろんです。最近思い出して、一番先に伝えました」
「それを聞いて少し安心しました。そろそろ麻子も来ます。じゃ、詳しい話はまた今度ね」
さつきさんはサーコのところへ戻っていった。父も立ち上がる。
「私も会合があるから。麻子さんによろしくね」
父は私の肩に手を置いて、微笑みかけた。私も笑顔を返した。
(69_出会いの時 FIN) NEXT:70_ジング氏への手紙

 

第三部 &more 目次 / ameblo

~~~

青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。
 

小説「わたまわ」を書いています。

ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲

「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:
当小説ナナメ読みのススメ(1) ×LGBT(あらすじなど) /「わたまわ」ナナメ読みのススメ(2) ×the Rolling Stones, and more/当小説ナナメ読みのススメ(3)×キジムナー(?)