50_大阪・京都・二人三脚(3) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたしの周りの人々」略称「わたまわ」をこちらに転載しています。サーコ(沖縄人女性)のモノローグです。井上陽水の動画をリンクしています。長いため前半かなり省略して(3)のみ転載します。一部R15と思われますがトーンかなり低めなのでそのまま読み進めてください。

サーコは枚方で韓国人宣教師・トモ(本名 キム・ジング)と暮らし始めます。滑り出しは良かったのですが秋になるにつれサーコは体調を崩し、トモもまた韓国軍で受けたPTSDの症状に苦しむようになります。ある日サーコはリャオ(クロスドレッサーな帰化中国人。男性だがサーコにとって姉貴分のような存在)と連絡がとれなくなっていることに気づきますが、そのことをトモへ尋ねるとトモは激怒しました。その日以来、サーコはリャオの話題を避けますが、……。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
3-1.暗号と不寝番
3-2.楽園からの追放
3-3.ロバート・キャパと陽水と

 

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3-1.暗号と不寝番

 

秋になるとあたしは体調を崩し、病院で点滴を受けた。白血球の値が平均以上になっていた。身体が大阪の気候に適応しようと無理したらしい。
ジングもまた体調不良を訴えるようになった。一度軽快したと思われた不眠症が再発したようだ。悪夢を見るのか、布団から起き上がり黙ってその場で、あるいは星空の見える窓際で座り込んでいることがある。

深夜、トモ、ジングは起き出して台所のシンクの前に椅子を出して座り込みながらぶつぶつ独り言を言ってた。それは途切れ途切れに2週間くらい続いた。

“귀이개”
グィイゲ
(耳かき)

“음악”
ウムアク
(音楽)

“컵”
コブ
(コップ)

“저기압”
ジョギアブ
(低気圧)

“얼룩말“
オルルクマル
(しまうま)

“금요일”
グムヨイル
(金曜日)

軍隊の中で一番重要なもの、それは暗号。敵と味方を瞬時に見分けなければ生死に関わる。
軍隊では必ず順番に不寝番をしなくてはならない。そのときに‘本日の暗号‘を覚える。日々全く関連性のない名詞を頭にたたき込んで歩哨に就く。
誰かに会ったら低く鋭い声で「今日の暗号は?」と問いかける。3度問いかけて回答がなければ、躊躇なく発砲する。

後方支援任務だったはずだが、それでも生死に関わる極限の緊張状態にトモは、ジングは、2年近くもいた。頭の中にひしめく暗号の数々を、彼は深夜の台所で恐怖と共に吐き出してた。
そんな夜はあたしは寝返りを打つのもはばかられ、同じ姿勢でずっと固まっている。どうか彼が速やかに寝床へ戻りますように、安眠できますように、そう祈って二時間ぐらいそのままでいたりする。リズミカルな寝息が聞こえてくると、あたしはようやく姿勢を変える。神さまに感謝しながら。

 

3-2.楽園からの追放

 



大阪での日々は奇妙にくすんだ色合いとして記憶されている。太陽は弱々しく肌をただ照らすだけ。風も通り過ぎるだけ。人々もまた通り過ぎていくだけ。

大阪へ来てから、あたしは語る場を無くした。同棲は同棲でしかなく、あたしは真正面を向いて歩けなかった。バイト先も美容室も交わす会話は表面的で、人の温もりを感じることが全くできなかった。あたしはそれを、ジングで埋め合わせようとした。そして、それはきっとジングも同じだった。

あたし達は狂っていた。
一度、ジングに聞いたことがある。最初に韓国で抱き合った時、神様の許可があったのか、と。
トモは少し考えて日本語で返事した。
「実はよく分からないんです。声なんて何も聞こえなかったようにも思います。事故の前だからまだ左耳は正常だったはずですが、ひょっとすると既に壊れてしまっていたのかもしれませんね」
やってしまったことを後悔はしていない。でも、あの日韓国で、あたし達はあの時きっと「知恵の実」を食べてしまったのだろう。旧約聖書の一番はじめ、創世記の第三章でアダムとエバは蛇に誘惑されて木の実を食べてしまった。そして神様は、アダムとエバを楽園から追放したのだ。

ただ、神様はあたしとジングは追放しなかった。正確に言うと、放って置かれた。

大阪でのあたし達は、ほぼ毎週ラブホテル通いをした。そうでもしなきゃ、やってられなかった。毎回、土曜日の朝に駅のパン屋でいくつかサンドイッチや菓子パン、ジュース類を買い込み、大阪の都心まで行った。誰からも声を掛けられないように、あたしは野球帽を深く被り、ジングはサングラスをした。いつも注意深く周囲を伺いながらモーテルの建物に入り、セックスをした。
彼は行為の時いつも補聴器を外していた。外さない方も多いみたいだけど、彼は外してた。これ話し出すとどんどんドツボにハマるから嫌なんだけど。えーっと、すみません、あたし声が大きいから補聴器いらないらしくて、それで壁の薄いアパートじゃ無理でホテルじゃなきゃダメってのもあって。だけど、ジングとしては逆に自分が難聴って事を忘れることができる瞬間だとは言ってた。それで、セックスする回数増えちゃった気もするんです。ああ、これやっぱり言い訳かしら?

誓って言うが(でも聖書では「誓う」ことはあまり良いとされてないんだけど)、抱き合う前にあたし達はちゃんと毎回祈っていた。行為の前、ラブホテルのシャワーを相手が使う間、一人残された者はこう祈っていた。
「神様、たぶんこれは良い行いとは言えないですよね? でも、抱き合わなきゃ、あたし達この先暮らしていけないんです。互いに気持ちよくならないと、生きる力が沸いてこないんです。どうか、あたし達を罰しないでください。そして御心でしたら、きちんと結婚して、良心の呵責を感じなくて済むようにしてください」
婚前交渉が罪深いとされる事は百も承知の上で、それでもあたし達はセックスをした。ジングは行為に入る前、毎回裸のあたしを抱きしめてこんな事を言ってた。

“아사코, 당신은 마치 달콤한 과일 같아요. 제가 미치지 않을 수 없죠.“
アサコ, ダンシンウン マチ ダルコムハン グァイル ガッアヨ. ジェガ ミチジ アンヌル ス オブジョ.
(麻子、あなたはまるで甘い果物のようです。私は狂わずにはいられない)

あたしは思った。ああ、こうやってアダムはエバを抱きしめたんだ。聖書では、エバが最初に木の実を食べて、そのあとエバがアダムに勧めて一緒に食べたことになっている。でも、どうだろう。
ここからは推測でしかないけど、木の実を食べたアダムの目には、エバ自身が美味しそうに映った。木の実を食べた順番は後だったはずだが、その後エバを食べちゃったのはアダムだ。
楽園を追放されて荒野で苦しみながら、一度ならず二度、三度、アダムはエバを食べた。背徳感に打ちひしがれながら。そうでもしなきゃ、生きていけなかったんだ。

ジングもまた自分自身に矛盾を感じていた。あたしを教会へ誘いつつ、でも、あたしを拒んだ。彼は周囲に二人の関係がばれてしまうことを極度に恐れた。だから、宣教が大事だと言う一方で、婚前交渉した相手を教会へ連れて行けなかった。毎回彼は教会で懺悔をしてたかもしれないが、婚前交渉してたことは最後まできちんと言葉にはできなかっただろう、とあたしは思う。

 

3-3.ロバート・キャパと陽水と

 

この頃のジングはよく井上陽水さんを聴いていた。去年のクリスマスプレゼントが陽水さんのCDだったからそれを掛けてた。とくにこの曲。

 

 

ハーモニカがいいんだって。だからあたし、クリスマスプレゼントはハーモニカに決めて既に買っちゃった。
そうそう、CD掛けながら、トモは韓国の実家から持ってきたものを広げることもあった。そのうちの一つがロバート・キャパの写真集。彼が中学生の頃の夢は写真家になることだったと知り、あたしはひっくり返るほど驚いたものだ。小さい頃から宣教師への道まっしぐらだと思ってたのに。
中学の頃お小遣いを集めて買ったロバート・キャパの写真集を、ジングは枚方のアパートに持ち込んでいた。戦争写真は軍隊でPTSDを発症した彼にはあまり良くないのではと思っていたけど、彼は日曜の夜ごとに陽水さんのCD掛けながら写真集を広げてた。あたしは何も言い出せなかった。

リャオさんとはずっと音信不通のままだった。ジングの心に巣くうPTSDの影におびえながら、あたしは大阪での日々を過ごした。
ジングの目を盗んで、あたしは職場の帰りに混み合うフードコートの一角を確保し、リャオさんへ手紙を書いた。TOPIKで2級に合格したことを報告して、トモの、ジングの近況をつづった。そして、どうかあたしに連絡してとお願いした。
リャオさんの声が聞きたい。話を聞いて欲しい。祈るような気持ちで、あたしは薄寒い秋の日を過ごしていた。
(50_大阪・京都・二人三脚 FIN) NEXT:51_運動の秋はゲイ?の秋(1)(2)

 

第三部 &more 目次  ameblo

付記:ストーンズの動画リンク一覧についてはこちらcheckしてください。

 

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小説「わたまわ」を書いています。

ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲

「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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