01_月とコロナ(2) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

那覇市制100周年企画とタイアップして、沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。このエピソードは前回に引き続き「わたまわ」ノベルアップ+版exblog版それぞれ01、本日は(2)をお届けします。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成することでノベルアップ+版とほぼ似た仕様でのご提供を考えました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
2-1.トモ、ストーカーを追い払う
2-2.サーコとリャオ、餃子をつくる

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2-1.トモ、ストーカーを追い払う

 

二日目。
辞めます、と喉まで出かかった声もボスの顔を見ると引っ込んでしまった。結局、次から次に訪れる客にあたしは胸を見せた。
情けない気持ちを抱えたまま、お金を貰って帰途につく。“聴きまスポット”に差し掛かる。店の前に立ち止まって、どうしようかと考えあぐねていたら店の中にいたトモが気づいてドアを開けた。
彼はフェイスシールドを身につけるとあたしを招き入れ、左右を伺ってドアを閉めると、店の中のブラインドを全部下ろした。
「気になることがある。ここに座って待ってて」

 

トモはスマホを持って外へ出ると店の鍵を掛けた。突如、大声がする。
「こんばんは! あなたは神様を信じますか?」
「うわあ何だお前!」
怒鳴り声に混じってトモの声が響く。
「ちょっと待ってくださいよ、神様の愛について語り合いましょう!」
バタバタバタと足音が遠ざかったかと思うと、四、五分してトモが戻ってきた。用心深く左右をチェックして扉を閉め、内鍵をする。スマホを取り出してあたしに見せた。
「サーコ、この男ですか?」
動画が再生される。あたしは画面を食い入るように見詰めた。いた、カマキリ。トモに話しかけられよほど慌てたのだろう、メガネがずれて素顔が覗く。そして、不様な格好で走って逃げていった。ぞっとする感触が全身に襲いかかる。息が荒くなりあたしはその場にしゃがみ込んだ。
嫌だ。もう嫌。こんな男につきまとわれたら高校どころか何処にも行けない。嫌、嫌だ!

 

泣き崩れるあたしにトモがタオルを持ってきた。優しい声がする。
「大丈夫? 三十分もしたらリャオが来ます。それまで、ここにいた方がいい」
そして、トモはあたしのそばに座った。
「仕事、どうなりました?」
あたしは力なく首を振った。自分が情けなくって再びしゃくり上げた。トモはしばらく黙ってあたしを見ていたが、立ちあがると本棚から何か持ってきてあたしの前に置いた。
「一応、宣教師の卵なので」
手に取ってみる。新約聖書だ。あまり好きではないが、自分を助けてくれた人をむげにはできない。とりあえず開いてみる、でも、やっぱり読む気にはならない。
トモはあたしをじっと見ていたが、やがて呟いた。
「やっぱり、うまくいかないものですね、やり方変えなくちゃ」
再び立ち上がり今度はカウンターへ向かった。
「何か飲みますか? この店、もう閉店ですからお金はいいです」
投げやりともとれる発言に、あたしは吹き出してしまった。トモはノンカフェインのハーブティーを淹れてくると、テーブルにある二つのコップに注いだ。
「リャオにも言われたんです。あんた宣教宣教って無理強いして聖書を薦めといて何が神の愛だよ、馬鹿じゃないのかって」
そして、こちらを向いて呟いた。
「じゃあ、私、どうしたらいいんでしょうね?」

 

端正な顔にミスマッチな言葉の調子と仕草がどこかユーモラスで、あたしはくすくす笑った。マスクを取ってハーブティーをいただく。ほんのり甘い味がする。隣でトモはしゃべり続ける。
「私は正しいことをしているつもりなんです。神様を信じればみんな幸せになる、そう聖書に書いてある。それなのに、誰も神様の話を聞こうとしない。そしたら、とあるクリスチャン達は『だから終末は近いんだ』なんてこと言ったりする。そんなこと言ったら普通の人、どう感じます? この世はもうおしまいだ、じゃ、好き勝手したほうがいい、そう考えちゃうでしょ? そしたら神様の愛とは全然反対なことをするでしょ?」
トモはフェイスシールドを外してハーブティーをごくごく喉に流し込むと、ため息をつく
「結局、私のしていることは徒労かもしれない。でも、たまにこうやって人助けみたいなことをすることもある。それでいいのかもしれませんけどね」
そして、あたしを見て顔を赤らめて言った。
「すみません、かわいい女の子をみるとつい喋りすぎちゃって」
あたしはぷっと吹き出し、声を立てて笑ってしまった。トモもこちらを見て微笑んだ。
店の奥がガタンと鳴ってリャオさんが顔を覗かせた。
「遅くなってごめん。あんた達、楽しそうね。何話してたの?」
トモがあわててフェイスシールドを被り直し、こちらを向くと空咳をして言った。
「この世の悪とどう闘うかって話をしました、ね?」
あたしはたまらずまた笑い転げた。

 

2-2.サーコとリャオ、餃子をつくる

 

車が動かそうとしたリャオさんが、サイドブレーキを止めてあたしをみた。
「そういえばあんた、ご飯食べた?」
リャオさんが尋ねる。あたしは首を振った。
「だめだよ、高校生でしょ? ちゃんと食べないと。ほら、ちゃんとシートベルトして」
そして、近くのスーパーで降りた。リャオさんが買い物かごへニラとキャベツと豚挽肉を入れる。
「あんたん家に小麦粉あった? 餃子作ってあげる。ほんとは白菜なんだけど、安いからキャベツね。」
そして果物も。リンゴ、キーウィ、みかん。
「ビタミンCはきちんと食べなさい、美容の基本よ。男って女の肌をちゃんとチェックしてるんだから」

 

家に戻ると、あたしは急いで干してあった洗濯物を取り込んだ。その横でリャオさんがテーブルを拭いて、すぐさま冷蔵庫をのぞきこむ。家人に存在を忘れ去られていたニンニクが野菜室の奥から出てきた。
「醤油、強力粉。サーコ、お酒は?」
「ええ? あたし、飲まないよ」
リャオさんはまな板と包丁を取り出し、慣れた手つきでニラとキャベツを刻みつつ、
「飲むんじゃなくって料理に使うの。えっと、マーヨーどこ?」
「マヨネーズ?」
「違う違う、マーヨーは、……あった。」
手にしたのはごま油。なるほど、マーヨーっていうんだ。リャオさんはさっさと野菜を刻み終り、挽肉と調味料をばんばん入れていく。
「サーコ、小麦粉と強力粉、塩、ボウルにふるってて。」
言われたとおりボウルに入れる。水を注いでこね、注いでこね、生地を丸めて休ませる。そういえば餃子なんて作るの何年ぶりだろう? 昔、パパがいた頃は良く作ってたのに。
餃子の餡を休ませてる間、リャオさんは電話をしに外へ出て行った。あたしは生地を棒で伸ばして切り分ける。パパは餃子の皮を作るのが得意だった。よく耳たぶを触って適度な硬さを教えてくれてた。生地を手にとって棒で軽く伸ばす。

 

そう、あの日、パパは青白い顔で帰ってきた。
「お母さん、サーコ、今まで隠していて済まない。お父さん、別の女の人と暮らすことにした。これから出て行く。二人で幸せになってくれ」
ママは半狂乱になってパパに茶碗や皿を投げた。
「何考えているのよ、この期に及んで裏切るなんて最低よ! 出てって! もう帰ってこないで!」
食卓から餃子は姿を消した。テレビドラマに餃子が現れるとママは即座にチャンネルを変えた。パパからは全く連絡がない。慰謝料はおろか養育費も振り込まれてないらしい。ママはほとんど化粧をしなくなった。近所の眼科でのパートタイムを辞めて総合病院の昼夜勤に再就職、そして、コロナがやって来た。

 

リャオさんが戻ってきた。鼻歌交じりに念入りに手洗いうがいをし、出来上がった餃子の皮を見てほくそ笑む。
「あら、上手ね。餡、包もっか」
リャオさんが餡を手早く皮に包んだ。器用にひだを作ってる。あたしも負けじと皮を手に取った。

 

パパは餃子を包むのも上手かったっけ。ママもあたしも隣に座って、よく一緒に餃子を包んだ。あたしは一番下手っぴで、皮が破けてよく笑われた。涙で目の前がかすんでいく。三人で仲良く餃子を頬張った日々。楽しかった家族の団欒。みんなみんな消えてしまった。
「サーコ、どしたの?」
リャオさんが顔をのぞき込む。あたしはしゃくりあげて泣いた。今日は泣いてばかりだ、でもどうしようもない。
とつとつとリャオさんに話した。
「お父さんいなくなっちゃったから、お母さんアパートで一人でコロナと闘ってるの。だからあたしも、闘わなくちゃならないの。でも、お金ないし勉強できないし、やばい仕事してお金貰ってるの。そしたらストーカーが毎日追いかける。何やっても、うまくいかない。ちゃんと生きていきたいのに。もっと幸せになりたいのに!」

 

リャオさんは黙って話を聴いてくれた。
「よし、いいもの貸してあげるよ。これさ、使い放題だから」
セカンドバッグから取り出したはなんと最新型タブレットだ。
「新規契約でもらっちゃったの。私はもう一台あるから、貸してあげる」
予想外の展開にあたしは腰を抜かした。
「ええ? だってこれ最新のでしょ?」
「あげるんじゃない、貸すだけ。これだったら学校の勉強もできるはずよ。ギガ無制限、ちゃんと動画も見れるから」
あっけにとられるあたしにリャオさんは続けた。
「私の中国のお父さん、病院で事務長してた。SARSで死んだ。でも国は別の病気だと言って保険金払わなかった。お母さん、何度も役所行ったけど何も変わらなかった。一人で泣いてたお母さんを、今のお父さんが慰めてくれた。それで沖縄来た」
そうなんだ。知らなかった。リャオさんは言葉を継いだ。
「お母さん、私が中学の時、車に轢かれた。あっという間だった。沖縄のお父さん、私、高校まで出してくれた。沖縄の人には恩がある。だから、サーコ助けるよ。貧乏に負けちゃダメ。ちゃんと勉強して、高校は卒業しなさい」
あたしはどうしたらいいかわからなくなって、また泣いた。リャオさんはあたしの肩を叩いた。
「さあ、泣くのはおしまい。ご飯食べよう、元気になって貧乏なんか追いだそう!」

 

 

あたしたちはたくさん食べた。それでもだいぶ餃子は残った。リャオさんはそれをきちんとラップに包んで冷蔵庫へ入れると、帰り支度しながら言った。
「サーコ、私、明日からお店なの。しばらく会えないね」
え? お店って営業自粛してるんじゃないの?
「ママがお店開けるんだって。出勤しなきゃ。私、これでもナンバースリーだから」
リャオさんはパンプスを履いた。
「サ-コ、あんたはとにかく仕事、辞めなさい。なにかあったら“聴きまスポット”来て。トモがなんとかしてくれるから。彼、テコンドーの名手なの。サーコ守ってくれるからね」
そういってリャオさんは帰って行った。((3)へつづく)。


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青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。

 

小説「わたまわ」を書いています。

ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲

「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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