「わたまわ」の第一部中盤の話になります。小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。
目次 0.サーコ、事務所の魔法に気づく 1.台風の日の出来事 2.サーコ、ラビリンズにはまる 3.魔法が効いた? |
---
0.サーコ、事務所の魔法に気づく
最近、あたし気がついた。牧志の事務所には魔法が宿っている。ハリーポッターのような大袈裟なものではない。とても小さな、小さな魔法だ。
例えば、落ち込むような悲しい気分だったとしよう。もし、あたしが明るい気分になることを願ったら、必ず楽しいハプニングが起こる。
ついこないだの例を紹介するね。
学校が再開しました。コロナの影響で夏休みが十日だけの予定だったのが、沖縄は緊急事態宣言でさらに伸びた。あたしはまだトモやリャオさんと楽しく過ごせたけど、それでも嫌なニュースを耳目にしたりすると落ち込むわけ。
そうそう、トモが学校にバイクで来た件、あたし先生から呼び出し食らいました。あれは一体誰なのかって。やはり高校の制服姿でバイクの後部座席というのは、ちょっとまずいらしいんですよ。
だから先生にも、ナルミ達にも、英語の家庭教師のボランティアさんだって言っておいた。教会関係者って言ったら、みんなそれ以上何も聞かなくなりました。キリスト教ってそんなに嫌われているのかな?
話を戻します。先々週の月曜日、あたしは事務所でリャオさんと二人だった。トモは宜野湾だった。
リャオさんはテレワークで嫌な顧客に当たったらしく、機嫌がイマイチ。大きな声で言えないけど、再開初日の学校帰りでここに来たあたしも生理痛だった。
それで神様に祈った。どうか小さな魔法をください。
そろそろ夕ご飯の時刻なのでテーブルを拭く。ん? 何か飛んでる。そのまま飛行物体は事務所の事務室へ。
「捕まえた!」
あけみさんが叫んで部屋から出てきた。左手の握りこぶしをあたしの目の前に差し出して、開いた。てんとう虫! 赤いナナホシテントウムシだ。
「かわいい!」
「ここ3階なのに、よく飛んできたねー」
ほらね、笑顔になった。てんとう虫は世界各地でラッキーな虫といわれているそうですよ。
小さな魔法の原因は、どうやら事務所のビル裏手に寄り添うように生えている小さいガジュマルらしい。このガジュマル、もともとは大きかったのが切り倒されてしまった。ところが、切り株から枝がにょきっと伸びて茂り始めている。
小さなガジュマルだから、小さなキジムナーが住んでいるのだろうか。あたしはこの事を誰にも話していない。話してしまうと、魔法が消えてしまいそうで。
1.台風の日の出来事
台風が来たある夏の日。あたしとトモは事務所に泊まり込んだ。
その時、あたしは思いがけず見てしまった。
ムキムキの二の腕。グレーのタンクトップごしに筋肉質の背中が見え隠れする。間違いない。リャオさんは男性だった。
ショックだった。リャオさんが男性というのは頭ではわかっていたはず。でも実際に見てしまうと、"あけみさん"が変質した存在に思えてしまう。
今まで、あけみさんにはお世話になりっぱなしだ。あたしをカマキリから救ってくれた人。毎日、お弁当作ってくれて、時々は一緒にショッピングも楽しんだ。しかも、この夏は同じベッドで、この人の隣でよく寝てた。
今まで、ずっとずっと、仲良しだったじゃない。
この人自身は、なにも変わってないんだよ?
でも、正直、少し怖くなった。今までのように気さくに会話できるだろうか?
トモはリビングのソファーに横になってた。リャオさんは汗を流すといって、着替えを持ち込みシャワールームに入った。
シャワールームから、すすり泣きが聞こえる。
あたしはそっと、シャワールームへ近づいた。使い終えたのか電気は消えているようだ。カーテンをめくる。
「リャオさん?」
彼は、泣いていた。
狭い脱衣所で、右側にある洗濯機に両腕をつき、うつむいて泣いていた。
既にシャワーは終えたようで、赤いタンクトップにジーンズ姿だ。メイクした横顔はキリッとした美人そのものなのに、大きな目から涙がぽたぽた落ちている。
彼女は、こちらを見たが、また洗濯機に顔を向けてしまった。
「サーコには、見られたくなかった」
彼は右手で涙を拭った。
「私のこんな姿、見られたくなかった。だって、どう見ても、女じゃないよね?」
あたしは、どうしたらいい?
トモと約束した。あたし達は、リャオさんを守る。
彼か、彼女か、そんなことどうだっていい。本人が一番よい状態でいられるように、穏やかに笑っていられるように、あたし達は、リャオさんを守る。
本人の信頼を、あたし達は裏切らない。決して。
正直、怖かった。とても怖かった。身体が震えた。
コロナでソーシャルディスタンスを取らなきゃ、というのはもちろんあった。事務所内ではマスクはしなかったけど換気と消毒はしてたし、互いにできる限り離れているように心がけてはいたから。
でも、あたしはリャオさんに近づいた。そして、右横からそっと、抱きしめた。
あたし、トモにだって、抱きついたことなかったのに。でも。
「あたしは、変わらないよ?」
メッセージは相手にきちんと伝えないと、言わなかったことと同じになってしまう。だから繰り返す。
「あたしは、リャオさんのこと、ちゃんと認めてるよ?」
時間が過ぎ去った。リャオさんはやがて顔を上げた。今度は左手で涙を拭きながら、こっちに向き直った。そして、あたしを抱きしめた。
「ありがとう、サーコ」
こちらの顔をのぞき込む。あたしの顔を両手で包む。
「サーコは素直でいいコ。私、あんたを大事にしなきゃね」
リャオさんは笑顔になっていた。あたしも笑った。
2.サーコ、ラビリンズにはまる
それから2週間くらい経った9月後半の土曜日、あたしはトモとケンカをしてしまった。
街を歩くとき、お互いにマスクしたまま話をする。どうしても相手の声が聞き取りにくい。しかもトモは外国人だ。日本語はたいぶ上手だがそれでも時々うまくしゃべれないこともある。それで、言葉を取り違え小競り合いになってしまった。久々のデートだったのに。
日曜日、トモは宜野湾教会で礼拝がある。だからリャオさんが呼んだりしない限り、基本的に彼は一日宜野湾で過ごす。顔を見たいと思ったらこっちが教会付近で待ち伏せするしかない。
だけど、宜野湾までバス賃、高いんだよな。奥武山からモノレールで那覇バスターミナルまでは通学定期でいける。けど、バスターミナルから長田交差点まで往復考えたら1200円超えちゃう。あー、夕ご飯抜かなきゃ。
それでもトモの顔が見たくて、あたしは10時過ぎ発車のバスに乗り、11時過ぎに長田バス停に到着した。ここから住宅地の中を歩けば宜野湾教会があるはず、なんだけど。
宜野湾って知る人ぞ知るラビリンズなんです。どの道がどこにつながっているのか全然わかんない。
リャオさんから借りたタブレットで地図画面出して必死に教会を探す。教会にたどり着く頃には12時前になってた。マスクしたまま歩いたから体中汗だく。喉が渇いたけど追加で飲み物を買うお金はない。ああ、困った。
教会が見えてきた。ちょうど礼拝が終わった頃なのだろう。人々がどんどん出てきて扉の前でにこやかに話し合う横から、駐車場から出る車が4,5台列を作っている。トモの姿はない。うーん、なんか外部の人間は入りづらい雰囲気。直接トモのアパートへ向かうのが良いのだろうか。でも、教会で昼ご飯食べることもあると言ってたし、そしたら一時間以上待ちぼうけになる。
悩んだが、あたしは元来た道を引き返すことにした。仕方ない、どこか近くで日陰を見つけて、安いペットボトル飲料を見繕って水分補給しながら涼もう。このあたりって、スーパーかドラッグストアなかったっけ。
タブレットとにらめっこする。だが、運悪くこんな表示が出てた。
アプリを新しいバージョンに更新して下さい
えー? 日曜の昼でしょ? 地図アプリ30分以上使ってタブレットの電池も少なくなっているのに? でも、タブレットはウンともスンとも動かない。更新するしかない。通信料はギガ無制限だからいいけど、電池が気になる。
あたしはとぼとぼ炎天下を歩く。喉が渇く。お腹も空いてきた。長いこと歩いてふらふらだ。泣きたいくらい情けない。神様、あなたは本当にいるの? こんなとき、牧志の事務所みたいに魔法があったらな。
あ、そうだ、そうだよ。あたし、ガジュマルちゃんの葉っぱ、一枚持ってる。一昨日、リャオさんからお弁当もらって高校行こうとして、ガジュマルちゃんの小枝をカバンに引っかけちゃったんだ。ごめんね、ごめんねって言いながら、あたしは取れたガジュマルちゃんの葉っぱをとりあえず財布に入れたんだ。
おもむろに財布を開ける。うん、葉っぱ入ってる。よし、お願いしてみよう。目をつむり、葉っぱを軽く握りしめ額に持って行く。
神様、とにかくこの状況を好転させて下さい。まずは、喉の渇きをなんとかしたいです。
3.魔法が効いた?
目を開いた。目先に自動販売機がある。スポーツ飲料も売ってる、しかも100円ぽっきり。
うーん、予算よりちょっと高めだが自販機で100円のスポーツ飲料は安いよ。買うしかない。ガッシャーン、ごろごろ。
ペットボトルの蓋を開け、頭をそらせて飲む。ああ、冷たさが喉に心地良い。半分くらい一気に飲み、口から離す。ふーっと息を吐きながら頭を戻すと目の前に大きな右手がある。え?
あたしは右に視線を向けた。トモが右手を出してこっち見て笑っている。
「それ、私にもください」
展開が突然すぎて言葉が出ない。
素知らぬ顔なんてできない。あたしが宜野湾にいる時点でトモに会いたくて来たことはバレバレじゃん。あー、恥ずかしい。情けない。
あたしは無言のままペットボトルをトモに渡した。トモは美味しそうに口をつけて飲んだ。あたしは赤くなる。これって間接キスだよね。ここで赤面するとさらにドツボに入るから、あたしは話題をそらす作戦に出る。呼びかけた。
“오빠”
オパ
(オッパ)
韓国語で、お兄ちゃんという意味の言葉だ。女性が親しい年上の男性に使う。台風の夜、一度この言葉でトモに呼びかけた。クスクス笑われたあと、とある意地悪というかイタズラをされましたがここには書きません。
で、トモは今回もクスクス笑いながらペットボトルをあたしに返すと、あたしを手招きした。近くに駐めてるバイクを示す。
「ヘルメットが一人分しかないんですよ。だから、まずサーコを近くのファミレスまで連れて行きます。そこでテイクアウト注文して待っていて。私はアパートに戻ってもう一つのヘルメットを持ってきます」
トモはそういうとあたしに自分のメットを被せた。そして自分はバイクにまたがり、あたしを呼ぶ。
「後ろに乗って」
そうか。あたしの安全のために自分はノーヘルでいくつもりだ。本当は交通違反なのに。 二人を乗せバイクはゆっくり走り出す。坂道を下りたり登ったりするとファミレスが見えてきた。トモはあたしを降ろし、ランチを2人分テイクアウトするようあたしに言付けた。そしてメットをし直すと自分のアパートへ向かって去った。
一人でファミレスに入る。安いランチをテイクアウト注文する。そうだ。リャオさん牧志にいるかな? ラインしてみようか。
――こんにちは。今ファミレスでランチをテイクアウトしてます。リャオさん何か注文しますか?」
お、既読になったよ。
――ありがたい! 唐揚げお願いしてもいい? ペイペイで送金するから、よろしく! お釣りはとっといて。そのかわり、書類まとめる作業手伝ってくれる?」
あたしがO.K.すると即、千円きた。そうか。そのままペイペイで支払えばいいんだ。ラクだね。
ちょうど商品を受け取るタイミングで、トモから駐車場にいるとラインが入る。あたしはメットを受け取って再びバイクの後部座席に座り直した。
20分ちょっとで牧志の事務所に着く。あたしたちがリビングでランチ食べている間、リャオさんはサラダをサーブしてくれた。
「唐揚げありがとうね。明日サーコのお弁当にチキン南蛮作ってあげるよ」
なるほど、そういうことだったんですね。あたしたちはランチとサラダを平らげ、なおかつコーヒーまでいただいた。ほんと、至れり尽せりだ。もちろん、後で大量の会議資料をホッチキスで留める作業手伝ってあげました。いい日曜日でした。
(宜野湾ラビリンス FIN)
NEXT: 遠山の金城さん ですが、amebloで(1)(2)収録はしばらく見合わせます。(3)からどうぞ。
第一部目次 ameblo 主な登場人物紹介はこちら
~~~
青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。
小説「わたまわ」を書いています。
ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲
「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
当小説ナナメ読みのススメ(1) ×LGBT(あらすじなど) /当小説ナナメ読みのススメ(2) ×the Rolling Stones, and more/当小説ナナメ読みのススメ(3)×キジムナー(?)