01_月とコロナ(1) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。このエピソードは「わたまわ」ノベルアップ+版exblog版それぞれ01。 両方ともリンク先 2月には非表示予定ですが、今ならまだ間に合います。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成することでノベルアップ+版とほぼ似た仕様でのご提供を考えました。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
1-1.ヒロイン、風俗バイトを決意する
1-2.ヒロイン、服を脱ぐ
1-3.ヒロイン、トモとリャオのカップルと出会う
1-4.スーパームーン
1-5.ヒロイン、リャオと満月を眺める

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1-1.ヒロイン、風俗バイトを決意する

 

やはり入学式は延期になったっぽい。仕方ないよね、このご時世だもの。

 

2020年4月のある日、あたしは寝ぼけ眼で横たわったままテレビを眺めていた。だいたい卒業式だって変だった。全然華やかじゃなかった。式場に保護者入れないってこと自体どうかしている。母親は学校の門で待ちぼうけ食わされたってぶーぶー言ってた。在校生もいない、校歌も流れただけ、卒業証書もクラス代表が舞台上がって全員分取っておしまい。拍子抜けもいいところだ。
「お母さん、明日からしばらく泊まり込みだからね。病院が近くのアパート押さえたって」
「え、引っ越すの?」
「お母さんだけよ。あんたはしばらく独りでここで暮らしなさい。高校生なんだからもう料理も作れるし、掃除も洗濯もできるでし」
ち、ちょっと何それ。あたしは布団を蹴飛ばしてママの元へ駆け寄る。ママは既に荷物をまとめ出勤しようとしていた。
「大丈夫よ、今月の家賃も光熱費も引き落としだから。六万置いとくわ」
「待ってママ、いつ戻るの?」
「わからない。コロナ騒ぎが収まれば戻れるわ、危険手当も出るし。あんたが気張って高校行くなんていうから、こっちも稼がなくちゃ。何かあったらラインとかメール頂戴」

ママが出て行った。テーブルには六万円。あたしは引き出しにお金をしまい込んだ。
学校が始まるのは何時になるだろう。まず高校になると制服と運動靴だけ、というわけにはいかないはずだ。教科書も無償ではなくなる。必要な学用品をそろえ、学級費を納める必要が出てくる。第一、授業料の振込手続きをママはやってくれたのだろうか?
もし、コロナ騒動がこのまま一ヶ月続くとすれば、使えるのは一日二千円くらいか。でも、もしその後も続くとしたら? 冷蔵庫とシンクにある食糧を確認する。米がもうない。野菜もいくらか買い足そう。洗濯洗剤はしばらく大丈夫そうだ。本当は新しいスマホが欲しいのに。手持ちのはもうOSアプデもできないし、話題のアプリは全然インストールできない。動画サイトも閲覧中に画面がバグる。それでもラインとペイペイができるだけマシかもしれないが。
ああ、あたしもバイトか何かで稼ぐ方がいいのかな。でも、どこで? 飲食店は軒並み営業停止らしいし、十五歳で働ける場所なんてあるのだろうか?
とりあえず近くのスーパーで食糧を買いながら求人雑誌も二冊購入する。前日のコロッケ二個百円を牛乳で胃袋に流し込みながら雑誌をめくる。ない。やっぱり、ない。テレワークもみんな十八歳以上、履歴書で応募とある。
スマホが短く鳴った。ラインだ。幼なじみのナルミから
「高校から何か連絡来た? 遠隔授業とか」
あ。急いで高校のウェブサイトをチェックする。なにやらいろいろ書いてあるけど、教科書はまだ配られていない。参考書を買う余分な金はうちにない。図書館は閉館中だし、このスマホでは動画サイトを検索するにも限界がある。勉強できない。友達にも会えない。
お金があれば何とかなるのに、お金があれば。

 

1-2.ヒロイン、服を脱ぐ

 


(image: Photo by Suzy Turbenson on unsplash)

 

気がつくと、あたしは国際通りにいた。四月の風はまだ冷たく頬をなでる。いつも友人達とだべっていたファーストフード店は閉店中で、通りには観光客はおろか地元民の姿もほとんどない。サングラスを掛け、マスクが鼻と口を覆っていることを確認して先に進む。
「何しているの」
突然の声に振り返った。ちょっと前までここには手相占いのオヤジが居たが、いつの間にかおしゃれな雰囲気の小さなカフェらしき店に変わっていた。
フェイスシールドした若いニーニーがこっちに合図を送っている。背がすらりと高い。ええっと、韓流のイケメン俳優にこんな人いたよ。誰だっけ、ちょっと古いドラマだけど「コーヒープリンス1号店」の、そうそう、コン・ユ! すっごく似てる! うわあ、リアルにこんな男性が世の中に存在するんだ。
ニーニーがあまりにあたし好みなので、興味本位で観察してみる。店の看板には“聴きまスポット”とあった。「あなたのお悩み、聴きます。神様はいつもあなたのそばに」……おいおい、宗教か? ああ、残念。こんなのに捕まったら厄介だ、ずらかろう。あたしはぷいと横を向いてそそくさと通り過ぎた。

路地を曲がると雑居ビル、たしかエレベーターで五階まで行けばいい。夕方だからだろうか、廊下は照明が暗めでコツコツと足音だけが響く。鉄の扉をノックする。年配の男が出てきた。
「どうぞ、お入り。電話したコ?」
あたしは頷きながら、目の前のパイプ椅子に腰掛けた。
「オクダキリコさんだね?」
あたしは頷いた。嘘。親戚の苗字と名前をばらばらにくっつけて名乗る。告げる住所はこれまた父方のいとこのものだ。
「いくら、欲しい?」
「に、じゅうまん」
「二十万? それは大金だなぁ。」
立ち上がり男が後方から身体を寄せる。息が生暖かい。自然とこちらは硬くなる。
「サングラス、取ってよ。マスクも」
あたしは、おずおずとサングラスを取った。ママの三面鏡を使ってファンデーションとアイシャドーはなんとか塗ってきた。でも、コロナは怖い。マスクは取りたくない。
「マスクは取りたくない、ね。二十万と言ったな。脱げる?」
「えっ」
「マスクはそのままでいいから、服、脱げる?」

簡単な段取りの説明を受けた後、あたしは隣の事務所に案内された。部屋の中央にパイプ椅子が向き合って並べられている。一方に座らされてしばらく待っていると、男が別の会社員風の客を連れて来てしゃべる。
「キーちゃんです、初心者ですからお手柔らかに。いいですか、上だけ、見るだけですからね。触っちゃだめです。ソーシャルディスタンス、守ってくださいよ。おい、キーちゃん、さあ立ってお客様にご挨拶だ。向かいにお座りになったら、よく見えるように脱いであげなさい」
あたしは挨拶すると、会社員を眺めた。メガネをしてこちらをなめ回すように見ている。まるでカマキリだな、とあたしは思った。
時間は五分間だけ。白いブラウスの一番上のボタンに手を掛けゆっくり外す。客がごくんとつばを飲み込む音が聞こえる。二番目、三番目。全部外してゆっくり袖を抜く。ブラウスが床に落ち、次いでオフホワイトのタンクトップを脱ぐ。ごくん。大きな息の音もする。タンクトップも床に落ち、ピンクのブラジャー姿になる。ごくん、はっ、はっ。ブラジャーのホックに手を回す。

怖い。でも、やらないと。

あたしは目をつむりホックを外す。両肩から紐がするりと抜けて、床にパタンと落ちる音がした。ごくん、はっ、はっ、はっ。あたしは目をつむったまま、時間が来るのをひたすら待つ。早く、早く。まだなの?
ピピピピピ。ストップウォッチの音が響いた。はい、お時間です。ありがとうございます。
客が立ち上がる気配がして、あたしは吐息と共にパイプ椅子へへたり込む。
「おいキーちゃん、次のお客様だ。早く着替えなさい」
あたしは目を開いて服を拾い上げ、急いでブラジャーを身につけた。
 

1-3.ヒロイン、トモとリャオのカップルと出会う


今日の客は三名ほどだったが、ボスはちゃんと一万円払ってくれた。
「キーちゃん、明日もよろしくね」
あたしは黙礼をしてそそくさと立ち去った。陽は沈んでしまい薄暗くなってる。バッグからガーゼのストールを出して首に巻き、バス停へ向かう。
“聴きまスポット”の前へ出る。カーテンの隙間からオレンジの照明が漏れていた。
「こんばんは。わたしはトモと言います。友達のトモです。あなたは神様を知ってますか?」
フェイスシールドを身につけたコン・ユ激似な男性が声を掛ける。宗教は嫌だ。あたしは無視して通り過ぎようとした。男性はなおも親しげに話しかけ付いてくる。
どちらかというと商店街の客引きみたいだな。そう思って足を早めて場を去ろうとしたとき、いきなり男性があたしの右手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと、何するの?」
あたしが叫ぼうとしたら、トモはあたしの前に顔を出し自分の唇に人差し指を当てた。そして小さな声で
「ごめん、静かに!……とにかく、来て。早く!」
トモは手首をひっぱり近くの路地へあたしを連れ込んだ。花屋の看板が灯った先の階段を登っていく。
「痛、痛いよ。待って」
「急いで。もう少し先」
トモは階段で三階まで登ると、勝手に住宅のドアを開いた。
「リャオ、居る?」
トモはずかずかと入っていく。きょとんとしてあたしは玄関に立ち尽くした。目の前には赤い提灯がいくつかぶら下がり、中華料理の揚げ物の香りがする。トモが急かす。
「入って。早く」
意味不明なまま、あたしは会釈すると靴を脱いでそろえた。
「トモ、誰、この子?」
ムームー姿の背の高い、グラビアから飛び出したような美人が奥から出てきた。トモはあたしに椅子を勧め、まず階下の店を閉めて、それからうがいをすると言って去ってしまった。

あの、ちょっと困るんですけど。

リャオと呼ばれた美人はマスクをつけると隣に腰掛け、スプレーを差し出す。いたずらっぽい大きな瞳が印象的だ。
「まず、手を消毒してね」
「……すみません」
展開について行けないまま、あたしは両手を差し出した。プシュッと冷たい感触が心地いい。
トモが戻ってきた。玄関のドアを確認すると、フェイスシールドを確認してあたしの側に座る。リャオさんがうながす。
「トモ、説明してもらえる?」
「彼女、男につけられた」
「どういう意味?」
リャオさんとあたしは異口同音につぶやき、驚いてお互い顔を見合わせた。トモはあたしに言った。
「あなたの後ろから男が来ました。スマートフォンであなたの写真を撮りました」
……え?
「メガネをして背広を着た男、何度も、何度も撮っているように見えました。知り合いですか?」

まさか、まさか。
自分のマスクに手を当てた。最初の客、あのカマキリ男だろうか。
戦慄が走る。もし、あたしがバスに乗っていたら、そのまま乗り込むつもりだったのか。幾枚も写真を撮り、家までつけてくるつもりだったのか。そして、どうするつもりだったの? ああ、うわああ!
あたしは頭を抱え込んでうめいた。トモとリャオさんがあたしの背中に手を当てる。
「落ち着いて。ここは大丈夫だよ。まず顔を拭きなさい、ジャスミン茶を入れてあげる」

 

 

1-4.スーパームーン


リャオさんに助けられながら、あたしは泣きながらうがいをし、クレンジングまで借りて丁寧に化粧を落とした。あたたかいお茶を飲むと少しだけ落ち着きを取り戻した。リャオさんは皿に春巻を二本出してくれた。
「まだ高校生なんでしょ? 名前は?」
「……サーコ」
涙をすすりながら、やっとそれだけ答えた。初対面だけど、この二人には本当のことを話してもいい気がする。
小さな部屋でテーブルに寄り添って三密だなぁと思いながら、あたしは春巻きをむしゃむしゃ食べた。美味しい。本当に美味しい。
「サーコ、あんまり食べてないんじゃない? 高校生はダイエット、早すぎる。子供産めなくなるよ」
「すみません、でも、お金ないから」
「お金ないから、何をした?」
鋭い質問にあたしは口ごもった。何人かの男と話をしてお金を貰った、とだけ答えた。胸を見せたとは言えなかった。話の最中、リャオさんは腕を組み、トモは頬杖をついてこちらを見た。
「まずい事したね。あの男、たぶん、ずっと、サーコをつけるよ」
あたしは押し黙ったまま下を向いた。どうしよう。高校もまだ始まっていないのに。
「今は、相手の出方をうかがうしかないでしょうね。明日も、あの男に会うんですか?」
トモの言葉に力なく頷く。はい、たぶん。まさか一日で辞めるとは言えない。一万円だけじゃ何もできない。
「辞めたほうがいいよ。嫌な予感がする。下手したら、命に関わるかもしれないよ?」
リャオさんに言われ、びくっと身体を震わす。命に関わる? あたし、売り飛ばされる? 殺される? あたしは目の前に両方の手の平をゆっくり広げる。じゃあ、あたし、どうなる? でも、どうしたらいい?
トモがゆっくりこちらを向いて、言った。
「あまり思い詰めない方がいい。それより」
立ち上がった。ベランダを開け放って手招きする。

「見てください。満月ですよ」

(image: Photo by Aron Visuals on unsplash)

そうだった。今日、スーパームーンなんだ。あたしとリャオさんも弾かれたようにベランダへ出る。首里の方向に満月が上がってる。
「キレイなお月様ね」
リャオさんが呟いた。本当だ。世間はこんなに騒いでいるのに、なんて美しい月なんだろう。ママに会えないことも、カマキリに追いかけられていることも、この空に吸い込まれてちっぽけなことのように感じる。あたしたち三人はしばし、満月に見とれた。
「この月、何か特別な名前、ついてましたっけ」
「たしかピンクムーンっていうよ。あんまり色、変わらないけどね。うーんと、恋愛運が上がるとかバーのママ言ってた」
恋愛運、か。
呟きながらあたしは満月を見る。彼氏なんてできる日が自分に来るのだろうか。なんとか無事に高校生活をスタートさせること。それができるかどうかさえ、今のあたしにはあやしかった。
「サーコ、今日は送るよ。このままあんたを一人で帰すわけにはいかない。待ってな」
リャオさんがキーをちゃらんと鳴らせて階下へ降りていった。
 

1-5.ヒロイン、リャオと満月を眺める


リャオさんはあたしをバンの助手席に座らせ、運転席のシートに身を沈めた。エンジンを吹かして発車する。
「あの、ありがとうございます」
「お礼なんかいいよ。それより、急いでる? せっかくの満月だ、ドライブしない?」
リャオさんは首里向けに車を走らせた。あたしはしばらく黙っていたが、立ち入った質問と思いつつ聞いてみた。
「あの、お二人は、……ご夫婦ですか?」
突如、リャオさんが大声で笑い出した。
「あはは! トモと夫婦? こりゃ傑作だ!」
くすくす笑ってこちらを一瞬見た。
「サーコ、私、男だよ」
え? あたしは目が点になった。確かに女性にしては声が低いかもしれないが、ムームー姿に違和感はない、むしろ、魅力的な女性にしか見えない。リャオさんは人懐っこそうな大きな瞳を輝かせ、口元へ人差し指を持って行く。
「あ、今の内緒よ。知ってるのはトモとあんただけ。みんな私のこと女と信じてるから。よろしくね」
指で前髪をかき上げ、リャオさんは続ける。
「私、中国で生まれて、母さん沖縄で再婚した。母さん事故で死んじゃって、私、高校卒業したあと、東京で事務のお仕事してた。でも私、女の格好が好きだから。東京の会社辞めて沖縄戻って、松山のバーで働いてたら、沖縄のお父さん怒って私を勘当した」

二時間前に知り合ったばかりの人とは思えないくらい、リャオさんはいろいろ話をしてくれた。バーはこの新型コロナ騒ぎで営業自粛を余儀なくされ、今リャオさんは自分を勘当した義理の父親の会社で働いて経理を担当しているらしい。息子を勘当しておきながら仕事を任せる親もいるのか。不思議だなーとは思うが、なんだかんだ言って息子のことが心配なのだろう。

「トモはどこの人なんですか?」
あたしは尋ねた。
「トモは韓国人留学生だよ。宣教師になるって」
へえ、宣教師。牧師さんとか神父さんとは違うのかな? よくわかんないや。
「でも私、神様嫌い。だって女の心に男の身体を当てるの、おかしいでしょ? だから信じない。でも、トモは、まあいい奴だ」

 

 

リャオさんは首里城公園の近くで車を止めた、守礼門の上から、ちょうどピンクムーンの光が差し込んできた。なんて素晴らしい眺め!
「なかなかいいもんだね」
リャオさんがほくそ笑む。
「ねえサーコ、こんないいお月様見たんだから、きっと良いことあるよ。じゃ、帰ろうか」

車はやがてあたしのアパート近くで停車した。リャオさんはわざわざ車から降りて、部屋のすぐ近くまで一緒に歩いて送ってくれた。
「明日も仕事、いかなくちゃダメ? 辞めた方がいいよ?」
リャオさんは強い調子で言ったが、あたしは首を振った。お金は全然足りない。ストーカーにつけられるのは怖いけど、コロナが流行っている間はバイトもできない。
「じゃあ、明日、仕事終わったら“聴きまスポット”へ来て。私、また車で送る」
「そんな、悪いです」
「サーコ、自分を大事にして。明日、必ず来てよ」
リャオさんは強く念押しして去って行った。

 

(小説:わたしの周りの人々 01_月とコロナ (2)につづく


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青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。

 

小説「わたまわ」を書いています。

ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲

「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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