【 世界で初めての 「 髙山右近 美術展 」 】  ( 2 ) | 高山右近研究室のブログ

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・右近についての、Q&A 
・右近研究こぼれ話 など

監修 右近研究家・久保田典彦
http://takayama-ukon.sakura.ne.jp/

 

 

● 本日は、 【 髙山右近 美術展 】 に ご来廊いただき、誠に有難う

ございます。

 心から 歓迎と お礼を申し上げます。

 展示作品は、髙山右近ファンの方々からの ご出品を得たものです。

 作品は、多種多様 ・・・ お手持ちのコレクションをはじめ、

プロ ・ アマ問わず、右近列福を心から祝して描かれた 髙山右近関連の作品の数々です。

 ごゆっくり 作品と語らい合いながら、愉しく ご高覧下さいますよう

希望いたします。

                           出品者一同

 

 

        「 ルオー風 右近像 」 小阪謙造  ( 油彩 )

                           

 髙山右近は、一体、どのような顔や 姿をされていたのでしょうか?

 当時の画像は、いっさい残ってはいません。

 それぞれの方々が、自分が考える 「 心の髙山右近 」 を作品に

してくださっています。

 あなたが心に描く 「 髙山右近像 」 は、どのようなものでしょうか?

 

 

       「 七曜紋金具 南蛮兜 」 小阪謙造  ( 油彩 )

 

 高山家の家紋は 「 七曜紋 」。ななつぼし。

 “ 七曜星 ” というのは 「 北斗七星 」 のことで、“ 戦いの神 ” と言われた 妙見信仰からきているものでした。

 しかし、髙山右近の頃に、“ ななつぼし ” に変えて、“ 十字紋 ” を

旗印に使用するようになりましたよ!

 

 

     「 十字紋 瀬戸黒茶碗 幻想 」 小阪謙造  ( 油彩 )

 

 「 利休 極上一 の弟子也 」 と言われた 髙山右近。

 「 利休七哲 」 の一人。

 右近にとって 「 茶の湯 」 は、“ 静まって、神 ・ デウスと向き合う時 ”

  「 茶室 」 は、“ 祈りの場所 ” でもありました。

 

 

              「 ナデシコ の和歌 」 二首

 

 金沢を去るにあたり、親戚の 片岡家に残した 「 ナデシコの和歌 」 二首。「 源氏物語 」 などの歌を 本歌にしています。

   ※ おろかなる 老い (の) なみだの うすければ

            夕日のかげの 大和なでしこ

   ※ 草かれの まがきに残る なでしこを

            わかれし秋の 形見とも見よ

 

 

 

 

 市議会開催中の 忙しい中、

 濱田剛史 高槻市長 ・ 橋本紀子 市議会議長 ・吉田章浩 副議長 も、

【 髙山右近 美術展 】 を訪ねてくれましたよ!

 感謝!!