● 世界で初めての 【 髙山右近 美術展 】
多くの方々の熱意と協力をいただいて、開催することが出来、感無量です!
髙山右近。こんな方が、同じ日本人として、この高槻の地におられたんですネ!!
多くのことを学んでいきたいと思います。ありがとう!!!
「 祈る 髙山右近 」 水戸成幸 ( 水彩 )
髙山右近は、「 祈りの人 」 でした。朝早くから、雨の日も 雪の日も、
高槻の教会堂に 一番に出かけて行って、父 ダリオや キリシタン達と
共に祈りました。
千利休のもとにあって “ わび茶 ” を究めていた右近にとって、
「 茶室 」 は 一番の 祈りの場所でした。
「 信仰に生きる右近 」 村井智香子 ( 切り絵 )
今はもう、現存していませんが、高槻城が まだ存在しており、城主 髙山右近は キリスト教を信仰していました。
私の師で、洋画家の小阪謙造先生より、
「 切り絵で 髙山右近を 切ってみないか 」 との ご要望がありました。
右近のことは、歴史に疎い 私にとって、想像だけでの切り絵になっていますが、一生懸命に 切りました。
「 ナデシコ の 軸 」 ( 掛け軸 )
“ 右近と言えば ナデシコ ”
「 唐 ( から ) ナデシコ 」 ( 石竹 ) ではなくて、
「 大和ナデシコ 」 ( 河原ナデシコ )
髙山右近は、金沢を追われていく前に、「 ナデシコの歌 」 二首を
残しています。