キャラクターでも考えよう
キャラクターでも考えよう
ここいらで新しいキャラクターでも考えてみよう。
今までに、幾つかのキャラクターを考えてきてはいるけど、それに加えて新たなキャラクターを考えてみよう。
その前に、今までに考えたキャラクターの中から何人かを描いてみよう。
色々なキャラクターを描いても、その99%には名前も無くすぐに忘れてしまう。
そこで少しずつ名前のあるキャラクター、顔を覚えられるキャラクターを作っていこう。
といっても、このすぐあとだと思うけど。
ここいらで新しいキャラクターでも考えてみよう。
今までに、幾つかのキャラクターを考えてきてはいるけど、それに加えて新たなキャラクターを考えてみよう。
その前に、今までに考えたキャラクターの中から何人かを描いてみよう。
どれも昔考えたキャラ
色々なキャラクターを描いても、その99%には名前も無くすぐに忘れてしまう。
そこで少しずつ名前のあるキャラクター、顔を覚えられるキャラクターを作っていこう。
色々な髪型
人間の顔は髪型でかなり決まる。
実際の人間でも、坊主になるとかなり見分けが付きにくくなる。
髪型と色、そして目と顔の輪郭で、大体のキャラクターは描き分けられる気がする。
輪郭
輪郭にも色々ある。
私は上の絵で言うひょうたん型が好きなのでよく描く。
最近は輪郭が直線的な角型が流行っている気がする。
丸っこいキャラクターは散々描かれてきたので、その反動なのかも知れない。
特に顎の部分か直線的なものが多い。
顎を直線的にすると、顔の表面積が大きく取れるので、目などのパーツを大きくしやすかったり、表情を付けやすかったりする為なのかも。
目
目は口ほどにものを言う。
目にも色々ある。
基本的に少女マンガ系の絵を描かないので、目は何処を見ているのか、そしてキャラクターの区別が付けばそれで良いと思っている。
といっても、このすぐあとだと思うけど。
雑記を書こう
井の頭自然文化園
吉祥寺は石神井公園よりかなり栄えている。
距離的には自転車で行ける距離なので、たまに行く。
主に井の頭自然文化園を見に行く事が多い。
家の近所には光が丘公園や石神井公園があるので、井の頭公園まで散歩に行く事はそれほど多くは無い。
でも、動物は井の頭にしかいないので、たまに行く。
写真を撮ってきたので、そのうち絵の題材にしたりするかもしれない。
このブログは日記にするべきなのか否か、それが問題だ。
日記なら、動物園での事を色々書いても良いが、日記が求められているとも思えないので、少し考えてみよう。
求められているものを書くべきか問題
先日も少し考えたが、求められているものを書くべきか、それとも自分が書きたい物をニーズとは関係なく書くべきか。
少なくとも今の私のこのブログを求めている人間は誰も居ないと言える。
それなのに書いているのは、自分が書きたいから、という理由である。
今は完全にニーズとは関係ないものを書いている。
絵にしても同じだ。
しかしそれだと、誰の目にも止まらないので、存在意義がほとんど無いという事になる。
未来の知性に見せると言う目的はあるが、これも半ば私の妄想だ。
意見が二つある。
自分が書きたい物を書き続ければ、そのうち周りの人が関心を持つようになる、と言う意見と、自分の書きたいものなど書かずに、世間に受けそうなものだけをひたすら書け、という意見だ。
私にはどちらが正しいのか分からない。
何故なら両方の方法でそれぞれ上手くいっている人間がいるからだ。
例えば、水木しげるは自分の描きたいものをひたすらに描き続ければ良いと言っている。
他人様の事など気にする事は無い、と。
一方、最近の多くの作品、いや、ほとんどの作品は、描きたいものよりも、受けそうなモノを作者の好き嫌いに関係なく描いている。
読者を分析して最もニーズが高いと思われるものを描く、と言うのがビジネス上では最もまともな方法だ。
自分の描きたいものを描き続けて、それが人に喜ばれたり求められたりする事は、恐らく能力と共に強力な運が必要だ。
そんな運に頼らずに、論理的に行くのが、まともな思考能力を持つ人間の採る最も正しい方法だ。
となると、がぜん自分が好きなものばかり描きたくなってくる。
計算可能な未来は空しく、つまらない。
何だか訳の分からない、理屈を超えた、説明不能な面白さを生み出すには、読者のニーズを分析してどうのこうのと言う事では無理だ。
分析には限界がある。
分析は、過去のデータを参照してなされるものなので、結局過去の延長線上でしか無い。
進化は出来るが、新たな発生をさせる事は難しい。
それに、私個人で言えば、私が世界一分析力の優れた人間だとはとても思え無いので、分析力で他人と争っても勝てない。
分析による予測可能な未来を取るか、予測不能な新たな発生を見出す道を行くか。
それぞれに利点も欠点もあるが、私は後者を採りたい。
予測不能な新たな発生を見つける為の道を進む、これが一番楽しそうだ。
ただ、楽しそうだが、楽ではない、それは確かだ。
日記を描くのが楽しければ描けば良い。
その先に何があるかなんて、誰にも分からないのだから。
BGM : Beethoven: Symphony #9 In D Minor, Op. 125, "Choral" - 4. Finale Allegro Assai
何となく雑記
絵巻物的な絵を描こう
いま、今月描いた画像のまとめ記事を書いていたら、偶然縦に画像が繋がったのを見て、絵巻物のような感じで絵を描くのも面白そうだと感じたので、少し描いて見よう。
上手く合成する方法を考えよう。
台風だ
台風が接近してきた。
これで水不足が解消すれば良いのだけど。
データ
室温 30.2
湿度 60
昨日のブログ訪問者数 0
夕飯 インスタントラーメン
動物園に行こう
10/1は都民の日だ。
吉祥寺にある動物園が無料なので、行こうかな。
台風はたぶん過ぎてくれるだろうから、天気はよくなる気がするので、動物たちの写真でも撮って来よう。
絵巻物
とりあえず、無限に繋げて描ける方法を考えてみた。
上の絵は、2回に分けて描いたもので、その繋ぎ目付近を次に描く絵の上部にあらかじめ表示する事で、下と上の絵を描いて繋ぐ事が出来るようにしてみた。
これならば、PCの能力に制限される事無く、無限に長い絵を描く事が出来る。
その様な絵の必要性はともかくとして。
ブラウザは縦スクロールは容易に出来るので、縦長の絵巻物ならば、見る方もそれほどの負担にはならないと思われる。
ブラウザでの横長表示は今の所ご法度だけど。
今回はテストなので、適当にゴチャゴチャと人物の走り書きをしてみたが、もっとストーリーのようなものを持たせても良いかもしれない。
あと、もう少しキャラクターを大きく描いても良いかも知れない。
いま、縮小表示をして見たが、これくらいだと小さすぎるキャラもけっこう居る。
この絵の中に出てくる一番大きなキャラクターくらいの大きさで描くとちょうど見やすい。
なお、この方法では、複雑な色塗りはしにくい。
あくまで上記のようなラフな走り書きのようなモノへの利用が中心になる。
スクロール絵本、なんていうのも面白いかもしれない。
未来の知性へ
未来の知性は、眠る必要がないかも知れないが、21世紀の人間は眠る必要がある。
睡魔と呼ばれる全身症状が発生し、その為に眠らざるを得なくなる。
私は6時間ほど眠るようにしているが、時間が無ければ適宜睡眠時間を変更している。
眠らなくても2・3日なら別にどうと言う事もないが、すこし目が沁みる感覚を覚える。
あと、頭の回転が鈍くなるが、これは、十分に眠っても元々鈍いので実害は無い。
このブログはもはや遠い未来、1000年以上の未来の知性のみが読む文章と化している。
まあ、21世紀の人間には、読む理由らしき理由が思い当たらないと言えるので、今後とも未来の知性へのコンテンツを増やしていこう。
しょこたんぶろぐについては、例の如く、いつものような感想を書くことを予想しているだろうし、全くその通りなので、詳しくはあなたの予想をご参照下さい。
わたしはしょこたんが元気なら何も言うことが無いのだ。
何をしても愛しいので、今さらゴチャゴチャ書くまでも無いのだ。
しょこたんがこのブログを見ているとかなら毎日ゴチャゴチャ想いを書くけれどね。
偶然これを見た人にとっては、私がしょこたんが大好きだという事など、どうでも良い事だろうから。
いやまて、それを言い出したら、このブログそのものがどうでも良いと言う事になりはしまいか。
うん、なってしまうな、この考え方だと。
価値は読む人が決めるものだ、私が決めるのでは無い。
だから、私が勝手に「どうでも良いに違いない」と決め付けて書かない事は間違っている。
書いて損する事なら書かなくても良いかもしれないけれど、好きだと書いても、まあ誰も損もしないし嫌がりもしないだろう。
好きなものを好きだと書いてはダメですか?
まあ、ダメだと言われても結局書いちゃうんだけどね。
好き。
いま、今月描いた画像のまとめ記事を書いていたら、偶然縦に画像が繋がったのを見て、絵巻物のような感じで絵を描くのも面白そうだと感じたので、少し描いて見よう。
上手く合成する方法を考えよう。
台風だ
台風が接近してきた。
これで水不足が解消すれば良いのだけど。
データ
室温 30.2
湿度 60
昨日のブログ訪問者数 0
夕飯 インスタントラーメン
動物園に行こう
10/1は都民の日だ。
吉祥寺にある動物園が無料なので、行こうかな。
台風はたぶん過ぎてくれるだろうから、天気はよくなる気がするので、動物たちの写真でも撮って来よう。
絵巻物
とりあえず、無限に繋げて描ける方法を考えてみた。
上の絵は、2回に分けて描いたもので、その繋ぎ目付近を次に描く絵の上部にあらかじめ表示する事で、下と上の絵を描いて繋ぐ事が出来るようにしてみた。
これならば、PCの能力に制限される事無く、無限に長い絵を描く事が出来る。
その様な絵の必要性はともかくとして。
ブラウザは縦スクロールは容易に出来るので、縦長の絵巻物ならば、見る方もそれほどの負担にはならないと思われる。
ブラウザでの横長表示は今の所ご法度だけど。
今回はテストなので、適当にゴチャゴチャと人物の走り書きをしてみたが、もっとストーリーのようなものを持たせても良いかもしれない。
あと、もう少しキャラクターを大きく描いても良いかも知れない。
いま、縮小表示をして見たが、これくらいだと小さすぎるキャラもけっこう居る。
この絵の中に出てくる一番大きなキャラクターくらいの大きさで描くとちょうど見やすい。
なお、この方法では、複雑な色塗りはしにくい。
あくまで上記のようなラフな走り書きのようなモノへの利用が中心になる。
スクロール絵本、なんていうのも面白いかもしれない。
未来の知性へ
未来の知性は、眠る必要がないかも知れないが、21世紀の人間は眠る必要がある。
睡魔と呼ばれる全身症状が発生し、その為に眠らざるを得なくなる。
私は6時間ほど眠るようにしているが、時間が無ければ適宜睡眠時間を変更している。
眠らなくても2・3日なら別にどうと言う事もないが、すこし目が沁みる感覚を覚える。
あと、頭の回転が鈍くなるが、これは、十分に眠っても元々鈍いので実害は無い。
このブログはもはや遠い未来、1000年以上の未来の知性のみが読む文章と化している。
まあ、21世紀の人間には、読む理由らしき理由が思い当たらないと言えるので、今後とも未来の知性へのコンテンツを増やしていこう。
しょこたんぶろぐについては、例の如く、いつものような感想を書くことを予想しているだろうし、全くその通りなので、詳しくはあなたの予想をご参照下さい。
わたしはしょこたんが元気なら何も言うことが無いのだ。
何をしても愛しいので、今さらゴチャゴチャ書くまでも無いのだ。
しょこたんがこのブログを見ているとかなら毎日ゴチャゴチャ想いを書くけれどね。
偶然これを見た人にとっては、私がしょこたんが大好きだという事など、どうでも良い事だろうから。
いやまて、それを言い出したら、このブログそのものがどうでも良いと言う事になりはしまいか。
うん、なってしまうな、この考え方だと。
価値は読む人が決めるものだ、私が決めるのでは無い。
だから、私が勝手に「どうでも良いに違いない」と決め付けて書かない事は間違っている。
書いて損する事なら書かなくても良いかもしれないけれど、好きだと書いても、まあ誰も損もしないし嫌がりもしないだろう。
好きなものを好きだと書いてはダメですか?
まあ、ダメだと言われても結局書いちゃうんだけどね。
好き。
記
今日も雑記でも書こう。
アップ
今、ピクシブを思い出したので、数枚アップしてみた。
ピクシブは1枚投稿する毎に次の投稿まで5分のインターバルが必要なので、何枚も連続で上げようとすると面倒で結局忘れてしまう。
それに、ピクシブだからと言って、私の絵が変るわけでは無く、閲覧数などはこのブログと大差無い。
今年の1-9月間に描いた絵だけでも1000枚以上あるので、全部上げるのは不可能だ。
また思い出したときに、チョロッとアップしよう。
BGM : THE HIGH-LOWS - 日曜日よりの使者
データ
室温 30.0
湿度 62
昨日のブログ訪問者数 2
夕飯 カップめん
今日は少し蒸し暑い。
台風が接近している影響かもしれない。
秋の夜
秋の夜長に天体観測なんていかが?
二人は幼馴染の親友同士。
今日は雲ひとつ無い新月の夜。
星空を観測するにはもってこい。
早速二人は丘の上の見晴らしの良い草原に出かける。
いつものように、たわいの無い話をしながら夜空に輝く星星を見上げる。
「ほら、あれが木星だよ」
今夜も宇宙は輝いている。
絵雑記、想った事をサッと絵にしよう。
サッと描いて、細かいことは気にしない気にしない。
清書?色塗り?気が向いたらね。
全身を描く事は大首絵よりも色々な表現が出来るのでもちろん好きだ。
PCのメモリが増強されたら、全身像をもう少し増量しよう。
今は全身像を清書するとレイヤーが増えすぎてメモリが足りなくなる。
レイヤ数を減らすのが一番だけど、減らすと面倒くさくなって時間が掛かって難しくなる。
大首絵は70から100枚程度のレイヤを使う。
あれと同じくらいの全身絵を描くには、今の3倍くらいのメモリが欲しい。
10GB位あれば足りるはずだ。
実際には4*3=12GBか8*2=16GB位が良いと思う。
ただ、清書しないラフな感じの絵も好きだ。
清書すると少し絵が堅くなる気がする。
綺麗にはなるけれど。
それぞれが、それぞれ良い。
絵を描こう
今日は、ピクシブに久々に絵をアップしたついでに、何枚か絵を見てみた。
気合が入ったもの、落書きのようなもの、色々あって、どれも興味深かった。
一つ気になったのが、絵の見つけ方だ。
私の場合は新着画像がランダム表示される場所から適当に選んで見てみたが、他の見方が思い浮かばなかった。
タグとか文字列検索があるが、とりあえず適当に見てみたい場合、あまり効率的な方法が無い。
新着だけを見る場合、少し古くなると途端に表示されなくなるから、新着以外の絵は全く見れない事になる。
そうなると、タグと文字列に頼る以外に無くなり、キーワードが重要になる。
webサイトもブログも同じといえば同じだけど。
そういえば、このブログもwebサイトも検索を考慮してうんぬんかんぬんと言う事を少しはやったほうが良いのかな。
でもいいや、そのせいで書くのが嫌になったらいやだし。
そんな事はともかく、絵を描こう。
ここしばらくかっちりした絵を描いていたので、ラフな感じのものが描きたい気分だ。
アップ
今、ピクシブを思い出したので、数枚アップしてみた。
ピクシブは1枚投稿する毎に次の投稿まで5分のインターバルが必要なので、何枚も連続で上げようとすると面倒で結局忘れてしまう。
それに、ピクシブだからと言って、私の絵が変るわけでは無く、閲覧数などはこのブログと大差無い。
今年の1-9月間に描いた絵だけでも1000枚以上あるので、全部上げるのは不可能だ。
また思い出したときに、チョロッとアップしよう。
BGM : THE HIGH-LOWS - 日曜日よりの使者
データ
室温 30.0
湿度 62
昨日のブログ訪問者数 2
夕飯 カップめん
今日は少し蒸し暑い。
台風が接近している影響かもしれない。
秋の夜
秋の夜長に天体観測なんていかが?
二人は幼馴染の親友同士。
今日は雲ひとつ無い新月の夜。
星空を観測するにはもってこい。
早速二人は丘の上の見晴らしの良い草原に出かける。
いつものように、たわいの無い話をしながら夜空に輝く星星を見上げる。
「ほら、あれが木星だよ」
今夜も宇宙は輝いている。
絵雑記、想った事をサッと絵にしよう。
サッと描いて、細かいことは気にしない気にしない。
清書?色塗り?気が向いたらね。
全身を描く事は大首絵よりも色々な表現が出来るのでもちろん好きだ。
PCのメモリが増強されたら、全身像をもう少し増量しよう。
今は全身像を清書するとレイヤーが増えすぎてメモリが足りなくなる。
レイヤ数を減らすのが一番だけど、減らすと面倒くさくなって時間が掛かって難しくなる。
大首絵は70から100枚程度のレイヤを使う。
この絵はメイン100枚+寝子18枚+ぬいぐるみ22枚+針山24枚+糸15枚=179枚
のレイヤを使っている。
一度に扱うにはメモリが足りないので、メインと背景を別々に作って最後に合成させている。
あれと同じくらいの全身絵を描くには、今の3倍くらいのメモリが欲しい。
10GB位あれば足りるはずだ。
実際には4*3=12GBか8*2=16GB位が良いと思う。
ただ、清書しないラフな感じの絵も好きだ。
清書すると少し絵が堅くなる気がする。
綺麗にはなるけれど。
それぞれが、それぞれ良い。
絵を描こう
今日は、ピクシブに久々に絵をアップしたついでに、何枚か絵を見てみた。
気合が入ったもの、落書きのようなもの、色々あって、どれも興味深かった。
一つ気になったのが、絵の見つけ方だ。
私の場合は新着画像がランダム表示される場所から適当に選んで見てみたが、他の見方が思い浮かばなかった。
タグとか文字列検索があるが、とりあえず適当に見てみたい場合、あまり効率的な方法が無い。
新着だけを見る場合、少し古くなると途端に表示されなくなるから、新着以外の絵は全く見れない事になる。
そうなると、タグと文字列に頼る以外に無くなり、キーワードが重要になる。
webサイトもブログも同じといえば同じだけど。
そういえば、このブログもwebサイトも検索を考慮してうんぬんかんぬんと言う事を少しはやったほうが良いのかな。
でもいいや、そのせいで書くのが嫌になったらいやだし。
そんな事はともかく、絵を描こう。
ここしばらくかっちりした絵を描いていたので、ラフな感じのものが描きたい気分だ。
2012年9月に描いた絵
すやすやしょこたん
ライダーしょこたん
みぞれバー
メガ寝子しょこたん
めしあがれっ
ギザ!!ギザ10
お裁縫
走り書き、絵雑記
2012年9月に描いた絵
ここの画像は基本的に横幅を540にしているが、横幅800の画像が、私のサイトの
絵のコーナー
に貼ってあるので興味のある方はそちらをどうぞ。
暑い時期は描くペースが鈍る・・・
ザッキ
雑記を書こう。
走り書きでもしよう。
狭い
ゴチャゴチャと沢山の人を描くのは好きだ。
ごちゃごちゃした所で生活しているので、ごちゃごちゃした感じが身に染みている為かもしれない。
それに、空白があると、つい埋めたくなる。
以前は紙に描いていたので、紙の節約と言うも目的もあったが、デジタルでもその習慣が抜けないようだ。
漫画の道は遥か遠い
漫画を描こうと思ったのが、中学生くらいの頃、その頃から漫画を描く為に必要な絵を描けるように鍛錬をしているが、道のりは遠い。
いくら描いてみても、どうしても私が描いた絵になってしまう。
必要なのは記号として完璧に動作する絵であり、それを達成するにはまだ遥か遠い道のりが待っている。
大抵の場合、その人が何を考えているのか、どんな感情を抱いているのかは、言葉を聴かなくても雰囲気で大体分かる。
それと同じ状態を絵で再現出来るようにならないとならない。
言葉で全てを説明するなら小説でいい。
正直言って、そこまで行くのに1000年かかると思うが、まあ、そんな道を進むのも、狂っていて面白い。
その前に、まずは人間が人間に見えるように描けなくてはなら無い。
そこまで300年、かな。
めも
室温 28.1
湿度 60
ブログへの昨日の総アクセス数 3
夕飯 グリーンカレーラーメン(インスタント)
そういえば、トムヤムクンラーメン(インスタント)と言うのを食べたが、私はたぶんトムヤムクンが好きだ。
トムヤムクンは食べ事がないが、このラーメンの味がそれに近いのだとすれば、私は好きだ。
昔からすっぱすぎる食べ物があまり好きではないと感じていたが、考えて見れば、冷やし中華だけがあまり好きではないだけで、その他の酸味のあるものならば、普通に食べていた。
特に梅干とレモンとグレープフルーツはむしろ進んで食べる、好きな食べ物だ。
最近になってその事に気が付いた。
「2012年9月の絵」の絵
今月も何枚か絵を描いたが、21世紀の人間の閲覧者は1名だった。
そして、当分の間はネットの片隅で眠ることになる。
そして、いつの日か未来の知性が、21世紀の人間の分析の為にデータベースから引っ張り出してくる。
そこで分析をされ、その後宇宙の終焉までまた眠り続けることになる。
来月は涼しくなったので、もう少し描こう。
暑い時期は絵を描くペースが鈍る。
繰り返し書く
ブログを書く上で、ひとつ気になる事がある。
それは、過去の記事で書いた事をまた書くべきか否か、だ。
過去に書いた事ならば、改めて書かなくても良い気もするが、私のブログの全記事を読んでいる人など誰もいない。
つまり、全ての記事を把握している人はいないのだから、何度でも同じ事を書いても良い気もするが、その記事をたまたま過去に読んで人にとっては、「また同じ事を書いている」となる。
しかし、何度でも書きたくなることってけっこうある。
書き方を変えたり、改良したりして書きたくなる事もある。
そういう場合はどうしたら良いのか。
そもそもこのブログは私が書きたい事を書く為に存在するのだから、何度も書きたければ何度でも書けば良いとは思う。
例えば、ここ数日、しょこたんぶろぐについてあまり書かないのは、結局似たような事ばかり書く事になってしまうからだ。
似たような事ばかりを読まされても、読む方としては楽しくないのではないか、そう感じているので、あまり書かないようにしている。
たぶん、「その通り」という人と「気にするな、好きなように書け」と言う人がいると思う。
その比率は不明だが、全員が一致した意見を持つとは考えにくいので、結局は私自身が決めるしか無い。
考えてみれば、無意識のうちに同じようなことばかり書いている気はする。
同じ人間が書くのだから、似たような内容になるのは当たり前だ。
毎回全く一貫性の無い支離滅裂な事ばかり書いていたら、そちらのほうが問題だ。
人間なので考えが揺らいだり、考えが前と変ったりする事はあるけれど。
ようするに、似たような事を書くのは仕方がない、と言う結論になる。
意図的に同じことを繰り返し書く必要はないけど、意図的に前書いた事と違う事だけを書き続けるのもまた不自然だ。
たとえ「これ、前にも書いたな」と思っても、それを書きたいと感じるならば、書くしかない。
常に違う事を書く事は、同じ人間である限り、かなり難しいし、そんな事をこのブログに求めている人はいない。
と言うわけで、このブログでは、同じような事を繰り返し書いたり、しょこたん可愛いとか繰り返し書いてしまったりしますが、その点は何とぞご容赦下さい。
まあ、こんな感じでいいかな。
書きながら考える、これが一番結論が見つけやすい良い方法だ。
思考のプログラミング、と言えるかもしれない。
それにしても、しょこたんは相変わらずものすごく忙しそう。
体調に気をつけて、何とか乗り切って欲しい。
私には祈ることしか出来ないが、きっと彼女なら大丈夫だろう。
なぜなら、私がそう信じているから。
綺麗なひつじ雲、北海道また行きたいな。
走り書きでもしよう。
狭い
ゴチャゴチャと沢山の人を描くのは好きだ。
ごちゃごちゃした所で生活しているので、ごちゃごちゃした感じが身に染みている為かもしれない。
それに、空白があると、つい埋めたくなる。
以前は紙に描いていたので、紙の節約と言うも目的もあったが、デジタルでもその習慣が抜けないようだ。
漫画の道は遥か遠い
漫画を描こうと思ったのが、中学生くらいの頃、その頃から漫画を描く為に必要な絵を描けるように鍛錬をしているが、道のりは遠い。
いくら描いてみても、どうしても私が描いた絵になってしまう。
必要なのは記号として完璧に動作する絵であり、それを達成するにはまだ遥か遠い道のりが待っている。
大抵の場合、その人が何を考えているのか、どんな感情を抱いているのかは、言葉を聴かなくても雰囲気で大体分かる。
それと同じ状態を絵で再現出来るようにならないとならない。
言葉で全てを説明するなら小説でいい。
正直言って、そこまで行くのに1000年かかると思うが、まあ、そんな道を進むのも、狂っていて面白い。
その前に、まずは人間が人間に見えるように描けなくてはなら無い。
そこまで300年、かな。
めも
室温 28.1
湿度 60
ブログへの昨日の総アクセス数 3
夕飯 グリーンカレーラーメン(インスタント)
そういえば、トムヤムクンラーメン(インスタント)と言うのを食べたが、私はたぶんトムヤムクンが好きだ。
トムヤムクンは食べ事がないが、このラーメンの味がそれに近いのだとすれば、私は好きだ。
昔からすっぱすぎる食べ物があまり好きではないと感じていたが、考えて見れば、冷やし中華だけがあまり好きではないだけで、その他の酸味のあるものならば、普通に食べていた。
特に梅干とレモンとグレープフルーツはむしろ進んで食べる、好きな食べ物だ。
最近になってその事に気が付いた。
「2012年9月の絵」の絵
今月も何枚か絵を描いたが、21世紀の人間の閲覧者は1名だった。
そして、当分の間はネットの片隅で眠ることになる。
そして、いつの日か未来の知性が、21世紀の人間の分析の為にデータベースから引っ張り出してくる。
そこで分析をされ、その後宇宙の終焉までまた眠り続けることになる。
来月は涼しくなったので、もう少し描こう。
暑い時期は絵を描くペースが鈍る。
繰り返し書く
ブログを書く上で、ひとつ気になる事がある。
それは、過去の記事で書いた事をまた書くべきか否か、だ。
過去に書いた事ならば、改めて書かなくても良い気もするが、私のブログの全記事を読んでいる人など誰もいない。
つまり、全ての記事を把握している人はいないのだから、何度でも同じ事を書いても良い気もするが、その記事をたまたま過去に読んで人にとっては、「また同じ事を書いている」となる。
しかし、何度でも書きたくなることってけっこうある。
書き方を変えたり、改良したりして書きたくなる事もある。
そういう場合はどうしたら良いのか。
そもそもこのブログは私が書きたい事を書く為に存在するのだから、何度も書きたければ何度でも書けば良いとは思う。
例えば、ここ数日、しょこたんぶろぐについてあまり書かないのは、結局似たような事ばかり書く事になってしまうからだ。
似たような事ばかりを読まされても、読む方としては楽しくないのではないか、そう感じているので、あまり書かないようにしている。
たぶん、「その通り」という人と「気にするな、好きなように書け」と言う人がいると思う。
その比率は不明だが、全員が一致した意見を持つとは考えにくいので、結局は私自身が決めるしか無い。
考えてみれば、無意識のうちに同じようなことばかり書いている気はする。
同じ人間が書くのだから、似たような内容になるのは当たり前だ。
毎回全く一貫性の無い支離滅裂な事ばかり書いていたら、そちらのほうが問題だ。
人間なので考えが揺らいだり、考えが前と変ったりする事はあるけれど。
ようするに、似たような事を書くのは仕方がない、と言う結論になる。
意図的に同じことを繰り返し書く必要はないけど、意図的に前書いた事と違う事だけを書き続けるのもまた不自然だ。
たとえ「これ、前にも書いたな」と思っても、それを書きたいと感じるならば、書くしかない。
常に違う事を書く事は、同じ人間である限り、かなり難しいし、そんな事をこのブログに求めている人はいない。
と言うわけで、このブログでは、同じような事を繰り返し書いたり、しょこたん可愛いとか繰り返し書いてしまったりしますが、その点は何とぞご容赦下さい。
まあ、こんな感じでいいかな。
書きながら考える、これが一番結論が見つけやすい良い方法だ。
思考のプログラミング、と言えるかもしれない。
それにしても、しょこたんは相変わらずものすごく忙しそう。
体調に気をつけて、何とか乗り切って欲しい。
私には祈ることしか出来ないが、きっと彼女なら大丈夫だろう。
なぜなら、私がそう信じているから。
綺麗なひつじ雲、北海道また行きたいな。
雑記
雑記を絵で描くと楽しい
文字でしか書けない内容もあるけど、絵で描いたほうが良いものもある。
絵で描く事にも長所と短所がある。
長所・文字で描くよりも直感的に描ける、分かりやすい?
短所・検索に引っかからない、絵に出来ない内容もある。
内容によって書き分けよう。
そして、検索に引っかからない点は、文字で説明を書けば良い。
風が強い
風に草木がざわめく感じが好きだ。
今夜の風の感じは好きだ。
未来の知性は、風と言う現象を単なる外部変数の変化程度にしか感じていないかも知れないが、21世紀人間は、もっと精神的な何かを感じる。
未来の知性は絵をどのように解釈しているのだろうか。
人工知能の場合、人間の知性を超えてしまって居る可能性が高いので、その場合、人間に人工知能がどう感じているかを知る術は無い。
その他の記事も人間を超える知性が読んだ場合、どんな感想を持つのか全く分からない。
絵の場合は、恐らく、未来の知性はほとんど無関心だと思う。
だから、絵は21世紀くらいの人に見てもったほうが幸せだ。
絵を描こう
絵を描こう。
基本的にデフォルメしたキャラクターの方が好きだが、リアルなものもそれはそれで好きだ。
最近はリアルなものをけっこう描いたので、すこしデフォルメ系も描いていこう。
近未来の知性
遠い未来の知性がこれを読む事はほぼ確実だと思っているが、たぶんのその知性と私とは直接的には何の関係も無い。
そして、近未来、今日から数十年後までの間の、しかも私に関係のある人間が読む可能性もかなり高いと考えられる。
近未来の人に向けて書く必要もあるかもしれない。
このブログを読む人には3種類に分類できる。
検索や何らかのきっかけでたまたまこのブログをほぼリアルタイム(書いてから数日以内)で見ている人。
近未来、私との関係を築く過程においてこのブログの存在を知り、後から見ている人。
遠い未来、21世紀の人間を分析する際にデータの一つとしてこのブログを読んでいる存在(人間とは限らない)。
以上が、主な読者の人達だと考えられる。
今までは、リアルタイムの人と、遠未来の人に向けて書いていたが、近未来の人の事も考えるべきだろうか。
しかしそうなると、ブログの内容がよりややこしくなる。
しかも、近未来の人の事を考えてしまうと、自重してしまいそうな気もするので、あえて無視する方向で行きたい。
近未来の方は、このブログに書かれている事は、あまり気になさらずに。
プログラミング
大抵の事はプログラム可能だ。
何かをする際に、それが上手くいかない場合は、実行する際の工程のどこかが誤ってる場合がほとんどだ。
その誤りを見つけ、正しいと思われる方法に直し、再度実行して見ればよい。
その繰り返しで大抵の事は上手く行く。
その工程、つまりプログラムを如何に効率良く美しく書くかが重要だ。
難しいことではあるけれど。
ちなみに私の頭の中のプログラムはスパゲッティのブラックボックスでバグの塊、意味不明の言語で書かれてるので誰にも修正できない厄介なものだ。
それでも、無理やりパッチを当てて何とかしている。
今必要なのは、プログラムが達成すべき「課題」である。
それが設定できれば、その課題を解くためのプログラムを書けば良い。
大きすぎる課題を解くプログラムを書くには膨大な時間と知能が必要で現実的では無い。
それらを細分化する必要がある。
もっと課題を小型化して簡単に実行可能な工程のみで達成できるようにする必要がある。
文字でしか書けない内容もあるけど、絵で描いたほうが良いものもある。
絵で描く事にも長所と短所がある。
長所・文字で描くよりも直感的に描ける、分かりやすい?
短所・検索に引っかからない、絵に出来ない内容もある。
内容によって書き分けよう。
そして、検索に引っかからない点は、文字で説明を書けば良い。
風が強い
風に草木がざわめく感じが好きだ。
今夜の風の感じは好きだ。
未来の知性は、風と言う現象を単なる外部変数の変化程度にしか感じていないかも知れないが、21世紀人間は、もっと精神的な何かを感じる。
未来の知性は絵をどのように解釈しているのだろうか。
人工知能の場合、人間の知性を超えてしまって居る可能性が高いので、その場合、人間に人工知能がどう感じているかを知る術は無い。
その他の記事も人間を超える知性が読んだ場合、どんな感想を持つのか全く分からない。
絵の場合は、恐らく、未来の知性はほとんど無関心だと思う。
だから、絵は21世紀くらいの人に見てもったほうが幸せだ。
絵を描こう
絵を描こう。
基本的にデフォルメしたキャラクターの方が好きだが、リアルなものもそれはそれで好きだ。
最近はリアルなものをけっこう描いたので、すこしデフォルメ系も描いていこう。
近未来の知性
遠い未来の知性がこれを読む事はほぼ確実だと思っているが、たぶんのその知性と私とは直接的には何の関係も無い。
そして、近未来、今日から数十年後までの間の、しかも私に関係のある人間が読む可能性もかなり高いと考えられる。
近未来の人に向けて書く必要もあるかもしれない。
このブログを読む人には3種類に分類できる。
検索や何らかのきっかけでたまたまこのブログをほぼリアルタイム(書いてから数日以内)で見ている人。
近未来、私との関係を築く過程においてこのブログの存在を知り、後から見ている人。
遠い未来、21世紀の人間を分析する際にデータの一つとしてこのブログを読んでいる存在(人間とは限らない)。
以上が、主な読者の人達だと考えられる。
今までは、リアルタイムの人と、遠未来の人に向けて書いていたが、近未来の人の事も考えるべきだろうか。
しかしそうなると、ブログの内容がよりややこしくなる。
しかも、近未来の人の事を考えてしまうと、自重してしまいそうな気もするので、あえて無視する方向で行きたい。
近未来の方は、このブログに書かれている事は、あまり気になさらずに。
プログラミング
大抵の事はプログラム可能だ。
何かをする際に、それが上手くいかない場合は、実行する際の工程のどこかが誤ってる場合がほとんどだ。
その誤りを見つけ、正しいと思われる方法に直し、再度実行して見ればよい。
その繰り返しで大抵の事は上手く行く。
その工程、つまりプログラムを如何に効率良く美しく書くかが重要だ。
難しいことではあるけれど。
ちなみに私の頭の中のプログラムはスパゲッティのブラックボックスでバグの塊、意味不明の言語で書かれてるので誰にも修正できない厄介なものだ。
それでも、無理やりパッチを当てて何とかしている。
今必要なのは、プログラムが達成すべき「課題」である。
それが設定できれば、その課題を解くためのプログラムを書けば良い。
大きすぎる課題を解くプログラムを書くには膨大な時間と知能が必要で現実的では無い。
それらを細分化する必要がある。
もっと課題を小型化して簡単に実行可能な工程のみで達成できるようにする必要がある。

























































































