雑記を書くべし
とりあえず今年の3月ら8月までに描いた絵の抜粋をまとめたブログ記事を書き終えた。
まだ、絵一枚一枚に対する言葉や説明を書き込んでいないので、それは少しずつやっていこう。
暑涼しい
暑いと思って扇風機にずっと当たっていると、少し涼しすぎる瞬間を感じるようになった。
其の時は扇風機を弱めたり角度を変える。
するとまた暑くなってくる。
まるで、しょっぱい物を食べたら甘い物を食べたくなって、そして甘いものを食べたらまたしょっぱい物を食べたくなる、そんな例の現象に似ている。
映画を見る
今日は、ルパンVS複製人間、カリオストロの城、 風の谷のナウシカ、天空の城ラピュタを見た。
何十回見たか分からないが、何度見ても、どれも素晴らしい。
そして、こんな映画を作れたら楽しいだろうと思う。
「好きなものを見ると目が離せなくなる病」なので、絵も描かずに4本連続で見続けてしまった。
そろそろ絵を描こう。
その前にこの雑記を書いてから。
絵を描こう
今日はどんな絵を描こう。
とりあえず自分が好きな絵を描こう。
昨日は2012年5月と6月に描いた絵を何十枚このブログに貼り付けたけど、今の所1アクセスも無いので、どれが好かれているのかなどと言う事は全く分からない。
こう言う場合は、自分が描きたいものを描く以外に無い。
「好きなものばかり描き過ぎてしまう病」なので、外部圧力が無いと御覧の通りの感じの絵ばかり描く事になる。
これが良い事なのかどうかは判断出来ないが、まあ良いんじゃないかと思う、ただの勘だけど。
バナーでもつくろうかな。
「絵を描きます」という感じの。
そしてそれを貼り付ければ、少しは目だつので、関心を持ってくれる人も出てくるかもしれない。
バナーが好きではないので、あまり貼り付けたくないけど、程度問題だろうから、適度に貼るくらいなら大丈夫かも知れない。
本当はこのブログもアメブロが付けている広告を取り除きたいのだけど、月額980円掛かるので、どうしようか少し考えている。
まあ、1日の総アクセス数が1アクセスとかだから、そこまでして広告を消すまでも無いかもしれないけど。
シンプルが一番、ブログもサイトも余計なものを出来るだけ取り除きたいとは思う。
でも逆にゴチャゴチャしたほうが良いと言う話も聞くので、その辺りは考え所だ。
バナーを作ったのだ
バナーを作った。
あとは、具体的な内容だ。
現在、私のサイトでは既に数ヶ月に渡り募集を続けているが、そのままで良いのか、もう少し変更を加えるべきなのか考えよう。
募集する際の最大の問題は私の能力の問題だ。
期待に応えられるだけの能力があるか、それが最大の問題だ。
しかし、その点については、あらかじめサンプルを示して、「これくらいですよ」と言っておけば良い。
ただ、その結果、全く応募が無いと言う状態が続いているのも事実だ。
バナーを作った事で、それが幾らか改善されるかもしれない。
「オリジナルの画像を描きます」のコーナーを少し修正。
よりシンプルに。
未来の知性に向けて
さすがにアクセス数0だと、今の人に向けては書きにくい。
すると必然的に自分自身のメモ帳としてか、又は遥か未来の知性に向けて書く事なる。
未来の知性に向けて、今の私が書くべき事は簡単で、それは私の内面だ。
人間の表面的なものについては様々に記録されていて、すでにデータとして大量にあるから、内面的なものを書くことが、未来の知性にとっては貴重な資料になるはずだ。
21世紀の人間である私には、正直言ってたいして内面など無い。
ついでに言えば、個性と言うものも極めて曖昧で有るんだか無いんだか分からない、たぶんほとんど単なる思い込みに近い物だと思っている。
他者との違いを個性と言うのならば、すべての人間は他者と違い、つまり個性的であるといえ、すべての人間が等しく他者と違うと言う事になる。
皆、脳を持つが、脳を持っていると言う点においては皆同じだ。
全ての脳は違うけど、全て脳である点に違いは無い。
すべての人間は個性を持つけど、個性である点で違いは無く、他者と違うと言うことが個性であるならば、個性を持つ事は他者と同じである事を意味し、個性的では無くなる。
だから、一番個性的な人間は、何の個性も持たない人間である。
しかし、個性が他者と違うという事を示すのならば、個性が無いと言う点は、普通の人間全てが持ってる個性が無いと言う個性を持っていることになり、個性が無いという個性を持った事で、普通の人間と同様に個性的になってしまう。
そう考えると、個性が存在しない人間は存在せず、全員が持っているモノなので何の個性も無いモノ、それが個性と言える。
だから、個性などあって無いようなものだ。
そして、個性の程度を数値等で客観的に比較可能な状態にする事は出来ないので、個性を他者と比較して優劣を付けたり、大小強弱によって分ける事も出来ない。
全員が等しく持っているので希少性は無く、数値などによって比較する事も出来ない、そんなモノを何故欲しがるのだろうか。
と、思う。
たぶんこの考えは未来の知性からしてみれば馬鹿馬鹿しい物だと思うが、個性的である事を良い事だと考えるのが21世紀の考え方であり、それに疑問を持つ人間もいると言う事を、こうやって記しておいても良いと思う。
大切なのは個性ではなく役割だと私は思う。
個性的になる事に心血を注ぐよりも、より良い役割を持つ事に心血を注いだ方が、より幸福なれると思う。
と、21世紀の宇宙の果てにいる、何者でもない誰かさんはそう思っているそうだ。
という噂話を聞いたので未来の知性に向けて書いてみた。
自分が何を書いているのかわからなくなってきたぞ。
でも、それで良いと思う。
何故なら、頭の中はいつもそんな感じで混乱が渦巻いているわけだし、それを文字にする事がこの文章の目的だから。
未来の知性が21世紀の人間の思考や精神の不思議さに触れる事は良い事だと思うので、訳が分からないままの文章を書く事も、躊躇わずにやっていこう。
しょこたんぶろぐを読もう
私は「大好きなものが頭の中をグルグル回って頭から離れなくなる病」なので、しょこたんぶろぐを読むと、頭の中がその事ばかりになってしまうので、他の事になるべく影響しないように、しょこたんぶろぐを読んでもそれについて毎日は書かないようにしている。
書く事でよりグルグルするから。
はっきり言って毎日しょこたんぶろぐの事やしょこたんの事を長々と書きたいが、それをすると、このブログが「しょこたんの事ブログ」になってしまうので自重している。
「自重しろ!!」である。
やばい、こんな事を書いていたら、また頭の中をグルグルしだした。
しょこたんギザかわゆすっ!!!!
はぁはぁ、今日は、今日は、これくらいにしておこう。
まあ、私は誰かの悪口を1行書くよりも、大好きを100万行書きまくったほうがよっぽど良いと思うけどね。
100万行も書いたら相当やばいと思うけど。
ちなみに、「可愛い」と言うのは、単に外見上の事だけでは無く、考え方とか価値観とか、そういう色々なものが混ざり合った結果が「可愛い」という表現に繋がっている。
例えば、猫は可愛いが、人間の外見とは全く違う。
つまり、猫と人間の可愛さにおいて、外見上の共通点は多く無い。
外見は可愛さの一部に過ぎない。
単純に外見が綺麗なだけの人ならばいくらでもいる。
でもその人は「かわゆす」ではない。
内面にこそ、可愛さの本質が存在しているのだ。
そして、内面と外見が共に魅力に溢れている状態が、理想的な「可愛い」「かわゆす」だと言える。
つまり、結論は・・・
「しょこたんギザかわゆす!!!」
となるのである。
うむ、当然すぎる結論だな。
あなたのギザかわゆすな人は誰ですか?
ギザかわゆすな人をいいこいいこしてあげましょう。
しょこたんいいこいいこ
グルグルしとるな・・・
まだ、絵一枚一枚に対する言葉や説明を書き込んでいないので、それは少しずつやっていこう。
暑涼しい
暑いと思って扇風機にずっと当たっていると、少し涼しすぎる瞬間を感じるようになった。
其の時は扇風機を弱めたり角度を変える。
するとまた暑くなってくる。
まるで、しょっぱい物を食べたら甘い物を食べたくなって、そして甘いものを食べたらまたしょっぱい物を食べたくなる、そんな例の現象に似ている。
映画を見る
今日は、ルパンVS複製人間、カリオストロの城、 風の谷のナウシカ、天空の城ラピュタを見た。
何十回見たか分からないが、何度見ても、どれも素晴らしい。
そして、こんな映画を作れたら楽しいだろうと思う。
「好きなものを見ると目が離せなくなる病」なので、絵も描かずに4本連続で見続けてしまった。
そろそろ絵を描こう。
その前にこの雑記を書いてから。
絵を描こう
今日はどんな絵を描こう。
とりあえず自分が好きな絵を描こう。
昨日は2012年5月と6月に描いた絵を何十枚このブログに貼り付けたけど、今の所1アクセスも無いので、どれが好かれているのかなどと言う事は全く分からない。
こう言う場合は、自分が描きたいものを描く以外に無い。
「好きなものばかり描き過ぎてしまう病」なので、外部圧力が無いと御覧の通りの感じの絵ばかり描く事になる。
これが良い事なのかどうかは判断出来ないが、まあ良いんじゃないかと思う、ただの勘だけど。
バナーでもつくろうかな。
「絵を描きます」という感じの。
そしてそれを貼り付ければ、少しは目だつので、関心を持ってくれる人も出てくるかもしれない。
バナーが好きではないので、あまり貼り付けたくないけど、程度問題だろうから、適度に貼るくらいなら大丈夫かも知れない。
本当はこのブログもアメブロが付けている広告を取り除きたいのだけど、月額980円掛かるので、どうしようか少し考えている。
まあ、1日の総アクセス数が1アクセスとかだから、そこまでして広告を消すまでも無いかもしれないけど。
シンプルが一番、ブログもサイトも余計なものを出来るだけ取り除きたいとは思う。
でも逆にゴチャゴチャしたほうが良いと言う話も聞くので、その辺りは考え所だ。
バナーを作ったのだ
バナーを作った。
あとは、具体的な内容だ。
現在、私のサイトでは既に数ヶ月に渡り募集を続けているが、そのままで良いのか、もう少し変更を加えるべきなのか考えよう。
募集する際の最大の問題は私の能力の問題だ。
期待に応えられるだけの能力があるか、それが最大の問題だ。
しかし、その点については、あらかじめサンプルを示して、「これくらいですよ」と言っておけば良い。
ただ、その結果、全く応募が無いと言う状態が続いているのも事実だ。
バナーを作った事で、それが幾らか改善されるかもしれない。
「オリジナルの画像を描きます」のコーナーを少し修正。
よりシンプルに。
未来の知性に向けて
さすがにアクセス数0だと、今の人に向けては書きにくい。
すると必然的に自分自身のメモ帳としてか、又は遥か未来の知性に向けて書く事なる。
未来の知性に向けて、今の私が書くべき事は簡単で、それは私の内面だ。
人間の表面的なものについては様々に記録されていて、すでにデータとして大量にあるから、内面的なものを書くことが、未来の知性にとっては貴重な資料になるはずだ。
21世紀の人間である私には、正直言ってたいして内面など無い。
ついでに言えば、個性と言うものも極めて曖昧で有るんだか無いんだか分からない、たぶんほとんど単なる思い込みに近い物だと思っている。
他者との違いを個性と言うのならば、すべての人間は他者と違い、つまり個性的であるといえ、すべての人間が等しく他者と違うと言う事になる。
皆、脳を持つが、脳を持っていると言う点においては皆同じだ。
全ての脳は違うけど、全て脳である点に違いは無い。
すべての人間は個性を持つけど、個性である点で違いは無く、他者と違うと言うことが個性であるならば、個性を持つ事は他者と同じである事を意味し、個性的では無くなる。
だから、一番個性的な人間は、何の個性も持たない人間である。
しかし、個性が他者と違うという事を示すのならば、個性が無いと言う点は、普通の人間全てが持ってる個性が無いと言う個性を持っていることになり、個性が無いという個性を持った事で、普通の人間と同様に個性的になってしまう。
そう考えると、個性が存在しない人間は存在せず、全員が持っているモノなので何の個性も無いモノ、それが個性と言える。
だから、個性などあって無いようなものだ。
そして、個性の程度を数値等で客観的に比較可能な状態にする事は出来ないので、個性を他者と比較して優劣を付けたり、大小強弱によって分ける事も出来ない。
全員が等しく持っているので希少性は無く、数値などによって比較する事も出来ない、そんなモノを何故欲しがるのだろうか。
と、思う。
たぶんこの考えは未来の知性からしてみれば馬鹿馬鹿しい物だと思うが、個性的である事を良い事だと考えるのが21世紀の考え方であり、それに疑問を持つ人間もいると言う事を、こうやって記しておいても良いと思う。
大切なのは個性ではなく役割だと私は思う。
個性的になる事に心血を注ぐよりも、より良い役割を持つ事に心血を注いだ方が、より幸福なれると思う。
と、21世紀の宇宙の果てにいる、何者でもない誰かさんはそう思っているそうだ。
という噂話を聞いたので未来の知性に向けて書いてみた。
自分が何を書いているのかわからなくなってきたぞ。
でも、それで良いと思う。
何故なら、頭の中はいつもそんな感じで混乱が渦巻いているわけだし、それを文字にする事がこの文章の目的だから。
未来の知性が21世紀の人間の思考や精神の不思議さに触れる事は良い事だと思うので、訳が分からないままの文章を書く事も、躊躇わずにやっていこう。
しょこたんぶろぐを読もう
私は「大好きなものが頭の中をグルグル回って頭から離れなくなる病」なので、しょこたんぶろぐを読むと、頭の中がその事ばかりになってしまうので、他の事になるべく影響しないように、しょこたんぶろぐを読んでもそれについて毎日は書かないようにしている。
書く事でよりグルグルするから。
はっきり言って毎日しょこたんぶろぐの事やしょこたんの事を長々と書きたいが、それをすると、このブログが「しょこたんの事ブログ」になってしまうので自重している。
「自重しろ!!」である。
やばい、こんな事を書いていたら、また頭の中をグルグルしだした。
しょこたんギザかわゆすっ!!!!
はぁはぁ、今日は、今日は、これくらいにしておこう。
まあ、私は誰かの悪口を1行書くよりも、大好きを100万行書きまくったほうがよっぽど良いと思うけどね。
100万行も書いたら相当やばいと思うけど。
ちなみに、「可愛い」と言うのは、単に外見上の事だけでは無く、考え方とか価値観とか、そういう色々なものが混ざり合った結果が「可愛い」という表現に繋がっている。
例えば、猫は可愛いが、人間の外見とは全く違う。
つまり、猫と人間の可愛さにおいて、外見上の共通点は多く無い。
外見は可愛さの一部に過ぎない。
単純に外見が綺麗なだけの人ならばいくらでもいる。
でもその人は「かわゆす」ではない。
内面にこそ、可愛さの本質が存在しているのだ。
そして、内面と外見が共に魅力に溢れている状態が、理想的な「可愛い」「かわゆす」だと言える。
つまり、結論は・・・
「しょこたんギザかわゆす!!!」
となるのである。
うむ、当然すぎる結論だな。
あなたのギザかわゆすな人は誰ですか?
ギザかわゆすな人をいいこいいこしてあげましょう。
しょこたんいいこいいこ
グルグルしとるな・・・
雑記を書く
雑記を書こう。
考えている事を書き出す事で考えをまとめよう
今考えている事は、次に何を描こうかと言う事だ。
だいぶ涼しくなってきたので、集中しやすくなってきた。
そこでもう少しペースアップして描こうかと思う。
そこで何を描こうか色々考える。
昨日このブログにアップしたような絵も描いていこうと考えているが、他に何を描こうか考える。
しょこたんの非公認絵描職人としてしょこたの絵だけを勝手に描き続けるという手もある。
絵を描いて欲しい人を募集して描くという事も続けている。
ただし、その事をこのブログで書いても意味が無い事は分かっている。
この文章を読んである貴方は恐らく21世紀の人間ではないだろうから、其の時私はここには居ない。
恐らく宇宙に居ると思うので、連絡が付かなと思う。
21世紀の人間に言葉を届けるには、今の私の実力では不十分だ。
もう少し、能力が向上すれば、見る人も増えると思うので、そうしたら応募もあるだろう。
絵を少し貼り付けてみた
2012年3月と4月に描いた絵の中から、何枚か抜粋して貼り付けてみた。
少し重いかも知れないが、全部で7MB弱なので、動画に比べたらかなり軽い。
ここに上げる画像はspline36で横幅540に縮小して、pngの場合は可能な限り圧縮をしている。
私のサイトには幅800の画像があるので、興味のある方は是非御覧下さい。
実際の所、ここに貼り付けた絵へのアクセスは全く無い。
でも、自分のサイトにだけ置いておくよりは、マシだと思うので、とりあえず貼れるだけ張っておこう。
ちなみに昨日のブログ全体への総アクセス数は 1 だった。
1日1アクセスなら、100年でうるう年の事を計算に入れなくても36500位のアクセスに成る計算だ。
1000年なら365000、結構な規模の都市の人口に匹敵する。
このブログを書く大きな理由の一つである「未来の知性への資料としての文章を書く」際に、対象としている知性は少なくても100年は未来の知性なので、それくらいはこのデータを残さなくてはならない。
アメブロが無くなったらすぐに別のサービスか私のwebサイトにデータを移すので、そうやって100年くらいは残せるはずだ。
google等の検索エンジンが恐らく既に全データを収集しているだろうから、わざわざこちらで保存する必要も無いかもしれないけど。
今日明日のアクセス数は最終的な目的を達成するためにはほとんど何の意味も無い。
もちろん、今、多くの人に見てもらえれば嬉しいのだけど。
1000年単位、1万年単位で見れば、もっと大きな目標が見えてくる。
もちろん今日の目標も重要なのは確かだけど。
と言う訳なので、これからも可能な限り画像を貼り付けたり、文章を書こう。
とりあえず、5月と6月の絵の抜粋を掲載するための準備をしよう。
png再圧縮
pngはペイントソフトなどから出力した際には、理想的な圧縮状態に無い場合がほとんどだ。
pngは可逆圧縮なので、つまり、jpegのように元のデータが劣化する事が無い。
その代わり、jpegよりもファイルサイズが大きくなる傾向にある。
そして、pngの特徴として、再圧縮が可能だ、と言う点がある。
pngは画像データをzipなどと同じように完全に元に戻せる方法で圧縮する。
そして、その圧縮加減には強弱があって、より圧縮させようとすれば、それだけ圧縮に時間がかかるので、ほとんどのペイントソフト等ではpngで出力する際に、時間を掛けないで出力しようとするので、理想的な圧縮状態ではない場合がほとんどだ。
このブログでは画像の総量に上限があるので、少しでも画像容量を減らす為にpngを再圧縮してからアップする。
その際に、理想的な圧縮をする為に540*540の画像1枚を、3.2GHzのデュアルコアのCPUを使って、約30秒掛けて圧縮する。
すると、大体平均20%ほどサイズが小さくなる。
と、書いている間に、再圧縮作業が終了したようだ。
恐らくこの圧縮は未来になっても理論的限界により、ほとんど変らないはずだ。
でも、近い未来、事実上無限の容量を持つデータ保存装置が開発されると思うので、この圧縮と言う作業も過去のもになる。
5月の絵をアップするのは夜にしよう。
朝の次の夜ね。
どう説明しよう!!
もし、このブログが私が宇宙の旅に出る前に人々に発見されて、その内容について色々聞かれたり言われたりしたら、私はどう説明しよう。
はやく宇宙船を開発しなくてはっ!!
未来の知性に21世紀の人間のデータとして送るにはこのデータが残らなくてはならない。
それはつまり、21世紀の人間も読む可能性があることを意味する。
ま、何とかなるか。
牛になる事はどうしても必要です
夏目漱石の手紙の一節。
今、たまたま発見した言葉。
ふむふむ、今風に言えば、激しく同意。
そういえば、凄い表現だな、激しく同意って。
考えている事を書き出す事で考えをまとめよう
今考えている事は、次に何を描こうかと言う事だ。
だいぶ涼しくなってきたので、集中しやすくなってきた。
そこでもう少しペースアップして描こうかと思う。
そこで何を描こうか色々考える。
昨日このブログにアップしたような絵も描いていこうと考えているが、他に何を描こうか考える。
しょこたんの非公認絵描職人としてしょこたの絵だけを勝手に描き続けるという手もある。
絵を描いて欲しい人を募集して描くという事も続けている。
ただし、その事をこのブログで書いても意味が無い事は分かっている。
この文章を読んである貴方は恐らく21世紀の人間ではないだろうから、其の時私はここには居ない。
恐らく宇宙に居ると思うので、連絡が付かなと思う。
21世紀の人間に言葉を届けるには、今の私の実力では不十分だ。
もう少し、能力が向上すれば、見る人も増えると思うので、そうしたら応募もあるだろう。
絵を少し貼り付けてみた
2012年3月と4月に描いた絵の中から、何枚か抜粋して貼り付けてみた。
少し重いかも知れないが、全部で7MB弱なので、動画に比べたらかなり軽い。
ここに上げる画像はspline36で横幅540に縮小して、pngの場合は可能な限り圧縮をしている。
私のサイトには幅800の画像があるので、興味のある方は是非御覧下さい。
実際の所、ここに貼り付けた絵へのアクセスは全く無い。
でも、自分のサイトにだけ置いておくよりは、マシだと思うので、とりあえず貼れるだけ張っておこう。
ちなみに昨日のブログ全体への総アクセス数は 1 だった。
1日1アクセスなら、100年でうるう年の事を計算に入れなくても36500位のアクセスに成る計算だ。
1000年なら365000、結構な規模の都市の人口に匹敵する。
このブログを書く大きな理由の一つである「未来の知性への資料としての文章を書く」際に、対象としている知性は少なくても100年は未来の知性なので、それくらいはこのデータを残さなくてはならない。
アメブロが無くなったらすぐに別のサービスか私のwebサイトにデータを移すので、そうやって100年くらいは残せるはずだ。
google等の検索エンジンが恐らく既に全データを収集しているだろうから、わざわざこちらで保存する必要も無いかもしれないけど。
今日明日のアクセス数は最終的な目的を達成するためにはほとんど何の意味も無い。
もちろん、今、多くの人に見てもらえれば嬉しいのだけど。
1000年単位、1万年単位で見れば、もっと大きな目標が見えてくる。
もちろん今日の目標も重要なのは確かだけど。
と言う訳なので、これからも可能な限り画像を貼り付けたり、文章を書こう。
とりあえず、5月と6月の絵の抜粋を掲載するための準備をしよう。
png再圧縮
pngはペイントソフトなどから出力した際には、理想的な圧縮状態に無い場合がほとんどだ。
pngは可逆圧縮なので、つまり、jpegのように元のデータが劣化する事が無い。
その代わり、jpegよりもファイルサイズが大きくなる傾向にある。
そして、pngの特徴として、再圧縮が可能だ、と言う点がある。
pngは画像データをzipなどと同じように完全に元に戻せる方法で圧縮する。
そして、その圧縮加減には強弱があって、より圧縮させようとすれば、それだけ圧縮に時間がかかるので、ほとんどのペイントソフト等ではpngで出力する際に、時間を掛けないで出力しようとするので、理想的な圧縮状態ではない場合がほとんどだ。
このブログでは画像の総量に上限があるので、少しでも画像容量を減らす為にpngを再圧縮してからアップする。
その際に、理想的な圧縮をする為に540*540の画像1枚を、3.2GHzのデュアルコアのCPUを使って、約30秒掛けて圧縮する。
すると、大体平均20%ほどサイズが小さくなる。
と、書いている間に、再圧縮作業が終了したようだ。
恐らくこの圧縮は未来になっても理論的限界により、ほとんど変らないはずだ。
でも、近い未来、事実上無限の容量を持つデータ保存装置が開発されると思うので、この圧縮と言う作業も過去のもになる。
5月の絵をアップするのは夜にしよう。
朝の次の夜ね。
どう説明しよう!!
もし、このブログが私が宇宙の旅に出る前に人々に発見されて、その内容について色々聞かれたり言われたりしたら、私はどう説明しよう。
はやく宇宙船を開発しなくてはっ!!
未来の知性に21世紀の人間のデータとして送るにはこのデータが残らなくてはならない。
それはつまり、21世紀の人間も読む可能性があることを意味する。
ま、何とかなるか。
牛になる事はどうしても必要です
夏目漱石の手紙の一節。
今、たまたま発見した言葉。
ふむふむ、今風に言えば、激しく同意。
そういえば、凄い表現だな、激しく同意って。
しょこたんぶろぐを読もう
しょこたんぶろぐを読もう。
つくしと一緒にミルクバンも入院しているのか。
二人とも早く元気になりますように。
しょこたんが生まれて10000日だそうだ。
10000日生き抜いてくれてありがとう!!
そしてこれからも、ずっとずっと長生きしてほしい!!!
ちなみに、私は生まれてから5兆と5億日くらいだ。
いや、本当に。
貪欲ッキングが相変わらず美味しそうだ。
カップめん生活の身としては目の毒と言うか・・・とにかく食べたすぎる!!
ライブラッシュに備えて体調を整えて頑張って欲しい。
いつものように私のHPをそちらに送るので好きなだけ使ってください。
私は宇宙の熱的な死を見届ける予定なのでもうしばらく生き続ける。
しょこたんも永遠の時を生きて欲しい。
そして
いっしょに宇宙の終わりを見届けよう!!
しょこたんクラシックを聞く、か。
クラシックは良い良い。
私の持つ音楽の過半数はクラシックであり、クラシックは大好きだ。
アニソンもクラシックも、なんでも聞くと沢山楽しい。
いっしょにクラシック音楽を聞きたいな。もちろんアニソンもね。
まずはイメージの世界で一緒に聞こうっと。
なんだろう、しょこたんぶろぐをみると、ほっとする。
しょこたんの元気な姿を見ると、何だかとっても、ほっとする。
「今日もげんきっ!!」
この感覚は、外出から帰って来て、家族の顔を見た時の感覚によく似ている。
つまり身内感だ。
身内にも色々あるが、親・子・兄弟姉妹・恋人・夫婦・・・・そのうちのどれだろう。
まあ、しょこたんはしょこたんだ。
今日も元気をありがとう!!!
今度クラシック音楽でも一緒に聞こう!!
つくしと一緒にミルクバンも入院しているのか。
二人とも早く元気になりますように。
しょこたんが生まれて10000日だそうだ。
10000日生き抜いてくれてありがとう!!
そしてこれからも、ずっとずっと長生きしてほしい!!!
ちなみに、私は生まれてから5兆と5億日くらいだ。
いや、本当に。
貪欲ッキングが相変わらず美味しそうだ。
カップめん生活の身としては目の毒と言うか・・・とにかく食べたすぎる!!
ライブラッシュに備えて体調を整えて頑張って欲しい。
いつものように私のHPをそちらに送るので好きなだけ使ってください。
私は宇宙の熱的な死を見届ける予定なのでもうしばらく生き続ける。
しょこたんも永遠の時を生きて欲しい。
そして
いっしょに宇宙の終わりを見届けよう!!
しょこたんクラシックを聞く、か。
クラシックは良い良い。
私の持つ音楽の過半数はクラシックであり、クラシックは大好きだ。
アニソンもクラシックも、なんでも聞くと沢山楽しい。
いっしょにクラシック音楽を聞きたいな。もちろんアニソンもね。
まずはイメージの世界で一緒に聞こうっと。
なんだろう、しょこたんぶろぐをみると、ほっとする。
しょこたんの元気な姿を見ると、何だかとっても、ほっとする。
「今日もげんきっ!!」
この感覚は、外出から帰って来て、家族の顔を見た時の感覚によく似ている。
つまり身内感だ。
身内にも色々あるが、親・子・兄弟姉妹・恋人・夫婦・・・・そのうちのどれだろう。
まあ、しょこたんはしょこたんだ。
今日も元気をありがとう!!!
今度クラシック音楽でも一緒に聞こう!!
雑記なのだ
ブログテーマとタグ
ブログテーマが大分いい加減だ。
絵を貼り付けているのにテーマが「ブログ」だったり、しょこたんの事を書いていても「ブログ」だったり。
テーマによる分類はしなくても良いかもしれない。
テーマでは無く、タグを付けられれば良いのだけれど。
ブログの各記事の最後に自分でタグを書くという手もある。
そうすれば、検索で発見することが容易になる。
タグ : 雑記 記録 しょこたん 絵
とか。
サイト内検索をこのタグで行えば、タグ別の一覧が得られる。
そういうリンクをタグの文字列に入れても良いかもしれない。
猫
これをクリックすればgoogleのサイト内検索を使って 猫 という文字の出てくる記事一覧を検索できる。
これをタグとして埋め込めば、簡単に関連の記事を参照できる。
リンクは一度は手で書かなくてはならないが、一度書けばそれを必要な所にコピーして貼り付けるだけなのでいくらか楽になる。
こちらでタグに合ったリンクのタグを生成するプログラムを書いてしまうのも良いかもしれない。
今気が付いたが、「猫」の文字を検索出来る事と、タグを検索できることは違う。
タグだけ検索させるにはタグにユニークな文字、例えば [猫] など[]を使ってタグを書き、そのカッコ込みの文字列を検索するようにすれば良い。
と、思ったが、今調べてみたところ、googleは[]等の記号を無視するようだ。
つまり、[]を付けても付けなくても中の文字のみを検索対象としてしまう。
""で囲っても同じだった。
これを何とかできれば、完全なタグを作ることが出来るのだけど。
これについては引き続き試していこう。
たまには、読む人が面白く感じそうな記事を書いて見よう
このブログは、基本的に私のメモ帳であり、備忘録であり、ライフログなので、読む人を積極的に楽しませると言う事をしていない。
たまには、読む人が楽しいと感じるであろう事を私なりに考えて書いて見る、というのもありかもしれない。
そこで一つ問題になるのが、読む人にとって何が楽しいのか、という点だ。
楽しいにも色々ある。
笑える物もそうだし、知識を得られるものも楽しい。
いろいろな楽しいがあるが、そのどれを書くかを選ぶ基準は、結局自分が楽しいもの、と言う事になる。
今、一番流行っている事を書くのが一番楽だが、自分が好きで無くては中々楽しく書けない。
だから安易に流行っているからと言う理由で書くよりも、自分が楽しいことを書く事で読む人を楽しませる事を考えた方が良い。
自分にとって楽しい事は・・・・
・・・・・
意外と楽しいを言葉で説明するのは難しい。
「楽しい」は感覚なので、「考えるな、感じろ」と言うのが楽しい物に対する姿勢だと思うので、言葉で説明すると楽しさがなくなってしまう気がする。
私は図鑑を読むのが好きだが、あれは別に楽しませようとして書かれているわけでは無く、必要な事が書かれているに過ぎない。
それが結果として、楽しい物となっている。
そして、それを楽しいと感じているのは、ほかならぬ自分自身の心だ。
楽しいの定義は人それぞれで、ここで「これが楽しい文章だ!!」と言って書く事は、私には出来ない。
ただ、自分が読んで楽しいモノはいくらでもある。
しかしそれは既にネット上や書籍、様々なメディアで大量に流布されているので、今さらここで書くほどの事でも無い。
ここでスタートレックが面白いと、いくら書き連ねても、スタートレック関連サイトは山のようにあり、そちらには到底敵わない。
たぶん今の私が出来る事は、「検索してね」と言う事位だ。
そう考えると、ネット上で楽しい事を書くと言うのは、相当の能力が必要だ。
しかし、一つだけ私が他の誰にも負けない事がある。
それは、私自身の手による創作だ。
こればかりは、世界でただ1人、私自身にしか出来ない。
そして、楽しいモノを書くのに残されたほとんど唯一の道ではないかと思われる。
そういう意味では、この文章自体が、すでにその道のもだと言える。
絵についても同様だ。
と言うことは、この文章や絵など、既にこのブログに山ほど描いてきたそれらの物が、私が作り出せる、楽しい物、と言う事になる。
そして、そう結論付けると、おのずと別の結論も導き出される。
今の私に「楽しい物など描く能力が無い」と言う結論だ。
これは残念ながら、客観的な数値データなどによって裏付けられている。
もちろん改善は可能だ。
これからも楽しくなるように更に改善してゆかなくてはならない。
世界の国からこんにちは
webサイトへの国別のアクセスと言うものを見てみた。
ここ一ヶ月のアクセスだと
日本、アメリカ、中国、台湾、シンガポール、オーストラリア、フランス、イギリス、イタリア、からのアクセスがあった。
サイトは完全に日本語のみの内容だが、意外と色々な国からのアクセスがある。
世界の皆さんこんにちは!!
BGM : 三波春夫 - 世界の国からこんにちは
考えてみれば、絵に言葉は要らない。
もっと世界に目を向ける必要がある。
そもそも今描いている絵は大首絵が多く、これは浮世絵だ。
もしかしたらこの絵を海外で発表すれば、喜ばれるかもしれない。
言葉の壁があるので、それほど深いコミュニケーションは取れないかも知れないが、まあ、何とかなるだろう。
文脈が大幅に剥ぎ取られ、絵そのものが表出する海外で受け入れるならば、とても素晴らしい事だ。
かめるん
おおかみ
ちなみに指のジェスチャーはオオカミを現している。
横顔
ゆきやなぎ
ヤマザクラ
桜仰ぐ
うー
宝玉
大首絵のような絵 2010年作成
唇が好きなので、唇が少しリアル。
海外の画像掲示サイトを探してみよう。
ここでも良いかも知れないが、その場合は、英語で解説を書かないと検索してもらえない。
機械翻訳の英語をそのまま貼り付けるかな。
ゆめのくに
BGM : 東京ディズニーランド エレクトリカルパレード
ディズニーランドは1度行った。
中学校の行事で行って、それ以降行った事は無いと思う、たぶん。
イッツア・スモールワールドが一番好きだ。
絶叫系の乗り物は苦手なので、そういう乗り物は乗ったことが無い。
行ったのは1度だが、葛西臨海公園にはよく行くので、そこから眺める事は良くある。
後楽園は、お化け屋敷とか、レールの上を走る自転車のような乗り物が好きだ。
今でも有るのかどうかは分からないけど。
後楽園は何度も行ったが、絶叫系はやはり乗った事が無い。
豊島園は自転車でいける距離なので、何十回も行ったが、好きなのはお化け屋敷とゲームセンターと昆虫館だ。
かつてアフリカ館とというものがあって、アフリカをジープに乗って探検している気分になれるアトラクションで、あれも好きだったが、今ではトイザラスになってしまっている。
その隣にあるミステリーゾーンと言うアトラクションも面白かった。
高橋名人を初めて肉眼で見たのも豊島園だった。
たしか、PCエンジンのクンフーをやっていた記憶がある。
遊園地、そういえば最近行っていない。
しょこたんの握手会で後楽園の近くまで行ったが、中に入る事は無かった。
私は、遊園地のあの異空間感が好きだ。
ただ中をふらつくだけでも何だか楽しい。
絶叫マシーンは・・・・絶叫マシンが好きな人と一緒に行ったら乗るかも。
絵を描こう
背景画像を作ったりしていた。
はーと
こんな感じ。
あとは、上にある大首絵をブログに再掲載するために原画を引っ張り出してリサイズしたりしていた。
ちなみに上の大首絵の原画サイズは1600*1600だ。
今では3200*3200を基準にしているが、2010年当事は1600にしていた。
絵を描くだけでは無く、既に描いた物をどのように扱うかも考えた方が良いので、こうやって少しずつブログなどで出していこうと思う。
最も、2010年の絵は一度このブログにも貼り付けてはある。
でも、まとめて表示するのは有益だ。
上の絵のようにベタっと塗った絵も好きなので、今後も色々なものを描こう。
ちなみに、上の絵は線をあえて少し溶けた感じにする事で柔らかさを出そうとしている。
もっとキッチリとした線が好きな人も居ると思うが、ここら辺は好みの問題だ。
これを読むであろう、数万年先の知性には、このような曖昧な線も新鮮に感じるかもしれない。
絵を張りすぎてこの記事は重くなってしまったかもしれないので、ここら辺で一旦止めよう
ブログテーマが大分いい加減だ。
絵を貼り付けているのにテーマが「ブログ」だったり、しょこたんの事を書いていても「ブログ」だったり。
テーマによる分類はしなくても良いかもしれない。
テーマでは無く、タグを付けられれば良いのだけれど。
ブログの各記事の最後に自分でタグを書くという手もある。
そうすれば、検索で発見することが容易になる。
タグ : 雑記 記録 しょこたん 絵
とか。
サイト内検索をこのタグで行えば、タグ別の一覧が得られる。
そういうリンクをタグの文字列に入れても良いかもしれない。
猫
これをクリックすればgoogleのサイト内検索を使って 猫 という文字の出てくる記事一覧を検索できる。
これをタグとして埋め込めば、簡単に関連の記事を参照できる。
リンクは一度は手で書かなくてはならないが、一度書けばそれを必要な所にコピーして貼り付けるだけなのでいくらか楽になる。
こちらでタグに合ったリンクのタグを生成するプログラムを書いてしまうのも良いかもしれない。
今気が付いたが、「猫」の文字を検索出来る事と、タグを検索できることは違う。
タグだけ検索させるにはタグにユニークな文字、例えば [猫] など[]を使ってタグを書き、そのカッコ込みの文字列を検索するようにすれば良い。
と、思ったが、今調べてみたところ、googleは[]等の記号を無視するようだ。
つまり、[]を付けても付けなくても中の文字のみを検索対象としてしまう。
""で囲っても同じだった。
これを何とかできれば、完全なタグを作ることが出来るのだけど。
これについては引き続き試していこう。
たまには、読む人が面白く感じそうな記事を書いて見よう
このブログは、基本的に私のメモ帳であり、備忘録であり、ライフログなので、読む人を積極的に楽しませると言う事をしていない。
たまには、読む人が楽しいと感じるであろう事を私なりに考えて書いて見る、というのもありかもしれない。
そこで一つ問題になるのが、読む人にとって何が楽しいのか、という点だ。
楽しいにも色々ある。
笑える物もそうだし、知識を得られるものも楽しい。
いろいろな楽しいがあるが、そのどれを書くかを選ぶ基準は、結局自分が楽しいもの、と言う事になる。
今、一番流行っている事を書くのが一番楽だが、自分が好きで無くては中々楽しく書けない。
だから安易に流行っているからと言う理由で書くよりも、自分が楽しいことを書く事で読む人を楽しませる事を考えた方が良い。
自分にとって楽しい事は・・・・
・・・・・
意外と楽しいを言葉で説明するのは難しい。
「楽しい」は感覚なので、「考えるな、感じろ」と言うのが楽しい物に対する姿勢だと思うので、言葉で説明すると楽しさがなくなってしまう気がする。
私は図鑑を読むのが好きだが、あれは別に楽しませようとして書かれているわけでは無く、必要な事が書かれているに過ぎない。
それが結果として、楽しい物となっている。
そして、それを楽しいと感じているのは、ほかならぬ自分自身の心だ。
楽しいの定義は人それぞれで、ここで「これが楽しい文章だ!!」と言って書く事は、私には出来ない。
ただ、自分が読んで楽しいモノはいくらでもある。
しかしそれは既にネット上や書籍、様々なメディアで大量に流布されているので、今さらここで書くほどの事でも無い。
ここでスタートレックが面白いと、いくら書き連ねても、スタートレック関連サイトは山のようにあり、そちらには到底敵わない。
たぶん今の私が出来る事は、「検索してね」と言う事位だ。
そう考えると、ネット上で楽しい事を書くと言うのは、相当の能力が必要だ。
しかし、一つだけ私が他の誰にも負けない事がある。
それは、私自身の手による創作だ。
こればかりは、世界でただ1人、私自身にしか出来ない。
そして、楽しいモノを書くのに残されたほとんど唯一の道ではないかと思われる。
そういう意味では、この文章自体が、すでにその道のもだと言える。
絵についても同様だ。
と言うことは、この文章や絵など、既にこのブログに山ほど描いてきたそれらの物が、私が作り出せる、楽しい物、と言う事になる。
そして、そう結論付けると、おのずと別の結論も導き出される。
今の私に「楽しい物など描く能力が無い」と言う結論だ。
これは残念ながら、客観的な数値データなどによって裏付けられている。
もちろん改善は可能だ。
これからも楽しくなるように更に改善してゆかなくてはならない。
世界の国からこんにちは
webサイトへの国別のアクセスと言うものを見てみた。
ここ一ヶ月のアクセスだと
日本、アメリカ、中国、台湾、シンガポール、オーストラリア、フランス、イギリス、イタリア、からのアクセスがあった。
サイトは完全に日本語のみの内容だが、意外と色々な国からのアクセスがある。
世界の皆さんこんにちは!!
BGM : 三波春夫 - 世界の国からこんにちは
考えてみれば、絵に言葉は要らない。
もっと世界に目を向ける必要がある。
そもそも今描いている絵は大首絵が多く、これは浮世絵だ。
もしかしたらこの絵を海外で発表すれば、喜ばれるかもしれない。
言葉の壁があるので、それほど深いコミュニケーションは取れないかも知れないが、まあ、何とかなるだろう。
文脈が大幅に剥ぎ取られ、絵そのものが表出する海外で受け入れるならば、とても素晴らしい事だ。
かめるん
おおかみ
ちなみに指のジェスチャーはオオカミを現している。
横顔
ゆきやなぎ
ヤマザクラ
桜仰ぐ
うー
宝玉
大首絵のような絵 2010年作成
唇が好きなので、唇が少しリアル。
海外の画像掲示サイトを探してみよう。
ここでも良いかも知れないが、その場合は、英語で解説を書かないと検索してもらえない。
機械翻訳の英語をそのまま貼り付けるかな。
ゆめのくに
BGM : 東京ディズニーランド エレクトリカルパレード
ディズニーランドは1度行った。
中学校の行事で行って、それ以降行った事は無いと思う、たぶん。
イッツア・スモールワールドが一番好きだ。
絶叫系の乗り物は苦手なので、そういう乗り物は乗ったことが無い。
行ったのは1度だが、葛西臨海公園にはよく行くので、そこから眺める事は良くある。
後楽園は、お化け屋敷とか、レールの上を走る自転車のような乗り物が好きだ。
今でも有るのかどうかは分からないけど。
後楽園は何度も行ったが、絶叫系はやはり乗った事が無い。
豊島園は自転車でいける距離なので、何十回も行ったが、好きなのはお化け屋敷とゲームセンターと昆虫館だ。
かつてアフリカ館とというものがあって、アフリカをジープに乗って探検している気分になれるアトラクションで、あれも好きだったが、今ではトイザラスになってしまっている。
その隣にあるミステリーゾーンと言うアトラクションも面白かった。
高橋名人を初めて肉眼で見たのも豊島園だった。
たしか、PCエンジンのクンフーをやっていた記憶がある。
遊園地、そういえば最近行っていない。
しょこたんの握手会で後楽園の近くまで行ったが、中に入る事は無かった。
私は、遊園地のあの異空間感が好きだ。
ただ中をふらつくだけでも何だか楽しい。
絶叫マシーンは・・・・絶叫マシンが好きな人と一緒に行ったら乗るかも。
絵を描こう
背景画像を作ったりしていた。
はーと
こんな感じ。
あとは、上にある大首絵をブログに再掲載するために原画を引っ張り出してリサイズしたりしていた。
ちなみに上の大首絵の原画サイズは1600*1600だ。
今では3200*3200を基準にしているが、2010年当事は1600にしていた。
絵を描くだけでは無く、既に描いた物をどのように扱うかも考えた方が良いので、こうやって少しずつブログなどで出していこうと思う。
最も、2010年の絵は一度このブログにも貼り付けてはある。
でも、まとめて表示するのは有益だ。
上の絵のようにベタっと塗った絵も好きなので、今後も色々なものを描こう。
ちなみに、上の絵は線をあえて少し溶けた感じにする事で柔らかさを出そうとしている。
もっとキッチリとした線が好きな人も居ると思うが、ここら辺は好みの問題だ。
これを読むであろう、数万年先の知性には、このような曖昧な線も新鮮に感じるかもしれない。
絵を張りすぎてこの記事は重くなってしまったかもしれないので、ここら辺で一旦止めよう




















































































































