雑記
今日も雑記を書こう。
雷と停電
久々に雷雨になった。
そして、落雷では10年以上ぶりに停電になった。
停電は1分足らずで回復したが、その際にPCのBIOSの設定内容を記録するCMOSがエラーを起こした。
これは、ファミコンのセーブデータと同じで、データの内容に問題があると中のデータを全て初期化するようになっている。
幾つかの設定が飛んでしまったが、それほど複雑な設定では無いのですぐに設定しなおして元に戻った。
こういった時のためにUPS(無停電電源)を用意した方が良いかもしれない。
お、今やっと外の高速道路の電灯が回復した。
PCは基本的に急な停電に弱い。
データのバックアップは取っていて、描いている絵や文章などは毎日、物理的に別の場所に保存している。
しかし、それも1日に1回なので、不意の停電でその日のデータは壊れる可能性がある。
そのような事にならない為にも、電源の事は考える必要がある。
今回のように、1分も持てば落雷での停電に対する対応は出来るので、簡単な無停電電源でも十分だ。
昔に比べたらHDDもPCも相当丈夫になっている気がするので、多少の事では壊れはしないと思うけど。
今度PCショップに行ったらそこらへんのコーナーも見てみよう。
昨日のブログへの総アクセス数 3
絵を描こう
昨日はギザ10の絵を描いた。
この絵の背景は、ギザ10を降り注がせたものになっているが、これは、私が書いたプログラムによって生成している。
それによって生成した背景用のフリー素材もいくつか作ってサイトに張ってあるが、ここでも少し貼り付けてみよう。
背景用フリー素材
(フリー素材なので、ご自由にご利用下さい。使用の際に表示などは不要)
ちなみにこの画像は上下左右シームレスに繋がる。(実質、左右だけの物もある)
こられの画像は基本的には背景を透過させる事が可能で、実際にその画像も手元にあるが、背景を透過さた画像を表示できる環境がどれほどあるのか不明なので、とりあえずここでは背景を黒にして非透過の画像を置く事にした。
あと、このブログは画像のブログ全での総量に上限があるので、無制限に巨大な画像をUP出来ないのでサイズは800*800とした。
やはりフリー素材は人気で、私のサイトへのアクセスの99.9%はフリー素材へのアクセスだ。
必要とされる物を提供するのがやはり基本なので、今後は絵を描きつつも、フリー素材もこのブログで紹介していこう。
アクセスといえば、今、気が付いたが、手紙は基本的に1人に向けた物だ。
つまり、ユニークアクセス数は1だ。
そして、以前はその手紙を山ほど書いていたのを思い出した。
1通の手紙が100枚以上になるのも珍しくは無かった。
その半分以上は絵だったと思うけど。
つまり、それを考えると、このブログをはじめ、webの1文字あたり、1絵あたりの見られ度は、その手紙の比ではないと言える。
10000文字の手紙が1人に読まれたとすると、1文字あたりの見られ度は1/10000だ。
1000文字のブログが5人に見られたとしたら、1文字あたりの見られ度は1/200だ。
つまり、見られ度には50倍の差がある。
こうやって簡単に計算するだけでも、ものすごい事である事がわかる。
もちろん、誰に見られているかと言う点が重要ではあるのだけれど。
話がそれたが、さて、次は何を描こうかな。
背景画像は、最終段階ではプログラムに生成させるが、その前の準備は自前でするので、けっこう時間がかかる。
背景を沢山作ると人物画を描く時間がなくなるが、こういう背景画を作るのは楽しい。
何かが敷き詰められた画像が私は好きだ。
絵の活用方法
絵を描く事自体も目的だけど、その絵にも目的を与えた方が良いと前から思っている。
具体的な目的を与えるには至っていないが、それを考える事は必要だ。
現状では描いた絵は全てサイトの片隅に放置する以外に活用方法は無い。
今まで描いたモノはこのまま放置と言う方向で行こうと思うが、これから描く絵は目的を持って描く事も必要になると思う。
ここで具体的な目的を考えよう。
・絵本を作る
絵本はいずれ作る予定だ。
いくつか内容も頭の中に漠然と存在しているが、具体的な作成には入っていない。
まだ、必要最低限の画力に到達していないので、それまではもうしばらく時間がかかる。
それほど画力を要さない絵で描く事も出来るが、そちらの絵はさらに評価が低いので描いても誰も見ない。
・似顔絵を描く
これは描いて欲しい人を募集中だが、誰にも頼まれないので描く事が出来ない。
これに関しても、能力の不足が最大の原因だと考えられる。
・フリー素材を作る
これは今までやって来ていて、これからも継続するので、今の感じで続けるのが良い。
具体的には、絵を描く時に必要に応じて描いたアイテムをフリー素材として提供するという方法だ。
これなら無理なくフリー素材を作ることが出来る。
今描いている絵は、ここの他にニコニコ静画という場所などにアップしている。
現状では、全く見られることも無く、ニコニコのサーバーを圧迫しているに過ぎない存在だ。
能力の不足を客観視するには良い場所なので、引き続きそちらへも上げてゆくつもりだが、能力は急には向上しないので、淡々と作成し、サーバーを圧迫し続けるほかに無い。
BGM : 怪獣のバラード
この歌は合唱コンクールで歌って以来、ちょくちょく聞く。
歌詞付きの音楽を聞くと、つい気をとられて手が止まる。
未来だ、そうそう、未来の知性へのメッセージだった
このブログの最大の目的の一つが未来の知性へのメッセージだ。
少し書こう。
21世紀では相変わらず落雷による停電が発生する。
そして、PCもその程度の事でエラーが発生する。
エラーについては大抵の場合、簡単に解消できるが、面倒である事は間違い無い。
未来の世界では、PCなどは無いと思うが、21世紀では未だに箱のようなPCが使われている。
大分ノートPCやタブレットPCなどという小さなコンピュータが浸透してきたが、それとて、未来の知性からすれば、笑ってしまうほと大げさな物に見えるに違いない。
コンピュータの機能がどう進化するのかは分からないが、私の推測だと、未来のコンピュータは脳に直接外部からアクセスして情報をやり取りしていると思う。
脳に埋め込んでしまうと、バージョンアップが面倒なので、コンピュータが外部から脳にアクセス出来るようにする事で、誰でも最新のコンピュータの能力を使うことが出来るようになっていると思う。
この場合は、常にコンピュータが脳にアクセスをしている状態にしておき、脳内で必要なことを命令すると、それを直ちに読み取って計算をして結果を脳に直接送り込むので、脳を改造する必要は一切無い。
意識をコンピュータ内に移植してしまっている人間も居るかもしれなけど。
未来の知性へ、少し思考の一部を書き記そう。
今考えている事は、やはり「意味」だ。
それが無いと何も出来ないから。
あと考えているのが、「ネット上の人間は全て実在するのか」と言う事だ。
けっこう「bot」が居るのではないかと感じている。
たぶんある程度は居ると思うが、それがどの程度なのかが興味深い。
身体と意識についてとか、超然とする方法とか、いろいろと考えている。
意識とは脳が作り出していると考えがちだが、実は違って、脳は意識を出力する装置に過ぎないのではないかと考えている。
意識は、身体、そしてさらには宇宙全体が身体と相互作用を起こす事で生み出されるもので、それをまとめて出力しているのが脳なのではないかと考えるようになってきている。
例えば脳だけあっても、五感が全く感じられないのであれば、脳は何の刺激も受けず、何の活動もしないのではないか。
つまりそこに意識は発生せず、意識の源は脳の外部、つまり身体、そして宇宙そのものにあると考えるのが自然だ。
まあ、これは単なる夢想で別にこれが正しいとか何とか言いたいわけではないけど、何となく、そう感じるというだけの事だ。
こんな事を考えたりして過ごしている。
未来の知性の興味を惹くことかどうかは分からないが、21世紀に生きる普通の人間が考えている事の参考に成れば幸いだ。
雷と停電
久々に雷雨になった。
そして、落雷では10年以上ぶりに停電になった。
停電は1分足らずで回復したが、その際にPCのBIOSの設定内容を記録するCMOSがエラーを起こした。
これは、ファミコンのセーブデータと同じで、データの内容に問題があると中のデータを全て初期化するようになっている。
幾つかの設定が飛んでしまったが、それほど複雑な設定では無いのですぐに設定しなおして元に戻った。
こういった時のためにUPS(無停電電源)を用意した方が良いかもしれない。
お、今やっと外の高速道路の電灯が回復した。
PCは基本的に急な停電に弱い。
データのバックアップは取っていて、描いている絵や文章などは毎日、物理的に別の場所に保存している。
しかし、それも1日に1回なので、不意の停電でその日のデータは壊れる可能性がある。
そのような事にならない為にも、電源の事は考える必要がある。
今回のように、1分も持てば落雷での停電に対する対応は出来るので、簡単な無停電電源でも十分だ。
昔に比べたらHDDもPCも相当丈夫になっている気がするので、多少の事では壊れはしないと思うけど。
今度PCショップに行ったらそこらへんのコーナーも見てみよう。
昨日のブログへの総アクセス数 3
絵を描こう
昨日はギザ10の絵を描いた。
この絵の背景は、ギザ10を降り注がせたものになっているが、これは、私が書いたプログラムによって生成している。
それによって生成した背景用のフリー素材もいくつか作ってサイトに張ってあるが、ここでも少し貼り付けてみよう。
背景用フリー素材
(フリー素材なので、ご自由にご利用下さい。使用の際に表示などは不要)
ちなみにこの画像は上下左右シームレスに繋がる。(実質、左右だけの物もある)
こられの画像は基本的には背景を透過させる事が可能で、実際にその画像も手元にあるが、背景を透過さた画像を表示できる環境がどれほどあるのか不明なので、とりあえずここでは背景を黒にして非透過の画像を置く事にした。
あと、このブログは画像のブログ全での総量に上限があるので、無制限に巨大な画像をUP出来ないのでサイズは800*800とした。
やはりフリー素材は人気で、私のサイトへのアクセスの99.9%はフリー素材へのアクセスだ。
必要とされる物を提供するのがやはり基本なので、今後は絵を描きつつも、フリー素材もこのブログで紹介していこう。
アクセスといえば、今、気が付いたが、手紙は基本的に1人に向けた物だ。
つまり、ユニークアクセス数は1だ。
そして、以前はその手紙を山ほど書いていたのを思い出した。
1通の手紙が100枚以上になるのも珍しくは無かった。
その半分以上は絵だったと思うけど。
つまり、それを考えると、このブログをはじめ、webの1文字あたり、1絵あたりの見られ度は、その手紙の比ではないと言える。
10000文字の手紙が1人に読まれたとすると、1文字あたりの見られ度は1/10000だ。
1000文字のブログが5人に見られたとしたら、1文字あたりの見られ度は1/200だ。
つまり、見られ度には50倍の差がある。
こうやって簡単に計算するだけでも、ものすごい事である事がわかる。
もちろん、誰に見られているかと言う点が重要ではあるのだけれど。
話がそれたが、さて、次は何を描こうかな。
背景画像は、最終段階ではプログラムに生成させるが、その前の準備は自前でするので、けっこう時間がかかる。
背景を沢山作ると人物画を描く時間がなくなるが、こういう背景画を作るのは楽しい。
何かが敷き詰められた画像が私は好きだ。
絵の活用方法
絵を描く事自体も目的だけど、その絵にも目的を与えた方が良いと前から思っている。
具体的な目的を与えるには至っていないが、それを考える事は必要だ。
現状では描いた絵は全てサイトの片隅に放置する以外に活用方法は無い。
今まで描いたモノはこのまま放置と言う方向で行こうと思うが、これから描く絵は目的を持って描く事も必要になると思う。
ここで具体的な目的を考えよう。
・絵本を作る
絵本はいずれ作る予定だ。
いくつか内容も頭の中に漠然と存在しているが、具体的な作成には入っていない。
まだ、必要最低限の画力に到達していないので、それまではもうしばらく時間がかかる。
それほど画力を要さない絵で描く事も出来るが、そちらの絵はさらに評価が低いので描いても誰も見ない。
・似顔絵を描く
これは描いて欲しい人を募集中だが、誰にも頼まれないので描く事が出来ない。
これに関しても、能力の不足が最大の原因だと考えられる。
・フリー素材を作る
これは今までやって来ていて、これからも継続するので、今の感じで続けるのが良い。
具体的には、絵を描く時に必要に応じて描いたアイテムをフリー素材として提供するという方法だ。
これなら無理なくフリー素材を作ることが出来る。
今描いている絵は、ここの他にニコニコ静画という場所などにアップしている。
現状では、全く見られることも無く、ニコニコのサーバーを圧迫しているに過ぎない存在だ。
能力の不足を客観視するには良い場所なので、引き続きそちらへも上げてゆくつもりだが、能力は急には向上しないので、淡々と作成し、サーバーを圧迫し続けるほかに無い。
BGM : 怪獣のバラード
この歌は合唱コンクールで歌って以来、ちょくちょく聞く。
歌詞付きの音楽を聞くと、つい気をとられて手が止まる。
未来だ、そうそう、未来の知性へのメッセージだった
このブログの最大の目的の一つが未来の知性へのメッセージだ。
少し書こう。
21世紀では相変わらず落雷による停電が発生する。
そして、PCもその程度の事でエラーが発生する。
エラーについては大抵の場合、簡単に解消できるが、面倒である事は間違い無い。
未来の世界では、PCなどは無いと思うが、21世紀では未だに箱のようなPCが使われている。
大分ノートPCやタブレットPCなどという小さなコンピュータが浸透してきたが、それとて、未来の知性からすれば、笑ってしまうほと大げさな物に見えるに違いない。
コンピュータの機能がどう進化するのかは分からないが、私の推測だと、未来のコンピュータは脳に直接外部からアクセスして情報をやり取りしていると思う。
脳に埋め込んでしまうと、バージョンアップが面倒なので、コンピュータが外部から脳にアクセス出来るようにする事で、誰でも最新のコンピュータの能力を使うことが出来るようになっていると思う。
この場合は、常にコンピュータが脳にアクセスをしている状態にしておき、脳内で必要なことを命令すると、それを直ちに読み取って計算をして結果を脳に直接送り込むので、脳を改造する必要は一切無い。
意識をコンピュータ内に移植してしまっている人間も居るかもしれなけど。
未来の知性へ、少し思考の一部を書き記そう。
今考えている事は、やはり「意味」だ。
それが無いと何も出来ないから。
あと考えているのが、「ネット上の人間は全て実在するのか」と言う事だ。
けっこう「bot」が居るのではないかと感じている。
たぶんある程度は居ると思うが、それがどの程度なのかが興味深い。
身体と意識についてとか、超然とする方法とか、いろいろと考えている。
意識とは脳が作り出していると考えがちだが、実は違って、脳は意識を出力する装置に過ぎないのではないかと考えている。
意識は、身体、そしてさらには宇宙全体が身体と相互作用を起こす事で生み出されるもので、それをまとめて出力しているのが脳なのではないかと考えるようになってきている。
例えば脳だけあっても、五感が全く感じられないのであれば、脳は何の刺激も受けず、何の活動もしないのではないか。
つまりそこに意識は発生せず、意識の源は脳の外部、つまり身体、そして宇宙そのものにあると考えるのが自然だ。
まあ、これは単なる夢想で別にこれが正しいとか何とか言いたいわけではないけど、何となく、そう感じるというだけの事だ。
こんな事を考えたりして過ごしている。
未来の知性の興味を惹くことかどうかは分からないが、21世紀に生きる普通の人間が考えている事の参考に成れば幸いだ。
ざっきなのだよ
絵を描いていたらこんな時間だ。
さっき書いた雑記をサッとアップしよう。
しょこたんぶろぐの事は別記事で後で書こっと。
毒
毒が無いのかな。
そんな気がして来た。
何か具体的な数値目標を立てて実行しよう。
こんな感じの絵
を毎日2枚、1週間に14枚描くとか。
数値自体に意味は無くても、目標を立てることで、よりやりやすくなる。
自由時間を睡眠時間も含めてこれに割り当てれば不可能な目標ではない。
とりあえず今月だけでもやってみて、続けられそうだったら続ける、と言うのはどうか。
あと、リクエストを募集しよう。
今までもアイコン用画像は常に募集をしていたけど、考えてみれば、アイコン画像という名前が良くなかったのかもしれない。
何に使っても良いという事にはしてあるけど、アイコン用と言ってしまっている時点でハードルが高まっている可能性はある。
だから、ただ単に「イラストリクエスト募集」とすればよ。
ただ、既存の作品の2次創作は、やはり難しい。
権利関係の事もあるけれど、それ以上に単純に能力的・技術的な問題が大きい。
バカボンとかは得意なんだけど。
あと、絵の方向を考えても良いかもしれない。
単純に鍛錬のためならば好きなものを描けば良いが、注目を得たければ話題のネタを描くのが一番良い。
今はまだ絵の能力が不十分なので、描きたいもの以外を描けるほどの能力が無いから、まずは描きたい物を描こう。
描きたいモノは能力が劣っていてもそれなりに気合で何とか描けるが、好きで無い物を一定のクオリティで描くには、単純に技術力が必要だ。
気合が出ない分をテクニックでカバーするしかない。
だから、興味の無い物を上手く描くには、好きなものを上手く描けるようになって、その技術力を応用して描けば良い。
だから今は好きなものを描こう。
たまには数値データを見てみよう
昨日のこのブログへの総アクセス数は6だった。
webサイトへのアクセスが1日35くらいだから、ブログならこんなもんだろう。
ちなみに、このブログから私のwebサイトへのここ1ヶ月の総アクセス数は4。
そして、このブログへのここ1ヶ月での総アクセス数は128。
数値データをいくら見ても、桁数が小さすぎて分析も何も出来やしない。
4桁くらいのアクセスがあれば分析をして見たりも出来そうだけど。
また気が向いたら、データをこうやって記事にしよう。
絵の題材
たとえば、しょこたんの絵を描く時、私はただ笑っているだけ顔を描くだけで十二分に楽しいので、逆に絵にテーマを持たせるのが大変だ。
見る人は、恐らく絵に何らかのテーマを求めるだろうから、それを考えなくてはならない。
好きな絵を描く時の問題はそれで、描く人と見る人とのギャップをどうするかが課題だ。
とは言え、結局は絵を見るかどうかは見る人次第なので、こちらでテーマだの何だの考えた所で、あまり意味の無い事なのかもしれない。
私が絵を見るときは、はっきりいってテーマなど気にも留めない。
単純に、構図が好きだとか、色が良いとか、綺麗だとか、そういう感覚的なもので好きになる。
この見方が、特殊なものか、一般的なものかがよくわからない。
一般的なものだとしたら、作画能力が必要だと言うことだし、一般的でないのだとしたら、テーマが重要と言う事になる。
有限な資源をどちらに振り向けるべきか、少し考えてみよう。
・・・・
結論から言えば、両方描けば良い、となる。
1枚は単純に横顔でもなんでも描けば良い。
そしてもう1枚はテーマを与えて描けば良い。
テーマが2つあれば2枚描けば良いし、なければ何枚でも、ただの笑顔を描けば良い。
たぶんこれが一番の方法だ。
・・・凡庸だがベターな答えだ。
ふーん感
「ふーん感」を払拭することが必要だ。
いろいろな絵を見ているうちに、一つ気がついた事がある。
絵の上手いヘタにかかわらず、「ふーん感」のある絵は印象に残らない。
ネット上にある大抵のイラストは、どれも力作で客観的に見て私の絵よりも上手な絵は腐るほどある。
しかし、そんな絵でも「ふーん感」があると、印象に残らずに忘れ去ってしまう。
このふーん感の根源が何かは分からないが、この感覚は、上手いヘタではない事は確かだ。
美術館に飾ってあ国宝級の絵でもふーん感は感じるし、ほんの落書きのような絵でもそれを感じさせないものもある。
たぶん「好み」とか言う物だろうけど、もう少し何か具体的に説明できる気がする。
今は出来ないけど。
ふーん感って何だろう。
あ、「ふーん感」の逆は「おおっ感」な気がして来た。
両者の違いは、感情が動くかどうかだ。
あと、ふーん感は受動的で、おおっ感は能動的だ。
ここら辺に答えがありそうだ。
さっき書いた雑記をサッとアップしよう。
しょこたんぶろぐの事は別記事で後で書こっと。
毒
毒が無いのかな。
そんな気がして来た。
何か具体的な数値目標を立てて実行しよう。
こんな感じの絵
を毎日2枚、1週間に14枚描くとか。
数値自体に意味は無くても、目標を立てることで、よりやりやすくなる。
自由時間を睡眠時間も含めてこれに割り当てれば不可能な目標ではない。
とりあえず今月だけでもやってみて、続けられそうだったら続ける、と言うのはどうか。
あと、リクエストを募集しよう。
今までもアイコン用画像は常に募集をしていたけど、考えてみれば、アイコン画像という名前が良くなかったのかもしれない。
何に使っても良いという事にはしてあるけど、アイコン用と言ってしまっている時点でハードルが高まっている可能性はある。
だから、ただ単に「イラストリクエスト募集」とすればよ。
ただ、既存の作品の2次創作は、やはり難しい。
権利関係の事もあるけれど、それ以上に単純に能力的・技術的な問題が大きい。
バカボンとかは得意なんだけど。
あと、絵の方向を考えても良いかもしれない。
単純に鍛錬のためならば好きなものを描けば良いが、注目を得たければ話題のネタを描くのが一番良い。
今はまだ絵の能力が不十分なので、描きたいもの以外を描けるほどの能力が無いから、まずは描きたい物を描こう。
描きたいモノは能力が劣っていてもそれなりに気合で何とか描けるが、好きで無い物を一定のクオリティで描くには、単純に技術力が必要だ。
気合が出ない分をテクニックでカバーするしかない。
だから、興味の無い物を上手く描くには、好きなものを上手く描けるようになって、その技術力を応用して描けば良い。
だから今は好きなものを描こう。
たまには数値データを見てみよう
昨日のこのブログへの総アクセス数は6だった。
webサイトへのアクセスが1日35くらいだから、ブログならこんなもんだろう。
ちなみに、このブログから私のwebサイトへのここ1ヶ月の総アクセス数は4。
そして、このブログへのここ1ヶ月での総アクセス数は128。
数値データをいくら見ても、桁数が小さすぎて分析も何も出来やしない。
4桁くらいのアクセスがあれば分析をして見たりも出来そうだけど。
また気が向いたら、データをこうやって記事にしよう。
絵の題材
たとえば、しょこたんの絵を描く時、私はただ笑っているだけ顔を描くだけで十二分に楽しいので、逆に絵にテーマを持たせるのが大変だ。
見る人は、恐らく絵に何らかのテーマを求めるだろうから、それを考えなくてはならない。
好きな絵を描く時の問題はそれで、描く人と見る人とのギャップをどうするかが課題だ。
とは言え、結局は絵を見るかどうかは見る人次第なので、こちらでテーマだの何だの考えた所で、あまり意味の無い事なのかもしれない。
私が絵を見るときは、はっきりいってテーマなど気にも留めない。
単純に、構図が好きだとか、色が良いとか、綺麗だとか、そういう感覚的なもので好きになる。
この見方が、特殊なものか、一般的なものかがよくわからない。
一般的なものだとしたら、作画能力が必要だと言うことだし、一般的でないのだとしたら、テーマが重要と言う事になる。
有限な資源をどちらに振り向けるべきか、少し考えてみよう。
・・・・
結論から言えば、両方描けば良い、となる。
1枚は単純に横顔でもなんでも描けば良い。
そしてもう1枚はテーマを与えて描けば良い。
テーマが2つあれば2枚描けば良いし、なければ何枚でも、ただの笑顔を描けば良い。
たぶんこれが一番の方法だ。
・・・凡庸だがベターな答えだ。
ふーん感
「ふーん感」を払拭することが必要だ。
いろいろな絵を見ているうちに、一つ気がついた事がある。
絵の上手いヘタにかかわらず、「ふーん感」のある絵は印象に残らない。
ネット上にある大抵のイラストは、どれも力作で客観的に見て私の絵よりも上手な絵は腐るほどある。
しかし、そんな絵でも「ふーん感」があると、印象に残らずに忘れ去ってしまう。
このふーん感の根源が何かは分からないが、この感覚は、上手いヘタではない事は確かだ。
美術館に飾ってあ国宝級の絵でもふーん感は感じるし、ほんの落書きのような絵でもそれを感じさせないものもある。
たぶん「好み」とか言う物だろうけど、もう少し何か具体的に説明できる気がする。
今は出来ないけど。
ふーん感って何だろう。
あ、「ふーん感」の逆は「おおっ感」な気がして来た。
両者の違いは、感情が動くかどうかだ。
あと、ふーん感は受動的で、おおっ感は能動的だ。
ここら辺に答えがありそうだ。


























